侍の心得其四十三 人力バキュームカーと化した某
間に合った。予告詐欺になったらどうしようかと思ってヒヤヒヤでした......
国をひっくり返す......即ち、革命を起こすための初めての密談が終わってから三ヶ月の間、某は、全力で自分で考えた修行をものにする為、必死で貧民街をたらいを持って走り回り、捨てる場所が無いのでたらいが一杯になったら道に撒く、というどこからどう見ても奇行と言える行動を繰り返していた。
本当は、木材運搬もしたかった。何せ戦闘指南役の固定給は木材運搬だけを行っていた頃の半分ほどしか無く、たらいの購入費と、母上の買ってくれたよそ行きの服を駄目にした、こう言うのが正しいのかは分からぬが、罰金で某の懐はすっからかんであった。
だが、この三ヶ月、某は木材運搬をしている余裕も無かった。何せ、某の考え出した修行が思いのほか難しく某の求めるレベル、即ち、服を汚さずに糞尿を回収し、たらいが一杯になってもパフォーマンスを落とさず、それを朝から日が暮れる晩まで維持出来るようになる。というものだったからである。
某の目算では、ひと月ほどで終了する予定が、まず、服を汚さずにたらい一杯分の糞尿を集められるようになるまでに一ヶ月、そこから、たらい二杯、三杯と量を増やしていくのに一ヶ月、更に、晩まで体力を持たせるためのペース配分の獲得に更に一ヶ月を要した。
本当ならば、ここから更に一日でたらいを一杯にする回数を増やしていきたかったのであるが、流石にこれ以上かけていては色々な準備が準冬までに間に合わない。
そんなわけで、今日は――。
「師匠、遂に修行が完成したんだってな?」
「早速見せていただきましょうか。話に聞くだけでは分からない部分もありますし、糞尿をどれだけ集められるかという目安が無ければ土地を借りるにせよ、買うにせよ、どの程度のものを用意すれば良いかも変わってきますから」
「しっかし、おめぇ、本当にこの糞尿の雨の中で集められるのか? 修行が完成したとは聞いたが、この、どこから降ってくるのかも分からねぇ糞尿の雨の中を......本当に、出来るのか?」
そう、現時点で秘密裏に革命の準備を行っている、親方、ベルノさん、そして、アーミーだ。全員、発する感情が違うのがこれまた面白いので、ツッコミたい気持ちもあるが、ここは驚かせる方が先決であろう。
「うむ。今日はお越しいただき、感謝するでござる。某とて、働いて賃金まで受け取っている身である故、必死でものにしたのでござる。とはいえ、思ったより時間もかかり、満足のいくものでは無いが、見て行って欲しいでござる」
そう言って、三人が頷いたところで、某は腕を伸ばしてたらいを頭の上まで持ち上げる。実は、このたらい、敢えて金属で作って貰った故にたらいだけで一キロは軽く超える程の重さがある。それに加えて糞尿がたらい一杯まで溜まれば感覚的にその重量は軽く二十キロを超える。というのも、糞尿はかなり高い位置から降ってくるものであり、たらいに入れば徐々に圧縮され、結構ぎちぎちまで詰まるのだ。
それを腕を伸ばしたまま維持するのが中々難儀ではあるのだが、今の某なら、出来る!
某は心を決めると、まずは貧民街の入り口近くの七階辺りから降ってくる糞尿が見えたので、そこへ向かって全力ダッシュ! だが、目標の落下点だけを定めれば走りながらも即座に次の標的を探す。貧民街はどこから糞が降って来るかは完全ランダムである故に、落下してくる糞尿なんて見ていたら次のチャンスを逃してしまうし、次の一歩が出遅れてしまう。おまけに、一つの糞尿に注目しすぎると、最悪の場合、別の糞尿に被弾してしまうのだ!
