侍の心得其四十四 エミィとクローデ
「勝者アドリューン! 次、見習い三十人目――」
某は、順調に見習い達に勝ち続けた。正直なところを言えば見習い達の動きなど赤子のようなものであった。確かに体格差はある。最近少し背が伸びた気がするとはいえ、某より小さい者など誰一人いない。だが、貧民街での鬼畜な糞尿収集をこなした後では相手の行動の粗が見えるようになり、わざわざ武器など使わずとも制圧出来た。だが、某は戦闘指南役である。その役職を貰ったからには指導もしなければならないと思っている。
「ふむ。時間稼ぎと戦闘が中途半端になっているでござるな。どちらかに集中出来ればもっと良い結果に終わっていたかもしれぬでござる」
某は、某へとしっかり向かってきた者に対しては一、二合打ち合ってしっかり助言した。剣以外の武器を使っている者にはその武器に対する感想も言った。だが、日没まで時間を稼げば某の負け、ということで開始された瞬間、逃げ出そうとする者もいた。そういう者に、某は容赦しない。
「何......! はや、ぐあっ!」
某は一気に距離を詰め、逃げた者の首を気絶しない程度に打ち据える。
ここは職人街であり、前世のように走り方を指導してくれる者などいなければ、恐らくだが職人たちだって、逃げを交えた戦いはしないだろう。結果として、そういう時間稼ぎを狙う者は自然と分かる。例えば、腰が浮いていたり、戦う前から重心が某とは別の方向に向いているというように。
そういう者は逃げる前に、鍛えた瞬発力と機動力で距離を詰めて、勝負を決める。確かに、逃げ回るのは時間稼ぎとしては有効だが、逃げる姿勢を見せるのは相手を怯ませる、相手の視界から外れるといった、予想外の動きから行うからこそ効果があるのだ。今の某の前では見え見えの逃げなど時間稼ぎにすらならないし、そういう者には助言もしない。
「勝者、アドリューン! 次、見習い三十一人目エミィ」
そうこうしているうちに、見習いはあと二人となっていた。現在の見習いは、打ち上げトーナメントの人数を考慮して三十二人居ると親方から聞いている。だが、次に来た見習いは緑髪の女性だった。この製材所では女性はかなり珍しい。今、製材所に所属しているのは職人と見習いを含めても母上しかいないくらいには。加えて、赤系統の髪が基本のこの都市では珍しい緑の髪をしているのが気になる。それにこの顔もどこかで見たことがある気がする。まあ、思い出せぬものは深く考えても仕方がないでござるな。
とはいえ、見た感じ、年のころは二十足らずといったところであろうか。他の貧民と平民同様、仕事終わりとあってかなり薄汚れている。だが、その所作の一つ一つには貧民や平民とは思えないような流麗さがあった。これは今までの見習いと同じと考えていれば某が足を掬われるやもしれぬ。
「あなたが、例のアドリューン? 噂で聞いた話では外で初めてアニマルを狩って戦えなくなったって聞いたのだけれど」
ふむ。確かにそんな噂もあったでござるな。ここは某の演技力の見せ所でござる!
