侍の心得其四十一 ベルノさんとの密談②
「某を貴族から守る為でござるか?」
某はベルノさんに確認するように尋ねる。正直なところ、今の某では、貴族と敵対するのは好ましいことでは無い。少なくとも、親方に完勝出来るくらいの力が無ければ話にならないのだ。この都市には人権などという甘い考えはない。危険分子はそう判断されただけで一瞬で摘まれても文句は言えないのだ。
「ええ。これは私と、それから親方の勘ではあるのですが、アドリューンは近い将来間違いなくこの領地に新たな風を吹き込む存在になる。だが、その風が貴族たちに都合のいい様に吹くとは限らないのです」
「確かにそうですね。師匠なら間違いなくこれからも、この地の常識外のことをやらかしていくに違いない」
――む? 二人して失礼ではないか? 某は、侍になる為に修行する環境を整えているだけである。 決してこの都市を変えてやろうとかそんなことを思っているわけではないでござる――
とは思っても、口には出さない。某はやること成すこと驚かれることが多いのだ。ここで否定しても軽く言いくるめられるのは目に見えている。親方も頷いているからには某も不承ながらも頷いておく。
「人目が気になるので報告しませんでしたが、実は冒険者ギルド登録時、平民の受付の中に貴族が混じっていました」
「なんだと!?」
その瞬間、これまで頷くだけにとどめていた親方が、大声を上げて立ち上がった。その衝撃で親方の座っていた椅子が倒れ、近くにあった書簡の山が少し崩れる。
だが、親方の驚きは想定していたようでベルノさんは特に咎めるようなことはしない。
「親方、落ち着いてください。まだ、話の途中です」
「ああ? これが落ち着いていられるかよ! あの糞どもに俺はまた奪われなきゃいけないのか!?」
「落ち着いてください!!」
親方の剣幕にベルノさんも大声を張り上げ、止める。親方は光る頭を掻きながら、転がった椅子を拾い、椅子が壊れるかと思う程の勢いで椅子に座り直した。
「まさか、もうアドリューンの存在がばれてるってのか」
「ええ。私も迂闊でした。恐らくですが独立している機関である筈の冒険者ギルドと貴族はどこかで癒着があると見て間違いないでしょう。すぐに気付けたのでアドリューンに咄嗟の演技をさせましたが、それでどこまで隠せたか」
「なるほどな。ベルノ。それは苦労をかけたな」
「全くです。ただ、安心も出来ない。初めての狩りでアドリューンは討伐ポイントを十二も獲得しました。これも必要なことだったとはいえ、想定よりもかなり多いのです。しかもこれも恐らく貴族には漏れていると見て間違いないでしょう」
ふむ。そうであるならば、某が最後に狩ったバンデルラビットの狩りはもう少し少なくても良かった......いや、狩らなくてもよかったのではないかと思う。
ベルノさんは分かっていた筈だ。貴族に情報が入っていることくらい。それでも某の経験を優先させた理由はなんであろうか。
「とはいえ、どんなに上手く隠すにせよ、アドリューンに経験を積ませれば、いずれは貴族にバレるのは目に見えています」
「だからこその噂ってわけか?」
親方が合点がいったように口を開いた。む? どういうことであろうか。隣に座るアーミーを見ても何がなんだかといった顔をしている。
そんな中、ベルノさんは悪い笑みを浮かべながら言う。
「ええ、バーサークカウを狩った後と、バンデルラビットを狩った後。アドリューンはそれはそれはもう、理想通りのリアクションを取ってくれました。しかも、他の冒険者たちの前で。加えて、野盗と化した冒険者に襲われたにも関わらず、殺さずに鎮圧した。これが効いてくるんです」
「なるほど。それで、某が二度と戦えない程の精神的なダメージを負ったという噂を?」
「ええ、そうです。この噂には、アドリューンさえ否定しなければ、討伐後のあなたを見た冒険者や門番の証言も相まって真実味を帯びていくわけです。その噂だけで十分でしょう。これで私たちは完璧にとはいきませんがほとんどの貴族の注目から隠れることが出来る。平民ですら嫌がる貧民街に調査に来る貴族なんてまずいませんからね。後は定期的に狩りに行き、そこで演技をしてくれれば、貴族を油断させつつ、アドリューンは修行でき、私たちもまた力を付けられる」
某は既に、冒険者ギルドを出た時からベルノさんの計略の中で動かされていたわけであったか。だが、この噂が広がれば、確かに某が注目される可能性は一気に下がるであろう。某が分かったと頷きかけた時、アーミーが口を開いた。
