侍の心得其十八 協力者
某の戦いは実にあっけなく終わった。なんせ、ケルスという見習いが打ち下ろした剣を一合打ち合っただけで、見るも無残なほどに破損してしまったのだ。勿論、重すぎてベストな位置で受けられなかった某にも責はあるのだが、この場合、間違いなく武器が悪い。恐らく、某が自在に振れていたとしてこの太刀を受けることは出来ないだろう。
なら躱せば良かったのではないか? そう言われるかもしれぬがそれも否である。少なくとも相手は見習いとはいえ数年単位で連日労働と戦いをこなしている。それゆえに、体格でも身体能力でも劣る某が、父上の木刀ならともかく、ただ重いだけのなまくらを持ったまま躱すなど到底無理な話なのである。
必然的に、某は少なくとも一合は相手と打ち合わなければならない。だが、某の作る武器は、相手と一合も打ち合うことが出来ない。つまり、打ち合った後に続くカウンターも、自分から攻めていくことも不可能なのだ。武器が壊れた時点で負けなのであるから。
前世であと二十年も長く生きていれば、『侍』への理解を深めるため鍛冶にも手をだしていたかもしれぬ。だが、技を生み出すこと、己を鍛えること、ある程度の学を修めること、これらの最優先事項がある中では流石に自分の使う武器制作に費やす時間は無かった。
とはいえ、流石に、自分が着るための着流し、外見だけでも侍に見せるための布の刀は自作であったのだが。だから、やろうと思えば、裁縫も出来たりする。ただ、今のところ裁縫が必要になるような機会には恵まれぬのだが。
某は模擬戦が行われている製材所の広場の外縁へと移動しながらつぶやく。
「早急になんとかせねばならぬな......とはいえ、今日は倒れずに済んだのでござる。これは、試合を観戦するチャンスでござるな。それに、母上、親方、父上、ベルノさんが出る職人の戦いも俄然興味があるでござる」
ぶつぶつと呟きながら歩いていると、初日に某に負けたアーミーが近づいてくるのが分かった。少し浮かない顔をしていることから、隣でやっていた試合で負けたのであろう。
「いやあ、負けたよ。流石に、見習いではシーカスが圧倒的だ。流石、職人に最も近い見習いだよな。なんせ、直近の三ヶ月負けなしだからなあ」
その顔には打つ手なしというような色濃い諦念の色がにじみ出ていた。シーカスと言えば、初日に某に声をかけてきた青年であるな。あれほどの木材を持ちながら、あのスピードで往復出来るのであるし、某にも十五になったら職人になるということを言っていた故に、相当の実力があるのだとは思っていたがまさかそれほどであるとは。
「ふむ。シーカスはそれほどに強いのでござるか」
「ああ、シーカスと俺は実は同期なんだが、丁度半年前までは戦績で言えば互角だった。だが、シーカスの作る武器の性能が急に上がったんだ。きっと何かコツを掴んだんだろうな。それからだ。少しずつ負けが増えていった。そうして、四ヶ月前、シーカスは初めて見習いトーナメントで一位になったんだ」
「なるほど。そういうことでござったか」
確かに、このような若い年代であれば簡単に力量差がひっくり返るものだ。それは、成長期であったり、急に眠っていた才能が開花したりと色々考えられるが。
「何かシーカスに勝つために工夫はしなかったでござるか?」
「ああ、当然だ。思いつく限りありとあらゆる戦法を試したさ。だが、それにもすべて対応されちまった。あまりにもシーカスが勝つもんだから、シーカス以外で談合をしたこともあったな。シーカスとの戦いで全力を出すために、シーカスと相性のいい奴や、直近の模擬戦で接戦した奴が万全の態勢で戦えるようにそれ以外の試合で勝敗を調整するみたいなな」
「それでも勝てなかったでござるか?」
その某の問いにアーミーは数秒の沈黙を置いて残念そうな悔し気な顔をして答える。
「......ああ、しかも決勝の相手は、俺だった。決勝までの三戦、すべて万全の状態の見習いと戦い、その後、俺は消耗した状態のシーカスに万全の状態で挑んだ。それでも――」
シーカスは再び沈黙する。某は嫌でもシーカスが何を言いたいのか理解できてしまった。そこに込められた感情もまた同様に。
「そのあとだったな。親方がシーカスの職人への内定を出したのは」
