侍の心得其三十五 冒険者カード
「うぅ......気持ち悪いでござる」
某は今、なんとか自分の足で歩いている。とはいえ、ベルノさんの鎧の端を持ってようやくといったところであるが。
本当は背負ってもらいたかったのであるが、ベルノさんはバーサークカウを背負っている。というか、見た感じ五百キロは下らなさそうなバーサークカウを背負って歩けるベルノさんに某は少々引き気味でもある。成長したら某も出来るようになるのであろうか?
ちなみに、頭と根元から折れた角は某が持っている。正直に言えば、すぐにでも捨ててしまいたいくらいである。今も切り落とした時の感触と、その断面が頭から離れないのだ。一度整理したい気持ちもあるにはあるが、見上げればベルノさんが背負う牛の体が目に入るし、視線を落とせば牛の頭が目に入る。
途中途中で何度かベルノさんが声をかけてくれた気がするが、正直気持ち悪さを押さえるのに必死で何を言っていたのかすら覚えていない。
日は傾き、あと二時間ほどで日没になるといった頃、周囲が騒がしくなったことに気付きようやく第一門へとたどり着いていたことを知った。
そこでは某たちと同様に今日の狩りを終えた冒険者たちが門へと入る順番待ちをしていた。獲物を背負っている者、植物を採集したと思われる者、何も狩れず、見るからに意気消沈している者、といった風に様々だ。
そうして列に並び、門へと着いた時、行きで見送ってくれた某をガキ扱いした門番が某たちに声をかけてきた。
「嘘だろ? バーサークカウじゃねぇか! この短時間で狩ったっていうのかよ!? どうやったんだ? 仮にこのガキが使えたとしても二人で狩るようなアニマルじゃねぇだろう?」
門番は驚いている。どうやら、バーサークカウは二人で狩るようなものでは無いらしい。だが、そんなことはどうでもいいのだ。もう立っているだけでしんどいのだ。早く横になって休みたい......
「ええ。私が追い込んで、この子が首を刎ねたのです。とはいえ、初狩りはかなり堪えたようですから、早めに手続きお願いできますか。早く休ませてやりたいのです」
流石、ベルノさん。よく分かっているでござる。某に気を遣って簡単に事情を説明してくれたベルノさんのおかげでようやく某が今、どんな状態にあるのか察した門番は話すのを辞めて通行料の手続きを終えてくれる。
「確かに通行料は受け取った。さっきは悪かったな。ゆっくり休んで、元気になったらまた今日のことについて教えてくれや。門番って仕事は時間によっては暇で暇で仕方がないんだ」
そう言って門番は謝罪してくれる。某のことをガキ扱いしたのは少し許せぬところではあるが、悪い人ではないようなので頷くだけ頷いておく。
そうして第一門を通過したところで、ベルノさんは獲物を持って並んでいる人がいる荷台のある方へ向かっていく。そこでは、黒い布で全身を覆い隠した者たちが数人がかりで作業をしていた。あれはたしか......そう、黒子でござる。あそこで狩った獲物だけを先に運んでしまうのであったな。
そんなことを考えていると某にベルノさんが声をかけてくる。
「アドリューン。あと少し頑張ってくださいね。あそこでこのバーサークカウを引き渡したら今日は休んでも良いですから」
「......分かったでござる」
そうして十分ほど並んだところで某たちの順番が来たのは分かったが、その後のことはよく覚えていない。誰がバーサークカウを受け取ったかとか、ベルノさんがどんなやり取りをしたか、もだ。
結局そのあと、バーサークカウを降ろしたベルノさんの背中に揺られながら某は、バーサークカウに使った迎刀術 崩転......いや、崩転ではない別の技について思いを巡らせる。
まだ、あの技は未完成だ。突然の思い付きであったことから、着地は勿論だがそのあとの技にも上手く繋がらなかった。だが、迎刀術 崩転と言うには違うと思うのだ。確かに刀さばきは崩転とほぼ同じであるが、始動のタイミングがまるっきり違う。
少し体勢は違うでござるがイメージとして似ている、巴投げから「巴」の音を取って、迎刀術 巴転と名付けることにしよう
某は今思いついた自身の技名になんだかしっくり来るような納得するような、そんな思いを抱きながらも、少しずつ意識が薄れていくのを感じた。一つ、不満があるとすれば、バーサークカウを背負っていたベルノさんの背中は血生臭かった。だが、汗と吐しゃと返り血でぐしょぐしょな某が言えたことでは無いだろう。
次、目覚めた時、某は鎧を脱がされ、パンツ一丁でボロ布を一枚かぶせられた状態で第一門の城壁の陰で寝かされていた。もうすぐ集夏が来ることもあって寝冷えするということは無かったが、吐いた影響であろう。喉が少し焼けるように痛む。おまけに受け身を取り損ねた肩も少し痛い。
「おお! 起きたか坊主! 中々起きないから、心配したぞ」
――む? 誰でござるか?――
そこには某の見たことのない、いや、どこかで見た雰囲気に似ている気もするが分からない。首の下まで伸ばした髭をさすり、笑っている男がいた。髭で若干老けて見えるが年齢は二十を過ぎたあたりというところであろう。一瞬、ベルノさんがどうにかされてしまったのかと思ったのだが、その男の後ろでベルノさんが眠っているのが見えて安心する。そうして改めて見てみるとこの男にどうやら敵意は無いようで、特に某たちに何かしてこようという雰囲気はしない。
某がじっと見ているのに気づいたのか、男はおどけたような顔をして自己紹介してくれる。
「ああ、誰か分からなかったか。俺はベッシュ。そこに居るベルノに雇われた見張りだ。昨日の門番と言えば分かるか?」
ベッシュ......昨日の門番......ああ!
