侍の心得其三十一 初めての貴族との接触
某が、製材所の戦闘指南役として本格的な指導を始めるためには狩りによる経験も必要である。そう言われて、外を見られると浮足立ったは良いものの、某の装備の制作と冒険者登録の申請で一週間という時間が出来てしまった。
「アドリューン、話を最後まで聞かなかったあなたが悪いんですよ。今日は登録と装備の採寸だけです。確かに、産まれてからずっと壁の外を見たことが無いのですから、そうなる気持ちも分かりますが......。あまり良いものではないですよ」
製材所への帰り道、ベルノさんが、この都市を覆う壁を見ながら言う。話を聞かなかったのは仕方ないであろう? もし某が貴族にでも転生していようものなら、真っ先に外を見に行ったであろうことは間違いない。
これまでは、貧民という身分と、外に行く間もないほどに忙しい日々を送っていたが故に、我慢していた。いや、外のことなど考えずにいられたという方が正しい。だが、いざ、その選択肢を与えられれば、親方の話を聞く時間すら惜しかった。
目の前に吊られた人参を我慢しようにも、外の世界という名の人参は食いつかずにはいられない程魅力的だったのだ。
とはいえ、この話を某にしたベルノさんの表情はあまりにも浮かない。
ベルノさんへ親方の話を聞かなかったことによる弁明を諦め、一週間後に先延ばしにされてしまった外の世界について聞いてみることにする。
「あまり良いものではないとはどういうことであろうか? もしや外は恐ろしい程に不毛な地であると、そういう類の話でござるか?」
「不毛ではないです。むしろ、豊穣、肥沃と言った言葉が当てはまるでしょう。ですが――」
ベルノさんは、某の疑問を否定した後、口ごもる。それはまるで、これから話す言葉を選んでいるかのようにも見えた。
どうしてであろうか? 豊穣かつ、肥沃であれば、むしろ素晴らしいようにも思えるのであるが。そういえば、親方も新人冒険者がどうとか言っていたでござるが。その手の話であろうか?
「ですが、どうなのでござるか?」
某はベルノさんを後押しする。一週間もの間、外へいけぬ某の無聊を慰めるのは外を知るベルノさんの話しか無いのだから。某はベルノさんをジーっと見つめてみる。ここは根負けしてはいけないのだ。一度押したら押し切らねば。
「一週間後の冒険者登録の時に説明して貰えるとは思いますが......仕方ありません。」
ベルノさんは某の視線攻撃に遂に折れたようで説明してくれる。
「外の世界には大小様々な生物がいます。主に遭遇するものを四つ挙げるならば、動物、喰物、魔物、魔喰物です。このうち、動物と魔物は良いのです。見つかっても、こちらから危険な状況に追い込まなければ基本的には襲われないですから」
なるほど。動物、喰物、魔物、魔喰物でござるな。動物といえば、前世と同じような生き物、たとえば鹿や兎のようなものであろうか。ただ、それ以外の三種に関しては想像がつかぬでござるな。
「なるほど。つまり、喰物と名につくものは襲ってくるのでござるか?」
「喰物と動物の違いは、人を積極的に襲って食うか食わないかの違いです。なので、実際の外の世界では、見分けが付かない場合があります。勿論、見れば分かる物も多くいますが、知らない動物と喰物に関しては、襲ってくるかどうかでしか判別できないのですから」
なるほど、人を食うか食わないかでござるか。それを考えれば、前世の雑食動物や、肉食動物に当たるものが喰物と言えそうでござるな。
「では、魔と付くのはなんでござるか?」
「それは簡単です。いわゆる、人で言う覚醒者、ですよ。親方は昨日の戦いで言っていましたよね? 『この世のすべての生き物は理屈じゃ説明できない力を持っている』と。つまりはそういうことです。ただ、普通の冒険者には、魔石を持っている通常より強い変異種だから、魔という呼び名を付けることになっていると説明されます。だから、この話を不用意に口に出してはいけないですよ」
「......分かったでござる」
某はベルノさんが普通なら隠しておいても不思議ではないような話をしてくれたことに感謝しつつ、その後はベルノさんが普段している仕事についての話を聞いて家に帰った。