某はその答えにものすごくばつが悪い時に浮かべる顔をして言う。
「むう、それは......」
某は敢えて言葉に詰まるようにそっぽを向く。そう。小さな子供が言いたくないことや、都合の悪いことを隠そうとする動きだ。当然、この時、親方に向かって目くばせするのも忘れない。これが、ベルノさんから指示された噂に対して否定も肯定もしないというソレである。
「さあ、無駄な話はそこまでだ。戦いの中での遅延行為は良いが、戦い以外での遅延行為は反則だ。ああ、そうだ。ついでに伝えておくが、エミィと次のクローデは見習いの中では一つか二つ抜けているぞ。お互いとの戦い以外ではここに来てから二ヶ月間負けなしだ。まあ、アドリューンなら動きを見ただけで分かりそうだがな」
そう、親方が言った時、エミィは大人しく話すのを辞め、某の方へと向き直って警戒するように細身の木剣を構えた。その立ち姿はどこか凛としたものを感じさせて美しく、これが薄汚れていなければ思わず見惚れてしまうのではないかと、そう思わせた。
「両者、準備はいいな? では、始め!」
その瞬間、エミィが某の方へ向かってくる。その動き、足さばきともにかなりの実力者であることが伺えた。どれほどかと言えば、ベルノさん程ではないが、確実に前見たアーミーやシーカスのものよりは上だ。もし、エミィがシーカスが見習いで無双状態だった時に見習いとして入ってきていれば、ほぼ間違いなくシーカスは負けていただろう。だが――。
「迎刀術 倒転」
「え、嘘!?」
その瞬間、打ち込んできた彼女の剣をいなして体勢を崩す。このまま、足を払えば某の勝ちなのだが、彼女の剣術はこの世界に転生して始めて見る、我流ではなく、型として完成されたものであった。そう、足さばきや動きで分かってしまったのだ。だからこそ、某はエミィの動きを見たいと思ってしまった。
「くっ! なら!」
某は瞬時に体勢を立て直したエミィの剣を受ける。これはどこかで誰かに教わらねば習得出来ない剣。一つ一つの動作に無駄が無く、全てが理にかなっていて洗練されている。三ヶ月前なら間違いなくなす術も無くやられていたと某はエミィの評価を上方修正する。
だが、今の某にはエミィの動きが全て、見えていた。そしてそれが分かっているのか、エミィも戦いながらどんどん表情が歪んでいくのが分かる。
某は思った。彼女は追い詰められている。それに、見るからに自分の実力に自信があり、プライドが高いタイプだ。ならば、追い詰められた今、隙を見せれば何か面白い技をみせてくれるのではないか、と。
二十合ほど打ち合った後、某は敢えて彼女の剣を受けそこなったように見せかけて体勢を崩した。その瞬間、エミィの顔が緩んだのが見えた。そして、エミィの口が動く。
「終わりよ! アドリューン! 奥義 睡蓮斬」
その瞬間、彼女は、土の地面がめり込むほどに強く踏み込んで某の首を狙って、模擬戦を忘れたのではないかと思う程に鋭い振り下ろしの一撃を放ってきた。某はそれを見て嬉しくなる。ああ、この世界にはこんなにも綺麗な技があるんだな、と。
だが、某とて負けるわけにはいかない。綺麗であっても、今の某からしたらその動きのすべてが未熟でしかなかった。それこそ――
「迎刀術 反転」
完全な剣筋のコピーが必要な、迎刀術 反転で迎撃してしまえる程には。彼女は、まさか某によって、奥義ともあろう技が初見で止められるとは思っていなかったのだろう。明らかに表情が驚きと焦りに変わる。
「な!? 打ち消され、た?」
だが、反転が完璧に決まってしまった今、彼女は動く術など持ち合わせてはいない。そのまま、某は、彼女の首に木刀の切っ先を当てる。
「勝者! アドリューン」
そのコールを聞きながら某は彼女に言う。
「素晴らしい剣でござった。某、エミィの剣からは、歴史と、努力を感じたでござる。はっきり言って感動した。今度、良ければその剣術を教えてくれた者に直接会って、是非とも指南願いたいものでござるな」
某は、彼女の剣を褒め、恐らくこの剣を教えたであろう師を褒めたつもりだった。だが、彼女はその言葉を聞いて、明らかに悔しいとは別の、思わず後ずさりしてしまいそうな程の感情を乗せて某を睨んだ。
――あれ? 某、何か不味いことでも言ったであろうか?――
だが、彼女の真意は分からぬまま、その後、動けないので彼女はベルノさんによって外縁へと運ばれていった。そんな彼女と入れ替わるようにして中央へとやってきたのは、どこからどう見ても美形で細身の赤髪の男だった。ただし、童顔。それも、一目見ただけでは明らかに年齢が分からない程の。見た限りでは二十代前半に見えるが果たして本当にそうなのかと思う程の熟達した雰囲気を放っている。
