侍の心得其二十四 はじめての平民街
凄かった。
とにかく凄かった。
戦いのレベルとしては見ている限りそう高いものでは無い。前世の某であれば、仮にシーカスとアーミーが同時に向かってきたって打ち倒せる自信がある。それほどまでに技量としては拙いものであった。それでも、今の某にとってはどちらの攻撃であっても一撃として受け止められるか分からない。
そんな、命を燃やすような、見ているだけで、どうして自分はあそこに立っていないのだろうと、そう心の底から思わされるような熱い戦いであった。
だが、それと同時に某が万が一シーカスに勝って決勝で戦ったとしてあのような戦いを出来るかと言われれば完全に否であるのだが。
人とは不思議なもので、時として思いの強さで力を増す。ともに同じ時を過ごしたからこそ引き出された力があの戦いには集約されていたのは誰の目から見ても明らかであっただろう。
それでも、アーミーが勝って良かった。この半年の修行は決して無駄では無かったのである。紙一重ではあるが、あのシーカスに勝ったのだ。アーミーは戻ってきたら労ってやらねばなるまい。そう某が思っていると、シーカスがアーミーを背負って某のところへと歩いてやってくるのが分かった。
近づいてくるごとに分かる。何故か勝った方であるアーミーの意識が無いようで、シーカスの背に乗せられているアーミーはぐったりと顔を落としている。
駆け寄りたかったが、某も疲労困憊で走るような力は残っていない。もしや、アーミーは重体ではなかろうか? あれほどの動きをしたのだ。そうなっていてもおかしくはない。ゆっくりと立ち上がって、シーカスへと向き合って声が届くところまで近づいて来た時、シーカスにアーミーの様子を尋ねる。
「アーミーは大丈夫でござるか?」
そんな某の言葉に、シーカスは笑いながら言う。
「ああ、大丈夫だ。心配するな。ちょっと寝ているだけだ。それにしても、これは師匠似か? 倒れるまで力を出し切るなんて、今までのアーミーだったら考えられないぞ?」
そんなシーカスの言に安心する。どうやら、アーミーは疲労で倒れただけらしい。とはいえ、シーカスが師匠と言ったでござるな。これは一体どういうことであろうか。
「アーミーが無事ならそれで良いでござる。それにしてもどうして、シーカスが師匠ということを知っているのでござるか?」
「ああ、ムードもあったんだろう。戦いが始まる前にアーミーが自分から言い出したんだ。アドリューンを師匠ってな。続きはアーミーを家に送りながら話そう。親方から伝言も預かっているんだ」
なるほど。アーミーはそんな風に某を思っていたのでござるな。以前一度だけ呼んでくれて少しばかり舞い上がって以来、一度も呼んでくれなかったが故に、諦めきっていたでござるが......そうか。アーミーは某のことを師匠だと思っていてくれたでござるか。
それにしても、伝言とは一体なんでござろうか?
某は、シーカスについてアーミーを送っていくことになった。どうやら、また職人トーナメントは見られなかったが今更であろう。そもそも、アーミーと特訓を始めた半年前から一度も見られていないのだから。
そんなわけで、シーカスはアーミーを背負い、アーミーを背負っていたおかげで、某にもついていけるほどの速度になったシーカスを追って製材所を出る。アーミーの家がある平民街は貧民街とは真反対の方向にある......つまり、某の知らない場所ということだ。そもそも、某に平民街に行っている余裕はこれまで無かったゆえに見たことが無かったのだ。
アーミーによると貧民街よりかなり綺麗だという話であったが、それは如何ほどでござろうか。
日は傾き、もうじき沈むという時間。平民街へと歩く某とシーカスの影は自然と長くなる。道行く人は日が暮れるまでに自分の家に帰ろうと足早の人が多いようにも見える。そんな人の流れに背くように某たちはゆっくりと歩いていた。
そんな中でシーカスがゆっくりと口を開く。
「一応、アーミーがこんなだから、アーミーの家に着いたらアーミーの両親にも伝えることにはなるんだが、アドリューンには先に話しとくな。まず、急だが、アーミーも明日から職人昇格が決まった」
「おお、それはめでたいでござるな!」
シーカスから告げられたアーミーの吉報に某もまた嬉しくなる。とはいえ、シーカスの表情は少し複雑そうだった。確かに、シーカスは半年もずっと待たされていたのだ。腑に落ちない物があるのかもしれない。
「ずるいよなあ。アーミーは。まあ、でも認めるしかないんだけどな。俺の剣を折ったわけだし、それに、親方曰く、『お前らは競い合った方が伸びる』って言うんだぜ? はあ、アーミーがこんなに早く職人になるんだったらあんな賭けするんじゃなかったぜ」
某の予想は当たっていたらしく、ずるいとは言っていたが、そう言った後のシーカスの顔は晴れやかで嬉しそうだった。とはいえ、そんな様子のシーカスが最後に発した言葉が某にとってはかなり気になる。
「賭け、でござるか?」
「ああ、アーミーと戦いが始まる前に賭けをしたんだ。勝った方が負けた方に秘匿している加工技術を教えるってな」
「なるほど、それは、アーミーに貸し一つでござるな」
そう言った某をシーカスが不思議そうに見つめてくる。貸し一つの意味がわからなかったのでござろうか?
