侍の心得其三十四 初めての殺生
どうやら、ベルノさん曰く、ここには本来、草原を横切り、森を通過する隣の領地へと続く道があったらしい。だが、今、目の前に広がる草原にはそんな道があった痕跡すら無い。これはどう考えてもおかしい。もし、道が無いのが父上から聞いた、この都市の裏門に当たる貧民街や職人街のある北門と東門側ならまだ分かる。だが、ここは西門からつながる道であり、隣の領地の客人だって通る筈の場所なのだ。
そんな場所の道が自然に吸収される。それは明らかな異常事態であった。
「とはいえ、ベルノさん、これはどうやって調査するでござるか?」
「とりあえず、今日は難しいことを考えずに、一匹狩りをしてみましょう。調査はここに滞在している冒険者たちから情報を聞き出してからでも遅くはないでしょう。それに、冒険者の装備がほとんど変わっていませんから、まだ、ここの生態環境は大きく変わっていなさそうですしね。ただ、私の知らないイーターやアニマルが住み着いているかもしれませんから、その点は注意してくださいね」
某はベルノさんの言葉に頷いた。とはいえ、見渡す限りでは、草原内には結構な数の動物がいる。他の冒険者も結構いるが、人を率先して襲うという魔物の類は見当たらなかったので、ここではいないのか珍しいのかもしれない。
「では、アドリューン、皆が狩りをする場所では巻き込まれて被害を受けるかもしれませんから少し離れますよ」
そう言って、某の膝よりも高さのある草むらの中へ、ベルノさんが踏み入った後をついてゆく。ベルノさんは気を使ってくれているようで、某が歩きやすいように草を余分に倒しながら進んでくれる。ベルノさんは気遣いの面でもやはり一流だ。こんな人が独身だと言うのだから世も末というものである。もしや、完璧すぎて逆にお相手が見つからぬのであろうか?
「アドリューン、何か余計なことを考えませんでしたか?」
「い、いや。何も考えてないでござるよ!」
危ない。もうこの話について考えるのはやめるでござる。
その後、某の返答がベルノさんを満足させるものでなかったのか、倒してくれる草の量が若干減り、少し歩きにくくなった......気のせいかもしれぬ。が、特に他の冒険者の巻き添えを食ったり、流れ弾を受けることなく、ベルノさんが目指していたポイントへたどり着く。
城壁から三十分ほど進んだ場所だ。
「アドリューン、あそこに、アニマルがいるのが分かりますか? 草食のバーサークカウです。今日はアレを狩りましょう」
「......わかったでござる」
ベルノさんが小声で指さした方向には全身乳白色で頭からは一本の立派なドリル状の角が付いている、角を除けば風体は完全に大人しい牛といった見た目の一匹の生き物がいた。正直なところ、アレにどうしてバーサークなんて大仰な名が付いているのかは分からないが、そう呼ばれる所以が何かあるのかもしれない。
「アドリューン。よく聞いてください。バーサークカウはとても素早く臆病なアニマルです。ですが、一定以上のダメージを受けて生き残ると、全身が真っ赤に染まり暴走状態になります。こうなると、捨て身で死ぬまで攻撃してきますから、仕留める時は、一撃で首を落とす必要があります」
なるほど、バーサークの由来はそういうことであったか。しかし、素早く臆病ならば、仕留めるのにも苦労するのではないか?
