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侍の心得其三十三 外の世界

「アドリューン、起きてください。出発しますよ」


 ――むう、もう少しだけ寝かせて欲しいでござる......――


「アドリューン! 起きないのなら引き返しますよ? まだ外は早かったということで」


 ――なぬ? それは困るというものだ。外まであと半分だというのに、ここで引き返そうとするなど流石に鬼でござる!――


「起きるでござる......ぬう、体全体が痛いでござる。それに加えて眠いでござる」


 某は寝不足でまぶたの上がらない目を擦りながら起き上がる。皮で出来た鎧ではあるが、鎧は鎧。それを着たまま、地面に直接横になって眠ったのだ。これで体が痛くならない筈がない。

 その割にはベルノさんは某よりも寝ていない筈なのに普段通り......いや、寝癖が少しついている。いつも完璧なベルノさんにしては珍しいものである。


「それは仕方ありませんね。初めてなら必ずそうなるものです。これからいろいろ試してなるべく体が痛くならない寝方を身につけて下さい。ん? アドリューン、なぜ笑っているのですか?」


 ベルノさんは某が眠そうながらも笑っているのが気になったようで聞いてくる。さて、どうしたものか。このまま教えないのもそれはそれで面白そうでござるが、ベルノさんには世話になっている。ここは正直に話しておいた方が良いであろう。


「ベルノさん、寝癖が付いているでござるよ」


「何ですと!? どこですか? 現役のころは寝癖を付けずに寝れたというのに。私も衰えましたね。これはアドリューンだけじゃなく、私も眠り方の研究が必要ですね」


 ベルノさんは某が指摘した箇所を慌てて整えながら言う。しかし、寝癖を付けずに眠る方法とは、一体......某にも教えて欲しいくらいでござる。

 そんな風にこれが狩りに行く道中とは思えない程にまったりとした時間を過ごした某は荷物を確認し昨日と同じように第一門へと向かって歩き出す。

 第一門が近づいて来たのであろう。狩りから帰ってきたであろう人々とすれ違う数が増えてくる。やはりこのような場所に来る人は相応の実力の持ち主であるのだろう。心なしか体格の良い者が多い気がした。


 だが、一つ気になることがあった。


「道行く人が皆、手ぶらなのはなぜでござるか? 見るからに農夫じゃない者も混じっているように見えるでござるが」


 そうなのだ。というか、農夫なら、農具を片付けるなり、置いてくるなりすれば手ぶらなのは分かる。だが、全身傷だらけの、見るからに外に行っていた冒険者と思しき者たちがすれ違う者すべて手ぶらとは流石に考えにくい。


「それは簡単な話です。冒険者カードが討伐を記録してくれるので、第一門には常に、魔物運搬用の人力車が待機しているんです。そこで、狩ったイーターやアニマルは全て預かり領地へと運搬してくれるんです。後日素材の状態等を加味した上で金額が決められ、狩猟税を引かれた上で冒険者ギルドで受け取りが出来ます。昨日は恐らく入れ違いだったので見なかったのでしょうが、今日は見られるでしょうね。ほら、噂をすれば」


 そう言ってベルノさんが指さした先には、大人が五人は両腕を広げて立てるくらいには広い道をほぼ占領する、即ち、横幅一杯の巨大な屋根付きの荷台を載せた荷車が走ってきていた。四方には、先日、アーミーの自宅に寄った時に見た、黒子のような恰好をした人が荷台を支えながら並走している。


 ベルノさんと某はお互いに頷くと、道の端に寄り、その荷車の邪魔にならないようにする。


「つまり、アレに昨日狩られたものが入っているのでござるな?」


「ええ、その通りです。ひと昔前は、自分で狩った魔物は自分で持ち帰るのが主流だったのですが、初夏~準冬の始めにかけてはどうしても運搬中に腐ってしまい、駄目になることも多かったのです。そこで、領主様が考案したのがあの人力車システムだったわけです。アレのおかげで、今は肉を腐らせることなく持ち帰ることが出来るようになりましたし、一々、ギルドに行かなくても良くなったので狩りの効率も上がったんです。おかげで貴族たちで消費して余った肉なら、平民が食べられることもあるんですよ」


 なるほど。平民になれば肉が食えるようになるでござるな? ますます、平民になりたくなってきたであるな。とはいえ、何か良い手はないものか。今のところ、平民になる方法としては家を持ち、貧民では免除されている様々な義務を負うこと、という話ではあったが、六歳の稼ぎでは遠い夢物語のような話であるし、覚醒者である母上が貧民であるのにも何か意味がありそうだ。やはり肉だけのために平民を目指すのは愚策やもしれぬ。


