侍の心得其二十九 覚醒者
「今、何をしたのですか? その鞘から刀を抜くところまでは見えたのですが......」
ベルノさんは負けたことよりも某が何をしたのか。そこが気になるらしい。この技は、前世で言うところの居合切りに似ている。達人であればあるほどその太刀筋は早く、目で捉えることはほぼ不可能な速度で対象を斬る技なのだが、この技には致命的な欠点がある。
――目で捉えられぬほどに速いが、威力はそこまで高くはない――
そうなのだ。鞘での加速から超高速で切り上げるが故に、相手はそう簡単には防げぬが、致命傷も与えられない。そういう技なのだ。某の抜刀術もそうである。むしろ、この技は敵に、目に見えぬほどの速度で攻撃してくる技があると思わせるための技なのだ。故に、某の持つ三つの術のうち、抜刀術だけは教えるわけにはいかなかった。どこかで漏れて、この技は捨てようと思われればそれで終わりなのだ。
「ベルノさん、すまぬでござる。この技は、教えるわけにはいかぬでござる。これは某の隠し玉でござる故に」
ちなみに、抜刀術、これは、銃との間合いの差を高速で埋める為に編み出した技なのであるが、未だに未完成。まだ、鞘で刀を加速し、それに合わせた踏み込みの一歩を速くする程度の効果しかない。某の求める移動速度の高速化には至っていないのだ。
「そうですか。それは残念ですね。それにしても、アドリューンはやはりいつも予想の上をいきますね。先ほどの職人たちとの戦いで使っていた技さえ封じればあとは手数で押し切れると思ったのですが、まさかまだ違う手札を持っていたなんて。完敗です」
「何、今回は運が良かっただけでござる。ベルノさんがあそこで避けてくれなければ、負けていたのは某の方でござった。とはいえ、ベルノさんなら、あそこで避けてくれると確信もあったでござるが」
「なるほど。私はまんまとアドリューンの狙いに嵌ったというわけですね。結構! 次があるかは分かりませんが、次は負けませんよ」
「某も負けるつもりはないでござるよ」
そんなやり取りをベルノさんと交わした後、ベルノさんは去っていった。
こうして広場の中央に残ったのは某と、最初からずっと審判をしていた親方のみ。ベルノさんが審判をするのかと思っていたがそういうわけではないらしい。
なら、誰が審判をするのか? そんな某の疑問を解決するのにそう時間はかからなかった。何せ、ベルノさんと入れ替わるように広場の端から歩いて来た一人の女性が居たのだから......
「まさか、母上が審判でござるか?」
「ああ、そうだ。ベルノに使ったあの攻撃、あいつは全く反応できていなかったからな。それでも、ベルノが俺の次にこの製材所内で強いのは間違いねぇ。だから、何もなければベルノが審判の筈だった。多少力不足でもな。だが、今は速さに関して定評のあるメリアが居る。ならば、より公正な審判が出来る奴を選ぶのは当然だろう。まあ、それよりも重要な理由があるにはあるんだがな」
重要な理由......? 気になるでござるが、親方がその内容を話さないということは今は某に伝える必要が無いと、そう判断したということであろう。
「あら、そういうことだったのね。急に呼ばれたから何事かと思ったけど。とはいえ、私は息子が可愛いから贔屓するかもしれないわよ?」
そんな某と親方の会話に割り入るように、広場の中央にやってきた母上が口を開く。
「ふん。おめぇが一番息子に厳しいのは俺がよおおく知っている。じゃなきゃ、十歳にも満たない、いや、五歳になったばかりの子ともを過酷な労働メインの見習いになんて推薦したりしねぇからな。とはいえ、まさか一年で、製材所内で俺と張り合うところまで上がってくるとは夢にも思わなかったがな」
親方はニヤリと笑い、頭を輝かせる。そう言えば、親方には奥方と娘が要るという話であったが、あんなに頭を輝かせていては、夜、大変ではなかろうか?
