侍の心得其二十七 戦闘指南役への試練
「アドリューン。これが親方から頼まれた木刀だ。どこか使いにくいところは無いか? アドリューンの成長に合わせて少し調整したが」
父上に作って貰った木刀を構え、振ってみる。一振りで分かる。父上の作る木刀はやはり格が違うと。これまで自分が作ってきたものは何だったのだろうと思う木刀との一体感。まるで、手足と刀が接続されたように、刀が動いて、止まって、そして抵抗がほぼなく位置に帰ってくる。
――これは、凄いでござるな。少し調整したなどと父上は申していたでござるが、半年前に初めて打ち上げトーナメントに参加した時の何倍も取り回しが良いでござる――
そんな風に某が感動して無言で刀を振っていると父上が声をかけてきた。しまった。素振りだけに留めるつもりが、使い心地が良すぎてついつい夢中になっていたでござる。
「おい、どうなんだ? アドリューン。どこか直すところはあるのか?」
「これ以上ないほどに完璧でござる」
そう、一言答えると、父上は安心したのか、満足げな顔をして頷く。某は前世と合わせても対人戦の経験の数はここに居る見習いの誰よりも劣るであろう。だが、鍛錬や技術に関しては違う。それは武器の良しあしを判断する目も然りである。父上は初めてこの刀という武器を頼んだ時、形さえ知らなかった。それでも、初めて作った親方との戦いの段階で某は十分な刀を作って貰ったと思っていた。だが、父上は陰ながら努力していてくれたのであろう。
親が子を思う気持ちは、子が親を思う気持ちよりも大きい。そんな言葉を聞いたことがあったが、まさに今の父上がそれであろう。この刀を見れば聞かずとも父上の努力が分かるというものである。
「そういえば、父上、これから始まる勝ち抜き戦には、親方や母上も出るでござるか?」
某は疑問に思ったので聞いてみる。職人とはどこまでを指すものであるのかを。
「ん? ああ、親方は出るぞ。ただ、今回は武器を作る俺と、母さんは職人では無いから今回は出ないことになっている」
なるほど。正直なところ、母上が出てこないのはとても助かるでござる。とはいえ、親方が出てくるのなら、今の状態では心もとないでござるな。一つ、あれを頼んでみることにしよう。
「父上、一つ追加で作って欲しい物があるでござる。頼めるであろうか?」
「ん? なんだ? ただ、あまり難しい物なら、トーナメントに間に合わないかもしれないぞ?」
「それは――」
某は、父上に耳打ちすると、「本物の刃物じゃねぇのに、そんなものを作ってくれだなんてな。分かった。職人トーナメントまでには間に合わせるから、木刀を一本置いていってくれ」と答えが返ってきたので、木刀を四本持って広場へと戻る。
すると、某が来るのが遅いとでも言いたげに気合の入った、ギラギラした視線の見習い達の歓迎を受ける。職人たちは、どうやら、某が見習い達に勝てるとは思っていないらしく、どこか散漫な感じだ。それも仕方ないであろう。あれを変えるにはまずは見習い達に全勝せねば。
「よし、準備は出来たようだな。アドリューン。では、これより、アドリューン対見習い全員の変則勝ち抜き戦を行う。ルールはいつもと同じ。制限時間は五分。武器の破損もしくは、急所への寸止めで勝利だ。なお、変則ルールとして、アドリューンは試合開始前に限り使用する武器を変更出来る。そして、見習いの中で、アドリューンに勝利した者は、職人に昇格する権利を与える!」
「うおおおおおおおおお!」
「アドリューンに勝つだけで職人とは、これは俺にも運が回ってきたぜ!」
親方......なるほど。いつもなら、追加で給金を稼ぐチャンスであったところを、某の勝ち抜き戦ということでボツとなってしまった。だからこそ、職人を餌に見習い達を焚きつけたと。とはいえ、某だって負けるつもりは無い。父上の刀があって負ける筈など無いでござる。
「今日はアドリューンが勝ち進めば時間がかなり怪しくなるから、さっさと始めるぞ! まずは、ケルスから。先ほどくじを引いた順に出てこい」
「よっしゃああ! アドリューン、今日の俺は一味違うぞ!」
「うむ。よろしく頼むでござる」
「では、始め!」
職人になれるということで、いつも以上に燃え上がる見習い達。親方の開始の合図とともに猪突猛進と言った様子で突っ込んでくる。
「アドリューン、覚悟おおおおおおお!」
とはいえ、その攻撃を形容するなれば単調の一言で言い表せるのは間違いない。それに加えて、某に勝てば職人になれるということで、冷静さを欠き、力み切った一撃を防ぐことなど容易いことであった。これならば刀を使うまでもない。
