侍の心得其二十八 抜刀術
「おい、どういうことだ? アドリューンは何をしたんだ?」
「打ち合った筈なのに、全く音がしなかったぞ!」
「シーカスが固まっているのは演技じゃないのか!? どうしてあんなことが出来るのに今まで隠していたんだ!」
外縁で、職人たちがざわざわと騒いでいるのが聞こえる。上手くいって良かったでござる。やはり父上の木刀は最高でござるな。シーカス相手に成功したのであれば、今まで見たことは無かったとはいえ、職人たち相手でも同様の動きが出来るであろう。
「おい、シーカス、交代だぞ。今まで見習いでは無双状態だったのに、アーミーに加えてアドリューンにまで負けてショックだったのは分かるが、いつまでも固まってないで早く外縁に移動するんだ」
だが、シーカスは動かない。正確には動けないが正解なのだ。某の使った、迎刀術 反転。これは、鏡合わせで寸分狂うことすらもなく、敵の攻撃もしくは飛び道具の軌道を鏡合わせになるように合わせることで、その攻撃に与えられたエネルギーのすべてを二倍(相手の攻撃と自分の攻撃分)にして反射する技だ。つまり、銃弾や弓矢であれば、成功すればそのまま元の軌道で敵に打ち返せるし、武器の損耗を限りなくゼロに抑えられる。シーカスと打ち合った剣と刀から音が出なかったのも音に使われるエネルギーごと反射したからだ。
それが、剣のような対象と武器が密接している武器であるならばどうなるか? エネルギーが武器から体内に直接伝わり、技の威力に応じた時間、全身が麻痺するというわけである。
「シーカスはあと数分は動けないでござるよ。誰かが運ぶのを勧めるでござる」
某は、シーカスに動くように言う親方にそれだけを告げる。わざわざ、これから戦う相手に戦う前に原理まで懇切丁寧に説明する必要は無いであろう。
その助言を聞いた親方は、何とも言えないような表情をした後、シーカスを担いで外縁へと走り、戻ってくる。
「よし。では気を取り直していくぞ! 始め!」
シーカスの次に職人がやってきて戦いの場についたのを確認した親方が言う。
「アドリューン式 迎刀術 反転」
「......勝者、アドリューン」
某はシーカスに使ったのと同様に職人にも攻撃してゆく。というか、普通の職人たちはシーカスやアーミーより普通に弱かった。そもそも、某とアーミー対シーカスの半年にわたる戦いは、二人にかなりの応用力と対応力、さらには機転といった戦闘に必要な能力も育てていたようで、一つ一つの動きに大きく差があった。確かに職人たちの作る武器は技術が大幅に上である分、アーミーやシーカスよりその体に合っているのは分かったが、だからといって、何のひねりも無い単調な攻撃である故に、技を当てるのは簡単だった。
むしろ、荒削りな分、空中でほんの少し軌道がブレるシーカスの剣の方が余程合わせにくかったというものである。
そんなわけで、某は次から次へと職人たちを打ち倒してゆく。ただ、職人たちだって見習い達のようにただやられているわけでは無かった。後の相手になるにつれて、技の打ち込みが強い攻撃ほど某による迎刀術 反転の麻痺が長いというのを悟ったのか、敢えて一撃を軽くして手数を増やしてきたり、技に抑揚をつけてきたりした。だが、後になるほど年齢層が上がっていくこともまた事実で。結局、某の技に対応できるような者はいないままにベルノさん、親方を除く職人全員に勝つことが出来た。
とはいえ、これが使えたからと言って、なら、前世で銃に某が勝てたかと言われたらそれは無理だ。そもそも、これはかなりの集中力を要する。それなのに、連射が可能で、しかも視認できないような速度で飛んでくる銃弾相手に成功させ続けるというのはまず無理である。
今回だって一対一で、しかも、相手が入れ替わる時間で集中し直せる時間があるからこそ連発が可能となっているのだ。流石に、今の某もであるが、前世の某であっても本当の実戦ではここまで連続で使い続けることは出来ない。
「残すところ、俺と、ベルノだけか。まさかここまで早いとはな。全試合、こうして審判して一番近い位置で見てはいるが未だに信じられん。まだ、始まって三十分と少しだろう?」
