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侍の心得其十五 某、木材運搬職に出世する

 就業初日、といえども、修行をしている間も給金を貰っていた故に、厳密にいえば、就業初日では無いのであるが。某は親方に指示を出された父上によって某の職場となる場所の案内を受けていた。正確に親方に弟子入りしたわけでは無いのであるが、木工職人の見習いであれ、武術の心得を得ようとするものであれ、まずは体力が無ければ話にならないということらしい。


「しかし、アドリューン、お前、少し見ないうちにかなりでかくなったよなあ。なんというか、全体的に一回り大きくなったというか。それに、母さんから聞いたぞ? 貧民街の大通りを糞に当たらずに往復出来るようになったって。凄いじゃないか。実は父さんでもあそこを被弾無しで抜けるのは大変だってのに」


「それほどでもないでござる」


 どうやら某はとんでもないことが出来るようになってしまったらしい。無知とは恐ろしいものでござる。もしかすれば、母上が敢えて某に教えないことで常識という壁を無くし、某を修行させたのやもしれぬ。ううむ。某の中で母上の株がどんどん上昇していくでござる。それはさておき......


「そういえば、父上、某は今日から何をすることになるのでござろうか? 某、体力をつけるための仕事としか聞いていないでござるが......」


「ん? ああ、なるほどな。今日からアドリューンがやるのは木材の運搬だな。木工見習いたちが一番最初に与えられる仕事にして一番過酷な仕事ってわけだ。いくら親方に認められたとはいえ、年に何人かは必ず辞めていくが、木材の加工は製材所でしか出来ない故に必ず誰かがやらなきゃいけない仕事ってわけだな」


「なるほど。木材を運ぶ仕事でござるか。それは確かに過酷極まりないでござるな......」


「だが、この仕事が一番稼げる可能性のある仕事でもあるんだぞ? 実は木材の運搬だけこの製材所内では完全歩合制なんだ。運んだ木材の重量がそのまま給料になる。まあ、相場については倉庫に着いてから教えてあげるよ」


「うむ。分かったでござる。某、うんと稼いで美味い飯を食うのでござる!」


「ああ、頑張れ。アドリューンならきっと出来るさ」


 そんな話をしているうちに倉庫についた。父上曰く、ここは、職人街の端。それこそ、市場の近くにある製材所からみたら最も遠い位置にある倉庫と言っても過言では無かった。とはいえ、それには理由があった。ここまで来れば某にだってその理由が分かる。

 そもそも、ここは、間違いなく城塞都市。一応、中には植物や木材が植えられている場所もあるにはあったが、それらは街の景観のためであり、特に戦も起こっていないような時に切り倒すようなものではない。


 では、どこから木材を持ってくるのか。それは、当然外部からということになる。


「アドリューン。この領地には東西南北四つの門が存在しているんだ。そしてここは東門。西門と南門が正門であるから、ここは裏門とも言えるわけさ。だからこそこの東門で木材だけでなく、様々な資材の搬入が行われているってわけさ。つまり、ここは倉庫群。だからうちの製材所の倉庫もここにあるってわけだね」


 父上の話を聞きながら、某は倉庫の中へと入ってゆく。そこには人が一人ギリギリ通れる程の通路を開けて大きさや長さ、木の種類、伐採時期等で分けられ、山積みになった木材が置かれていた。


「じゃ、説明していくけど、この仕事はそこまで難しいことじゃないんだ。流石にアドリューンは数が読めないと思うから、これを渡しておくよ」


 そう言うと父上は何やら多くの記号が書かれた某が両手で持てる程の板に、肩から掛けられるようにひもを通したものを渡してくれた。


 ほほう! 文字でござるか! これでようやく某も文章を読んだり書いたりできるということであろう。これはぜひとも仕事の合間に覚えねばならぬであろう。優れた先人たちの粋を学ぶには文字が読めねば話にならぬであるからな。


「これは、この製材所で使う文字の一覧表だ。とりあえず、今日は数字だけ教えておく。この倉庫に運ばれてから二年以上経っている木材を運んでくれ」


「ん? どうして二年以上経ったものでなければならぬのでござるか?」


「二年以上経っていない木材を使うとな、木材が変形してしまって、売れなくなるのさ。だから、先に木材を放置して、変形させてから加工することになっているんだ」


 それを言った後、父上は某に「他に質問はないか?」と確認した後、某の頭をわしゃわしゃと撫でて、「頑張れよ」と言って去って行った。五歳の体であるからなのか、某も某で、この世界での父上として認めつつあるからかは分からないが、なんだか無性に気恥ずかしく、それでいて嬉しかった。これから某が一家の稼ぎ頭になってやると思えるほどには。


 そんなわけで、親方に修行を付けてもらう代わりに某も仕事をするのが条件であった故に、午前中~日の入り二時間前までは働くのだ。少し逸れるが、この世界の時計と月日が十二進法であったことは某にとって多少なりとも救いであった。

 話を戻す。某は一番簡単かつ、過酷な仕事である木材の運搬を任されることとなったとはいえ、これまで足ばかりを使ってきた某にとって、この、木材の運搬という仕事は過酷極めた。


「ゼェ、ゼェ。ぬうう......中々に重いでござる。」


 母上はここまで見越していたのでござろうか? まずは基本的な体力作りとして走って体力をつけること。とはいえ、母上のせいで余計な条件がいくらか付け足されたわけではあるが......