「アーミーは某の許可なしに二人で作り上げた技術を賭けたのだ。当然、後で説教ものでござるな」
「ハハッ! そういうことか。賭けを持ち出した時、アドリューンの方を見ているのは分かったから何らかの許可をもらったのかと思ったんだがそうじゃなかったんだな。賭けの件は俺が悪いから、俺の技術をアドリューンにも教えるってことで不問にしてやってくれないか?」
「それとこれとは話が別でござるが、この半年ずっと研究し続けたシーカスの技術を某にも教えてもらえるなら、説教だけでゆるしてやるのもやぶさかではないでござる」
「ありがとう。とはいえ、本当に師匠なんだな。今更ながら」
そう言ってシーカスは某を見ながらウンウンと頷いている。そんなやり取りをしながら歩いているうちに、いつも、木材運搬で往復している道を抜ける。つまり、職人街を抜けたということだ。更に歩いていけば大きな通りへと出る。東通りである。左手には、日が暮れるからということで、ゆっくりと閉じられ始めている東門が見えた。あれだけ大きな門が閉じられていく光景と言うのは中々見ごたえがあるものでござるな......
「どうした、見とれているところ悪いが、あまりぼーーっとしていたら、日が暮れちまう。今日は我慢してくれ」
「......すまぬでござる」
どうやら、某は初めて見る閉門作業に足を止めていたようでシーカスにたしなめられる。その後、名残惜しい気持ちを感じながらも、東門を背に、これまで大通りと言っていた貧民街の大通りが可愛く見える程の、東門から中央へと延びる広い東門通りを進んでゆく。しかし、今まで時間ギリギリまでアーミーと特訓していたゆえに見ることは無かったでござるが、こういう異世界然とした光景は素晴らしいものでござるな。アーミーの特訓も終わったことであるし、某も少しこの都市を見て回ってもよいやもしれぬ。
「さっきの話の続きなんだが――」
そんなことを考えていると、シーカスが先ほどの話の続きを切り出してくる。うむ。そういえばアーミーだけではなく、某の話もあったでござるな......
「アドリューン、明日は朝一で親方の元に直接来て欲しいと言われている。まさか職人になるのかと親方に聞いたら、それは違うらしい。なんでも、親方が直々にアドリューンに頼みたいことがあるって言うんだ。気になるから、話が終わったら教えてくれよ」
ふむ。親方直々の頼みでござるか......とはいえ、打ち上げトーナメントで三回戦より先には進んだことが無いし、やったことと言えば、アーミーと特訓したくらいだが、一体次は何をさせられるであろうか。気になる。
「わかったでござる。朝一で親方を訪ねれば良いのでござるな」
シーカスは「ああ」と言う。これで、伝言は終わりらしい。そうして、東門通りを途中で曲がる。ここから平民街だそうだ。以前、某はアーミーを貧民街へ連れて行ったことがあるが、あの時驚いていた理由が分かった気がした。確かにこれは――
「環境が違い過ぎる......でござるな」
「驚いただろう。これが、平民と貧民の差だよ。平民街では急に糞尿が降ってくることは無い。理由は簡単だ。建物がすべて一階建てだからだ。それに加えて......家の前に蓋つきの桶があるだろう? あれに糞尿を貯めるんだ。で、一日に、二回朝夕で足のスペシャリスト、『走り屋』が回収に来るんだ。ほら、そろそろ時間のはずだ」
シーカスがそう言ったのが合図だったかのように、某たちが入った通りの反対側から、桶を載せた荷車を引く集団が突っ込んできた。某とシーカスは急いで端に寄ってその荷車の集団の通り道を開ける。その集団は凄かった。1人が荷車を引きながら、何も入っていないであろう桶を持ち、もう一人の荷車を引いていない方が家の前に置かれた桶を拾い上げ、空の桶と入れ替える。異世界版バキュームカーと言えるだろうか。その速度は恐ろしく速い。荷車がほぼ減速しないままに次々と桶を取り換えてゆく。よく見ればシーカスが走り屋と言った者たちはみな、お揃いの黒子のような恰好で口元を隠していた。
「凄い迫力でござったな......」
某はあっけに取られて固まってしまう。それほどまでに目の前で繰り広げられた光景は衝撃的なものであった。とはいえ、こんな風に回収してくれるシステムがあるのなら、確かにこの景観にも納得がいくというもの。
黒子の走り屋が通過したのを確認してから某とシーカスは歩きだす。某はもう少し、シーカスに走り屋について聞いてみたいことがあったのだが、アーミーの家がもうすぐだからということで「また今度」と言われてしまう。
――某、聞き分けの良い六歳児であるからな。これ以上だだをこねることは無いのでござる!――
と、普通の六歳児が聞いたら、詐欺と言われそうなことを思いながら少し歩いたところで、他と特に変わり映えのしない一軒家の前へ着く。シーカス曰く、ここがアーミーの家らしい。某はどんな奴が出てくるのかと身構えると、シーカスが苦笑して某を見ていた。
弟子の家にお邪魔するのだ! 師匠が身構えるのも当然というものであろう?
というわけで、今回は結構作者的には第一章の中でキーとなることを色々書けて大満足な回でした!
そういえば、この作品にヒロイン出てきて無くね? そろそろヒロイン成分を......
え? メリアさんが居るじゃんって? いや、マミーだからね? いや、ほんとにマミーだから......(吐血