「某をガキ呼ばわりした門番でござるな!」
その紹介で某は昨日の外へ出る前に某をガキと呼んだ門番のことを思い出す。そうやって思い出してみれば、顔は兜で覆い隠されて分からなかったでござるが、声に関してはそっくりそのままである。ここは文句の一つもいっておかねば気が済まぬというものである。
「そんなこと言ったってお前はガキで間違いないだろう? とはいえ、昨日、そこに居るベルノから聞いた話にゃ驚いたがな。まさか六歳の初狩りのバーサークカウ狩りで与えられた役目を完璧にこなせるなんてな。ただのガキじゃないことはよく分かったよ。気に障ったなら謝る」
そう言って、両手を合わせて頭を下げるベッシュに「むう。そこまでされれば許すのもやぶさかではないでござる」と回りくどく返しておくとぽかんとした後に笑っていた。
「おや、アドリューン、起きたのですね。どうやらベッシュの紹介も要らなかったようで何よりです。調子はどうですか? 無理はしなくて良いですから正直に教えてください」
起きてすぐに某の体調を尋ねてくるあたりが流石なベルノさんに某の体調について伝える。そうするとベルノさんはあからさまに安心した様子で笑った。なんでも、初の狩りというのは、下手すれば、武器すら振れなくなるどころか発狂して会話すら出来ないほどのトラウマを負うこともあり、某がそうならないか心配してくれていたという。
なるほど。無理もない。確かに初めてあの光景を直接見た衝撃は計り知れぬものがあった。それを精神の弱い者が見れば、武器が振れなくなるのも道理であろう。だが――
「ならば、職人や見習い達にそのような者はいないのでござるか?」
某でもこれほどの醜態を晒してしまったのだ。職人や見習い達が同様の状態に陥らない筈がない。それに、某や若い見習いならまだしも、職人たちは準冬と初冬の狩りを経験しているはずなのだ。
「勿論居ます。というか、初めて狩りをする者のうち、九割はアドリューンのようになります。ただ、狩りが出来ない者は解雇するしかないのです。うちの冬場の資金は狩りで賄いますから、出来ないとなると雇うわけにはいかなくなるのです。だから、皆、必死で戦えるようになるのです。そのトラウマを払拭できなかったものは......」
なるほど、そう言えばこの領地はそういう場所であった。多少、福利厚生や身分差における配慮があるとはいえ、適応できない者に優しく手を差し伸べてくれるようなことは無いのだ。
勿論、他にも職場はあるだろう。だが、ベルノさんの話から察するに、どこの職場も冬前は狩りに行く、もしくは狩られたアニマルの解体が大前提なのであろう。トラウマを抱えたままでは冬を生き残ることさえできないのだ。
「とはいえ、まだ安心は出来ません。トラウマというのは、もう一度実際の狩りの場に行くまでは克服できたかどうかは分かりませんから。あと三日ほど、情報収集も兼ねて休みにしますから、その間にアドリューンはしっかり療養して次の戦いの準備をしてください。私はもう少し休みます。折角雇ったベッシュも居ることですしね」
そう言うとベルノさんはまた横になると即座に寝息を立て始める。眠れるときにしっかり眠る能力......本当にベルノさんに粗などあるのであろうか?
