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侍の心得其四十二 ベルノさんとの密談③

 どうやら、無事にアーミーのことも納得させられたらしく某は安心した。絵が下手と言われるのは心外でしかないが、これで、ようやく話が前へ進むというものである。それに、ベルノさんと親方は一つ賭けに勝ったかのような嬉し気な安心したようなそんな表情をしていた。


「それで、某は何をすればよいでござるか? 自由に過ごして良いとは言っても、何か指針が欲しいところでござる」


 某、アーミー、ベルノさん、親方でこの国を変える......といっても、貴族と某達との戦力差は甚大だ。某とて、冒険者ギルドで受けた一人の貴族のちょっとした威圧に耐えられなかったくらいなのだ。このまま過ごしてもこの戦力差が覆せるようになるとは思えない。


「それに関しては、私に考えがあります。順を追って説明しますと――」


 ベルノさん曰く、某がやることは三つ。一つ目はベルノさんの噂通りの行動をするようにするということ。具体的には、貧民街や平民街で行動する際は普通に行動するが、噂について聞かれたら、困ったような表情をしてごまかすようにしてほしいとのことだ。

 はっきり否定や肯定をしない方が触れられたくないんだなと相手が察してくれるので嘘をつくことなく、噂の信ぴょう性が増すのだとか。


 二つ目は、某が定期的に精神的なトラウマを克服するという名目で狩りに行ってそこでアニマルを狩るたびに恐慌、発狂する演技をすること。この際、出鱈目に攻撃してアニマルを攻撃しても良いということなので、そこで、トラウマの解決をしてほしいということらしい。

 当然、ただただ、狩り場で発狂しているだけでは影響力が薄いので、狩りに行く度にベルノさんの人脈を駆使して噂を上書きしていくそう。


 そして最後に三つ目。某が戦闘指南役として、貴族に匹敵する集団を作ること。ある意味、これが一番難しいのかもしれないが、某としては願ったりである。なんせ、育成方針は親方の育成よりも効果が低いと判断されない限り某に一任するという。それ即ち、侍を量産し放題ということなのだ。このチャンスを生かさない訳にはいかぬというものだ。


「委細承知したでござる。万事任せて欲しい」


「ええ。よろしくお願いしますね。それから、他の皆さんの動きですが――」


 まずは、親方。親方が担当するのは某の戦闘指南に耐えうる人材の選別と見習い枠の増加、更には協力者作り。こういうのはベルノさんの仕事かと思ったのだが、そのベルノさんの役割は、某の噂の管理、貴族に対する情報収集、計画の進行度合いの調整・指示だという。確かにこれだけやって、協力者づくりはまず無理であろう。ここに製材所の通常業務も入ってくるのだから、ベルノさんは......人なのかすら怪しいレベルだ。


 最後にアーミーは、これから始まるであろう某の戦闘指南で上手く見習い達の不満を聞いたり、少しずつ思考を誘導すること。それに加えて、計画の肝である某が無理しすぎないように気にかける役割になるという。

 これに関しては某としても助かる。鍛える人数が増えれば某とて間違いなく目が届かなくなる。そこを補佐してくれる存在というのは必ず必要であるのだ。


「それくらいならやってらあ」


「分かりました」



 ベルノさんの指示に親方とアーミーが返事したところで、一旦この長い長い話し合いは終了になり、やっと終わったと某は席から立ち上がろうとした。だが、


「さて、遅くなって申し訳ないのですが、今日はまだ休みにもかかわらず、アドリューンが製材所に来た要件を話して頂けますか?」


 体感時間的にはもう昼を回っている筈である。ようやく話が終わったと気を抜いていたところでベルノさんが聞いてきた。


「へ?」


 某はそんな咄嗟の質問に思わず固まってしまう。そういえば、某は今日は休みであり、ベルノさんに何かを相談するために――


「あ!!」


「おお、思い出しましたか。何でしょう? 私に出来ることであれば良いのですが」


 某はベルノさんに、新しく思いついた修行法......つまり、昨日、母上に懇々と説教をされる原因となったたらいで落ちてくる糞尿を集める修業について説明し、それによって期待できる効果と、問題点を説明する。


 それを聞いた親方とベルノさんとアーミーは嫌そうに顔をしかめた。それはそうだろう。誰が好き好んで糞尿へ突っ込みたがるだろうか。だが、これをやることによるメリットはある。某だって何も考えていない訳では無いのだ。


「ベルノさん。某の戦闘指南は、貧民街の生活環境改善を修行に組み込もうと思っているのでござる」


「貧民街の生活環境の改善ですか。具体的にはどのように?」


「うむ。まずは所かまわず降り注ぐ糞尿を全て回収することで貧民街の臭い問題を解決するのでござる。貧民街の大通りを通ったことがあれば分かると思うでござるが、アレを避けるだけでも難しいのに、それの落下点を予測して動くということは戦闘に必要な視野と機動力と機転を身に着けられるのでござる」


「なるほどな。そういえば、メリアもあの糞尿に目を付けていたな? おめぇもそれが使えると踏んだわけだ。実際に効果も出ているし間違いないだろう」


「ふむ。集めた糞尿を捨てる場所と、糞尿を捨てる場所が必要にはなりますが良い案ですね。糞尿は時間をおいて乾燥させれば、肥料として売ることも出来るでしょう。それに生活環境が改善されれば貧民達から製材所の印象が良くなるのも予想出来ます。アドリューンを見れば修行の効果があるのも明らかですし」