 つぎに、製材所内での運搬という力仕事である。走って鍛えた足腰に加えて腕力をここで鍛えられるというのは某にとって嬉しいことではあったが、同時に走れるようになる、その修行を始めた頃と同様もしくはそれ以上のペースで体力が無くなっていくのを感じる。

 なるほど。ベルノさんは親方に文句を言っていたが、確かにこの仕事は家から製材所へ軽く走りきれる体力が無ければ無理であろう。


「お? ここでは見ない背丈だな? それにここまで小さいということは......アドラーン! そう、アドラーン! 製材所負けなしの親方に土を付け、疲れ知らずににして唯一親方に口を出せるベルノさんを疲弊させた噂の新人! そうだろう?」


 急に後ろから掛けられた声に驚いて振り返ってみれば、年のころ十五程の青年が近づいてきていた。見上げるほどには背が高く、某が一生懸命運んでいる木材より三倍ほど長いものを二本も両肩に担いでいる。よく見てみれば、ここで仕事をしているうちに鍛え上げられたのだろう。某とは比べ物にならない程にしっかりした筋肉を持っていた。


 某も、最近腹筋も割れてきたし、糞が避けられるようになってからかなり食事も豪華になってきたが故に、あばら骨も見えなくなってきていた筈なのであるが。

 とはいえ、某の名前が間違っていることについては否定しておかねばならぬであろう。


「某の名前はアドラーンではござらん。アドリューンにござる!」


「ハハハッ! ごめんごめん。アドリューンだね。よし覚えたよ。俺はシーカス。木工職人見習いだ。親方からは十五になったらやっと道具を使わせて貰えるって話で楽しみにしてんだ」


「なるほど。シーカスでござるか。よろしく頼むでござる。十五になったら道具を使わせて貰えるということは、シーカスは今十四ということでござるか? それに加えて、見習いにはそういう決まりでもあるのでござろうか?」


 そもそも、某は道具を使うことをあまり望んではいないのである。弟子入りもしていない某が明確な意志を持って仕事をしている者たちのように道具を持って仕事をするというのは失礼であるし、反感も買うであろうから。それに某にとっては修業が出来れば十分であった。ただ、しばらくはここで木材を運び続けることになるであろう某にとってここで働く者たちがどの程度の頻度で入れ替わるのか。それを知っておく必要があった。


「いや、見習いが木材運びをする期間は正確には決まっていない。その時その時の仕事の量や見習いの実力を見て決めているらしい。ちなみに俺はアドリューンの言う通り十四だ。あと半年ほどで十五になる。とりあえず、あと半年ほどはここで木材運びをすることになると思うから、分からないことがあれば聞いてくれ。じゃ、俺は先に行くから頑張れよ!」


 そう言い残してシーカスは走り去っていった。遠ざかっていくシーカスの背中を見ながら、某は思う。


 ――よくもまあ、あれだけ不安定で重く、かつ変形した木材を持ちながらあれだけの速度で走れるものである――


 ちなみにであるが、某が今運んでいる木材は二本で銭貨一枚のものである。かなり変形していて非常に持ちづらい。少し油断したら落としてしまいそうなくらいには。これを、某の体感ではあるが、倉庫から製材所まで二キロほど歩いて運搬するのだ。

 このペースで運搬を続けても一日銭貨五枚分運べるかどうかといったところであろう。早く鍛えねば――。



 といえども、筋力と体力はそう簡単についてくるものでもなく、初日はギリギリ四往復。最後は様子を見に来てくれた父上が手伝ってくれての有様だった。

 肩を落とす某に父上は慰めの声をかけてくれる。


「おい、アドリューン。初めての運搬で銭貨二枚は凄いことだぞ? 正直、父さんは銭貨一枚もあれば十分だと思っていたしな。それから、アドリューン、ここからが本番だぞ」


「え? それはどういう......意味でござるか?」


 疲れ切って、あと少しで倒れそうなほどに消耗した某に向かって父上は言う。


「ああ、これから、その日稼いだ銭貨を一枚掛けて、製材所内で模擬トーナメント戦があるんだ。見習いと職人に分けてな。勝つたびに貰える銭貨が一枚ずつ増えるってわけだ。ほら、アドリューン。特別に木刀を作っておいてやったから使え。ただ、武器の交換は禁止だから壊さずに戦えよ? 武器が壊れたらその時点で棄権だからな」


 ト、トーナメントでござるか? 某としては願ってもいないことであるが......

 そういえば、木工職人の見習いになるための試験が親方との一騎打ちでの模擬戦であったが、今思えばどうしてだったのであろうか? ううむ。駄目でござる。疲れ切った頭では上手く考えがまとまらぬ。とにかく、今はトーナメントに集中せねば......






以前ちょろっとメリア(アドリューンの母上)に話してもらいましたが、成人した貧民一人あたりの日当は銭貨五枚が相場です。

平民はこの五~十倍くらいはあるのですが、平民の場合、家を自分で持たなければならない等色々制約があるので、実際のところで言うと、貧民よりは少し良い生活をしている程度です。


後書きでゲロってますが、また本編で少しずつ出していこうと思っていますのでお楽しみに~!

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