「いや、これが、高レベルの冒険者か。アドリューンが目覚めたら起こして欲しいなんて言っていたが、周囲の音を聞いて起きて、必要なことを伝えて即座に寝る。これが出来る奴なんてそういねぇよ。大体は一回起きて会話なんてしたら目がさえちまうからなあ」
そう言ってうんうんと頷くベッシュさんに某も全面的に同意である。とはいえ、少し気になったことがあるので聞いてみる。
「そういえば、高レベルの冒険者というでござるが、ベルノさんはレベルいくつなのでござるか?」
「ん? ああ、正確な数字は覚えていないが、二千八百くらいだったぞ。この領地の貴族を除いた最高レベルの冒険者が三千七百って話だから、相当高いのは間違いない。というか、そもそも大体の奴は千を超える前に死ぬか、狩りにいけないような体になっちまうんだ。そう考えたらベルノは相当すげぇ」
「なるほど。そういう基準でござったか。今後の目標にするでござる」
とは言いつつも思う。もしや、そのレベル三千七百とやらは、親方や母上ではなかろうか? そうだとするならば、某の身近はヤバイ人だらけなのではないだろうかとも思う。とはいえ、親方は覚醒者であることが貴族に把握されているらしく領地内から出られないと聞いているからもしかすれば違うのかもしれぬが。
そんなことを考えていると、ベッシュが突然某に聞いてくる。
「あ、そういえば、今回のバーサークカウ狩りで貢献したのなら、アドリューンの冒険者レベルも上がっているんじゃないのか? ちょっと見せてくれよ」
――なるほど。確かにそうであるな。それは少し気になるでござる。昨日はそれどころではなかったでござるし――
「分かったでござる......む? どこにあるでござるか?」
そういえば、某は今、パンツ一丁である。流石にパンツの中に冒険者カードを入れるような無粋な真似は出来ぬ故に、鎧の下に来ていた服の懐に入れていた筈なのでござるが、さてどこにあるのであろうか。
「なんだ。無いのか? 冒険者ギルドで説明を受けただろう。念じてみろ。冒険者カードはそれでどこにあっても手元に現れるはずだ」
そう言われればそうであった。冒険者ギルドでは応対した受付嬢のおねえさんが貴族だった故にてっきりそんな機能の説明があったことなど抜け落ちていた。
そんなわけで、某は念じてみる。
――さあ! 某の手元へ参れ! 冒険者カード!――
「ぬお!? 急にでてきたでござる」
その瞬間、飛んでくるのかと思っていた某の手元に急に冒険者カードが現れた。これには流石に驚く。
「ははっ。本当に初めてだったんだな。俺も驚いたよ。そいつを初めて呼び寄せた時にはな。さて、まずは表面を見てみろ。名前、所属国、市民権、レベル、賞罰、渡航許可証、滞在許可証が書かれている筈だ」
そんなベッシュに急かされるように某は言われる。確かに某は冒険者カードを受け取った後、外の世界に浮かれてじっくり見たことはなかったはずだ。
そんなわけで某は冒険者カードの表面を見る。
名前 アドリューン
出身国 バンデルゲート
市民権 ドルバーデン
冒険者レベル 7
賞罰 無し
渡航許可証 無し
滞在許可証 無し
「おお! 初めてで七か。こりゃすげえな。通常のバーサークカウの討伐レベルポイントは十で、それが戦闘に参加した者の貢献度に応じて分配されるんだが、これ、初狩りだろう? なのに、ベルノよりもポイントが入ってるってことは本当に坊主は凄いんだな」
なるほど。あの牛一匹で十でござるか。これは案外すぐに上げられる気がしてきたでござるな。いや、油断は禁物でござる。それにまだ、あのバーサクカウの時の気持ち悪さは消えていないでござるし......やっぱりそう簡単なものでは無いのかもしれぬ。
――それにしても、某の所属する国はバンデルゲートでこの領地の名はドルバーデンというのだな。覚えておくことにしよう。自分の住む場所の名前も分からずに笑われるのは避けたいでござるからな――
今日は、討伐後のアドリューンと、冒険者カードのお話でした。
遂に国名も出て、アドリューンの立ち位置がだんだんと明らかになってきましたね! ちなみに、冒険者カードは全世界共通なので、身分についての記載はありません。
そして、ベルノさん、有能すぎる......作者が女性だったらベルノさんみたいな人のお嫁になりた......いや、やっぱやめときます。理由は想像にお任せします。
さて、次回は情報収集と他のアニマルの狩りなんかを書ければ! と思っております。ただ、ここは書きたいことが結構あって、出す順番が変わっちゃうかもしれませんが、その点はご了承ください。では。