そのあとの冒険者登録が済むまでの一週間は割とブラックだった。というのも、戦闘指南役になったとはいえ、某は貧民であり、まだ六歳でもある。それに加えて、先日の戦いで覚醒者の情報を某は知ってしまった。そんな子供が戦闘指南役に就いているという事情は親方的には出来る限り隠しておきたいことらしく、某の日当は貧民の職人たちの平均の銭貨五枚から成人前ということで二枚を引いた銭貨三枚で固定にされてしまった。
親方に文句を言ったところ、「なら、これまで通り暇なときは見習いに混じって木材の運搬をしろ」と言われた。というのも、見習いは正確には就職しているわけではなく、手伝いということになっている。つまり、帳簿上は支払った金額を一括で記入できるという。だから、出来高払いが可能なのだと。そのような抜け道があるとはと、感心したが、それがブラックの始まりであった。
というのも、武器屋と防具屋は東門の近くにある職人街とは正反対の西門の近くにある。真っ直ぐ行ければそう苦労する話では無いのだが、この都市の中央には貴族街がある。
貴族街に貧民と平民は立ち入れないので、結果的に迂回して行かねばならず、時間がかかり、かといって某が働くことで増えた食事の量を減らすのも嫌だったので、結果として常に動き回っている。そんな感じであった。
どれほどかと言えば戦闘指南役になったが故に出る必要の無くなった打ち上げトーナメントの時間でさえ木材の運搬を一人でやり続けたくらいである。
そうして一週間。外の世界への期待と労働に耐えて、耐えて、耐え抜いて、遂に念願であった瞬間が訪れたのだ。真新しい某専用の武器と防具を身にまといベルノさんと共に冒険者ギルドを訪れていた。
「では、冒険者について説明させて頂きますね」
某はコクコクと頷きながら、受付の明らかに貧民や平民よりも綺麗なギルドの制服に薄く化粧までしているおねえさんの説明を聞く体制に入る。一週間前応対した受付嬢よりはかなり綺麗だ。もし某が前世ほどの年齢であれば思わず口説いていたかもしれぬと思うくらいには。
おそらく、ここはこの領地の正門とも言える西門に面した通りにある場所だから汚い格好でいるわけにはいかないのだろうと思う。
「ではまず、冒険者とは、城壁の第一門の外へ出られる権利を持つ者のことを言います。事前にこちらの冒険者ギルドで条件を満たしたうえで手続きしていただければ、国内のどこの領へ向かって頂いても構いません」
「む、第一門とは何でござるか? それに条件とは?」
某は、急にいくつも知らない言葉が出てくるので質問をする。だが、質問はどうやら歓迎されていないようで、受付のおねえさんは一瞬真顔になった後、冷ややかに口角を上げて笑った。
――え!? 怖い! 怖いでござるよ!?――
「申し訳ありませんが、質問は説明がすべて終わった後、でお願いします」
「は......は......は......」
某は心臓が凍ってしまいそうなほどに冷ややかな雰囲気を放つおねえさんに気圧されて上手く声にならない。この一幕で某の外へ行くというウキウキわくわくといった楽しみは完全に霧散していた。
「すみません。ちょっと二分ほどお時間をいただけますか? この子には少し教育が足りませんでしたので」
隣から聞こえてきたベルノさんの声で、某に向いていたお姉さんのヘイトが逸れ、恐怖で閉じ切っていた毛穴が一斉に開き、全身から汗が噴き出すのが分かったが、某にはそれを拭う余裕すらなかった。
「はい。良いですよ。手早くお願いしますね!」
どうやら、某を見かねたベルノさんが助け舟を出してくれたらしい。震えている某の両脇に手を入れると軽々と持ち上げられ、受付のおねえさんから少し離れた場所へ運ばれる。
よく見ればベルノさんの額には某程では無いものの、大粒の汗が浮かんでいた。
「ふー。アドリューン。いいですか? よく聞いてください。私もまさか平民の専門職であるはずの受付嬢に混じっているとは予想していなかったので説明していなかったのですが、さっき漏れたアレは間違いなく威圧です。親方が使うのをあなたなら見たことがあると思います。あれは普通の平民には出来ないです。つまりあの受付嬢は恐らく貴族でしょう」
「き、貴族でござるか?!」
驚いた。まさかまだ目にすることなど無いであろうと思っていた貴族様とこんなにすぐに出くわすなんて。