 そんなことを考えているうちに、某の目の前を高速で荷車が走り去ってゆく。すれ違う時に風切り音まではっきりと聞こえるのだからかなりのものだ。前世の自動車くらいはスピードが出ているかもしれない。それなのに、荷車を支えながら並走する四人は、誰一人息が切れていないように見えた。


「あの、黒い布で顔を覆った者たちは一体何者でござるか? 平民街に行った時も偶々、糞尿の回収時間であったがあのように......いや、あれ以上の速度で走りながら仕事をしていたでござる。あの動きは某であっても到底真似できる物ではないと感じたが実際のところどうなのであろうか?」


 某の質問にベルノさんはあごを手で撫でながら考え込む。何かに悩んでいるのであろうか。そんなベルノさんから少し目を離し、先ほど目の前を通過していった黒子のような者たちが向かった、某とベルノさんが来た道を見てみれば、既に豆粒のように小さくなっていた。

 そうして、豆粒がほとんど見えなくなった辺りでベルノさんが口を開いた。


「そうですか。アレを前にも見たことがあったのですね。しかし、私も彼らについては詳しく知らないのです。彼らが貴族街から出てくるということとと、おそらく犯罪奴隷である、ということしか」


 なるほど。貴族街から出てくる犯罪奴隷であるか。そうであるならば、顔を隠しているというのも、服役という意味で労働をさせられるのも納得できる理由だ。だが――


「おそらく、でござるか?」


 そう、ベルノさんはおそらくと言ったのだ。つまり、本人の中にも何か引っかかっているものがあるに違いない。


「少し考えてみれば分かると思うのですが、犯罪奴隷とはいえ、元は貧民や平民です。そうであるのにもかかわらず、あの速度はおかしいと思いませんか? それに加えて、平民街で毎日観察すれば分かるのですが、糞尿掃除をするあの黒い者たちの顔がいつも違うのです。いくら、犯罪奴隷を貴族のやり方で覚醒させたからといって、ああも同じ力の持ち主を量産できるものでしょうか?」


 そう言われてみればそうでござるな。某の知る覚醒者は、親方と、母上と、それから、冒険者ギルドで応対した受付のおねえさん(貴族)だけであった。知っている数は少ないが、恐らく皆が違う力の持ち主であることは間違いない。そうであるならば、ベルノさんの疑問も最もであろう。だが、この領地の秘密主義の貴族のことである。調べるにはあまりにも今の某にとって荷が勝ちすぎている。


「確かに、覚醒者について少しでも知識があればあの黒子のことは気になるでござるが、それを解明するにはかなりリスクが大きいでござるな」


「ええ、気にはなるところではありますが、忘れた方が良いでしょうね。あまり疑い過ぎて貴族に怪しまれるようなことになっては不味いですから」


 結局、黒子のような者たちについてはほとんど何も分からないまま、進んでゆくことになる。昼を過ぎ、焼けるような日差しの中、これまでずっと変わり映えのしなかった景色がある場所を境に一変し始めた。


「む? クリュウの木が無くなっているでござるか?」


 遠目にではあるが、急に左右を緑と赤で彩られた農地だったはずの景色がまるで陥没したかのように茶色に見えたからだ。


「確かにクリュウの木は無いですね。代わりに、トズが栽培されているんです。トズが見えたということはもうすぐ見えてくるとは思いますが、第一門には天高く結界が張られているんです。その結界の影になる場所は、どういうわけかクリュウの収穫量が落ちるそうで、代わりに収穫量が減らないトズが第一門の近くでは栽培されているのです」


「なるほど。そういうことであるか」


 ふむ。恐らくであるが、光合成の関係であろう。もしかすれば、結界には紫外線のようなものも遮る効果があるのやもしれぬ。見た感じ、陰になっているようには見えぬでござるし。

 そうして、しばらく進むと、クリュウの木々は無くなり、地面を這うように生える黄色の葉と茎を持つトズで視界が埋め尽くされるようになった。

 某は、トズは料理されたものと、既に売りに出されている物しか見たことが無かった故に豆のようなものかと思っていたが、実際には違った。実の生り方的には、バナナの木が近いであろうか。ただ、地面を這っているが故に根元から房のように丸みを帯びた袋が付いて地面に転がっている感じだ。きっとあの中にトズの実が入っているのであろう。


 そんな風に異世界の植物に感心していると、ついに、第一門のある城壁がゆっくりと見えてくるのが分かった。


「着いたでござるな!!」


 某は遂に外だと舞い上がりスキップしながらベルノさんの周りをくるくると回る。少しずつ近づくと城壁の上空が揺らめいていることから結界があるのだということも分かった。これほどまでに広大な農地を覆う城壁と結界の外には何があるのだろう。想像するだけで居ても立ってもいられない、そんな抑えきれない気持ちが吹きあがる。


