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侍の心得其二十六 製材所の戦闘指南役

「よく来た、アドリューン。シーカスに頼んだ伝言を聞いて来たのか?」


 朝一番、いつもであれば、製材所に着いた後、敷地内に入ることはなく、そのまま木材の運搬をする。製材所に入っても別に構わないといえば、構わないが、木材運搬は完全歩合制なのだ。一分一秒でも早く仕事を始めた方が実入りも増えるのである。前世のようにタイムレコーダーの類があるわけでもあるまいし。

 だが、今日は、昨日、アーミー宅へ向かう途中でシーカスから聞いた伝言を守るべく......というか、製材所の親方というトップからの呼び出しに反することなど出来るはずも無く。親方の前へ来ていた。


「うむ。某に頼みたいことについて聞きたいのでござる。親方には大変世話になっている故、某に出来ることであれば全力で取り組みたいと思っているでござる」


 それを聞いて親方は光りっぱなしの頭をひと際キラリと光らせながら某の言葉に頷くと口を開く。きっとこれから説明を始めてくれるのであろう。


「そうか。単刀直入にいこう。実は頼みというのはな――」


 ゴクリ。緊張で息を呑む。もしかしたら頼みというのは某にこの職場を辞めてくれというものかもしれない。確かに、某は職人になる気のない見習いだ。親方がその気になれば切ることも出来なくはない筈だ。今、辞めさせられるのはとても困る。最近、某が普通に働けば、毎日銭貨七枚ほどは貰えているのだ。そのおかげで一日とはいえ、その食事は転生直後よりはかなり豪勢なものになっているのだ。ここでそれを切られるのは正直言って困る。


 恐らく無いだろうとは思いながらもそんな緊張と共に、親方の次の言葉を待つ。


「アドリューン。おめぇに、製材所内の戦闘指南役になって欲しい」


「へ?」


 驚きのあまり、かなり変な声が出た気がする。

 今、製材所では考えられぬような単語を聞いた気がするが気のせいであろうか? 


「驚くのも無理はない。もう一度言うが、戦闘指南役になって欲しい」


 聞き間違いでは無かったようである。製材所内で戦闘指南役? 何故そんな物騒な役職が必要なのであろうか? そもそも、打ち上げトーナメントだって、某の考えとしては、職人と見習いが、加工技術と体力の向上を狙う場であった筈。事実、皆、力はあるが、力だけで技という段階には至っていなかった筈である。というか、加工技術を競う場であるのであればそれで十分なはずなのである。


「戦闘指南役でござるか。某は構わぬであるが、どうしてそのような役目が必要なのか教えて欲しいのでござる。木材を加工するのが仕事の製材所で、戦闘技術は必要無いであろう?」


「ああ、そうか。おめぇは知らないんだったな。ふっ。そういえば六歳だってことを忘れていたぜ」


 む? 年齢が何か関係あるのでござろうか? それにしても、皆して、某が老けて見える発言は酷いでござる! 確かに、某、六歳にしては色々、逸脱したようなことばかりやらされている気はするでござるが、まだ、ピカピカの一年生な年齢のはず、そう! 筈なのでござる!

 そんな某の考えなどどこ吹く風とでも言うように親方は説明を始める。


「どこまで知っているかは分からんが......この地は、六年を一つの周期として季節が巡っているんだ。日々、気温が少しずつ上がり続ける初夏に一年、一年間高い気温を維持し続ける集夏に一年、集夏が終わり、一気に気温が落ちてゆく準冬、雪がちらつき始める初冬、領地全体が雪で閉ざされる絶冬、そして、絶冬が終わり、雪が解け、夏へ向かう季節の萌春だ」


 なるほど。この地の季節はそんな風に巡るのでござるな。日本に住んでいれば、一年ずっと夏とか、一年ずっと冬とかそんな続けば参ってしまいそうでござるが、そこはこの地に適応した遺伝子というものがあるのであろう。この一年、某は暑さによる体調不良を感じたことは無いのだから。それにしても......


