侍の心得其三十八 金物屋の店主ソリュー
「ふむ。冒険者レベルは12でござるか」
どうやら、バンデルラビットは一羽あたり冒険者レベル一の上昇が見込めるようだ。某はたった一人、家のベッドでくつろぎながら思う。
本来ならば、親方に報告にいくのが筋なのであろうが、ベルノさんが、「私から説明しておきますから、ゆっくり休んでください。アドリューンはまだ子供なのですから」と言われてしまえば、断ることは出来なかった。
いや、むしろありがたかったと言えるであろう。こうしてゆっくりベッドに寝そべって休む時間もまた成長には必要なのだから。
そんなわけで、某は今、一週間の休暇の三日目を満喫しつつ、家のベッドの上で冒険者カードを眺めている。一昨日は久々に家に帰ってきてベッドの上に寝そべった時、その柔らかさと寝心地に感動したものである。家であれば、物取りの類を心配する必要も無ければ、天候の心配をする必要も無いのだから。
......相変わらず、ノミは跳ねまわっているが、そこは気にしてはならぬであろう。
ちなみに、昨日は一日、ずっと家でぼーっとしていた。いくら忘れようとしても、消そうとしても、あのバーサークカウが頭を過るのだ。トラウマについて今すぐ解決するのは諦めた。
「それにしても、やはりこの家は暇でござるな。特にやることも無いし話し相手もいない。それに、家の中で悶々と過ごすのもいい加減飽きてきたところである」
この家の中に娯楽は無い。今あるものと言えば念じるなり呼ぶなりすれば手元に現れる冒険者カードと、父上に勝ち抜き戦用に作って貰って使わなかった木刀くらいだ。
狩りで使った刀は、バンデルラビットの捨て身タックルで壊れたので、今頃武器屋でスクラップにされているだろう。
ちなみに、父上と母上は当然仕事で製材所へ行っている。昨日の夜は無事を祝ってくれたが、某が休みだからと言って父上と母上が休みになるわけではない。
そんなわけで某は外に出ることにした。日が暮れるまでに帰ってくれば大丈夫であろうと。父上に作って貰った木刀を腰に差し、某の稼いだ銭貨の入った袋を持っていそいそと外行きの準備を整える。
まずは玄関。いつものように閂に手を添えると優しい青というか緑というか......そんな色を放って閂が動いて扉が開く。某の背も伸びたようで、今では家の中のドアノブやこの閂にも問題なく手が届くし、某が製材所で働くようになってからは父上に登録してもらって一人でも出入りできるようになった。
次は階段。そういえば一年前は少し降りたくらいでひぃひぃ言っていたでござるが、ここもまた、今では一人で問題なく上り下り出来る。修行の成果が目に見えて少し嬉しい。一段飛ばしで駆け下りてゆくと、少しずつむわっとするような異臭が漂い始める。
「ぬう、この臭いは何度かいでも慣れぬでござる」
そう、貧民街の大通りとは、まさしく糞尿ロードなのだ。昼夜問わず酷い臭いがする。というか、最近、暑さのピークである集夏という季節を迎えるせいか余計に臭いがひどくなっている気がする。
そんなことを思いながら、外に出ると太陽の日差しを感じる間もなく左右から降り注ぐ、糞尿とダンスだ。
とはいえ、これは結構修行になる。なんせ、この貧民街の大通りで糞尿を躱しているだけで、反射神経と周囲の状況の把握能力、更には視野の広さが身に付くのだから。
某は今日は休みだからということで、ただひたすらに糞尿とダンスを踊り続ける。まさに無心だ。社交ダンスではキレのある首振りが加点になるという話を聞いたことがあるが今の某はまさにそれかもしれない。
......ただ、パートナーが糞尿なのは悲しいことであるが。
そんなどうでもいいことを考えながら舞っていると、不意に頭にふっとアイデアが沸くのを感じた。
――これ、製材所の者たちを鍛えながら、貧民街の環境改善出来るのではござらんか?――
思いつたら即座に実行である! 某のトラウマ改善の方法が浮かばなかったのは残念であるが、某はダンスを辞めて、いつもの製材所に向かう時と同じように貧民街を駆け抜ける。市場では相変わらずもてはやされ、少し恥ずかしい。とはいえ、そんな市場を突っ切り、向かう先は平民街の、金物屋である。まずは試作品を作って貰わねばならぬのだ。
傾く日に少し焦りながら、冒険者になるまでの準備期間でベルノさんと共に、小鍋を買いに来た金物屋へとたどり着く。
「へい! いらっしゃ...... なんだ。子供か。ここは子供が遊びで来るところじゃないぞ? ここに面白い物は無いし、商売の邪魔だから帰りな!」
見た目三十台ほどの、赤褐色の髪色をしたやせ形のおじさんが某に声をかけてくる。この店の店主であろうか? 以前、鍋の支払いをしたときは見習いとやり取りをしていたので、この人に関しては全く知らない。それにしても、商売の邪魔とは失礼な。何の用も無しにやってくるようなそこいらの子供と同じにしないで欲しい。
「客に対してそれは失礼であろう?」
「あぁ? お前のような子供が客? それに見る限り、その恰好と臭いは貧民そのものじゃねぇか。そんな――」
そんなやつがここにある商品が買えるはずがない。
そう言われるより前に某は家から持ってきた袋を、カウンターに叩きつけた。
その瞬間、大量の銭貨が擦れ、カウンターにぶつかったことで出る破裂音のような音が響き渡り、店主の某を見る目が変わる。
某が一年で稼いだ給金のうち、半分は食費の補填としていたが、半分は母上の勧めで今日までずっと貯め続けて来た。少しばかり、アーミーの特訓中の付き添いを頼んだ父上への賄賂で使ったり、某が時々の贅沢として果物を買うのに使ったが、それ以外は全て残してある。つまり、この袋は、某の一年の努力の結晶なのである。
