侍の秘技其一 アドリューンの報告書(エルミナーレ中心、三人称視点)
こちら、本編が進んだわけではないですし、アドリューンも登場しないので、本編=心得、外伝=秘技という形で書かせていただこうと思います。ただ、秘技其二を書くかどうかはストーリー展開次第だと思っておりますので、今後、秘技を書かない可能性もあるということでよろしくお願いします。
「もう、わざわざこんなきったない冒険者ギルドに派遣された理由が、ちょっとした威圧にも耐えられないような、中年のおっさんと貧民の子供の様子を見るためとかあり得ないでしょう! それに、遅れている冒険者ギルド内の書類も片付けて来いって!」
冒険者ギルド内の少々無骨な雰囲気で固められた客間で怒っている彼女の名は、エルミナーレ・ドルバーデン・バラード・セベナテロワリ。城塞都市ドルバーデンの下位貴族である。
貴族の名前は長い。貧民や平民であれば背負うものが無いゆえに名前のみ、商人であれば家名を持つ者もいるが、貴族の名前はそれの比ではない。一応説明すれば、本名・所属領地名・家名・序列の順で並んでいる。ちなみに、王族はここに、国名、世代数、王位継承順位が追加される。
貴族は王国内の各所にある領地に、大領地であれば三百名、中領地であれば二百名、小領地であれば百名とその家族並びに使用人が貴族街に住み、領内の統治を行っている。ちなみに、現在アドリューンの属する王国の領地は大中小合わせて十四ある。
「はああ、それにしても、調査書によれば、『貧民の子供にしてはあり得ないほどの知略と武力を持つ模様、覚醒者の可能性もあり。今後この領地における脅威になるかどうか判断されたし。方法は任せる』な~んて偉そうなこと書いちゃって。ちょっと威圧しただけで動けなくなったし、普通の子供と大差ないじゃないの。それに透視してみたけど、魔石の欠片すら無いじゃない。何が覚醒者よ! 完全に無駄足じゃない」
彼女は不満をものすごい勢いでまき散らしていた。だが、この声が客間の外へ漏れることは無い。なぜなら、この部屋にいるのはエルミナーレともう一人、彼女専属の使用人がおり、その使用人の力で現在この客間の中で発せられる音は客間の外に漏れず、反対に外の音は客間内に入らないようになっているのだ。
「姫様、その辺りにしてくださいませ。そろそろ私の力が限界を迎えますので」
貴族は覚醒者の情報を独占している。それはその通りなのだ。だが、貴族だけが覚醒者であるかと言われればそれは否である。貴族の使用人、領地に縛られた親方のような秘匿覚醒者並びに、隷属の呪いをかけられた犯罪奴隷。これらが覚醒者として存在を許されている者たちだ。
「も~! つっかえないわね! 分かったわ。解除して良いわよ」
彼女は今まで、使用人の力で完全防音対応となっていた客間で愚痴を垂れ流し続けていたが、そんな彼女でも貴族は貴族。貧民や平民が集まる冒険者ギルドで自身の尊厳を損なうような無粋な真似はしない。使用人が力を完全に解除する頃には、受付嬢として十分にやっていける優美な笑みを浮かべて自分に与えられた仕事の続きを遂行するのだから。
トン、トン、トン。
使用人が力を解除したことで、部屋の中に、扉をノックする音が響く。
エルミナーレは軽く舌打ちをしながら、使用人に指示を出す。
「開けて頂戴」
「かしこまりました」
使用人が扉を開けるとそこにはエルミナーレと真逆をいくと言っても過言ではない、筋骨隆々、長身、ただし顔は少し見渡せばどこにでも居るといった平凡な顔つき。そんな男が扉の前で立っていた。
「あら、今日はしっかり服を着ていらっしゃるのね。これからもそうしていなさい。いつ、私のような貴族が来ても不快な思いをさせないように。私じゃなければ処分されていたかもしれないわよ」
エルミナーレはそんな男を一瞥すると即座に興味を失ったようで、元の書類へと目を戻すと冷たく茨のような棘のある声で言い放つ。
そんなエルミナーレの言葉に苦々しい思いを噛み殺しつつも男は笑顔で頭を下げる。もう自分のことすら見ていない目の前の貴族に対して。
「その件は誠に申し訳ございませんでした。そして、寛大な措置、感謝いたします」
そう言う男はこの都市の冒険者ギルドのギルドマスターをする男で、日々、鍛え上げた筋肉を周囲に見せつけ、視線を集めることで快感を得るという、筋肉キャラの鏡のような性格をしているのだが、この際それは置いておこう。
「それで、わざわざここに来た要件は何かしら? 私はこの無能なギルド職員たちの書類チェックで忙しいのよ」
「そ、それが、先ほどエルミナーレ様が去った後、謎の理由で二名の受付嬢が突如泡を吹いて倒れまして、急遽代役として受付に入っていただきたく――」
「今、なんと?」
エルミナーレはそう言いながらも自身の失態に気付いてしまった。そう、アドリューンを試すためとはいえ、あんな公然の場で威圧を使ったのだ。むしろ、隣にいた受付嬢二名のみの被害で済んで良かったとも言えるであろう。
「ですから――」
だが、それがギルドマスターにとってはエルミナーレの言葉は嘘を言っていると伝わったようで、言い直そうとする。当然だ。ギルドマスターとて平民。貴族とは天と地ほども身分が違い、その一挙一頭足に注意を払わねばならない。にもかかわらずエルミナーレは目の前の書類の山を高速で処理しているが故に、ギルドマスターから顔が見えていない。つまり、正確な表情が伝わっていないのだ。
「二度も言わなくていいわ。私が二人分の仕事をすれば良いだけの話でしょう? あなたは一秒でも早く受付嬢を復帰させるか、代役を用意しなさい」