次の試合を待つ某に親方が話しかけてきた。ずっと審判をしていたし、そもそもこの戦いを提案したのは親方であった筈である。
「親方はこうなることが、望みではなかったのでござるか?」
某の問いに親方は難しい顔をしつつも口を開く。
「確かに、俺の望みはおめぇが職人たちに勝って、戦闘指南役として認められることだった。だが、正直なところを言うなれば、良い戦いして認められれば良いと思っていた。おめぇが職人では到底得ることのできない戦闘技術を持っているのは明らかだったからな。例え途中で負けたって、これからおめぇの努力で認めさせていけばいいと思っていた」
そんな親方の意見を補足するように、広場の中央にやってきたベルノさんもまた言う。
「ええ、私も親方の意見に賛成でしたよ。そもそも、私と親方が決定したことを覆そうとする人はいません。元が貧弱なアドリューンなら、良くて職人たちとの戦いの途中で倒れると思っていたんですけどね。実際にはほとんど体力を使わずに皆を倒してしまった。本当に、あなたはいつも予想の上をいきますね」
なるほど。どうやら、親方やベルノさんといったこの製材所のトップは、某のこの戦いは某が戦闘技術に優れているということを周囲に示すことが出来れば今回の趣旨としては御の字と考えていたわけでござるな。そう言えば、開始時間は同じなのに、制限時間の設定が同じであったのもそういう考えからであったか。そうであるならば、時間短縮のために勝負を急ぐ必要は無かったであるな。
「そうは言えども、ここまで来たのでござる。折角だから、某はベルノさんと親方にも勝つでござる。そして、そろそろ父上に頼んでおいたアレが来るはずでござる」
「私たちに勝つとは大きく出ましたね。まあ、元々そのつもりでここまで戦ってきたんでしょうけど。とはいえ、アレとはなんですか?」
そんなベルノさんの疑問に答えるように、父上が広場の中央へ走ってきた。
「おーい! アドリューン。速すぎるだろう! 見習い全員突破するまで三十分はかかるだろうと思って作ったってのに、広場の外縁で話を聞いたらもうベルノさんと親方だけって! まあ、いい。これが頼まれていた木刀の鞘だ」
「大丈夫でござるよ。父上。それに、ナイスタイミングでござった。流石にベルノさんと親方はこれまでのように一筋縄ではいかぬと思っていたゆえに」
某は父上からもらい受けた鞘を左側の腰ひもに差す。ここまで思えば一年と一ヶ月。短いようでいて実に長かったでござる。金属製では無いゆえに、敵を斬ることが出来る刀ではないが、こうして鞘とともに在って欲しい場所に収まっている。それだけで、某の心をギュッと締め付けるものがあった。
まがい物ではあっても刀。遂に某は異世界に来て、悲願だった侍の魂とも言える刀を己の腰に装備することが出来たのだ。
――嗚呼、この腰の重みイイでござるぅ~~~――
「おい、アドリューン戻って来い! なんだかとてつもなく喜んでくれたようで良かったが顔が崩壊して気持ち悪いぞ」
「な、なんてことを言うでござるか。父上、息子である某のことを気持ち悪いなどと......とはいえ、父上の作る物は凄いでござるな。木刀が壊れぬのも凄いでござるが、この鞘も某にピッタリでござる」
「それは良かっ......え? 一本も壊れていない?」
父上は某の言葉に反応して急に人形にでもなったかのように、固まって動かなくなってしまう。む? 何か某おかしなことでも言ったであろうか。父上の刀を褒めただけのはずでござったが。
「父上、すまぬがそろそろベルノさんとの戦いを始めたいが故に先に広場の外へ行ってもらえるでござるか?」
とはいえ、某としては伝えたいことを伝えたが故にここで固まっていられては困るというもの。少し冷たい気はしたが、父上に退場願うと、我に返った父上が、「ああ、じゃあ、頑張れよ。鞘が必要だった理由を外から見させてもらうからな」と言って去って行った。
とはいえ、勝手に作って貰ったものであるが故に一応、確認はしておかねばなるまい。
「親方、鞘を試合で使っても構わぬでござるか?」