「これでもまだ、某が客で無いと言えるでござるか?」
「悪かった。話を聞こうじゃないか。おーい! リックス、店番を頼む!」
こうして某は店の奥へと案内される。どうやらうまくいったらしい。
と思ったが、そういう訳では無かった。
「おい、お前、どこでこんな大金盗んで来やがった?」
開口一番、奥へ案内された時に言われたことはこの金を某が盗んで手に入れたと思われたらしく、腕を掴まれて詰問される。
確かに、某の見た目はそこら辺で遊んでいる子供と変わらず、そんな子供が大金をぶら下げて店へとやってきたのだ。窃盗犯だと思われても仕方ないだろう。
だが――
「某、盗みなどしていないでござる。これは某が、一年働いて得た全財産。それを窃盗扱いとは如何なものであろうか?」
某は怒りを抑えながらも真っ直ぐに金物屋の店主の顔を見て反論する。思い付きであれ、そのままここへ来たのは浅はかだったかもしれないと少し後悔するも、ここで、後ろめたいふりをして窃盗犯に仕立て上げられるのは御免だ。確かに某の身の潔白を証明してくれる人はいる。だが、この都市の法を某はほとんど知らない。
無知とは即ち罪なのだ。運が悪ければ犯罪奴隷にされてしまう可能性だってあった。
そんな某の目を見て金物屋の店主は少したじろいだ後、何かに気づいたかのように某の全身を観察した後、言った。
「どうやら、本当みたいだな。それに、その袋の中身、全部銭貨だろう? 流石にそこまで大量の金を銭貨のまま持ち歩くやつはそういないからな。それに、今思い出したが、刀とかいう変わった形の武器を持っていて面白い喋り方をする少年が働いてるって製材所の親方が言ってたよ。お前がそれか?」
なんと。まさかこんなところで親方の話を聞くことになるとは。案外職人のネットワークというのは広いのかもしれぬ。
「うむ。某がそうである」
某がそう言うと金物屋の店主はばつが悪そうな顔をして、某に謝罪した。
「邪魔もの扱いした上に、泥棒扱いまでしてすまなかった。そういえば、客だと言っていたな? 失礼なことをした詫びとして割引するからもし、まだうちで何か買ってくれる気があるなら何でも言ってくれ。出来る限りのことはさせて貰う」
某は別にそこまで怒ってはいない。というか、子供が一人でこんな大金を持っていれば疑って当然だろうと思う。最悪、信用に値するかどうかは分からないが冒険者カードを出そうかとも思っていた。何はともあれ、割引してくれるのなら願ったりである。ここしか金物屋を知らないのもあって、断られれば休暇中に新しい金物屋を見つけられるかどうかすら怪しかったのだから。
「構わぬでござるよ。某の欲しいものは店頭で見た限り無かった故に作って欲しい商品があるのでござる」
「ほう? 作れるものであればいいんだが」
そういう、金物屋の店主の顔は紛れもなくどんなものを頼まれるのかという職人の顔だった。
「『たらい』でござる。直径は一メートル程で、深さが欲しいでござるな。寸胴鍋程とは言わぬが、跳ねを飛ばさぬよう、底が少し深い物が良いでござるな。ただ、深すぎても周囲が見えなくなるでござるな。うむ。四十センチほどでよろしくお願いしたいでござる。ああ、もう一つ、最高まで重くしたものと、最高まで軽くしたものの二つが欲しいでござる。上手くいけば――」
「ああ! 待て待て。一度に注文を付けすぎだ! 流石にそこまで付けられると割引してもそこの袋の金額じゃ足りなくなるぞ。まずは、どんな時にどんな用途で使うのかから教えてくれ。途中で跳ねだの、周囲が見えなくなるだの、気になる単語が結構混じってたからな」
ふむ。確かにそう言われればそうであるな。
某は納得する。それと同時に、この職人の腕がどうかは分からないが、こういう、妥協しない態度には好感が持てたので某は今、頭の中で考えていることを包み隠さず話す。
話し終わった時、何やら金物屋の店主が頭を抱えながら、飽きれたように笑っていた。
「どうしたでござるか?」
「いや、製材所にはそういえば、ベルノがいたなと思ってな。あのベルノが珍しく愚痴を言っていた内容を思い出したんだよ。まさか、それに俺もかかわることになるとは思ってもみなかったが」
あのベルノさんが愚痴でござるか。しかもそれを言い合える仲とは中々信用できるのではなかろうか。某は金物屋の店主の評価を一段階上げる。
「よし、良い物を作るには環境をしっかりと見てからだ! まさか貧民街を始めて見るのが、客からの依頼でとは思わなかったが一度見ないことには頼まれたものも作れないからな。あ、そうだ。自己紹介がまだだったな。俺の名前はソリューだ。もしお前の話が上手くいけば長い付き合いになるだろう。これからよろしく頼む」
「アドリューンでござる。こちらこそよろしくでござる!」
こうして、某と金物屋の店主ソリューは夕焼け空の中、貧民街へと向かった。
ここで、ソリューもまた、いつぞやのベルノさん同様に糞尿まみれになったのは言うまでも無いだろう。平民はやはり、鍛え方が足りぬでござるな。
アドリューンは休日であっても結局は修行に走ってしまうという......
娯楽があったら何か変わるのかもしれませんけどね。
というわけで、これから、この章の主題である、貧民街の掃除夫な某を回収していきたいと思います!(え、忘れてただけだろ? って? そんなはずはナインダヨ......そんなはずは)
次回は休日の残りとそれを消化してちょっと先に進んでいけたらなと思っております。では。