「っぐへっ!」
「勝者、アドリューン!」
某は半身で、ケルスの剣を避けて足を払って転ばせ、背中側から首に刀を当てるだけで終わってしまう。余りにもあっけなくケルスが終わってしまったことで、ケルスは見習い達から笑われている。しまったでござるな。これはもう少し相手してやっても良かったやもしれぬ。とはいえ、父上の作った武器とはいえ、打ち合えば多少なりとも摩耗する。故に、少しでも温存できるのであれば温存したいのだ。ケルスは少し可哀想であったが、ならば、これから、何人か同じ勝ち方をすれば少しは恥も薄れるであろう。
その後、某は五人続けて、同じ勝ち方をした。そうすれば、相手も、ただ突っ込んで打ち合えば、某が武器を壊して自滅して勝てたトーナメントとは違うと自ずと分かってくる。流石に、六人目ともなれば見習いのうちだれもそれを笑うものはいなくなっていた。とはいえ、そうなるまでに六人も掛かる時点で見習いは見習いでしかないのであろうと思う。
「勝者アドリューン! 次、キッパ前へ!」
親方の声が響く。ただ、先ほどまでの六人と違って、キッパには迷いが生じ始めていた。当然であろう。果敢に突っ込んで醜態を晒した前の六人の姿が脳裏にやきついているのであるから。
「始め!」
キッパは動かない。いや、動けぬのだ。ここの見習い達は知らない。打ち合い以外の対人戦のやり方を。これまでは真っ向勝負で、自分の作った武器の性能に物を言わせて殴れば良かった。だが、技術ある者が真に自分に合った武器を持った時、その関係性は儚く崩れ去る。
「来ないならこちらから行かせてもらうでござる」
迷って動けなくなっているキッパに向けて某は、この勝ち抜き戦で初めて動き出す。それにつられるかのようにキッパも動き出すが、もう遅い。
いつもの自分を失った相手程やりやすいものはないのだから。結局何もかもが中途半端になったキッパの剣をはじいて胸に木刀を突き付ける。
「勝者 アドリューン 次、ミントス前へ!」
結局、その後は終始某が圧倒した。勝ち抜き戦とは、前の試合を見るということ。つまり、本当の戦いを想定せずに今日まで模擬戦だけを繰り返し、戦ってきた者たちにとって、目の前の者たちの敗北は色濃く頭に残る。打ち合っても駄目、先手を取りに行っても駄目、某の真似をして後手を取ろうとしても駄目――。
こうして疑心暗鬼になって勝手に動きが悪くなって自滅していく見習い達に勝つのは簡単だった。向かってくるものは足を払えばいいし、向かってこない者は迷っている隙を突けばいい。そんなこんなで、見習い達に対策を練る時間を与えることも無く某は、わずか十分足らずでアーミーとシーカスが居なくなり、某を除いた見習い十三人全員に勝つことに成功した。
そんな某を見て、親方はニヤリと笑っていた。頭をいつも以上にピカピカと光らせ上機嫌のまま、コールする。
「勝者、アドリューン! これより、見習い十三名に全勝したことにより、アドリューン対シューラス並びに、職人ではないメリアを除く、職人全員との勝ち抜き戦に移行する。そうだな。職人は、アドリューンに勝てば、ボーナスとして銭貨三十枚出そう」
だが、親方の言葉に歓声を上げる者は誰一人いなかった。見習いと某の戦いを見て、銭貨三十枚をそう簡単に手に入れることが出来るとは思っていないのだろう。とはいえ、某もここからが本番であった。職人は、父上と母上を除き、アーミーとシーカスを加えても二十人いる。それに、見習い達のように油断しているような者は誰一人いないのだ。
「アドリューン、準備はいいか?」
親方が某に確認してくる。某もまた自分の体調について確認する。大丈夫だ。息一つ切れていないし、刀にはへこみの一つもない。
「大丈夫でござる」
「では、アドリューン対職人の勝ち抜き戦を始める! 職人は、序列の低い者から順に呼ぶこととする。ではまずアーミー。前へ」
そう、親方がコールをするとアーミーが前へ出てくる。最初の相手はアーミーでござるか。流石に、職人初日で序列が上がることは無いということであろう。となると次がシーカスでそのあとに職人たちと言うことであるな。全く、中々厳しい戦いになりそうでござる。
アーミーの手には当然、昨日シーカスを討ち破った武器、ハルバードが握られている。アーミーとは特訓で何度もやりあってはいる。当然、ハルバードを使って戦ったこともある。だが、シーカスと戦った後の一皮剥けた後のアーミーと某は戦ったことは無い。
とはいえ、アーミーには師として言わねばならぬことがある。