そうして、この後、エルミナーレは一人で受付嬢二人分の仕事をこなし、冷やかしでナンパしてくるような輩はより対象を絞った威圧で全て笑顔で気絶させるという荒業で、通常の受付嬢と比べ圧倒的に速く人を捌いていく。
この後、ギルドマスターはそんな彼女に失神させられた男衆の後始末に追われ、追われながらも、エルミナーレが有能すぎる為に実際には仕事が減るという、彼女の有能さがギルド内で周知された日でもあった。
エルミナーレが受付に立ったのはこの日だけであったため、後に「謎の鉄仮面の伝説の美女」、「受付嬢の守り神」として後にこのギルドで噂され、あがめられることになるがそれはまた別の話。
この日、二人分の受付の仕事、ギルドで滞る書類関係の仕事を一日で片付けるという信じられない仕事量をこなしたエルミナーレではあったが、流石に貴族街の門の閉門時間には間に合わず、戻ることが出来ないので今日はギルドの客間で泊まることとなった。
一応断っておくが、いくら武骨で、彼女にとっては汚いギルドの客間であっても、アドリューンの住む貧民街のようにノミが居るわけではない。だが、彼女は不満しか無かった。
「何なのよ、このギルドは! それに、上から、アドリューンを見るついでに、遅れている書類を片付けて来いとか正気なの? そんなのここで仕事をする者がやればいいことじゃないの!」
彼女は今、昼間に彼女に就いていた使用人ではない、他の専属の使用人に光を付けさせていた。というのも、受付嬢をしながら、ギルド関連の仕事は可能だが、流石に今回のギルド視察の真の目的である、アドリューンに関する報告書を受付で書くわけにはいかなかった。
だが、明日には貴族街に戻らなければならないという事情が彼女にはあった。それまでに報告書を完成させねば、上位の貴族たちから何を言われるか分かったものでは無かった。
「もう、下級貴族だからって好き勝手使われる方の身にもなってみなさいよ! 何が悲しくて、視察の時まで残業なのよ」
そんな文句を言いながらも彼女の処理速度は落ちない。それは流石と言うべきなのだろう。
「姫様は有能ですから、余計に多くの仕事が回されているのですよ。この際、少し手を抜いても良いのではないですか......?」
そんな彼女を見かねた使用人がそう、声をかけた。だが、彼女は手を止めずに言った。
「いいえ。そういうわけにはいきません。私は何としても序列を上げて、父上を嵌めた者を粛清せねばなりません。そのためにはこの程度のことはどうということはありません」
使用人は、「分かりました」と先ほどまで愚痴を言っていたとは思えない程の凛々しい答えにそう言うしか無かった。彼女は仕事をしながらよく愚痴をこぼすが、仕事を途中でやめるように言うとこういうのだ。彼女は復讐に駆られている。周囲にその弱みを見せない分、使用人だけは彼女のことを人一倍よく知っていた。そして、日々、彼女が潰れないかを心配し続けている――。
夜、灯りの類の無い都市は真っ暗に染まりきり、そんな中に一つ、ぽつりと明かりのついた部屋一つ。
そこで書かれた報告書にはこう、記載されていた。
――アドリューンに関する調査報告(部分抜粋)――
件の者は、報告にあった六歳という年齢の割には少々小さい印象を受けた。
ただ、その割には全身が鍛え上げられ、六歳の割には武力があるというのは間違いないだろう。
覚醒者か否かに関しては、完全に否。透視の能力で体内を密かに調べた結果、魔石に相当する存在はおろか、欠片さえ存在していなかった。かつ、隠蔽の可能性を考慮し、威圧を使用したところ、気絶はしなかったが、全身の硬直と恐怖を確認することが出来た。覚醒者であれば、その力の大きさに応じて威圧を無効化できるため、アドリューンは覚醒者ではないと結論付ける。
また、質問をしようとしたが、結局取りやめて、通常の六歳児と変わらぬやり取りを見せたため、知識に関しても、通常の貧民よりは少々賢い程度のものであり、現時点では我々の脅威に値するとは言えない。
これをエルミナーレ・ドルバーデン・バラード・セベナテロワリの名を以って報告する。
こうして、アドリューンはベルノさんの機転により、貴族の目から一旦は逃れることに成功したのであった。
その後、エルミナーレは印刷技術の無い異世界であるため、同様の内容を二十枚程、関係各所の分を手書きで複製し、すべて書き上げた後で血が他の紙ににじまぬように注意を払いながら血判を押していく。
そうして、すべて書き上げた後に彼女は思った。
――それにしても、こうして、私の名前を書くたびに父上を嵌めた者たちが頭を過る。『セベナテロワリ』、小領地のしかも辺境の序列七十一番目、ね。かつてはもっと......いえ、こんなことを考えては眠れなくなるわ――
「明かりを消して頂戴。今日は休むわ。あなたも遅くまでありがとう。休んでいいわよ」
彼女はそこで思考をやめて、遅くまで光をともしてくれていた使用人を下がらせる。
こうして夜も深まった都市の中、ポツリと一つ、冒険者ギルドにともっていた灯りは誰にも知られることなく静かに、消えた。
誰だ、ショートストーリ―って言ったやつ! ......作者でした。
普通に四千字(作者が目指す一話分の文字数)書いとるやないかい!
まあ、いいか。今日は一万字執筆よく頑張りました! ってことにしときます。
申し訳ないですが、頑張って書きますが、今日は週末頑張ったねカラオケに行くので、心得の方は執筆間に合わない可能性が高いです。ですので「心得其三十二」の投稿は6月27日になると思います。
なので、出せなかった場合はこの秘技其一に免じてお許しくださいませ...... では。




