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侍の心得其二十三 アーミーとシーカス(アーミー視点)

 俺はアーミー。製材所で見習いをやってる平民だ。

 平民と貧民だと何が違うのかって言われれば、色々あるが......一つは待遇だろうな。少なくとも、平民の居住区はある程度綺麗にされているし、平民は皆、大きくはないが自分の家を持っている。貧民街のように何階もあるような建物にいくつもの家族が住んでいるのではない。一戸建てにつき一つの家族だ。


 以前、師匠に付いていった貧民街は見るからに地獄だったよ。 今まで、貧民街まで行くことは無かったから、領主様から家を借りているだけで、平民と似た生活をしているんだろうなって思っていた。

 でも、違った。まさか、貧民街があんなにも多くの糞尿が時間関係なく降ってくる場所だなんて思いもしなかった。というか、師匠はあの糞尿の雨を服に跳ねを飛ばすことなく走り抜けるんだ。そりゃ、六歳にしては強いわけだ。少なくとも俺にはあんな常人離れした動きが出来るとは思わない。一体何をしたら六歳であんな動きが出来るようになるんだ。


 それに加えて師匠は知識も異常だ。確か貧民は、領主から税の類がすべて免除されている代わりに、賃金は平民より大幅に安く、家の中に労働と生活に必要なもの以外は置いてはいけないことになっている筈だ。つまり、知識を得ることの出来るものの類も置かれていない筈である。


 師匠は先祖返りだと言い張っているが、果たして本当にそうなのだろうか? 以前、師匠との特訓帰りに俺が貯めたお金をはたいて平民図書館に行ったのだが、先祖返りと言ってもあそこまでの知識を......それこそ、その地域に無い物をポンポンと出せるような例は無かった。


 とはいえ、そのおかげで俺はこうしてシーカスの前に立てているのは事実だから、師匠本人が言いたくないのなら、これ以上聞くことは無いだろうと思っている。ちなみに、師匠は、師匠と呼ぶと付け上がって面倒なので、アドリューンと呼ぶことにしている。やはりこの辺りは年相応ということなんだろうな。


「アドリューンと仲良くなってずるいじゃないかアーミー。先にアドリューンに声をかけたのは俺だったのにさ」


 そんな俺へ声をかけてくる男......それは一人しかいない。なんせここは、打ち上げトーナメント見習いの部決勝が行われる広場の中央で、審判をする親方以外は全員広場の外縁で観戦をしているのだから。


「ぬかせ。それを言うなら、同期のよしみでシーカスの加工技術を教えてくれても良かったじゃないか。それに、俺はアドリューン......いや、師匠に頼まれたんだ。だから、俺はお前とは違って師匠に見初められたってわけだな」


 今まで、体面を考えてアドリューンと呼んでいたが、ここではシーカスと親方しかいない。それに、シーカスも明日から職人だ。シューラスさんにはもうほぼバレているが故に隠すことなど無いだろう。とはいえ、流石に俺がいきなりアドリューンのことを師匠と呼んだことで、シーカスと親方が明らかにピクッと反応したのは少し面白かった。


「ハハッ。お互いさまってことだな。まあいい。それにしても、師匠、ね。そのなんだか厳つい形の武器も、その師匠とやらの差し金ってことか?」


「どうかな。その辺は想像に任せる。と言っても、どんな武器を持ち出しても勝てなかったからこんなゴツイ形状になっちまったんだけどな」


 悔しさをなるべく顔に出さないようにしながら、軽く笑って見せる。この武器の名前はハルバードというらしいが、俺にピッタリの武器だった。剣ならば相手を攻撃する時や受ける時に、刃の向きを考えながら戦わなきゃいけないし、槍なら、突きの後、引き戻す動きでどうしても相手に距離を詰められていた。だが、このハルバードは違う。

