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侍の心得其三十 某、冒険者になる

 某は親方に光の剣? で叩かれて、今も呼吸をするだけで鈍い痛みが走る横腹の痛みに苦しめられ、立ち上がれない中で先ほど親方の口から出てきた情報について整理していた。本当は今にでも気を失ってしまいたいところではあるのだが、流石に親方の最後の攻撃とそれに付随する情報は衝撃が強すぎた。

 その中でも特に重要なのは二つ。貴族、覚醒者である。侍として、某が目指す境地に至るには力はいくらあっても足りないということは無い。だが、下手にそれを手に入れれば貴族に目を付けられるし、そもそも、覚醒の条件すらも分からないという。


 親方の話から推察するに、覚醒の条件も、能力も人それぞれなのであろう。現に母上は一度だって光っていないのだから、ほぼ間違いなく親方とは別の力を持っている。そう考えれば、これまで目にしてきた自宅の扉の閂や、製材所の門が個人の判別に用いていたのはこの不思議パワーで間違いないであろう。


「ふー、親方、親方の力でも、貴族とやらには本当に勝てぬのでござるか?」


 痛みを口から吐き出すようにゆっくりと息を吐きだして親方に尋ねる。


「ああ、無理だな。たとえ、一対一で最も有利な地形で俺が十人集まって奇襲して、それが成功してようやく一番弱い貴族に勝てるかどうか。それくらいの実力差がある」


 ああ、貴族とはそ(・)の(・)程(・)度(・)でござるか。某は親方の今の言葉を聞いて安心した。

 確かに今の、親方の攻撃すら防げぬような某ではその親方が十人集まっても勝てない貴族に勝とうなんてそれこそ雲をつかむような話であろう。


 だが――。


「なるほど。そのくらいの理不尽なら慣れっこでござるな」


「へ? おいおい、慣れっこってどういうことだ? それに一番下で、だぞ? 仮にそいつに勝てたとして、上に行けば、俺何人とかいう秤すら成立しねぇような集団だぞ。貴族ってのは」


 それでも、親方は某の生きてきた世界を知らないから言えることでござる。確かに親方の話からして貴族に勝つというのは話半分に聞いても無謀であるし、普通であれば挑むことは無いであろう。だが、前世の銃器や、核ミサイルに生身で挑むことに比べれば、全く不可能だとは思わない。

 むしろ、雲をつかむような話程度であれば、雲がかかるよりも高い山を登りきれば達成可能な話とも言えるのだ。


「問題ないでござる。それに、先ほどの親方の顔を見てここの貴族のやり方が良い物であるとは某、思えぬであるでござる。間違っているのならば、それは某の信条である『仁』と『侠』に賭けて正さねばならぬ。とはいえ、今すぐ挑むのは流石に無理でござるがな」


「おめぇが言うとなんだか本当にやれちまいそうな気がするのが不思議だな。覚醒のことに関しては人によって全く違うから、アドバイスすらしてやれねぇのは残念だが、それ以外のことならば力になろう。ひとまず、出来るかどうか分からねぇ話より、明日から戦闘指南役よろしく頼んだぞ。アドリューン。その傷は今は痛むだろうが加減したから、明日には治っている筈だ。今日は日が暮れるから、詳しい話は明日にしよう」


 それだけ親方が言うと話は終わったとでもいうように某は親方に横抱きにされて母上に手渡された。その時、親方が腰に括り付けている袋から銭貨三十枚を取り出して母上に握らせたのが分かった。


「本当はもっと出してやりてぇ気持ちは山々なんだが、貧民に日当を払いすぎると貴族にバレた時にドヤされちまうからな。職人たちがアドリューンに勝てた場合の待遇と同様の金額ですまねぇが、これでアドリューンの出世祝いと今日の戦いの報酬とさせてくれ」