「ふむ。秋は無いでござるか?」


「秋? なんだそれ。そんなものは無い。いいか。もう一度言うが、初夏、集夏、準冬、初冬、絶冬、萌春の六つだ」


 どうやら、春夏秋冬の秋はハブられてしまったようである。聞く限りでは、準冬が秋に当たると思うのでござるが、きっとこれは冬を越す準備をする時期という認識でほぼ間違いないのであろう。地域に根ざした文化というのは時として理不尽でもある。


「うむ。分かったでござる。それで、その季節と戦闘指南役がどう関係するのでござるか?」


「ああ、実はな、今の季節は集夏に入る前なんだが、集夏が終われば、準冬、そして初冬になる。ここは製材所ではあるが、木材の加工が出来るのは雪が降るまでだ。つまり、準冬まで。ただ、絶冬になれば、領地全体が雪で閉ざされちまって何もできなくなる。つまり、集夏までは、今のままでいいんだが、準冬からは、冬に向けた食糧確保のための狩りと木材加工が半々、そして、初冬は完全に狩りが仕事になる」


 ふむ。ここでは食料確保を住民がやるのでござるな。某としては、鍛錬が出来る故に願ったりではある。とはいえ、こういう異世界でよくあるパターンとして狩り専門の冒険者というような存在はいないのであろうか? 


「なるほど。戦闘指南役が必要というのは分かったのでござるが、狩りの専門家というものはいないのでござるか? もしいるならその者たちに任せておけばよいであろう」


「いるにはいるな。冒険者というのがな。かつての俺もそうだった」


「親方は冒険者だったのでござるか!?」


 冒険者。それは、異世界に転生する者にとってある種、憧れとも言える狩りや採集によって生計を立てる某のような武人肌の人間にとっては心躍る職業ではある。そんなファンタジーな職業の経験者が目の前にいるのだ。初めて戦った時からただ者ではないと思っていたがまさか冒険者出身であったとは。


「ああ、俺にも色々あったんだよ。だが、そういうやつらはなぜ冒険者をしていると思う?」


 何故、でござるか。確かにそれは考えたこともなかった。冒険者というのは好きになれるものだと思っていたであるが違うのでござろうか。


「分からぬでござる」


「ふん。まあ、無理もない。おめぇのような子供には分からねぇだろうが、冒険者ってのは、平民になりたい貧民や、自分の所在が定まっていない者、そして一獲千金を夢見る馬鹿がやる仕事なんだよ。つまり、ほとんどは安定した立場を求めてする仕事なんだ。安定した立場を持ってるやつがわざわざ死と隣り合わせの仕事はしないからな。そんな仕事に就くやつが、毎年安定した人数居るわけじゃねぇし、農作物が手に入らなくなる初冬、絶冬の分の食料を確保できるほど人数が居るわけでもねぇ。結果として、俺たち住民がその分の食料を集めなきゃならねぇってわけよ」


 つまり、貧民から平民になるためには一定以上の金が必要と言うわけでござるな。これは思わぬ収穫でござる。とはいえ、そのような事情があるのであれば、わざわざ某のような子供を戦闘指南役に据える必要は無いと思うのでござるが、違うのであろうか? これまでもその立場に就いていたものはいた筈なのである。


「分かったでござる。とはいえ、某のような六歳児がそのような役職に就いてよいのであろうか? 他に適任者がいるのではござらんか?」


 某には不安もあった。偶々、アーミーとは師弟関係を築いて、シーカスを討ち破るというところまで鍛え上げるということは出来た。だが、他の者たちに......しかも、製材所の戦闘指南役をそのまま解釈するのであれば、職人という立場の者たちにも指導することになる。そもそも、某のような子供の言うことを聞いてくれるかというのも怪しかった。


「確かにいるな。というか、毎年その役職は俺だった。だが、アドリューン。俺はおめぇがここへ来たときに盛大に切った啖呵を今だって覚えているぜ。『弟子にはならない』ってな。おめぇはアーミーと共に十分な結果を残した。ならば、それを活かせるような仕事に就かせるのがおめぇに負けた俺の筋ってもんだろう? ただ、それでも納得がいかねぇって言うなら、皆が納得するような場を設けてやる」


