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侍の心得其三十七 トラウマ

「そういえば、めぼしい情報は聞けたでござるか?」


 チンピラ冒険者たちが襲撃してきた次の日の朝早く、東から顔を出す太陽によって影の無くなった第一門から外へ出る為に順番待ちの列に並びながらベルノさんに尋ねる。

 昨日は襲撃された後始末で色々あったおかげで、聞けていなかったのだ。


「ええ、原因こそ分かりませんでしたが、このような状態になったのはほんの三ヶ月ほど前だったようです。どうやら、南門もこのような有様らしく、突然道が植物の中に消えてから、交易も出来ていないようで商人たちが嘆いているそうです」


「それにしては、特にそのような話は聞いたことが無いのはおかしいのではござらぬか? 某ならともかく、ベルノさんまでとなると」


「そうですね。情報が意図的に隠されている可能性は否めませんね。恐らく、人間側かそれ以外かで覚醒者の力が絡んでいると見てまず間違いないでしょう。ただ、商人以外に被害の噂は聞いていないですし、冒険者ギルドでも情報を集めてみる必要がありそうですね」


 なるほど。覚醒者でござるか。確かに植物の異常成長を促せるのは、人間であれ、イーターであれ、アニマルであれ、覚醒していなければ到底無理な話であろう。

 とはいえ、急にこのようなことになり、聡いベルノさんにまで情報が隠されているとなれば、この、急に起こったという草原化には何か思惑が絡んでいると見て間違いないであろう。


「アドリューン。今ある情報で悩んで答えを見つけ出そうとするのは悪いことではありませんが、もう少し気楽にいきましょう。今日はこの前のように半日ではなく一日狩りに使えるのです。一旦、草原のことは忘れて、戦闘指南役としての仕事をきっちりこなしましょう」


 ああ、そうであった。そういえば、ここ数日色々あって忘れかけていたが、そう言えばここで狩りをするのは、戦闘指南役としての仕事をするための実戦経験を積む場であった。それに、某はいち早くバーサークカウのトラウマを払拭せねばならぬのだった。


「そうでござった。今日は一匹で倒れるようなことにならぬように頑張るでござる!」


 そう言いながら某は腰に差した刀を撫でる。当然ではあるが侍として某の刀に寄せる思いはかなり強いため、血のりの一つすら残さずに手入れしてある。

 それを見たベルノさんには「教える前に武器の手入れをするとは流石ですね。防具の手入れもお忘れなく」なんて言われたくらいである。

 とはいえ、この刀はオーダーメイドといえど量産品の剣と同じ材料を使っているので、バーサークカウの首を落とした際に出来た若干刀身に凹みと歪みは今の某ではどうしようもなかった。


 ――これは刀の手入れの方法や、武器を消耗せぬための術も生み出さねばならぬやもしれぬ――


 ただ、武器の消耗に関しては当てが無いわけではない。それは打ち上げトーナメントや親方の戦いを見ていても明らかであろう。これは某の推測にすぎぬが、シーカスが突然強くなった武器による強化......恐らく親和性のようなものがあるのであろう。それと、この世界にしかない貴族が秘匿しているという覚醒者の元となる力。恐らく、これを纏わせることで相手の武器を破壊することも出来れば、自分の武器の消耗を抑えることも出来るのであろう。


 そんなことを考えつつ、ベルノさんと共に、門番に通行料を渡し、第一門の外へと出る。まだ朝であり、日が昇っていない為に、第一門と結界の影でかなり遠くまで草原は真っ暗であった。


「さあ、アドリューン。まずは、狩った獲物を括り付けておく木の棒の類を探しますよ。今日はバーサークカウのような大物は狩りませんから、アドリューン一人で狩りをしてもらおうと思います。危険なイーターが出た場合はその限りではないですが、戦闘指南役が一人で狩りが出来ないのは問題でしょう?」


「分かったでござる」


 いくら、草原と言えど、草だけでは無いのだ。まばらにではあるが、木だって生えている。他の冒険者もそんな木の枝を利用しているのか、枝が切り落とされた痕のある木が大半だった。

 そんな木の中から、ベルノさんと共に、まだ枝を切られていない、狩った獲物を括り付けておくためのいい感じの枝がある木を見つけ出し、ベルノさんがその枝を一本切り落とした。

 見る限り、枝を切り落としたベルノさんの剣にへこみの類は一切ない。もし某があの枝をこの刀で切り落としたら恐らく凹む、良くて切れ味が落ちるだろうと思うと少し悔しい。


「さて、木の枝も準備出来ましたし行きますよ。まずは、あそこにいるバンデルラビットが狙い目でしょうか。バーサークカウほど周囲の音に敏感ではないですが、スピードはバーサークカウよりも遥かに上ですから、仲間を守るための捨て身のタックルだけはまともに受けないでくださいね。私でも骨折するくらいには威力がありますから」


 某は頷きながら、遠目に微かに見える動く数匹の黒い斑点を見る。ベルノさんはよくあんなものが見えるものだ。それに、捨て身タックルとは......この世界の生き物は果敢すぎではなかろうか?