「時間がありませんので子細な説明をしている暇はないです。手短に言います。貴族の彼女は、アドリューン、あなた自身を見に来ている可能性が高い。何故、一週間も登録に時間がかかるのか。もう少し予想しておくべきでした。とにかく! 後で私があなたの質問に答えますから、あなたは普通の子供のふり......つまり、彼女の言うことには、相当理不尽なこと以外には必ず従ってください。危うくなったら助け舟を入れますから」
某はここまで焦っているベルノさんを初めて見た。それほどまでに今回の事態は想定外なものであったのだろう。某も、鎧越しであるゆえに分からぬとは思うが、背中を伝う汗には、暑さ以外の、貴族であると思われる受付のおねえさんに由来するものの汗でぐっしょりであった。
某が頷いたのを確認したベルノさんは、再び、某を受付嬢のおねえさんから離した時と同様に脇の下に手を入れると元の位置まで某を運んだ時以上に機敏な動きで戻り、即座にハンカチを取り出して自分の汗と手を拭いて一礼する。
何かの作法であろうか? 某もそれに倣って、ハンカチは無いが、深く一礼する。
「お待たせしました。続きをお願いします」
「はい。分かりました。では次は冒険者レベルのお話をしますね――」
そう言い、説明を始めたおねえさんには先ほどのような冷たい威圧感は無くなっていた。それでも、先ほどの恐怖が脳裏からすぐに抜けるはずも無く、戦々恐々としながら話を聞いた。
まずはレベルについて。これは冒険者の強さを端的に表すもので、依頼や討伐した生物の種類に応じて設定されているポイントを貯めることで上がっていくんだそう。ちなみに、ここでカードを渡された。冒険者カードとそのまんまのネーミングだ。このカードは海外に行っても通用する身分証の代わりであり、都市への出入りには必ず必要になるんだそう。紛失については気にする必要は無いらしい。このカードに自身の血を垂らして記録したら、念じるだけで手元へ飛んでくるという。
――異世界とは不思議でござるな――
某はそう思う。これが、自分の持ち物すべてに付与出来たら便利であるが、恐らくそう簡単なものではないのであろう。
そのあとは、ベルノさんからして貰った外で出会う生物についての話、冒険者の注意事項の話だった。最後に「質問はありますか?」と聞かれたが、「ベルノさんが答えてくれるので大丈夫です!」と六歳の子供っぽく元気に答えておいた。
そう言うと、おねえさんはにっこりと笑って、
「それではこれで冒険者登録は終了です。依頼の受注は別の受付でお願いしますね」
そう言ってくれた。どうやら、問題なく終われたらしい。某は緊張の糸が解けて、ふーっと息を吐きだすと隣でベルノさんも同様に息を吐きだしていて、二人して思わず笑ってしまった。
「某たち、親子みたいでござるな」
そう言うと、ベルノさんは困ったように笑いながら、「そうですね。でも、そんなことを言ったら流石に部下とはいえシューラスに怒られますからこの辺で勘弁してください」と言った。某もこれ以上言うのはやめておくことにする。
その後は、依頼ボードのある方ではなくそのまま外へと向かうことになった。ベルノさん曰く、今は依頼を受けるよりまずは外にいる生物を近くで見たりアドリューンの疑問について解決する方が先だという。こうして、某は外の世界へ向けての第一歩を踏み出すこととなるのだった。
アドリューンは遂に冒険者になりました! ちなみに、レベル制度なんですが、敵の強さに応じて、受注できるレベルに制限がかかっていて、そのレベルを超えていなければ受注は出来ない仕組みになっています。ただ、受注はせずとも、討伐さえすれば事後での達成も可能です。注意が必要なのは事後の討伐の場合、対象の個体数によっては事前に受注していた人に対して違約金が発生する場合があるので、受注が推奨されています。討伐に関してはカードが記録してくれるので談合等は不可能となっています。うわあ! なんて便利なんだ冒険者カード!
というわけで、次回は遂に外へ出ます! と、言いたいところなんですが、貴族サイドに関しても少しだけ書いておきたいのでショート番外編的なのを挟むかもしれません。こういうところが一人称は不便ですよね。
長くなって申し訳ないですが、最後にもう一点。お気づきの方もおられるとは思いますが、長文タイトル(サブタイトルを入れただけ)を試してみることにしました。内容は全くいじっておりませんので、引き続きお楽しみいただけると幸いです。では。