「これで十分です。お気遣いありがとうございます」


 にこやかに微笑みながら母上は親方に礼をすると某を背中に背負い直し、製材所の出口へと親方とベルノさんを置いて歩いてゆく。某と母上の影は、先が見えない程に長く、今にも夜闇に溶け込んでしまいそうな程薄くなっていた。だが、それでも初夏の終わりの纏わりつくような暑さは健在だ。

 某はそんな地面に伸びる影を見ながら、母上によって運ばれている。もう、すっかり慣れてしまった背中の上。むしろ、こうして全力で戦った後、寄りかかることが出来る背中があるからこそ、某はいつだって全力で打ち込めるのかもしれないとそうも思う。


 そんなことを感じていると、母上がおもむろに口を開いた。


「アドリューン。今日は凄かったわね。母さんもまさか、親方と戦うところまで行けるとは思っていなかったわ。でも、あそこまで行ったならアドリューンに勝たせてあげても良かったと思うのよ。あんなずるいことしなくたって」


 ――それは違うでござる。仮に手加減されて某が勝ったとして某は何も嬉しくないし、それは某のこの先の道にもつながらないのでござる――。


 そう思って母上に親方を擁護するように反論しようとすると、それよりも先に母上が口を開いた。


「分かっているわ。アドリューン。あなたがそれで満足しないことくらい。とはいえ、男ってこういう時に駄目よね。これまでずっと隠してきた私の努力をその場のノリで全部水の泡にしちゃうんだから。何を置いても覚醒者のことだけは隠し通すつもりだったのに」


 母上は少し怒ったような声色ながらも某にだけ聞こえるように小さく囁く。当然、ここに居る住人達に分かるような内容では無いのだが、どこに貴族の耳があるかは分からない。それ故に母上なりに気を使いながら親方の愚痴を言っている。


「母上の力については教えてくれぬのでござるか?」


 某がそう聞くと、母上は、背中越しではあったが困ったような迷うようなそんな表情をしているのが分かった。だが、その気配はすぐに消える。


「もし、私がその力を使わなければならないくらいに追い詰められたら教えてあげるわ」


 結局、教えてもらえないようで某は潔くそこで諦める。ここで押しても母上が口を開くとは思えなかったからだ。それに、もうほとんど人がいなくなった市場を抜ければ、就寝前の極悪糞尿ラッシュが始まるのだ。それを思えば、母上からゆっくり話を聞く時間も残されてはいなかった。


 その後、母上は闇に紛れる糞尿などどこ吹く風という様子で被弾ゼロのまま家までたどり着き、先に帰っていた父上が作ったクリュウの実の薄味スープを飲みながら、親方との戦いや鞘の使い心地、更には今日の戦いについて父上と母上に、話せる部分だけを話してベッドに潜り込む。不思議なもので、転生直後は吐きそうなほど不味かったスープも今は普通に飲めてしまっている。というか、労働の後はこれだ! という何か不思議なルーティンまで確立されているのにすっかりこの世界に染まってしまったと自分のことであるのに滑稽に感じる。


 次の日、親方によって受けたダメージは嘘のように消えていたので、朝一番で、父上が作ってくれた木刀のうち使わなかった一本を腰に差して、製材所へと向かった。昨日の話の続き、即ち某の仕事内容を聞くためだ。とはいえ、親方の話では準冬を迎えるまであと一年ちょっとの間は某にやれることは無い気がするのであるが、一体何をさせられるでござろうか? 


 そんなことを考えながら製材所に着いた時、中に入るまでもなく、門の外で親方と普段は取引先に行っていたり指示を出したりして居ないはずのベルノさんが待っていた。だが、よくよく見てみれば、ベルノさんの装備がいつもより物々しい。

 というのも、全身を覆う皮で出来た鎧と、両方の腰に恐らく本物であると思われる剣を差した鞘をぶら下げていた。背中にはベルノさんの肩幅と同程度の丸盾を背負っている。


「おお、アドリューン。やっと来たか。戦闘指南役とはいえ、狩る相手を知らないんじゃ話にならねぇだろう? 本当は俺が教えてやるのが筋なんだが、昨日の話の通り俺はこの領地から出られねぇ。だから、今日からベルノと共に冒険者登録をして、狩りの実践に行くんだ」