「ふふ。普通の人から見れば、確かに私は厳しいのかもしれないわね。でも、私ほど、この子を愛している人もいないわよ? それに、私的にはかなり甘やかしているつもりなのだけれど」
あれで、甘やかしている......? 五歳の子供に無理難題を押し付け、極めつけは糞尿の雨の中を走らせるような真似をして甘やかしている......? まさかアレより上な修行があるのでござるか!? うぅ、想像すらしたくないでござる。でも、侍になる為に強くなれるならやってみたい気も......。
「あれで甘やかしてるってか! アドリューンも大概だが、メリアも大概だな。いや、アドリューンの異常さはメリアから来ていると考えれば......」
「先に行っておくけど、アドリューンの異常さの原因は私じゃないわよ。私は親として出来る手助けをしているだけだから」
「それは、どう――」
親方が再度質問しようとしたところで、母上が無理矢理会話を切る。
「アドリューン。待たせちゃったわね。さあ、最後の戦いを始めましょう。あまり長く話していたら、日が暮れてしまうわ」
「うむ。母上、審判よろしくお願いするでござる」
「そうだな。日が暮れる前に勝負はつけなきゃいけねぇな。こんな話は別に明日でも出来るしな。とはいえ、ここまで来たんだ。俺は初めての時みたいに手加減はしねぇぞ」
ぬ? 初めての時は手加減していたのでござるか!? あれでも五歳にするような攻撃では無かったと思うでござるが......
とはいえ、あれで手加減していたのであるならば、某も出来る限りの準備をせねばならぬであろう。
「親方、木刀を交換してもよいでござるか? ここまで戦い抜いたこの木刀で戦いたい気持ちもあるでござるが、流石にこの木刀で親方の攻撃を受けられるとは思わぬ故」
それを聞いた親方は鼻で笑った。そうしてアゴで、某が父上に作って貰った刀の方を合図する。親方からすれば、どんな武器を使ったって同じだと思っているのであろう。確かに、一年前に受けたような攻撃をまともに受け止めればどんな武器であれ、簡単に折られてしまうのは間違いない。
それでも某は、少しでもマシになるようにと、父上の作ってくれた残りの四本の木刀の中から一本選んで持ち直す。
そうして、深呼吸し、気持ちを落ち着けた某は親方と対峙する為に、所定の位置へと歩いてゆく。途中、母上が口パクで「頑張れ」と伝えてくれたのに胸がじーんとする。ここまで来たらすべて勝たねばならぬ。一年前は手加減されていた(親方曰く)らしいが、それでもあの動きは本気に近い物であったと某は思っている。故に、少しだけ親方の動きを上方修正する。
そうして親方に勝つためのプランを立てながら某は遂に、所定の位置へと立つ。
「両者、準備は良いですね? ......では、始め!」
母上が、某と親方が頷いたのを確認し、開始の宣言をする。その瞬間、某の前から親方が、消えた。否、消えたのではない! アレは移動したのだ。
「!!! 迎刀術 倒転」
ギャリィィィィィィン!
ぬう! 受けそこなったでござる!! とはいえ、某は全力で親方の攻撃を受け流す......いや、後方へ吹っ飛ばしたと言った方が正しいであろう。親方の方は、某が初めてこの技を披露した時よりもものすごい速度で突っ込んできた故に、それに比例してものすごい勢いで数十メートル先まで転がっていく。だが、某だって無傷ではない。
「ぐぬう、親方! いきなり殺す気でござるか!?」
焦げて煙を上げる木刀と、痺れる手の痛みに耐えながら某は叫ぶ。流石に模擬戦でこのような攻撃は看過できぬというものである。
だが、某のそんな言葉など露知らず、親方は転がり終えた先で立ち上がり、不敵に笑った。
「はっはっは! 今ので武器を折れると思ったんだがなあ。なら、これを見せてやってもいいだろう。アドリューン。おめぇは強い。だが所詮ここは小さな辺境の城塞都市の製材所の一つに過ぎない。そして、おめぇがなりたい『侍』とやらはこんなところで収まっているようなものじゃねぇんだろ? なら一つ、前途あるおめぇに世界の一端を見せてやる」
その瞬間、親方は、母上とベルノさんを残して観戦している職人と見習い達全員に先に帰るように指示を出した。どうやら見られてはならぬことをするらしい。遠目ながら、残念そうに去ってゆく職人と見習い達の姿が見えた。某が観客でもこの戦いを見られないのは納得がいかぬと思うであろう。だが、ここでは親方の言葉は絶対。守らなければ職を失っても仕方がないのだ。
そうして人払いが完了したのを確認した親方は、某の見ている間では初めて、その頭の光を消した。
「付与・光」
それと同時に親方の木刀がキラキラと光り出す。 ぬう!? 親方の頭の光は制御できるのでござるか!? それにアレは明らかに前世での法則に反する技でござる!! さっきまでただの木刀では無かったか?