 突きの後で更に追撃の手段があるのだ。余分な斧の部分がかなり重いゆえに、師匠は振り回されていたが、俺は慣れれば使えた。それに加えて、師匠が提案してきた形から俺が使いやすいようにかなり形状についてはかなり研究した。故に、自身の技術もかなり上昇したと思う。


 そうして、互いに言い合った後、スタート前の距離を開ける時、不意にシーカスが声をかけてきた。


「......なあ、アーミー。もしかしたら、打ち上げトーナメントで俺とお前が戦うのは最後になるかもしれない。だから、賭けをしないか?」


「賭け? 何を賭けるんだ?」


「お互いが今持っている技術だ」


「......良いのか?」


 俺は今、シーカスから背を向けている故に表情は見えていないだろうが、かなり驚いていた。おそらく顔にも出ている筈だ。何故、今。と思わずにはいられない。


「ああ、それに、あれだけ半年間、親方達だって使ったことのない武器や、真似できない加工方法の入った武器を見せられ続けたんだ。職人を志す者として、知りたいと思うのは当然だろう? それに、もしここで俺が負けたとしても、俺の教えた技術でアーミーも職人になればその時にまた教えてもらえばいい。どうだ? 俺には全く損がない提案だろう!」


「馬鹿野郎。それじゃ賭けになってねぇじゃねぇか。それに、俺が職人になった時、シーカスに教えてやるとは限らないだろう?」


「いや、お前は教えてくれるさ。ま、今日も俺が勝って、その新武器とやらも今まで通り破るから、何も問題ないけどな! で、乗るのか?」


 シーカス。こいつはずっとこんな奴だった。きっとこういう性格だからこそ憎めないし、これだけ勝てる程の強さを手にしたのだろう。正直、そんなシーカスの技術と言われれば喉から手が出る程欲しい。欲しいが、俺の持つ技術は多少俺の手が加わっているとはいえ、きっかけとなる知識は全て師匠の物。それを師匠の許可なく賭けても良い物かと思って視線をめぐらす。

 幸い、師匠はすぐに見つかった。他の見習いよりも頭二つは小さいのだ。当然と言えば当然だ。


 俺の視線に気付いたのか師匠はシーカスと戦って疲れ切った顔で、笑うと、親指を立ててくれる。それを見て俺は心を決める。ここで話している声は、師匠には聞こえていないのだろうが、気のいい師匠ならきっと許してくれるだろう。いつものように「ござる」と言いながら。


「分かった。その賭け乗らせてもらおう」


 返事は帰ってこなかった。指定の位置に立ち、師匠と共にこの日のために作り上げたハルバードを握りしめる。親方が息を吸う音が妙にゆっくりと聞こえる気がする。心臓の鼓動が妙に早まる。これで最後になるかもしれない。そんなシーカスとの戦いだ。いつもの何倍も緊張し、喉が渇く気がする。だが、不思議と体は軽かった。さっき見た師匠の表情が俺の体を後押ししてくれる気がする。


「では、始め!!!」


 いつもより気合の入った親方の声が響く。その瞬間、俺は、駆けながら、シーカスへ向けて、ハルバードの突きを放つ。


「おりゃあ!」


「遅い!」


 だが、いつもの槍より遅い突き、他の見習い達であればここで優位に立てるのだが、流石シーカス。ハルバードの槍の部分を寸分の狂いもなく、弾く。だが、ハルバードはここで終わらない。


「まだだ! シーカス」


「何!?」


 その瞬間、槍であれば引き戻さねばならないところをハルバードであることで、そのまま、斬るという攻撃につなげることが出来る。今まで隠しておいたのが、功を奏したのだろう。シーカスは完全に意表を突かれたようで、何とか受けきりはしたが、完全に態勢を崩す。


「有利は渡さん!」


 その後はほぼ一方的に俺が攻撃を続ける。突く、薙ぐ、振りかぶっての上段からの大振り、下段からのかちあげ、石突を使っての更なる意表をつく一撃。明らかに攻めているはずだが、流石、シーカス。ところどころにあざを作りながらも、急所を突けるような致命的な隙は見せない。