「では、作戦を説明しますね。バーサークカウは一人では覚醒者でもない限りほぼ狩れません。それだけ素早い生き物ですから。ですが、二人なら狩れます。今から私がバーサークカウをこの場所へ追い込みますから、あなたはここで息を殺して待って、バーサークカウの首を落としてください。アドリューンなら出来るとは思っていますが、失敗しても私がカバーします。安心して戦ってください」
「分かったでござる。某にまかせるでござる!」
某はベルノさんの指示に頷きながら返答する。正直に言えば、こうしていきなり狩りをすることになったのは不安であるし、ベルノさんがこの場から離れるということは怖くもある。だが、何事もやってみなければ出来ないというものである。某はベルノさんの言う通り、ベルノさんの倒していない草の下に身を屈め、視界だけがバーサークカウを捉えられる体勢になる。当然、右手には新しく作った某専用の、初の金属製の刀の柄が握られている。安物であるため、銘は無いが、こやつのお披露目の時でもあるのだ。
相手に取って不足なし。某は溢れる気合で緩む口元を引き締めながらも、そんな某を見て離れていったベルノさんを見送る。
ベルノさんは素早かった。背の高い草は、走るのには邪魔であるのは間違いないはずなのに、全く気にならないかのように素早く、標的であるバーサークカウから気付かれない程度に大きく距離を取りながら、某とバーサークカウとベルノさんを結んで一直線になる位置へと回り込んだ。
――準備は整ったようでござるな――
そう思った時、ベルノさんがこちらまで届くほどの大声を上げて、変則型の二刀流である、二本の長さの違う剣を抜いてバーサークカウにこれみよがしといった感じで襲い掛かる。
「ぬおおおおおおおおお!」
まったりと草を食んでいたバーサークカウは当然その声に気付いてぎょっとし、ベルノさんから丁度反対へと向かって逃げ始める。つまりその方向は......寸分の狂いすらなく隠れている某の方である。某は刀を握りしめて思う。
――ここは抜刀術では厳しいでござるな。流石にあの太い首を両断するには威力が足りない。ならば!――
某は猛スピードで向かってくるバーサークカウと、その後ろから少しずつ離されながらも声を上げてバーサークカウを追い立てるベルノさんを視界に留めながら某はこれと似たような状況があったなと思い出す。そう。あの牛は親方なのだ。当然頭は光っていないし、二足歩行でもない。だが、真っ直ぐに突っ込んでくるその様子は、タックルと斬撃を合わせたような攻撃をする親方そのものであった。
あの角を支点に、迎刀術を使って牛を倒し、立ち上がるまでに首を落とす!!
そう決めた某は爆走するバーサークカウが某の目の前にきた瞬間立ち上がる。
「ンモア!?」
バーサークカウは急に目の前に現れた某に驚いたが、某はバーサクカウの体高よりも小さい子供。いくらバーサークカウが臆病といえども某のような小さな子供なら撥ね飛ばせると判断したのだろう。スピードを緩めることはなく、そのまま某へと向かって突進してくる。
その方が某にとって助かるということも知らずに。
「アドリューン式 迎刀術 崩転」
某は、二度、親方を転がしたあの技を選ぶ。その場で敵の攻撃を受け止めて崩す、迎刀術 倒転と、相手の動きを反射する、迎刀術 反転を突進してくる牛に使うには某の力も体格も足りないからだ。だが、今回は少し頭を使う。ただ相手の攻撃をそのまま受け流すだけでは、シーカスや親方の時のように、距離を詰めている間に反攻の準備を整えられてしまう。
ならば――
――すべて受け流すのではなく、某も少しそのエネルギーを利用させてもらって、一緒に吹き飛べば良いのでござる!――
前世の実戦の無い環境では決して思いつかなかった受け流すと止めるの間。つまり、相手の攻撃の一部を甘んじて受け入れることで、某は相手に距離を取らせることなく追撃に移れる!
某は、いつもの崩転よりもほんの少しだけ始動を遅くし体の力を抜いてバーサークカウの突進を受け止める。が、もちろん受け止められるはずも無く、バーサークカウの力に押され、某の体が宙に浮き始めるのを感じる。正直に言えば、ぶっつけ本番の思い付きでこういった技を試すのは正気ではない。正気ではないのだが、今の某にはそれが出来る気がした。
外に出ることによって気持ちが大きくなっていたとか、異世界の生き物を見て興奮していたのもあるが、それでもやらずにはいられなかった。結果、某の思惑は成功した。
某はバーサークカウを撥ね上げながらも、某もまた、バーサークカウと同様の速度で後方へと吹き飛び始める。
だが、バーサークカウと某では致命的な差があった。それは、バーサークカウは某の与えた回転エネルギーによって、空中での体勢が定まっていないのに対し、某は真っ直ぐに飛ばされるだけ。つまり、空中であれど、某が有利なわけで......