と、地獄のような環境ではあるが某は超高速で首を振り細かく周囲を把握しながら次の標的を見定めると、落下地点に着いた瞬間に首を振る勢いを利用して、体を半回転させ勢いを付けながら方向を切り替える。こうすることで次の落下点に入るまでに必要な体力を減らせるのだ。
重力がある世界では、静→動よりも動→動の方が無駄なエネルギーを使わずに済む。前世のシャトルランがそうだが、如何に止まらず、無駄な距離を走らずに立ち回れるかが体力温存の鍵なのだ。
そんな動きを繰り返す度たらいは重くなり、頭に乗せたり腕を降ろしたくなってくる。この修業の第二関門である。とはいえ、武器や盾を持ったまま走る際、いつだって腕を振って走れるわけではないし、降ろせば楽なのは分かりきっている。降ろせば楽だから降ろす? 走りやすくなるから頭に乗せる? 修行の意味が無いではないか!
――今の某は、さながら人力バキュームカーと言ったところでござるな――
そんなことを思いながら、五十回ほど繰り返したところでたらいが一杯になったのでベルノさんたちの元へ、糞尿を避けながら走って戻る。こうして走ってみれば分かるが、某はかなり速くなった気がする。ちらりと戻る途中でこちらを見ている筈の三人を見てみればポカンと口を開けたまま固まっている。それを見れば某のこの三ヶ月も無駄ではなかったととても嬉しくなってくる。
「どうでござるか? これが、この修業の完成形でござる。とはいえ、今は少々張り切った故にこのペースで集め続ければ流石の某とて半日でバテてしまう故に、一日やるときはこの半分ほどのペースでやっているでござる」
某はベルノさんたちの元へと戻り、中身が出ないようにゆっくりと糞尿を入れたたらいを地面に置いた後、三人に少々照れ臭かったであるが、言った。
そんな中、最初に我に返ったのはベルノさんだった。
「まさか、三ヶ月でこれほどまで成長するとは。これは私もうかうかしていられませんね。この修業が十全に出来るようになれば、製材所全体としての戦力も、木材の運搬速度や仕事の効率も上がるでしょう。これは、少々、計画を練り直さねばなりませんね」
親方とアーミーはまだ帰ってきていないので呼んでみる。
「親方、アーミー! 終わったでござるよ!」
「ああ、そうだな。とはいえ、俺は夢でも見ているのか。なんだあの流れるような足さばきと無駄のない加速。更にはまるでどこから降ってくるか分かっているかのような移動。ここで止まって見てても分からなかったのにどうしておめぇの行った先には必ず糞尿が降ってくるんだ......」
「同感だ。師匠は確かに凄かったし、年齢の割には非常識だ。だが、三か月前まではまだ、理解の範囲内の動きだった。だが、今日のこれはちょっと......なんて言ったらいいのか分からない」
どうやら某の動きはかなりやばいことになっているらしい。それではまるで、某が人間ではないみたいではないか!
