侍の心得其十一 修行のはじまり
親方に案内されるままについてゆく。と言っても、某は母上の背中の上で揺られているが故に、他の選択肢など存在せぬのであるが。
そうして、着いた部屋は、親方と初めて会ったあの部屋だった。
「適当に座ってくれ」
親方に言われるままに母上の背中から降ろしてもらった某は近くにあった丸太に腰かける。母上もまた某の隣へと座った。親方の方を向けば相変わらず眩しい。というか、あの頭はなんなのであろうか? 室内でも屋外でもずっと輝き続けるって......
前世に親方が行って、あの頭を研究すれば、地球のエネルギー問題の解決に一役買うれべるではなかろうか。自ら発光する人間として......あれ? そういえば、自ら発光する蛍は実用化に至ってないんであったか。なら、親方が行っても駄目かもしれないでござるな。
そんなくだらないことを考えていると、親方が口を開く。
「しかし、俺がまさかこんなちんまい子供に負けるなんて正直思ってなかったぜ。しかも、俺に勝ったくせに昨日まで寝込んでただって? 本当に、なんの冗談だよ...... まあ、とはいえ、アドリューン。お前は俺の出した条件をクリアした。それも満点以上のスコアで。それ故に俺は約束を守らなきゃいけねぇ。まあ、あの態度だけはいただけねぇがな」
親方はふん! と鼻を鳴らしながら言う。
とはいえ、某としてもここは謝っておかねばならないであろう。あの態度が必要だったということも含めて説明するために。
「親方、すまなかったでござる。実はあの態度は親方に勝つための布石だったのでござる。だからこそ、無礼を承知であのような言葉遣いをする必要があったのでござる」
親方は某の言葉に、少し驚き、いぶかしげに眉をひそめた。それもそうであろう。生意気だったはずの五歳児が急に恭しい態度に変わったのだから。普通の五歳児ならこうはいかないだろう。それでも某はここでなんとしても誤解を解いておく必要があった。これから鍛えてもらうというのに、相手に悪感情を持たせたままでは修行そのものがおざなりにされかねないのだ。
それが某が頭を下げるだけで解決するなら安いものである。
「言ってみろ。布石ってのはどういうことだ」
「親方、某が体が弱いのは親方も知っての通りでござる。それに、親方には以前薬を――」
「ああ、要らん、要らん! そんな年季の入った役人の機嫌取りみたいな世辞は良い。端的に本題を言え」
年季の入っただって......!? 某、まだピチピチの五歳児でござる! ん? この場合、前世の年齢に準拠して言うならにじゅ......それにしたって年季の入った役人は無いであろう!
と、少しショックを受けながら周りを見てみれば、親方は少し顔を赤らめてピカピカ頭を掻いているし、母上は某と親方のやり取りを見て笑っている。
どうやら親方の照れ隠しだったらしい。なんだ。焦ってショックを受けて損したでござる。
「親方、某が勝つためには、親方に全力で攻撃してもらわなければならなかったのでござる」
顔を赤らめていた親方は某が話し始めたことで正気に戻る。
「ほう。つまり、俺を怒らせる為に敢えてあんな大口をたたいていたと?」
「左様でござる。きっと親方が素面であったなら、某に先手を譲ってくれていた筈でござった。だが、この体では、せいぜい一撃弱弱しく刀を振っていなされて終わりでござった。だから、某は、勝つために親方を怒らせたのでござる。『侍』として、少し後ろめたい行為ではあったがアレ以外親方に勝つ手段が無かったのでござる」
「なるほどな。確かにその通りだ。現に俺だってそうなると思っていた。だが、怒りのままに振り下ろした筈の一撃はお前に当たる直前で滑ったかと思えば地面に転がっていたのは俺の方だった。外から見る限りではお前の上で俺が弾き飛ばされたように見えたらしい。一体何をやったっていうんだ?」
某は少し考えた後、母上に昨日伝えたのと同じように親方に説明した。
「あー分かった。よく分かった。何をされたか分からないということがな!」
どうやら、母上と同じく、親方にも理解できなかったらしい。仕方ない。もう少しかいつまんで話すことにするのである。
「簡単に言えば、親方の剣の方向を少しずつずらして受け流したのでござる」
「最初からそう言ってくれ。だが、まだ納得できないがな。そもそも、この俺の全力の攻撃をあんなふうに受け流した奴なんて今までいなかったぞ」
仕方ない。ここは実演して説明するしかあるまい。このまま疑念を持たせたままでいるというのは鍛えてもらう立場としてよくないであるしな。とはいえ、某の手の内を明かすのは少々面白くないでござるが。
「親方、この木の棒を見てほしいのでござる。この木の棒を真っ直ぐ親方に向けて投げるから、親方はガードしてほしいのでござる。その際、枝がどのような動きをするかよく見ていてほしいのでござる」
某は近くにあった、枝打ちして出たであろう枝の切れ端をダーツを投げるようにして親方に向かって投げる。ここで大事なのはいかに枝を真っ直ぐ投げるかということだ。普通に投げて枝が回転してしまっては元も子もない。