「アドリューン、楽しみなのは分かりますが落ち着いてください。そんなに動いていては、初狩りが疲れで失敗しますよ」


「む、それは困る。おとなしくしているでござる」


 危ない危ない。楽しみ過ぎて当初の目的を忘れるところでござった。感情に任せ我を忘れるなど、某もまだまだ未熟でござるな。


 こうして、某とベルノさんは第一門へと到着する。門の大きさは第二門とそう変わらないが、門番の数は十倍ほどこちらが多い。更に、門の周囲には多くの簡易テントのようなものが立ち並び、恐らく冒険者だと思われる、鎧を着こんだ者たちがいたり、狩られた獲物を、荷車に積み込む黒子のような者たちが居たりと、かなりの賑わいを見せていた。と言っても、某のような小さい子供は誰一人いないのだが。


「では、アドリューン。今日は着いたばかりで短いですが、少しだけ外に行ってみましょうか」


「うむ! 分かったでござる」


 某は元気に答えると、ベルノさんと共に第一門へと向かう。今は昼を回り夕方を迎える二歩手前といった時間であり、こんな時間から外へ出る申請をする人はいないようで、全く並ぶことなく進むことが出来た。


「目的は?」


 門へと近づいたベルノさんに門番が木の板を持って聞いてくる。


「こちらにいるアドリューンと共に、夜前まで狩りをしようと思っています」


「なるほど。しかし、こんな子供(ガキ)と一緒で大丈夫か?」


 む? ガキとはなんでござるか! とはいえ、某は確かにガキであるし、門番の表情から心配しているのが分かるだけに、言い返そうにも言い返せない。

 ただ、そんな某の様子を察したのか、ベルノさんが、説明してくれる。


「何、この子も結構やるのですよ。私が同じ年齢の時と比べて、はるかに才能もありますし、今のうちに外の世界を経験させておこうと思いまして」


 そういって、ベルノさんは懐から自分の冒険者カードを取り出して門番に見せた。すると、門番は少し驚いたような表情をしつつも納得するように頷いた。


「へぇ! 見ない顔だとは思っていたがうちの領地にもまだこんな凄い奴がいたんだな。これだけ凄い奴が言うんだ。そこの子供も凄いんだろう。分かった。通行を許可する。二人で通行料は銭貨六枚だ。ただな、外は厳しい世界だ。少しの油断が命取りになるから気を付けて行けよ? これだけの冒険者が付いてるなら必要のない忠告かもしれないがな」


「ええ、お気遣い感謝いたします」


 そう言ってベルノさんは通行料である銭貨六枚を差し出し、某の手を引いて門をくぐる。その時、懐にある冒険者カードが少し暖かくなったのは気のせいではないだろう。


 それにしても、門番が驚くとは、ベルノさんの冒険者としての力量はそれほどまでにすごいのか。某は改めて自分の目の前に居る人が凄い人なのだと思い直す。知識量、所作、経験......そのすべてにおいてベルノさんは一流の域にあると見て間違いなかった。


「さあ、アドリューン。これが外です。ここからはどこから襲われても不思議ではないですから、前後左右だけでなく、空や地面にも意識を払って進んでくださいね。決して私から離れてはいけませんよ」


 そう言われ、頷きながらも、外の光景には圧倒されるものがあった。城壁から数百メートル程の距離までは草原と言っても、草の丈は三十センチ程はあるが......が広がっており、その先には、見るからに何か出そうな森が口を開けていた。そんな中、目につく範囲では、シマウマに似た草食動物と思われる生き物と戦っている冒険者もいれば、採集している冒険者もいる。ただ、どこをどう見ても、街道の類が無いのは不思議であった。


「ここには道が無いでござるか?」


「ふむ。おかしいですね。私が最後にここへ来た初冬の終わり頃は、他領に繋がる道があったはずなのですが、草原と森に飲み込まれていますね。それに、そもそも、全ての植物が元気すぎます。何かが起こっているのかもしれません。本来の予定にはありませんが調査も兼ねる必要がありそうですね」





さて、今日はついにアドリューンが外を見ることが出来ました。とはいえ、どうやら一筋縄ではいかなそうな気配が満ち溢れていますね。頑張れ、アドリューン。

次回は、草原の探索をメインに書いていこうと思います。バトルシーンもきっと出すはずだよ! おたのしみに~


(......しっかし、今日も五千字以上書いてしまったな。もういっそのこと割り切って一話五千字にしてしまった方が良いのかもしれない......)

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