侍の心得其十六 製材所模擬戦トーナメント
その日の給金はその日のうちに計算され、それぞれに手渡されるらしい。経理担当のベルノさんがそれぞれに給金の入った袋を手渡していく。ただ、ここで某は疑問に思うことがあった。明らかに袋の大きさが違う者がいるのだ。それも一人や二人ではなく、この場にいる者の半分ほどの者がそうである。
「父上、どうして、あんなに給金の袋の大きさに差が出るのであるか?」
「ああ、それはね、袋が大きい者たちは平民なんだ。平民はそもそもの基本給として、銭貨二十五枚は決まっていて、そこに技術料や出来高が加算されているから平民と貧民とで袋の大きさが違うんだ」
「それは不平等ではござらんか? どうして同じ労働でそこまで大きく差をつけられるでござるか?」
某の問いに父上は思わず何かを考えるような難しい顔をする。それは幼い某にどう説明しようか、どこまで説明しようかと思い悩む顔のようにもみえた。身分というものは、多かれ少なかれ、それが出来るまでに複雑な経緯や様々な利害関係によって成り立っていたりもする。だからこそ、まだ五歳と半年過ぎた程度の某に教えられることは無いと判断されたのであろう。
「アドリューン、お前はまだ知らなくていいことだよ。とはいえ、平民の方が給金が多いからって、貧民より圧倒的に良い生活をしてるかって言われたらそういうわけでもないんだ。平民には貧民より多くの自由と義務があるからこそ、それを担う為にかかるコストもあるってことさ。貧民には平民ほどの自由が無いが、様々な面で免除されているものがあるんだ」
ふむ、かなりぼやかされた気がするでござるが、今、急いで知ることは無いでござる。某はまだ子供。ここで働くうちに自然と情報は集まってくるであろう。
「平民と貧民で斯様な違いがござったか」
そんな風に某は父上の言葉にある程度納得を示していると、ベルノさんがこちらへ向かってきた。どうやら、某と父上の給金を持ってきてくれたらしい。
「アドリューン、これがあなたに直接渡す初のお給金です。まさか、初日から修行時に払っていた給金を超えてくるとは思いませんでしたよ」
そう言ってベルノさんから小さな小さな小袋を受け取る。それはとんでもなく軽い物であったが、某はじんわりと心にしみこむような喜びを感じていた。そもそも、この半年、某は給金そのものは全て脆弱だった某の代わりに母上が受け取っていたので知らないのである。
そういえば、母上が某にも給金が出ていると言っていたがいくらだったのであろうか? いい機会だとベルノさんに聞いてみることにする。
「某が母上と修行していた時の給金はいくらだったのでござるか?」
「おや? 聞いていないのですか? アドリューンとメリアさんの給金はいずれも日当銭貨一枚でした。というのも、メリアさんはアドリューンの世話をする為に、補助金を受け取っていましたから、制度上、日当銭貨一枚以上をお渡しすることが出来なかったのです。とはいえ、アドリューンが正式にうちの見習いということで登録されたことにより、補助金は打ち切られ、メリアさんにも通常通りの給金をお支払い出来るようになったのですが」
「なるほど、そうでござったか。ならば、某の銭貨二枚というのはいきなり給金が二倍になったということであるな」
「ええ、そういうことになりますね。さて、アドリューン、かなり疲れているようですが、トーナメントには出ていただきますよ。この製材所で働く者はたとえ仕事疲れしていたとしても剣が振れねばなりませんから」
初めて自分で受け取った給金ということで、渡すのは惜しかった。というか、いきなり、折角の増額分がチャラになってしまうのだから嬉しいことなど何もないであろう。とはいえ、規則であるからには出すしか無いであろう。早い話、勝てば良いのだ。一戦でも勝てば損をすることはないのであるから。
とはいえ、どうしてここの木工職人は武を重視するのであろうか? 何か理由があるのであろうが......ええい! 今日だけで疑問が多すぎるのでござる。雑念は刀を鈍らせるというもの。一旦忘れるでござる!