「待ってほしい。その言い分だと、これから貴族と対峙する可能性もあるってことですよね? その時は俺たちはどうなるんですか?」
最もである。某は今、完全に自分の都合のみを考えて頷こうとしていた。だが、アーミーたち普通の職人や見習いには某と心中するメリットが全くないのだ。場合によっては貴族と敵対するよりも前に某のことを貴族に突き出した方が良いのかもしれない。
「確かにその可能性も否めません。ですが、一つ話を聞いて欲しいのです。実は私と親方はこの国の出身ではないのです」
「「え?」」
急な告白に思わず某とアーミーは驚いてしまう。確かに、ベルノさんはこの都市に住んでいては絶対に分からないであろうことを知っていたし、それに加えて、この都市の人とは明らかに違う髪の色をしているのだ。実は、この都市出身の者は母上や父上のようなピンクや赤系統の髪の色をしている。某も例に違わず赤毛である。
それに対して、ベルノさんはグレーの髪なのだ。そう考えればベルノさんが結婚出来ない理由は......やめておこう。ちなみに親方はツルツルすぎて元の髪の色は分からない。
「話の続きですが、私と親方は三つほど山脈を超えた国からやってきた冒険者なのです。私たちの国では確かに身分はありました。ですが、どの階級の者であっても一日三食当たり前のようにご飯が食べられましたし、生活環境だってもっと整っていました」
「嘘だろ......俺たちなんてどんなに働いたって一食が限界だってのに」
それに頷きながら、ベルノさんは自身がここに来た経緯を語った。
なんでも、前に居た国では覚醒者もいたし、覚醒者になる為の学校もあったそうだ。だが、覚醒者養成にはとんでもない額の費用が必要で、学校に行ったからといって目覚める保証もない。ベルノさんや親方の家族にはそこに入るだけの財力が無く、かといって、家の長男でもないため、実家の家業や畑を継ぐことも出来ない。そんな経緯もあって、ベルノさんと親方含む五人でパーティを組んだそうだ。
そのあと、色々あってこの国までたどり着いたが、ここで五人では倒せないエン・イーターと出くわしたという。そこで、仲間の三人を失い、ベルノさんも負傷し動けなくなった。そんなピンチで親方が覚醒したのだという。
その後、エン・イーターを倒したのは良かったが親方は頭が光りだし、命からがらたどり着いたこの町で貴族でない覚醒者である親方は拘束され、ベルノさんもまた、親方を置いて自分の国に帰ることも出来ず、この都市にいるのだそう。
「今でも、私はこの国は腐っていると思っています。住民に反攻されないように、上手く制度の中に飴と鞭を織り交ぜ、他国の情報を完全に閉鎖することでこの生活が普通だと思い込ませる。加えて反攻されても即座に鎮圧出来るだけの力を貴族だけが独占し自分たちに牙を剥くかもしれない危険分子は成長する前に刈り取るか自分たちの手駒にする。私はこの領地に来てからそれを覆すチャンスが来るのをずっと待っていました」
アーミーは沈黙していた。某もまた、驚いている。ベルノさんと親方がそれほどまでに重い過去を持っているとは想像もしていなかった。ただ、今の話から推測するに――。
「つまり、某がそのチャンスということであるか?」
「ええ、その通りです。貴方はただ、一心に、憧れである『侍』を目指せばいい。事実、その過程であなたは日々恐ろしい程の勢いで成長し、私たちに多くの影響を与えています。そして、アーミー。あなたにもこの話をしたのは、アドリューンを支えて欲しいという思いがあるからです。正直、アドリューンは大人びて見えるとはいえ、まだ六歳の子供なのです。近くで支えてくれる人が居なければこの計画は絶対に破綻する」
むう。少し悔しいでござるが、事実その通りである。正直なところ、これは革命の準備段階とも言えるであろう。まだ、どのようにベルノさんが反旗を翻すつもりをしているのか、それは定かではない。だが、某はこの話に乗ろうと思っている。某が前世で憧れた侍になる為に戦がしたいのもあるが、それ以上に恩人が苦しんでいるのを何もせずに見捨てるのでは、某の信条に反するのだ。
そんな中で、じっと話を聞いていたアーミーは口を開いた。
「どうして、俺にこんな話をしたんですか? 師匠を支える役は俺じゃなくても良かっただろうし、そんな不安定な計画なら俺には最初の噂に関する緘口令だけ引いて、部屋の外に出せば良かった。もし......もし俺がこの話を自分の命惜しさに外で貴族に話したらどうするつもりなんだ!」