そんなことを考えながら投げた枝は無事真っ直ぐに飛び親方がガードした瞬間、コツンと音がして回転しながら落ちてゆく。
どうやらうまくいったようだ。
「しっかり見えたでござるか? つまり、某はこれをやったに過ぎないのでござる」
「ああ、こうしてみれば理解は出来る。つまりは今お前が投げた枝があの模擬戦の俺で、今ガードした俺の立場があの時のお前だったってわけだ。だが、まだなにかあるんだろう? 今この枝は俺の後ろにはいかなかったからな」
「左様でござる。今、親方がしたのはガードでござる。これは、誰にだって出来るのでござる。だが、ガードは、攻撃そのものを受け止めるが故に、相手との力量差があるときは通用しないのでござる。そもそも相手の攻撃で潰されてしまうのがオチでござる。だからこそ、某は親方の剣の向きを少しずつ変えて、親方の力を受け流させて貰ったというわけでござる」
「はあ~ なるほどな。つまりお前は、俺の全力の剣が見えていて、その上で俺の剣に刀身を滑らせ、受け流したと?」
「左様でござる。と言ってもあの模擬戦は運も味方したのでござる。正直言って、もう一度アレをやれと言われて成功するかと言われると頷くことは出来ぬし、それにこの技には大きな欠陥があるのでござる」
「欠陥?」
親方が不思議そうに聞いてくる。確かに親方に説明した部分だけを切り取れば親方と某の圧倒的な体格差を覆す魅力的な技にも見えるであろう。
「まず第一に、これを使うには、相手の動きを完全に把握しておかなければならぬでござる。これは先ほども言ったとおりであるし、実際に受けた親方が一番よく分かっている筈でござる」
「ああ、確かに今の説明を聞く限りじゃ、うちの連中がにわかな努力で出来るような芸当じゃねぇな」
どうやら、親方も某が起こしたブームについて知っているらしい。きっとこの職場では強さが発言力に直結しているのであろう。だからこそ、この製材所では無双している親方に条件付きであれ勝利した某はあのような待遇を受けたのであろう。
「そして第二に。これがこの技の一番重要な部分でなのでござるが、そもそも、この技は、相手が一定以上の速度で移動していないと使えないのでござる。相手の力をそのまま利用する技であるが故に、あの時、もし親方が歩いて某に近づいてきたり、某の目の前で止まってから攻撃されたらあの技は使えなかったのでござる」
某の説明を聞いて親方は「なるほど」と言いながら顎をさすっていた。どんな技でも、弱点があるからこそ、強力な一撃になり得る。結局、何にでも対応できるというそれは技にあらずというのが某の持論である。
そんなこんなで親方を納得させた某は仕事について聞くことにする。
「それで親方、某は何をすれば良いでござるか? ここに呼ばれたということは某にも仕事があるのであろう?」
「ふん。アドリューン。お前が今出来る仕事は無いし、俺が直接鍛えてやることも出来ない」
「なっ!? それでは約束が――」
某は親方の突然の裏切り的な言葉に思わず反論しようとしたが、言葉の途中で親方に止められる。
「まあ、待て。まだ最後まで説明していないだろう。いいか? アドリューン。お前はこれから半年かけてまずは家からこの製材所まで自分の足で、走ってここまでたどり着けるようになれ。話はそれからだ。それまで俺は野次馬に徹する。その間、アドリューンの面倒は、メリア。お前が見てやれ」
ずっと笑いながら某と親方のやり取りを見ていた母上は急な指名に驚く。
「あら、良いの? 親方が私をスカウトしたのは新人の指導のためじゃないのでしょう?」
某もそう思う。【飛脚】この二つ名が一体どれほどのものなのかは分からないが、少なくとも母上の足についた名で間違いないだろう。となると、運搬やその他取引先との連絡役なんかで使った方がよほど効率が良いだろう。
「ふん。曲がりなりにも俺はアドリューンに負けたんだ。もし俺が勝っていればひ弱なガキにたとえ家族だとしてもメリアを付けようとは思わなかった。だが、負けた以上は約束はキッチリ履行しなきゃならねぇ。そういうことだ」
「ふっ。そういうことにしておくわ」
「けっ! ま、せいぜい頑張るんだな。製材所内にある、取引に使わない廃材や道具なんかは自由に使ってくれ」
そう言うと、もうかなり慣れたが、神々しい後頭部を見せながら親方は部屋を出て行った。ただ、その背中はどこか照れ隠しのように少し縮こまって見えたのは気のせいだったのであろうか。
「さあ、アドリューン。これから半年、みっちり鍛えてあげるからね! もし途中でしんどくて逃げ出しても、何処に居ても母さんが引きずりだしてあげるからね!」
某は、背筋に冷たい何かが奔ったような気がした。元より修行であるが故にサボるつもりなど毛頭なかったでござるが、これ、某、半年後生きていられるでござろうか......
アドリューン式 迎刀術 崩転 凄いなおい。技の設定語ってるだけで内容がどんどん膨らんでいくやん......
まあ、いいや! さあ、やっとアドリューンが強くなっていくぞー!! お楽しみに!