某と父上からトーナメント費用銭貨一枚を徴収したベルノさんは歩いて親方の居る場所へと戻っていく。その後数分経った後、親方がひと際眩しい頭で注目を集めながら職人と見習いが集まる広場の中央へ立つ。
「よおし! 一仕事終えた後の、打ち上げトーナメントの時間だあ!! 今回から、見習いの部でアドリューン、職人の部でメリアが初参加だ。皆、容赦なく叩きのめしてやれぃ!」
「うおおおおおおお!」
「よっしゃああああ!」
「おいおい、メリアって【飛脚】だろう? それに、アドリューンって確か親方に土を付けたんじゃなかったか?」
興奮とざわめきと緊張とそれらが入り混じった声が親方の紹介とともに広がっていく。ただ、その中には口を開かず某へ闘争心的な目を向ける者もいれば探るような目を向ける者もおり、半年前に製材所内の有名人となってしまっていた某はひりひりとした緊張を感じる。
正直、疲れたところにこの緊張は中々に堪えるものがあるのは確かであるが、心地よい。親方と対峙した時と似たような喜びが体内を激しく駆け巡るのを感じるともいえるであろう。某もまた興奮していた。
「静かに!」
急に響き渡った親方の怒声に会場はシンと静まり返る。流石親方である。これだけで親方の製材所内での統率能力の高さがわかるというもの。そうして、周囲の話し声が完全に消えたのを確認したところで親方は続きを口にする。
「では、今回は初めての者がいるのでルールの説明をさせてもらう。まず、一つ目、トーナメントで一つ勝ち上がるごとに銭貨一枚、今回は見習い十六人、職人二十人のため、見習いは最大銭貨4枚、職人は最大銭貨5枚を得られる。二つ目、勝負の内容は刃を潰した木製武器を使用した一騎打ちの模擬戦。勝利条件は、急所への寸止めだ。制限時間は五分で勝負が付かなかった場合は給金が多い方を勝者とする。なお、武器が破損した場合はその時点で棄権だ。三つ目、回収した銭貨のうち、賞金として支払わなかった分の銭貨は、会場の整備並び、武器の制作修繕費用に充てることになっている。以上だ」
親方の説明が終わった後、ベルノさんがトーナメントの書かれた板を運んでくる。
「では、早速だが、まずは見習いから始める。ベルノ! 二試合ずつ進める。片方の審判を頼むぞ」
「分かりました」
「まず、第一、二試合の対戦カードはアドリューン対アーミー、テッド対ケルスだ。前へ」
いきなり某でござるか...... せめて二試合目だと、相手の実力や要領の予測が出来て助かったのでござるが......仕方あるまい。某に出来る限りのことをさせてもらうとしよう。
周囲を見渡せば某の他に三人が動き出していた。なお、当然のことではあるのであろうが、皆が某よりかなり年上なのであろう。背は頭二つ分、体格も一回り程は違った。
某は父上が作ってくれた刀をぎゅっと握りしめ、アーミーという少年の前に立った。双方が十メートルほどの距離に立ち、某が木刀、アーミーが木剣をそれぞれ構えたところで、親方のコールが入る。
「では、始め!!」
「いくぞ! アドリューン! 親方に土を付けたとは信じがたいがその実力を見せてもらう!」
「うむ。受けて立つでござる!」
とはいえ、やはり、親方とアーミーという少年の差は歴然であった。そもそも比べるのが失礼だったのかもしれない。それに加えて、某は半年前と違って、疲れていても動ける。そう、某は動けるのだ。つまり、アーミーが近づいてくるのを見ながら最適な構えを取れる。そう簡単に父上が作ってくれた刀を折られるわけにはいかぬのだ。
「やあああああああああ!」
アーミーの全力疾走からの上段の一撃。いくら親方より劣るとはいえ、直接受ければ恐らく某はあっけなく弾き飛ばされるであろう。それだけの膂力の差がある。ならば、どうするか? そう。受け流せばいい。ただ、親方との戦いのように受け流してしまえば、急所に寸止めするという条件を達成することが出来ない。ならば――
「アドリューン式 迎刀術 倒転」
「え!? ぐあっ!」
某は大きく一歩前へ出つつ、アーミーの上段からの剣へ刀を沿わせてゆく。今回は勢いを殺さねばならぬが故に、刀への負担を最小限にしつつ勢いを逸らしてゆく。そうして、限界まで相手の勢いを逸らした瞬間、アーミーの剣と某の刀の接点を支点にしてアーミーの足を払う。それだけでアーミーは見事に空中で一回転した後、背中から地面に落ちて某の前でくぐもった声を上げていた。
当然、某はそんなアーミーの首に刀を突き付ける。
しばらくの静寂が周囲を満たす。あれ? 急所に刀を寸止めすれば勝ちではなかったであろうか? もしや他に満たしておらぬ勝利条件があったであろうか? そう思って、某の足元に倒れているアーミーを見てみるも、何をされたのか分からぬという様子で呆然としているし、周囲を見渡せば、隣で試合をしている二人以外、某を見ていながら、まるで時間が止まったかのように誰もが動いていなかった。
「親方、親方! 他に勝利条件などあったでござろうか?」
「......はっ! 勝者! アドリューン!」
「......うおおおおおおおお!?!? あれどうやったんだ?」
「分からねぇ。俺には見えなかった」
「かろうじて見えたが初見でアレは俺でも防げないぞ!」
そんな声が周囲から聞こえてくる。そんな声の数々にむず痒いような、恥ずかしいような、そんな思いを感じつつ、某は勝った喜びをかみしめていた。こうして、一対一で真剣に向き合ってみれば分かる。某での前世での修行は間違っていなかったと。それと同時にここで荒稼ぎすれば、念願の肉が食えるようになるのではないかと少し心を躍らせていた。
だが、そうは上手くことが運ぶわけでは無かった。この後、調子に乗った某は、二回戦で体力切れを起こし、盛大にぶっ倒れることとなった。そのあと久々に熱を出して某は寝込んだ。
アドリューン式 ○○術ですが、迎刀術以外にあと二つあります。ちなみに、アドリューン式 ○○術の後に技名が続くわけですが、各術、3つずつ技があります。じっくり出していくつもりですのでよろしくお願いします! そのうち、アドリューンがもっと機敏に動けるようになってくれたら組み合わせて出せるのになあなんて思ってます。一体いつになるのやら(取らぬ狸の皮算用感)