 いや、そうではないのやもしれぬ。某とてもし仲間が死ぬかもしれないような状況になれば捨て身の殿を務めることもあろう。


 そう、考えを改め直し、ベルノさんとともに兎の姿が確認できる位置までゆっくりと近づいていく。気分は兎を狩る狼である。その兎は全身真っ黒の体毛の中にところどころ赤い斑点がある。なんだか見ているだけで毒々しい。それに加えて、耳も目もギザギザで細長く、シルエットこそ兎に似ているが、某の知る兎のような愛らしさは微塵も感じられなかった。


「ではベルノさん、行ってくるでござる」


「ええ、くれぐれもお気を付けて」


 それだけ言葉を交わすと、いつ気付かれて捨て身の突進が来てもいい様にと身構えつつ、バンデルラビットとの距離を詰める。見える位置にいる数は五匹。というのも、草の丈よりバンデルラビットの方が小さいので正確な数とは言えないが、周囲の草の動きからまず間違いないであろう。折角の獲物、出来れば三匹は仕留めたいところだ。

 これ以上近づいたら気付かれるという位置まで近づいたところで、息を殺し、今度は距離を詰めないように、じっと待つ。


 相変わらず某には気付いていないようで自分たちの体よりも高い草を食んでいるようでそれに安心しつつもじっと待つ。ただひたすら待つ。

 某が目指すのは、バンデルラビットが一直線に並ぶ瞬間である。つまり、某の技の射程に入った瞬間に一網打尽にすれば、捨て身のタックルを受けずとも済むという算段である。


 そうして、二時間ほど待ったところで遂に時は訪れた。


 ――来た!!――


 遂に、五匹が某の目の前で一直線に並んだのだ。毒々しい見た目ではあるが、彼らは小さい。小さい兎を狩るのに技の威力は必要が無い。その分、速さを出すことが出来る。

 某は待っていたこの瞬間を逃すまいと刀へと手をかけ、ベルノさんでさえ捉えられなかったあの技名をつぶやく。


「アドリューン式 抜刀術 紫閃」


「ピェエエエエエエエ!」


 某は、一直線に並んだ五匹のバンデルラビットすべてに斬撃を浴びせる。浴びせた筈だった。確かにバンデルラビット全員に斬撃は当たっている。だが、一匹も完全に息の根を止められていなかった。


「刀が逸れた!?」


 某は驚いて固まってしまう。確かに某は全てのバンデルラビットの首を斬ったはずであった。なのに、全てのバンデルラビットにおいて、少しずつ急所を外していた。


「アドリューン! 油断してはなりませんよ!」


 呆然としていた某は、ベルノさんの声で我に返る。そうであった。まだ、バンデルラビットにとどめはさせていない。

 振り返るとバンデルラビット全員が某へ向かって突進してきていた。どうやら、某の与えた傷では助からないと判断したらしいが、いくらなんでも全員同時に特攻を選ぶことはなかろう!?


 確かにバンデルラビットは速かった。それこそ、ロケット花火が同時に五つ某に向かって発射されたような錯覚すら感じる程だ。だが、某はここで怪我をするわけにはいかない。怪我をして動けなくなれば、某の修行もその分後退してしまうのだ。それだけは断じて許容できない。


「ぬあああああああ!」


 自分でもよく分からない声を上げて、一心不乱に刀を振り回して迎撃した。結果として、突進を刀で受けた分、手に痺れは残ったがなんとか撃退することが出来た。

 だが、内容としては全く満足できるものでは無かった。そもそも、こんな言い方はおかしいのかもしれぬが斬る直前で刀が勝手に相手の首を避けたのだ。これは某が思う以上に重症である。

 そんな某に、ベルノさんがやってきて言う。


「ひとまず、お疲れさまでした。とだけ。まさか、ここに居た五匹すべてを狩るなんて。アドリューンは流石ですね。とはいえ、どうしたのですか? 相手の息の根を止めたことを確認もせず呆然とするなんて。というか、あれほど綺麗に斬ったにもかかわらず、全てのバンデルラビットが生きていたのには私も少々焦りましたよ」


 そんな風に優しく某を諭すベルノさんに目を合わせることも出来ず、某は空を見た。空には、もう少しで昇りきろうかといった様子の太陽が赤々と存在感を示しており、バンデルラビットを見つけた時は影になっていたこの場にも暑い日差しが降り注いでいた。

 そんな中、先ほどの戦いで使った刀に目を向けると、見事に、刃はガタガタで所々にひびが入っていた。


「ベルノさん、某の刀が、刀が......勝手に急所から逸れていったのでござる」


 某は、なまくらであれど、自分の未熟さで刀を駄目にしてしまった悔しさと、初めて、筋力や体力の不足以外で自分の体が自分の思い通りに動かない恐ろしさに、思わず涙を流していた。止めようにも、一度崩壊した涙腺はそう簡単に修復は出来ない。

 そんな某の頭をベルノさんは優しく撫でると手早くバンデルラビット五匹の手足を木の枝に括り付けると某の手を引いた。


「今回の狩りはここまでにしておきましょうか。武器も壊れてしまいましたし、アドリューンにも、今の気持ちを整理する時間は必要でしょう。帰ったら一週間の休みは準備してありますから、安心して休んでいいですよ。すでに、バーサークカウの卸値だけで、今回の遠征は大幅な黒字ですから」


 ――本当に、ベルノさんは用意周到すぎて恐ろしいでござる――


 しばらく泣いて涙が枯れ果てた後、第一門に戻り、バンデルラビットを黒子達に受け渡した後、某とベルノさんは帰路についた。


 こうして、初めての狩りとは思えない程の成果を上げながらも、全体的にかなり悔いが残る結果となった某の初めての狩りは終わった。


 やっぱり駄目でしたね。アドリューンは。トラウマって一度植え付けられると中々抜けないのが厄介ですよね。とはいえ、精神的な問題って難しいところもあって、トラウマは存在しないって意見もあるんですよ。上手くいかないのは本当にトラウマか? 上手くいかないから勝手にトラウマって思い込んでるだけじゃないかってね。

 トラウマの話はどこまでも脱線していくのでここまでにしておきましょう。これからアドリューンがこの症状とどう向き合っていくのか。それもまた楽しみにしていただければと思います。

 次回は領地に戻った後のアドリューンの休日について書いていこうと思います。では。

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