ただ、これは某が言えたことでは無いのかもしれぬが。
その男は、こちらをにこやかに笑いながら、興味深そうな視線を向けて見ていた。先ほどのエミィとは対照的で、戦いの前に何かを聞いてきたりすることもなく、その顔に自負やプライドといった類のものも無かった。これは確かに彼女とは違った手ごわさがあるだろうと某は内心で思う。
「始め!」
そんな中、親方のコールと共に、童顔の男、クローデは某へと斬りかかる。武器は木剣。ただし、エミィが使っていたものより太い。だが、この男の剣筋は明らかにエミィのそれより速かった。親方の話を聞く限りでは互角のようなことを言っていたのだが、クローデの剣の方が明らかに重い。
「うっそでしょ? これ止めちゃうの!? エミィの時の戦いを見てこれでいけると思ったんだけど」
声も顔同様にかなり若い。というか、聞く限りでは声優を目指せるのではないだろうか。この顔とこの声が合わされば人気絶頂間違いなしであろう。
そんなことを思いつつも某は段々と速くなる剣を受ける。やはり、楽しい。それに、この三ヶ月の修行で某は自分の立ち回りに余裕が出来た。余裕ができて初めて、刀そのものにも意識を向けられるようになったのだが、そんな中で分かってきたことがある。それは、言葉にするには難しいが、薄く、自分の中の何かが刀へと繋がり、それが刀を覆っている。そんな不思議な感じだ。
そのおかげかは分からないがエミィとクローデと合わせれば何十合......いや、もうすぐ百に達するかもしれない。それでも、今までのように刀が壊れる気配は全くなかった。
とはいえ、ここから職人を相手しなければならない故に、クローデとの楽しい打ち合いもここまでだ。クローデは最初でも速かったがそこから更に剣が速くなっていった。戦闘中に加速していくタイプなのかもしれない。最大まで剣速が上がった時、某でも技を出す間も無い程に受けるので精一杯だった。だが、加速しきった後は緩やかに減速するのみ。減速し始めれば、某にも反撃の余地が出来る。
そして、某は、クローデの剣をはじいた。
「はぁ、はぁ......僕の負けだね」
「勝者アドリューン! これより、職人との戦いに移る」
「クローデ、今度また機会があったら手合わせ願いたいでござる」
「こちらこそ。よろしくね」
そんなやり取りを交わした後、クローデは去っていった。その後、アーミーやシーカスを含めた職人たちは某の敵では無く、ベルノさんと、覚醒した力を使わない親方にも拍子抜けするほどあっさり勝てた。こうして、某は自分の三ヶ月の成果を実感した。そして、負けて地面に仰向けに寝そべった親方は皆に向かってこう、宣言した。
「よおおし! 皆、よく聞け! まだ、集夏の年ではあるが、来月から見習いを半分ずつと職人のグループで三日に一度アドリューンの元で修行を行うこととする。今のアドリューンを見れば分かるだろう。こいつがここまで強くなった修行だ。正直、方法が方法なだけにかなり抵抗があるのは確かだが、乗り切れば絶対に強くなる。肉体的にも精神的にもな。異論は、無いな?」
そう、親方は宣言した。某は来月からという急さにも驚いたが、それ以上に今朝完成形を見せたはずなのに、日暮れまでにはそれを可能とする予定を組むベルノさんの調整能力の高さにも脱帽レベルである。
その後、騒然とした広場で追及をかわしながら某は今日の自分の動きを噛みしめ、帰路についた。某は着実にレベルアップしている。もう、覚醒者でなければ相手にならない程には。だが、その覚醒者との差は絶大だ。少なくとも、今でも親方のあの光の剣には対処の方法すらも思い浮かばない。それでも、覚醒者となる条件が不明な以上、もっと努力を重ねる必要があった。
覚醒者になれればそれに越したことはない。だが、その方法が分からない以上、その差を埋めるのは自らの研鑽しか方法は無いのだから――。
さて、今日は名前で既にバレているかもしれませんが、新しい見習い達が出ましたね。
それにしても、アドリューンはかなり強くなりましたね。それもこれも、修行脳なアドリューンが悪いんや......
次回は、そのままアドリューン視点で進めても良いかなとは思っているのですが、ちょっと別の視点を挟みたくなっているので、一旦アドリューンから離れるかも。とはいえ! 秘技ではなく、心得の方で書きますので、お話は進めますよ~ そんな感じでよろしくです。では。