 そうは言えども、親方とベルノさんも少し嫌そうではあるが、某の説明を聞いて頷きながら言う。六歳で既に一騎打ちであればベルノさんと勝負が出来るようになった某によって糞尿の有用性は十分に立証されている。アーミーも親方とベルノさんが納得してしまえば、納得せざるを得ないだろう。


 それに加えて、某は二つの提案をした。どちらも貧民街の掃除に関してである。一つ目は、貧民街の全ての住居を対象に、積もった土の回収である。転生直後に母上と取り組んだことではあったが、それに関してはベルノさんも驚いていた。


 というか、今なら某だって分かる。この都市の道は基本的に土だ。雨が降ればぬかるんでぐちゃぐちゃになるし、それを整える為に土は常に必要とされている。だが、肝心の土は外から運んでくるしかなく、結果としてかなり値が張る資源となっていた。

 それが貧民街の家々には土足で出入りすることもあって腐るほどあるのだ。その運搬で筋力も鍛えられるし、これを利用しない手はない。


「なるほど。平民は家を維持する義務があるので定期的に掃除しますからそうはなりませんが、義務のない貧民だとそうなるのですね。これは完全に盲点でした」


 ベルノさんは某の言ったことを周囲置いてある、まだ何も書かれていない木簡に書き記してゆく。


 その様子を見ながら二つ目だ。これは異世界に来てからの某の悲願でもあった。


「これは、特に修行というわけでもないでござるが、この製材所では加工後の木材のくずはどうしているでござるか?」


 そんな某の問いに答えたのは親方だった。


「木材のくずなら廃棄だな。基本的には」


「それを利用することは可能でござるか?」


「木材のくずをか? 勿論大丈夫だが、一体何に使うって言うんだ。あんなもん、燃やすしか使い道がないだろう?」


 そうなのだ。その、燃やすのが大事なのだ。


「燃やせば、煙が出るであろう? 少々臭いが残るのが難点でござるが、部屋を閉め切って煙で満たせば、部屋の中に居る、虫やネズミの類を殺したり、殺せずとも、弱らせてあぶり出すことができるのでござる」


 そうである! これこそが某の悲願、ノミ駆除に繋がるのだ! そもそも、某のベッドを含め、貧民のベッドは藁にシーツをかぶせただけの粗末なものである故、隠れることも出来、決してノミがゼロになることは無いであろう。それに加え、前世の燻煙剤のように、研究され、改良され続けたもののような効果が出るわけでも無い。もしかすれば効果はあまり見込めないかもしれない。

 だが、この世界の生き物とて呼吸をしているのだ! 煙の効果はあると某は思っている。


「なるほど。煙を使うのは面白い考えですね。とはいえ、火事への対策と、効果の立証をしなければなりませんから、これに関しては一旦置いておきましょう。とはいえ、これが成功すれば、うちにとって大きな資金源になります。ただ、ここまで手広くやると、利益が増えすぎて逆に貴族に目を付けられますから、この辺は上手く投資して利益を潰す必要がありそうですね」


 こうして、某たちの会議は昼を過ぎても続いた。結局、糞尿廃棄用の土地はベルノさんが用意するということで話はまとまる。某は、これから始まる集夏の一年で戦闘指南役として、これから行う修行の考案と自分自身の鍛錬に励むということになった。


 そのあと、ベルノさんと親方が手をかざし、閂を外し、扉を開ける。外からは、もう夕暮れ時なのか少し赤らんだ日差しが差し込んでいた。どうやら、相当に長い話し合いになってしまったらしい。ほぼ一日この埃が充満した部屋に居たので慣れてしまっていたが、外から流れ込んできた新鮮な空気に思わず深く深呼吸してしまう。


「これは打ち上げトーナメントの準備を急がねばなりませんね。では私は先に失礼します」


「俺もだな。ふん!」


 ベルノさんは今日の話を記した木簡を持ったまま駆けてゆく。親方もまた、上機嫌そうに鼻をならしてドシドシと歩いて行った。勿論、上機嫌なので、頭はいつも以上に強い光で夕焼けの光と張り合うほどだ。

 そういえば、最近色々忙しくて忘れていたが、打ち上げトーナメントなんてものがあったなあと思う。ここ最近の日々の密度が濃すぎて、まだアーミーやシーカスと激戦をしてから一ヶ月も経っていないのにかなり昔のことのように感じる。


「じゃあな。師匠。俺も武器を作らなきゃいけないから行くわ。あれから、師匠を超える為に武器を色々改良しているんだ。戦闘指南役としての仕事で色々忙しいとは聞いているけど、また見に来て欲しい」


「こちらこそ是非とも見たいものでござる」


 そうは言えども、今日は大人しく帰ることにする。流石にこの小さな体で一日会議というのは中々に疲れたので今日は早々にというには遅いが、家へと帰ることにした。これから始まるであろう新たな日々に思いを馳せて――。


 ふぅー! これにてベルノさんの密談編は完結です! いや、まさか、一つの会議で一万三千字ちょっとも書くとか思わないじゃない!! しかも、超難産でいつもの倍以上執筆時間が...... でも、一章もそろそろ終盤に入ってくるので頑張って書きました。

 さて、次回は『侍の秘技其二』を挟もうかと思っています。

 新キャラ視点でお送りしますので、お楽しみに! ではでは。

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