「ああ、いいぞ。木製だし、武器を仕舞うものを持っていても構わない。だが、鞘を持っていると動きづらくなるだけではないのか?」
「それが聞ければ十分でござる。何、鞘を何に使うかはこれからのお楽しみでござるよ」
それだけ親方に言うと、某は、指定の位置に着く。ベルノさんはどうやら変則的なタイプだ。何せ、右手に持つ剣は普通に長剣なのに、左手に持つ剣は短剣と長剣の丁度中間と言った長さなのだから。
「では、始め!」
その瞬間ベルノさんが素早く某との距離を詰めてくるそれに加えて、器用に両手で全く別の軌道を描きながら某へと攻撃してくる。
――これでは、反転が使えぬどころか、迎刀術は全て無理でござる――
「ぬう......」
某は全力でベルノさんの太刀筋を捌いていく。二刀流であっても、どちらも威力がそれほどでは無いゆえに受けきれぬことはない。だが、軌道も間合いも独特な二刀流相手に相手の軌道や重心を読み取って後の先を取る迎刀術は相性が悪かった。最悪と言っても良いであろう。
「どうしたのですか? 今までの職人を倒した技は使わないのですか? もしや、私相手では使えないということですか?」
「......」
ベルノさんは話しながらも一切、剣の流れが乱れない。これは、戦い慣れている人の剣だ。今朝の親方の話から少なくとも職人たちは外に狩りに行った経験があるはずではあった。だが、職人たちの剣は恐ろしいほどに単調であったし、戦いの最中に話しかけてくることは無かった。シーカスとアーミーだって、実際にはつばぜり合いや距離を取った......それこそ戦いが止まった時にしか話していなかったのだ。それを考えればベルノさんの格の違いが分かるであろう。
誰でも出来るのではと思うかもしれないが、全力疾走しながら普通に喋ることの難しさと言えば伝わるであろうか? 人は、二つのことを同時にこなす為には相当な鍛錬が必要となる生き物なのである。
ちなみに、今の某には無理だ。少なくともベルノさんの剣戟を捌きながら、話す余裕などない。しかし、劣勢でござるな。このままでは某の体力も、この刀自身も持たぬでござる。
――ならば、賭けに出るしかないでござる!――
「アドリューン式 迎刀術――」
「む、使えるのですか!? でも、今まで負けてきた職人たちのようにその手は食らいませんよ!」
その瞬間、ベルノさんは某から大きく飛びのいた。流石だ。某は心からそう思った。某の迎刀術には予備動作があり、それを見極め距離を取られれば発動できない。やはり、職人たちのナンバーツーは名実ともに間違いないのであろう。某でも、今のこの体ではあの回避は無理でござる。だが、某はベルノさんを信頼していた。某が技の名を言えば、必ず回避行動を取ってくれると。
――某はこれを待っていたのでござる――
「かかったでござるな! これで決めるでござる! アドリューン式 抜刀術 紫閃」
某はベルノさんが飛びのいた瞬間に刀を鞘に戻すと、飛びのいたベルノさんに大きく一歩を踏み出す。当然、それを易々と許してくれるベルノさんではなく二本の剣がそれぞれ別方向から某の急所を狙って迎撃する軌道を取る。
だが、遅い。
「な!? 速い!!」
某はその二本の剣を鞘から刀を抜きながらはじく。ベルノさんは急激に加速した某の刀についていくことが出来ず、驚きの声を上げたのが聞こえた。だが、このチャンスを何度もくれる程ベルノさんは甘い相手ではない。そして無防備になった胸を最大まで加速した木刀でなぞってベルノさんの脇を通り抜ける。
「......勝者、アドリューン!」
こうして某はついに、親方への挑戦権を得ることに成功したのだった。
というわけで、アドリューンが父上に頼んでいたのは鞘でした。そして、ベルノさんにも勝ちましたね。もうすぐ、本編で出すことになると思いますが、実はベルノさんも親方と同じ冒険者上がりです。それでもこうして六歳で勝ってしまうあたり、アドリューンもアドリューンなんですけどね(なんじゃそりゃ)。
次回は親方との戦いと、書ければ、勝ち抜き戦終了後まで書いてしまいたいと思ってます!
お楽しみに!