「はぁ、はぁ......!」


「ふぅー、ふぅー。」


 俺だけじゃない。シーカスも明らかに息が上がっているのが分かった。正直、かなり苦しい。俺の方がシーカスより長柄かつ、重い武器を振り回してシーカスを攻めている。正直、かなりキツイ。それは軽い剣で受けに回っているシーカスの数倍にはなるだろう。だが、ここで攻め手を緩めれば、シーカスの反撃に遭うのは間違いなかった。それ故に、俺は攻めるしかない。この時のために、師匠が、鍛えてくれた。長柄の武器を振り回し、間合いを取り続けるための訓練をした。


 緊張が疲れを早めている? シーカスに完全に攻めさせられている? 違うな! 俺は今、攻めている! そして今日こそシーカスに勝つんだ! そのためにはこの腕が動かなくなっても構わない!


「シーカスぅぅぅぅ! 倒れろ!! はぁ、はぁ」


「倒れろって言われて倒れる奴が居るかよ。それにしても、ふぅ、ふぅ、アーミーもそろそろ隙を見せてくれてもいいだろう?」


 そんなやり取りがずっと続いた。ミシミシと武器が悲鳴を上げている気がする。それほどまでに激しい戦いだった。シーカスはどうだ? シーカスの武器は大丈夫なのか!?


「残り一分!」


 そんな親方の声が響き渡る。どうやら、そろそろこの戦いの時間も終わるらしい。視界が白くなってきた。そろそろ体も限界を迎えつつあるらしい。だが、シーカスは依然として、剣一本で俺の攻撃を受け続けている。ならば、ならば、ここで勝負に出るしかないだろう! これを受けられたら俺の負け、これでシーカスの武器を飛ばせたら俺の勝ち!


「これで終わりだああああああああああああ!」


「!?」


 気迫と同時に放った下段からの切り上げに、シーカスは一瞬怯んだような顔をした。それでも、はっきりとシーカスが俺のハルバードの軌道に剣を合わせるのが見えた。


 カァァァァァァン!


 俺のハルバードが手から離れたのが見えた。くっ! これでも駄目なのか。


「貰ったぞ! アーミー!」


 弧を描きながら飛ぶハルバードを確認したシーカスがものすごいペースで距離を詰めてくる。だが、まだ、諦めるわけには......ハルバードを拾って急所だけは防がねば! な、なに!? 足が動かない!?


「それだけ動いてりゃ足も動かなくなるだろう! これで終わりだ!」


 ああ、負けた。そんな覚悟をして目を瞑る。すまない。師匠。どうやらこれだけ色々してもらったのに、シーカスに勝てなかったらしい。


 辺りが静まり返る。どうやら勝負は決したらしい。俺は覚悟を決めて目を開ける。だが、そこに、シーカスはいたが、シーカスの手に剣は、無かった。一体どういうことだ?


 その疑問への答えは審判である親方の口から告げられた。


「シーカス、武器破損により、勝者アーミー!」


 俺は、疲れで回らなくなった頭でその声を聞いた。夢を見ているのかと思った。これは、疲れ果てた俺の夢だ。そうに違いない。なんせ武器をはじかれ、シーカスに肉薄されたのだから。だからこそ信じられない。今、目の前に広がっている光景が。


だが、全力を出し切った今の俺にそれを再度確認するほどの体力は残っていなかった――。





というわけで、アーミー視点でお送りしました、シーカス対アーミーの決勝戦でした。

ちなみにここでこの小説の10万字地点ということで、一つ区切りがついたかなと思います。ふっ! 狙い通りだぜ(嘘です。完全な偶然です)

次回からまたアドリューン視点に戻ります。あ、アドリューン視点でバトル描写はしません。ちゃんと進みますからお楽しみにしていただけると嬉しいです!

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