「いいか、アドリューン。よく聞け。この世界に生きるすべての生き物は理屈じゃ説明できない力を持っている。そして、その力に関する情報は貴族だけに秘匿されている。平民以下はその力を知らぬままか、もしくは突然覚醒したとして、貴族の管理下に入らねば駆除されちまう。本当はこの力を許可なく使うのも駄目なんだが、アドリューン、おめぇはこの力を知るべきだと俺は判断した」
なるほど。貴族がこれを隠しているでござるか。確かに、支配者だけが力を持つのは実に合理的な話でござる。力は、何にも勝る正義なのだから。このような摩訶不思議な力が存在するのならば、某は前世では至れなかった新たな境地に至ることが出来る可能性だって出てくる。そして、このような力があると分かれば、これまでずっと分からずにいたいくつかの謎にもぼんやりとした足がかりが見えてくる。
「なるほど。親方の不自然なほどの頭の輝きも、木製とは言え、武器が簡単に折られることも、武器の質で戦いやすさに差が出たのも、不思議な扉や門の存在も......そういう類のことでござったか」
「思ったより驚いてないんだな」
「いや、かなり驚いたでござるよ。ただ、よくよく考えてみれば、周囲にそのような類の力を使ったものが溢れていることに気付いたのである」
そう言うと親方はあっけに取られたような顔をしたが、少し笑うと話を続ける。
「ここに、ベルノと、メリアに残って貰った理由だが、ベルノとメリアはこの力のことを知っていて、なおかつメリアは俺と同じ、覚醒者だ。俺は冒険者だったが故に、貴族にバレてこの領地に拘束されちまったが、メリアは違う。貴族にバレないように貧民になったんだ」
「母上、が?」
某は母上を見ると母上はバツが悪そうに顔を背けた。その行為そのものが親方の言葉の正当性を如実に示していた。確かにバレれば貴族に縛られる......その力の度合いによっては良いように使われるか処刑されることだって考えられるだろう。
「ふっ、何心配してんだ。ある意味、アドリューン、おめぇのためでも――」
「親方! それ以上喋ったらただじゃ済ましませんよ?」
「ああ、怒るんじゃねぇよ。メリア。悪かった。これ以上は言わねぇ。さて、この辺で決着をつけるか。一度しかやらねぇからよく見てろよ。やりすぎると貴族の奴らにバレるからな」
む!? 某のためとは一体...... とはいえ、これ以上は親方に聞いても、母上に聞いても無駄であろう。そうであるならば、戦いに集中するしかないでござるな。某は木刀を構えると親方へ向かって距離を詰める。
今の親方と某の間は三十メートル程はある。この間合いを詰めねば攻撃できない。
「いいのか、そんな不用意に近づいて」
「なっ!?」
その瞬間親方の持つ木剣の剣身から光が伸びた。そうして、離れたままに親方は剣を横薙ぎに振った。
――まさか!? あの光、切れるでござるか!――
某は咄嗟に刀をその光の剣身に合わせてガードしようとした。だが、
「な、すり抜け......ぐあ!?」
そのまま、木刀を光の剣身が通過したかと思えば、某の脇腹に振れた時、それは、木剣の持つ本来の攻撃、打撃へと姿を変えていた。そうして、真っ直ぐ横へと吹っ飛んだ某の元へ親方は一気に距離を詰め、倒れる某の首元に剣を突き付けていた。
「勝者、アドゴラ!」
母上の声が響いたが、某は横腹の痛みで立ち上がれない。これが、覚醒者でござるか。
「流石のおめぇも、初見でこれは防げなかったか。だが、この力を持つ俺でも下位の貴族にすら遠く及ばねぇということをよく覚えておけ。アドリューン。おめぇが強くなることを望むのならな。半端に強くなっても討たれる、だけだ」
某は、横腹の痛みを歯を食いしばって耐えながら親方を見た。その親方の顔はどこか悲しげな、全てを諦めたような、いつもの頭を光らせた豪胆で神々しい印象からは想像できない哀愁だけを漂わせていた。
さて、アドリューンは少し本気を出した親方に勝てませんでしたね。とはいえ、少しばらしますが、親方の頭の光って、実は体内に貯めきれず溢れたものなんですよね。だから、貴族によって使用を禁じられていなければ、定期的に力を使えば光ることは無いんです。決して、生え際が後退していて眩しいわけじゃないんだからね!
ちょっと謝罪→昨日予告していた、親方との戦いの終了後までいけませんでしたね......
これでも、予定よりも三割増しなんだぞ! 大ボリュームだから許して! 次回から、遂に正式にアドリューンが戦闘指南役のお仕事が始まるはずだよ......そう、始まるはずなんだよ! お楽しみに~!