そんなことを思っている某にベルノさんが口を開いた。
「ならば、今日は久々に、勝ち抜き戦をやってみませんか? この三ヶ月、アドリューンはずっとこの修業を完成させる為に貧民街に籠りっきりでしたし、実力を確認するのに丁度良いでしょう。親方、異論はありませんね?」
そう、ベルノさんが親方に確認すると、驚いた顔から一転、親方はニヤリと笑うと言った。
「ああ、勿論だ。やってみる価値はあるだろうな。それに、見習いの制限年齢を無くしたおかげで、今じゃ見習いでトーナメント二つ、職人でトーナメント一つの三つでやってんだ。それに、見習いにも、気になるやつが二人ほど来てな。前みたいなペースでやってたら、時間内に俺まで辿り着けんぞ」
なるほど。人数が増えて、以前聞いた、見習いから職人になる為の年齢制限を無くしたと。それは某にとっても願ったりである。前からどれくらい出来るようになったか気になっていたのだ。
「望むところでござる。あ、武器も頼んでよいでござるか?」
「ええ。勿論です。シューラスに作らせておきましょう」
そう言うと、ベルノさんは親方とアーミーの声をかけて製材所に戻ろうとしたので、某もついていった。流石に勝ち抜き戦をやるならば、糞尿を集めている場合ではない。修行となると手を抜けない某があれをやるとくたくたで動けなくなるまでやってしまうのだ。そうならないように某は夕方の打ち上げトーナメントの時間まで軽く木材の運搬に勤しんだ。
以前運搬をしていた時より、一段上の木材が軽々と運べたのは少し嬉しかった。
そして、運命の時が来る。開始前に、気を利かせてくれたのか、鞘付きで三本の木刀を用意してくれて、「頑張れよ」と言ってくれた父上には感謝しつつ、その時を待つ。某が広場の中央で親方とベルノさんと雑談しながら待っていると、徐々に武器の加工を終えた者たちが入ってくる。
――うわっ、本当に、多いでござるな――
いつもの加工場から出てくる人数の量が違う。これだけの人数とこれから戦うのかと思うと少し緊張の度合いが上がる。そうして、全員が揃ったのを確認したところで親方から声がかかった。
「よおおし! 揃ったな。今日は本来であれば打ち上げトーナメントの予定だったが、急遽、予定を変更してこの製材所の戦闘指南役となったアドリューン勝ち抜き戦を開催する!」
その瞬間、広場全体がざわめいた。勝ち抜き戦と聞いて、三ヶ月前のアレを思い出し、動揺する者、次は勝つと意気込む者、そして、新しく来た者は今から何が始まるのか分からないといったものなど様々だ。
「とはいえ、前回とはルールを少し変更するぞ。一バトル当たりの制限時間は無しで、おめぇらの勝利条件は、三つ。日没、即ち、時間制限まで粘るか、アドリューンの急所に武器を寸止めするか、アドリューンの手持ちの武器を三本全て壊すかだ! そして、アドリューンの勝利条件はシューラス、メリアを除く全員を一騎打ちで時間内に倒すことのみだ。加えて、指揮を上げる為にもう一つ! もしアドリューンに勝利したその時は!!」
親方のルール説明に、広場の中央にいる筈の某にまで、広場の外縁にいる者たちの息を呑む音が聞こえた。つまり、
「全員に銭貨五十枚ボーナスで出そう」
「うおおおおおおおおおおおおお!」
「そんなちんちくりんに勝つだけで銭貨五十枚なんて太っ腹あ!」
「今日は久々にいいもんが食えそうだ!」
歓声の中には今まで聞いたことのない声でそんな風に言うものまで混じっていた。勿論新参の見習いであろう。当然、今まで見知った顔の中でそんな風に言うものはいなかった。むしろ、新参の者たち以外の職人と見習いが上げた歓声は喜びではなく、気合いを入れる為のものだ。
某もまた、そんな声を聞くと同時に、自分の力を試せるという喜びが沸きあがってくる。よく目を凝らせば、これまで剣ばかりだった見習いの武器の中に、槍や曲剣なんかが混じっていることから三ヶ月、研鑽を積んだのは某だけではなかったというのも見て取れる。それを見ただけで、某は、勝手に上がっていく口角を止めることは出来なかった。
今日はここまで。革命に向けて着々と準備を進めていきます。ひとまずは、人を増やし、鍛えるところからですね。
ちなみにですが、糞尿って、国や地域によってまるっきり出る量が違うんですよ。実は、貧民街の糞尿が多いのには理由もあって、貧民と平民って、基本的に肉食べられないんですよ。主に金銭と供給量の問題で。だから、トズやクリュウの実に加えて果物が主食になっているんですが、野菜って、肉や魚なんかと比べて、体内への吸収率が悪いんです。だから、自然と糞尿(主に糞)の量も増えることになるわけです。
と、ちょっとした話をしたところで、次回は再び勝ち抜きトーナメント! 次回は分かる人には分かる人物も出てくるかも......では。