「アーミー、某の許可なく、シーカスと技術を賭けた戦いをするとは何事であろうか」
「へ!?」
アーミーは某がこの場で説教を始めるとは露ほども思っていなかったらしく間の抜けた声を上げる。
それでも、アーミーは昨日の戦いの前のことを思い出したらしく、冷や汗をかきながら、言い訳を始める。
「いや、それは、シーカスが持ち出したことだし、それに、アドリューンを見た時、親指を立ててたからつい、その場のノリで......すまない」
「あれは、激励の意味でしたのでござるが、まさかそのように取られていたとは。まあ、良いでござる。負けていたらこの程度では済ませていなかったでござるが、勝ったでござるからな。昨日はアーミーが気絶していたがゆえに言えなかったでござるが言わせて欲しい。職人への昇格、悲願のトーナメントの優勝おめでとう。アーミー。某は師匠として鼻が高いというものである」
「ああ、ありがとう。師匠」
アーミーはそんな某の言葉を受けて感極まって思わず涙を流しそうになる。おおっと、それは不味いでござる。
「待て、アーミー! 今泣いては某との勝負に影響が出るであろう? もう少し我慢してほしいのでござる」
「ああ、すまない。そうだったな。そういえば、今から勝負するんだった。いくら師匠の戦闘指南役がかかっているからって手加減はしないぞ。とはいえ、見習い達との戦いを見る限り、手加減以前に師匠はまるで別人だったが」
「真に良い武器は体の動きさえ変えてしまうものなのでござるよ」
某は、感極まった様子から瞬時に切り替えたアーミーに感心しながらも、内心、アーミーがシーカスとのあの戦いでどこまで強くなったのか。それを戦うことで見られると思うと、某の意思とは関係なく勝手に口角が上がっていくのを感じる。
アーミーを見るとアーミーもまた同様に笑っていた。笑顔とは、元々のルーツをたどれば、肉食動物が獲物を狩る際に見せる対象を威圧するものであったという。そんな本能的なものを感じながら某は木刀を、アーミーはハルバードを構える。父上はまだ来ていないことから、どうやら職人トーナメントにアレは間に合わなかったらしい。
だが、無いなら、無いなりに戦うしかない。それに、某がシーカスと戦ったアーミーを知らないように、アーミーもまた、某の手の内をすべて知っているわけではない。
「両者、準備は良いようだな。始め!!」
親方の、今日十四度目となるコールが響く。その瞬間、他の見習い達と同じようにアーミーも某に向かってくる。だが、アーミーと見習い達では決定的に違うものがある。それは、間合いだ。
「おりゃああああああああ」
つまり、アーミーの武器を躱しても躱した先でアーミーの足を払うという真似は出来ない。加えて、ハルバードは躱した後に更なる追撃があることを忘れてはならない。しかし、こんなものをまともに受けては、木刀が摩耗するのは明らかだ。木刀の本数に制限がある以上、打ち合うのは得策ではない。
そんなわけで某はアーミーの肘の伸びから推測した槍の刃先分後ろへ飛んで回避する。後ろへ飛べば、アーミーの得意とする、突きからの切り上げが当たることは無い。
「な! 流石師匠。ならこれならどうだ!」
シーカスに通用した連撃をあっけなく避けられたことで驚いたアーミーではあったが、体力に関してはアーミーに大きく分がある。あのシーカス相手に五分もハルバードを振り回し続けたのだ。そう簡単に間合いを詰めることは出来ない。とはいえ、某は持久戦をするつもりもないしさせるつもりもない。そもそも、指南役になろうとしている者が逃げまわっているのでは、折角勝っても、心証が悪いというものである。それに、急増ハルバード使いのアーミーには弱点がある。シーカスとの戦いでつけた自信でかなりキレが上がっているのが分かるがそれは克服出来ていないらしい。
「もう一丁!!」
そんな某にアーミーは再度、距離を取ってから加速して槍を突き出してくる。某が躱したタイミングを利用して、スタートよりも加速した状態で連撃を放ち、躱す間すら与えないつもりなのであろう。脳筋な考え方であるが効果的である。だが、相手が悪い。
「貰ったでござる!」
「な!?」
アーミーが先ほどより勢いのある突きを放ち、某はそれを先ほどより小さな動きで後ろへ避ける。狙い通りアーミーが切り上げをしようとしたところで、某はハルバードの刃先に下から木刀を上向きにぶつける。これも、ある意味、てこやモーメントの考え方の応用である。
もし、武器の持ち主が想定していない上向きの力が、ただでさえ長いハルバードの先端に加わったらどうなるか?