道理である。そもそも、この都市内での暮らししか知らないアーミーが、わざわざ死ぬかもしれない程の大きな秘密と危険を背負って某たちと心中する必要は無い。声を荒げたアーミーの動揺は某にだって理解できる。豊かとはいえないが、毎日変わり映えのない日常を無難にこなせばそれだけで生きてゆくことは出来るのだから。
そんなアーミーの言葉を聞いてもベルノさんは特に驚いた様子も見せずにむしろ笑って言った。
「構いません。その時は私と親方が死ねばいいだけですから。元より、死ぬ覚悟なんて、あの時、共に旅した仲間を失った、あの日から。とっくに出来ていますよ。あとは死ぬのが早いか遅いかの違いだけです」
「ああ、そうだな。今の話を言いたきゃ言えば良い。俺はこの都市に縛られてから結婚もしたが、妻には既に話はつけてある」
そんな二人にあてられたようにアーミーはたじろぐ。まさか、秘密の話をしていた筈なのに、アーミーが今を変えるのが嫌ならば、怖いのならば、自分たちを捨てても良いとベルノさんと親方は言い切ったのだ。某もこの潔さと覚悟には思わず惚れてしまいそうである。
ここで行き場を失ったアーミーの矛先は某に向く。
「なあ! 師匠はどうなんだ! 理不尽じゃないか。聞く限りこれは嘘かもしれない、ここよりも圧倒的に良い生活環境を想像させて、扇動しているだけじゃないか! それに、勝手に師匠を利用する前提で話している! そんなことおかしいと、間違っていると思わないのか?」
アーミーは、某をまくしたてるように言う。正論だ。ベルノさんや親方が嘘を言っている可能性だって十分にある。だが、某は知っている。知ってしまっているのだ。親方やベルノさんの言う生活よりももっと豊かで、快適な生活を――。
「某はこの話受けても良いと思っているでござる」
「師匠!?」
某の答えにアーミーはまさか某がすぐにそう答えるとは思っていなかったようで驚いたように言う。
だが、某にも理由があるのだ。
「アーミー、某は、親方にもベルノさんにも数えきれない程の恩があるのでござる。一年と少し前まで、某はベッドから離れられぬほどに虚弱な子供で、いつ死んでもおかしくなかった。だが、親方は某のために薬を譲ってくれ、加えて、こんな年であるにも関わらず、雇ってくれて、しかも鍛えてくれた。ベルノさんだってそう。某が動きやすいように、某が危険な目に遭わないように、常に気を配ってくれている。この二人が居なければ今の某は無い。にもかかわらず、恩人が困っているのに手を貸さぬというのは某が『侍』である為の信条に反するのでござる」
「そうか。師匠も......そうなんだな」
アーミーとてまだ、十五歳。にもかかわらずここで、製材所......果ては家族や、この都市に住む者たちの命運を握るような計画に参加するのは荷が重すぎるように感じられた。だが、アーミーが呟きながら顔を上げた時、アーミーもまた某たちと同じ顔をしていた。
「正直なところ、不安と恐怖しかない。だが、よくよく考えれば、俺の世界がひっくり返る瞬間に立ち会えるとも言える。このチャンスを逃すのは野暮だよな」
そう言って、アーミーはゆっくりと呼吸をする。覚悟を決めても内側に渦巻く葛藤が消すのには時間がかかるのであろう。
だが、呼吸を終えた後、アーミーは語りだす。
「俺の師匠はこのアドリューンだ。半年一緒に修行したから分かる。いつだって師匠は俺の常識を変えていった。絵は下手だったけどな。だからこそ俺は見てみたいと思う。師匠がいつも目指しているという真の『侍』になった時、俺たちの世界はどう変わっているのかを、な」
ふうう、難産。そして、あと少し書ききれませんでしたね。
とはいえ、今日はこの都市に何故、ベルノさんと親方がいるのか、何故、ベルノさんと親方は貴族しか知りえない情報を知っているのか。その過去を少し詳細に書いておきたかった。
それと、アドリューンの髪の色これまで隠しててごめんなさい。
母上と父上の髪の色は出していたのですが、このシーンを書くためだけに隠してました。違う色で想像してた方には謝っても謝りきれない......
言い訳させてもらうと、アドリューンは普段から見ている光景の中でわざわざ人の髪の毛の色を気にしながら行動するか? と、思うと書くタイミングが無く......結果ここまで引き延ばしました。
とはいえ、web小説には髪の毛の色や容姿を語らない物も結構ありますから、大目に見てやってください。
次回は、次回こそはアドリューンの新しい修行方法についてベルノさんと親方に相談します! いや、させます。 では、もう眠気が限界なので、これにておやすみなさい。