 どうやら、親方は一年前、某とした口約束を本気で守ろうとしてくれているらしい。頭はピカピカ光っているし、怒った時や相手を威圧する時は顔に影が出来て思わずちびってしまうくらいには恐ろしい親方ではあるが、こういう心遣いを見せられると、親方の器の大きさに胸が熱くなる。こういう口約束の類は、自分に都合が悪くなると蔑ろにされても仕方のないことである故に。


 それにしても――。


「皆が納得する場というのは......?」


 すると親方はニヤリと笑って言った。


「それはお楽しみってやつだな。さあ、話は終わりだ! おめぇを戦闘指南役にするにあたってもう少し準備することがあるんだ。もうしばらくは見習いとして木材の運搬をしてくれ。ああ、この件は俺が発表するまで他言無用だぞ。例え、シーカスやアーミーに聞かれてもな」


 それが今回の件の終わりだったようで、某は親方のいる部屋から辞そうと背を向ける。そうして、そんな某の背中に語りかけるように親方のつぶやきが聞こえた気がした。


「しかし、一年前には、みて小、漏らし、ような子、が、一年やそこらで、戦、南役に抜擢か。自分でも、識すぎて何言ってるか――」


 なんだか失礼なことを言われていた気がしたが、背中越しに聞こえた親方のつぶやきがハッキリと聞こえることは無かった。


 その後、少し遅れたが、うだるような暑さの中、いつものように木材運搬をする。今日から職人となったシーカスやアーミーとすれ違うようなことはなく、何か物足りないような寂しいような、少し穴が空いたようなそんな気がしつつも、親方と話していた分のロスを挽回するために必死で木材を運んだ。


 その後、いつものように自分の武器となる木材を刀に加工しようとしたとき、某の元にベルノさんがやってきて、今日は武器を作らなくても良いと言われる。


 ――一体どういうことであろうか? 某が戦闘指南役になるのはまだ先の話でござらんか?――


 ベンノさんに聞いてみても、ニコニコとはぐらかされ、結局武器を作らないままに打ち上げトーナメントの開催時間を迎えることとなった。

 ここで、某は、親方の言っていたお楽しみの意味をサプライズと言う形で知らされることとなった。


「皆、聞け! 今年から戦闘指南役として、見習いのアドリューンを採用する! 一年前、俺を転がしたアドリューンの戦闘指南役は力不足では無いと思っているが、それでも、打ち上げトーナメントでのアドリューンしか見ていない者は不満に思うだろう。だから今日は打ち上げトーナメントではなく、アドリューン対見習い全員、その後、アドリューン対職人全員の一対一の連戦を行ってもらう。これで、アドリューンが皆に勝てば文句はないだろう?」


「「「「「へ?」」」」」


 某を含む会場全体から、戸惑いや驚きを含む頓狂な声が上がった後ざわめきが起こり始める。今日から職人となったアーミーとシーカスがニヤニヤとこちらを見ているのが解せぬ。なんせ、この場で一番取り乱しているのは、職人や見習いの誰でもない、某に他ならないのだから。


「ああ、一つ、特別ルールとして、アドリューンの武器は特別にシューラスに作って貰っている。一応、折れても大丈夫なように五本作らせた。アドリューンは加工技術が未熟故にそこは了承してくれ」


 それに異を唱える者はいない。むしろ、その程度で何が変わるんだという者たちばかりだった。見習いならまだしも、職人の中には気難しい者もおり、いつも見習いトーナメントの二回戦あたりで武器を砕かれるような者に負けるはずが無いと怒っているものまでいた。


 とはいえ、その言葉に某はホッとする。それならば勝ち目があるやもしれぬ。それに、親方のサプライズには驚いたが、某の一年の成果を確認するのにこれ以上の場は無い。それに、早くもシーカスにリベンジをするチャンスだって来た。これを活かさぬ手は無いというもの。


 某は、戦闘指南役が一気に絶望的になったはずなのに、歩くたびに地面から足が浮いているのではないかと思えるような高揚感を感じながら、父上の元に作って貰った刀を受け取りに行くのだった。







というわけで、ようやく季節の設定が出せました。とはいえ、朝昼晩があるので、アドリューンの転生した異世界は自転しつつ、かなりゆっくりなペースで恒星の周りを回っている。そんなイメージを持っていただけるとありがたいと思っております。

ちょっとは侍に近づいていけてるの......かな?

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