 ――な、な、つまり、つまり、つまり、某、遂に外の世界を見られるでござるかあああああああ!!――


 感激である。昨日の重苦しい話は一旦忘れられるほどには嬉しい話である。なんせ、外。城壁に囲まれ、逃げ場のない臭気に当てられ続ける貧民街と職人街から遂に出られるということである。これ以上に嬉しいことは無いというものだ。それに、異世界の生き物がどんなものなのか。心から楽しみでもある。あわよくば肉が食えるのではないか......?


「どうした、アドリューン。黙り込んじまいやがって。行くのか? いかないのか? どっちだ? あ、ちゃんとおめぇの両親には許可取ってあるからそこは安心しろ」


「勿論行くでござる! この城壁の外を見る機会など逃すはずも無いゆえに!」


「そう言うことだ。ベルノ。くれぐれも無理はせずに頼むぞ。危なくなったら即時撤退だ。アドリューンはまだ、外の世界も知らねぇだろうし、それに、新人冒険者が必ず通る......いや、これは実際に経験させた方が早いな。いいか、アドリューン。くれぐれもベルノの言うことをよく聞いて行動しろよ。一応、おめぇの装備と冒険者に登録するための費用はベルノに持たせてあるからな。あと――」


「うむ分かったでござる! それよりも早くいくでござるよ! 冒険者! 悲願の城壁の外へいざ参らん~」


 某は超ご機嫌なまま、ベルノさんを引っ張って急かして出発した。親方が最後に何か言おうとしていたが某を呼び止めなかったのは些細な問題であろう。


 そう、思っていたのだ。

 まずは、防具屋。


「今日はこの子が外へ行くための装備の制作をお願いしたいのですが」


「ああ、すみません。こんな小さな子が外へ行くのですか? ああ、少し信じられないですが、ベルノさんが言うんですからね。分かりました。この子に合うサイズは無いので採寸からですね。明後日には出来上がると思いますので、受け取りに来てください」


 ――のおおおおおおお! 今日、冒険者になって外に行けるのではないのでござるか?! いや、これまで一年と一ヶ月待ったのでござる。二日くらいどうということは――


 続いて武器屋。


「ああん? 刀だあ? ああ、その腰に差してる形状の武器を作ればいいんだな。型が無いから、一から作ることになると、そうだな、五日ってところか」


 ――くそ食らえでござるよ。武器屋ああああああ! 父上は某に一時間もかからずに刀を作ってくれたでござるよ? 金属と木材が全く違うのは分かる話でござるが、五日は酷いでござるぅ......――


 そうして最後に冒険者ギルド。


「はい。登録ですね。畏まりました。お父様ですか? 子供の我儘で登録だけさせに来る親御さん時々いるんですよね。ここに手を当てて下さい。それで登録が完了しますので」


 某はベルノさんの息子だと思われ、かつ、我儘で登録しに来た子ども扱いされたので頬を限界まで膨らませて不満を顔いっぱいに表す。ベルノさんはそれを見て笑いをこらえるのに必死になっていた。何故某ばかりがこんな思いを......


「はい、ありがとうございます。これで手続きは完了です。これからカードの発行手続きに移ります。発行には一週間かかりますので、カードの発行と合わせて、システムについてのご説明をさせていただきます。本日はご利用ありがとうございました」


 その瞬間、某は声にならないか細い声を上げ、膝から地面に崩れ落ちた。



今日はここまで。アドリューンは戦闘指南役として、まずは実戦を経験しようというわけですが、うん、何事も準備は大事ですよね。

次回、遂に、アドリューンは城壁の外へ......! 行けるように頑張って書いていこうと思います。


ちなみに、第一章は今、丁度半分くらいかけたかなという感じです。新しいことを思いつかなければですががががが。

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