アーミーは唇をかみしめながら某に教えてくれる。きっと相当に悔しかったのだろう。木剣を持つ手に力が入っているのが分かった。
そんなアーミーから一旦目を離す。広場の外縁へとたどり着き、アーミーと共に他の試合を観戦することになった。ここで一つ疑問が生じる。ということは、もしや――。
「内定ということは、見習いをずっと続けていれば職人になれるわけではないのでござるか?」
その某の言葉にかみしめていた唇を解き、アーミーは思わず驚いたというように、口を開けて某を見る。一瞬、常識知らずだと馬鹿にされるかと思ったがそうではなかった。
「そうか。アドリューンは見習いになったばかりで知らないんだな。実は、ここの見習いは二十歳までなんだ。それまでに親方から声がかからなければ強制的に解雇になる。職人は狭き門だ。数年に一人程度しかなれないのだから。見習い全体で見れば、全体の二割足らずってとこだな。見習い希望の段階から考えれば、一割にも満たないんだろうな。そのくらい狭い門なんだ」
「それは、とてつもなく大変でござるな」
それ以外に某に言えることは無かった。合格率一割以下の狭き門、それは前世で言う難関資格の合格率にも匹敵する値である。とはいえ、これは良くできた仕組みでござる。見習い達には出来高払いの労働で筋力を付ければつける程収入が増えるようにし、たとえ見習いで終わったとしても次の仕事を見つけるまでは貯めたお金でしのげるようにする。更に、打ち上げトーナメントを仕事終わりに実施することで、見習い達に木材加工の基礎教え、競争心を植え付けることが出来る。それに加えて職場でのコミュニケーションをとる場としても活用できるであろう。
親方達職人側にしてもそうだ。次代を担うことの出来る木工職人の技量を見極めることが出来るし、若い見習いが頑張れば職人たちの刺激にもなる。
力加減が上手くない見習い達は熱くなりすぎて怪我をするかもしれないというリスクはあるが、そこは親方やベルノさんといった実力者がうまく立ち回って回避しているし、問題は無いのであろう。
今考えたことだけでも思わず嘆息してしまう。暴力的ではあるが、これほどまでに理にかなったシステムは前世の企業を探してもそう多くは無いであろう――。
「これより二回戦を始める! 第九、十試合の対戦カードは、シーカス対ニーグ、キッパ対ミントスだ。前へ」
その声と共に四人が広場の外縁から中央へと移動してゆく。出来ることなら両方を見たいところではござるが、ここはシーカスの技量を中心に確認させてもらうことにするでござる。
確か、シーカス対ニーグであったか。見る限り、シーカスにはどこか余裕を感じるでござるな。あれは勝ちに慣れている者しか纏えぬ気色であるな。それに対してニーグは......ううむ。これは駄目でござる。聞くところによると三ヶ月負け続けた後遺症とも言えるであろうな。負け癖が付いてしまっているでござる。やる気はあるようにも見えるでござるが、勝とうという意志を感じられぬでござる。
「駄目だな。あれじゃ、シーカスと勝負にもならない」
アーミーが隣でそうつぶやいているのが聞こえた気がした。この戦い勝負が始まる前から既に勝敗は喫してしまっているのであろう。
「では、始め!」
親方の声が広場に響き渡る。それを境に四つの影が動き出す。全ての影の動きにそう大きな差は無い。だが、一合目を打ち合った後、シーカスだけが目に見えて動きが違った。それは、明らかに武器の差が生み出すものであるのは明白であった。
弘法筆を選ばず。なんて故事があるが、それは厳密には違うということを目の前の光景を見て体感していた。条件がほぼ同等の相手において、その差を分けるのは武器によるものである。まさにそれを体現したのがシーカスの戦いだった。
某の技のように、一撃で決まるわけでもなく、親方のような鍛え抜かれた圧倒的な力でねじ伏せるわけでもなく、ましてや、母上のような飛びぬけた敏捷性があるわけでもない。だが、武器の性能差で一合打ち合う度に産まれる少しの差を堅実に広げていくのだ。
そうして、十合打ち合う頃には決着がついていた。シーカスはニーグの武器を弾き飛ばし、首元に木剣を突き付けていた。
「勝者、シーカス!」
審判をしていた親方の声が広場に響き渡る。