当然、アーミーはハルバードの遠心力に振り回され、遠心力に耐えられなかったアーミーの腕を離れ、アーミーの後方へとハルバードは飛んでいく。それを見て某は一気にアーミーとの距離を詰め、首元に刀を当てる。
「勝者、アドリューン。次、シーカス前へ!」
「くっそ、まさかここまであっさりやられちまうなんて。師匠がちゃんとした武器を持ったらここまで強くなるんだな。俺もそんな武器が作れるようになりてぇな」
「やはりアーミーは職人なのであるな。勝負の勝ち負けより武器の話が出てくるとは」
「当然だろ? 俺は職人なんだ。まあ、とはいえ、ここまであっさり負けるのは流石に悔しいから、もっとこいつを使いこなせるようになって、改良して師匠に一泡吹かせてやろうとはおもっているがな」
そう言って笑ってアーミーは広場の外縁へと移動していった。それと入れ替わるように、シーカスが広場の中央へやってくる。
「やあ、アドリューン。ここまで、戦って息一つ切れていないなんて。本当に君は昨日のアドリューンと同一人物かい?」
「うむ。同一人物でござる。ただ、武器が、某の作った鈍らではなくて、父上作の業物でござるが」
「ハハッ! 武器一つでここまで変わるってのは職人冥利に尽きるよね。本当に。シューラスさんはどれほど凄い技術を持っているんだ。だけど、負けるつもりは無いけどね」
それが合図だったようで、某とシーカスはお互いに無言で向き合った。某の作った武器では無いが、昨日、不発に終わってしまった技で、ここはひとつ決着をつけさせてもらうことにするでござる。リクエストもあったでござるし。
「では、始め!」
「行くぞ! アドリューン!」
そういうと、シーカスが剣を持って向かってくる。昨日はずれてしまったが故に失敗し、武器を折られてしまったが、今の某の持つ木刀でならば出来るであろう。シーカスが放つ攻撃と寸分狂わず同じ動きを、鏡合わせですることによって成功する。某が銃弾を打ち返すために作り出した技。
「アドリューン式 迎刀術 反転」
「ぐあっ......」
その瞬間シーカスが完全に剣を持ったまま制止した。某と打ち合った筈であるにも関わらず周囲には音一つ漏れていない。いや、正確には制止したわけではない。上半身の痺れで動けないのだ。
そのまま某はシーカスの首元に刀をゆっくりと当てる。そうして、しばらくの沈黙の後、我に返った親方が信じられないものを見たとでもいうかのような表情で、告げた。
「......勝者、アドリューン!」
思ったより大幅に長くなってしまった。二話にすることも考えたんですが、それには短かったので、今日はサービスです!
と、言いつつも、この後、他の職人たちとベルノさんに親方も控えてるんだよなあ。絶対長くなる......
とはいえ! 次回はベルノさん戦までは進むと思います。アドリューンが父上に頼んだものも判明するかな......? お楽しみに。
あ、ちなみにですが、アドリューンが今日の見習い達に足払い出来たのには理由があります。語りたい気持ちもあるのですが、今は理由があるとだけ。