「ぬああああああ! 某、着地のことを全く考えていなかったでござる!」
有利と、某は思っていた。だが、空中で刀は振れず、それに加えて、吹き飛ばされているのだ。不味い! 着地が不味いでござる! 受け身を取らねば!
「アドリュー――――ン!!」
遠くでベルノさんが某を心配して叫ぶ声がするがそんな声に構っている暇などない。某は地面に落下する瞬間に刀を落とさぬように、全力で受け身を取る。地面に激突したおかげで、若干肩が痛いが生い茂る草原の草の助けもあって、おおむね、上手く受け身は取れた。
体の違和感が無いかをさっと確認した某はすぐに立ち上がると、転がり止まったバーサークカウの方へ向かう。
バーサークカウの方が当然体重は重く、しかも、某のように予想していたわけではない故に、地面への激突でかなりのダメージを受け、角は根元で折れて無くなっていた。だが、倒れながらも、全身が一気に赤色へと変わっていくのが分かった。
暴走状態である。これは不味いというもの。この体格で暴走されたら、近くにいる某はひとたまりもない。某は肩の痛みを一時的に忘れ、地面に落下した衝撃で折れたであろう足など知らぬといった様子で立ち上がろうと全力で暴れる変色し始めた牛の首元に立つと、その首を思い切り力を込めた刀で刎ねた。
骨肉を断つ。その初めての感触に某は少しばかり驚いていた。生きている物から命を奪うとはこういうことかと。首を切り落とす最後の一瞬まで生きる為に、刀を阻むように抵抗された気がした。
バーサークカウの変色は止まり、頭の無くなった首から一気に血が噴き出し、返り血を浴びた某の体と鎧は血まみれになった。
「勝ったでござる......!」
某はそう言った瞬間に体からふっと力が抜けるのを感じた。生のやり取りはこうも緊張するものかと。それに加えて、肩も再び痛み始める。
戦闘モードから、通常モードへと人の頭が切り替わった時、つまり、興奮状態が終わった時、某の脳内に先ほどの首を刎ねた瞬間の情報がフラッシュバックしてくる。
「うあああああああああああ! おええ......」
某は、その瞬間、全身を悪寒と、気持ち悪さに襲われ、大して何も入っていない胃から、胃酸を地面へと吐いた。初めて何かを殺すとき、こういったことになるのは前世でも聞いていた。だからこそ、某だってグロ映像なんかも見て耐性をつけているつもりではあった。だが、映像は映像でしかないとこの時初めて知った。
これが、某の前世を含めた初めての殺生となったのである。
バーサークカウは基本的に群れではなく単独で行動する草食動物です。というのも、敵に襲われた際、暴走状態になると、仲間と敵の見境が無くなるからです。
なので、バーサークカウの倒し方は、アドリューンとベルノさんのように、追い込んで、暴走状態にさせずにとどめを刺す。もしくは、遠方から弓等でダメージを与えて暴走状態にし、力尽きるのを待つかです。ただし、暴走状態にさせて時間をかけすぎると肉の質が一気に落ちて、疲労で筋だらけになるので、買取価格も落ちます。
基本的に単体行動するので、中堅ほどの冒険者には狩り成功率の高い人気あるアニマルとなっていますが、暴走状態を仕留め損ねて命を落とす冒険者は毎年のようにいるという倒し方は確立されていても危ないアニマルではあります。
というわけで、今回は初めてアドリューンが動物を殺しました。アドリューンが目指す侍ならば、殺生を免れない場面もこれからきっと出てくると思います。とはいえ、やはり、初めての殺生って色んな意味で辛いものだと思うんですよね。それは書いておきたかったということです。サイコパス主人公は作者の中でちょっと許容できなかったのもあるけど。次回は、第一門に戻った後のお話を書いていこうと思っております。では。