その後もシーカスは三回戦、決勝と同様の危なげない戦いで勝ち切っていった。
――凄いでござる。某もシーカスと斯様な戦いをしてみたい――
シーカスの戦いは某の心を動かすには十分なものであった。ただ、今の状態のシーカスと戦うにはシーカスが十五歳になるまでのあと半年しか時間が無いのも事実であった。そもそも、職人になってしまえばシーカスは見習いトーナメントには出られなくなるし、今の余裕と自信も職人側に行けば剥がれてしまうであろう。それでは遅いのだ。だが、今の某の技量では、どう考えても半年程度でまともな木剣......いや、木刀を作れるとは思わない。一合だけ打ち合う武器なら作れるやもしれぬが、勝ち抜くための武器を作り上げるのは到底無理というものである。ならば、取れる手は一つである。
某一人で出来ぬのなら、協力してくれる仲間を作ればよいのだ。
「アーミー、今日から某にシーカスを倒すために力を貸してくれぬでござるか?」
ベルノさんが勝者たちに銭貨の入った袋を配るのを見ながら、隣にいるアーミーに話しかける。某も、アーミーも、今日は初戦敗退だからこそ、受け取る物は何も無いのだ。それゆえに、広場の外縁で二人でポツンとしており、協力関係を結ぶにはうってつけであった。
「え!? アドリューン、急にどうしたんだ? それに、その提案には俺に利があるのか?」
疑問と驚きを交えているとはいえ、アーミーの目が途端に真剣そのものに変わったことから、かなり食いついていることが分かった。
これは某も誠意をもって対応せねば。そう。利だ。協力関係には互いに利がなければならぬ。これを確実に確保するためにアーミー以外にこの話を聞かれるわけにはいかなかった。
「まず、某に、基本的な木剣の作り方と、道具の使い方を教えて欲しいのでござる。代わりに某はアーミーに某の知り得る限りの様々な武器の形状と、某の技をお教えするでござる! どうであろうか? 悪い提案ではないであろう?」
某の技を教えるのは何人でも良いのでござるが、あまりに多くなりすぎると、邪魔であるし、限られた時間で上手く教えきることが出来ない。それに加えて、木剣の指導を受けるにしても、複数人いればそれぞれの感覚の違いで某が混乱させられ時間を無駄にする可能性だってあった。勿論複数人の利点もあるにはあるが、ここは秘密特訓という形の方が某も燃えるというものである。
「なるほど。確かにそれなら俺にも利があるな。特に新しい武器の形状を教えてもらえるってのは魅力的だな。現に剣じゃ手詰まりだったのは間違いないしな。それに、刀?だったか。既にあれ自体が俺にとっちゃ未知の武器だった。その時点で信用に値するな。その提案乗った」
そう言った時のアーミーの目は恐ろしい程にキラキラと光り、今にも燃え上がりそうな程だった。
「かたじけないでござる、な?!」
某が礼を言った瞬間、急に地面を踏んでいた筈の某の足が空を切った。何が起こったのか数秒の時間を要した後、某はアーミーに抱え上げられていることに気付いた。ぬうう、どうやら、それだけ某の提案は魅力的であったらしい。アーミーはものすごい勢いで加工場の方へ走ってゆく。
「アーミー、急すぎではござらんか! それに、某、職人たちのトーナメントを見たいでござる!」
「アドリューン、残念だったな。それはシーカスに勝つか、シーカスが職人になるまで諦めるんだ。それに、職人トーナメントの時間を使わずしていつ試作と特訓をする時間があるんだ? さっきアドリューンが言った内容を期限の半年ぽっちでやるにはただでさえ時間が無いんだぞ。すまないが納得してくれ」
――ぐぬぅ。そう言われれば返す言葉も無いでござる。うぅ。母上の戦いを見てみたかったでござるぅぅぅぅ!!――
推敲してないので、誤字あったらごめんなさい。今日の夜か明日見直して修正します(実はいつも投稿する時は軽くしか推敲してないんですが)
言い訳させてもらうと、執筆終わった後って大抵、体力使い切っちゃってて、推敲する力が残ってないんですよね......
なら、休んで推敲終わってから出せよって話なんですけど、書いたら読者の反応が一刻も早く見たいのが作者の心理なんだよ――――!! 我慢できるようにならないかなあ。いや、我慢できるってことはモチベが無い時だからやっぱ駄目だわ。うん。




