あなたが永久を生きるなら
# misery,s side
沈黙
外の喧騒から切り離された塔内
かすか埃舞うその広間の中央に立っているのはハイトエイド
いや【魔女】と化したハイトエイド
相対していたはずのミザリーは
その【魔女】から数メートル離れた床に伏していた
『…カハッ…』
かすかむせ込む素振りを見せたミザリーへと顔を向ける【魔女】
視線を、と言えないのは
人の顔の作りのような外見ではあるものの仮面のように目を覆う外殻のようなものがあるからだ
【魔女】と化したハイトエイドとの戦闘はじまり間もない現在
厄介なことに人間の姿だったころよりも
その一撃は重く、速度も早い
様子見だと力を出し渋っていたこともあったがミザリーは劣勢の様相を見せていた
【オヤオヤ…まだ動けるトハ…流石にあの憎きフェンリルの力を持っているだけはある】
声色が変わっているのに加え口調がどこか女性的になっているのは【魔女】と一体化した影響だろうか
『はっ…世界の均衡だの偉ぶってはいてもこんなもんね…』
まだまだ闘争心は尽きない
ミザリーは再び剣を握る
【アア…嗚呼…心配しないで……まだ私は溶けきれていない。この者と完全に一体になれていない…】
『まだ本気じゃないって言ってる訳ね……そんなの、こっちもよ!』
〈キンッ!!〉
指を弾くとミザリーはフェンリルの力を引き出す
光る三つ編みが顕現し、ミザリーの一挙手一投足を加速させる
〈バチッ!!〉
静電気が爆ぜる音を鳴らしミザリーが駆ける
そのスピードは先程とは比べ物にならない
ならないはずである
だが【魔女】の後ろに周りこみ
剣を、思い切り振り抜いた
意識はそのつもりであった
それが振り抜けなかった
【魔女】の顔はこちらを向かない
ミザリーの剣と【魔女】の間に
鉄の鞭のようなものが滑り込みその斬撃を塞いでいる
【早い…ハヤイネ…デモ届かないわ…】
『なっ!?』
〈ギュオンッ!!〉と
揺らぐように漂っていたその鉄の鞭が
今度はミザリーに向け、伸び突いてくる
『ッッ!』
〈ギィンッッ!!〉
身を捻り、その鉄の鞭を剣で弾く
〈ジャッッ〉
埃這う地を走るミザリーを
嘲笑うように浮いて追いつつ
再度鉄の鞭がこちらに伸びてくる
〈チャッ!!〉
マリーゴールドを抜きそれ目掛けて引鉄を引く
〈ドォゥン!!〉
それは鞭の先に当たり爆発を起こす
だがその直撃をものともせず
鞭は更にミザリーへと
恐らくそれは並の鋼では比類ないほどの硬度
悪魔の外殻さえ砕くマリーゴールドの弾丸でも無傷というのはいまだ経験がない
ということはミザリーにその鞭を破壊する術はない、という予測が浮かぶ
だとすると狙うべきは本体、そんなことはミザリーももちろん分かっているが
『っても…』
その本体への道を阻むのがその鉄の鞭なのだ
【魔女】への反抗・反逆を阻害する超硬度の番人
ミザリーのフェンリル化による高速駆動
それにさえ即座に反応する
反応、というよりは反射による迎撃行動に近しいものだとミザリーは考えた
『私の三つ編みみたいなもんかしら。にしたってどうやってコイツを…封印なんてしたのよ…』
それは先程のハイトエイドの発言
【魔女】を封印したのがフェンリル
ということは力の差は僅かにでもフェンリルのほうが上と取れる
だが、ここまでの戦闘では
ミザリーは防戦一方
何かが足りないのか
それを今埋めることができるのか
闇雲に攻めても自身にとってプラスではないとの判断に至り慎重にならざるを得ない
【モウ終わり?…ならアナタも「水平の世界」の…贄に】
『水平の世界…さっき言ってた均衡がどうのってヤツのこと?』
【ソウ…全てが横一列の等しい命として…その生を全うすることのできる世界…】
『でもちゃっかりアンタはその上にいようってんでしょ、ありがちな風に言えば世界征服しようってんでしょ。…願い下げよ』
【私は…存在スルだけ、ただその水平を乱せばその生を無に返す…調停者・管理者・傍観者……そういう存在…ただそれを完遂するための力を持っているだけ】
『そのために人を傷つけても仕方ないことですって割り切んの!?アーサーの命やリーダを利用して…』
【リーダ…リーダ・バーンスタインは面白い玩具ダッタ、人を憎み恨みソレでも一縷の愛にすがろうと這いつくばり「世界を穿つ魔兵」をその魂で育てた…】
『…玩具…?』
ピリッ
言葉に、怒気が帯びる
【楽しい…タノシイネ…幼い子のほうが悪魔の魂の定着が良いのかと、多くの子供を攫い試してミタケド……リーダほどのモノは生まれなかった】
『子供を……?まさか…!ベリーズの子供を誘拐させてたのも…アンタ…そんなことのために…』
ミザリーが思い出したのは
ルグリッド公国を出る間際に寄ったベリーズ
そこで関わった子供の誘拐の件
ルベリオも攫われそうになったことでミザリーらが犯人達を捕え解決に至ったが
その犯行に及んだのは公国の軍人だった
それさえも、ハイトエイドが絡んでいたこと
『…その子供らは…どうなったの…?』
もはや答えに希望は持てない
そうは思っていても尋ねるしかなかった
【モチロン…全員シンダ…死んだよ…悪魔になれずに…弱い人間のままシンダ】
〈バチィッッ!!!〉
怒りを表すように静電気が爆ぜる
注視すべき、慎重に戦うべき
分かっている
分かっていても
その衝動を、感情を、止められない
『子供の命を奪っていい理由なんて!!あるわけないでしょっ!!』
〈ジャッッ!!〉
地を蹴り、再度【魔女】へと突っ込む
【オイデ…オイデ…】
迎え入れるように手を広げる【魔女】
そんな発言とは裏腹に
ミザリー目掛けて迎撃行動をとるために鉄の鞭が迫る
それを
〈ガンッッ!!〉
と力の限り剣で叩きつける
剣撃を受けても微動だにしないという訳では無い
鞭の先が床に向いた瞬間に【魔女】本体へと
再度地を踏む
『(コイツだけはっ!)』
鞭を振り切り、本体へと目を向けたそのとき
ミザリーの眼前に
打ち落としたはずの鉄の鞭が迫っていた
『なっ!!?』
〈ギャィンッッ!!〉
間一髪で鋼の腕で受けたミザリー
だが、100kgを超えるその身体でさえその衝撃で後方に吹っ飛ばされ
〈ズシャァ〉
埃まみれの床を滑らされる
『ッッ!』
すぐに体勢を立て直し視線を戻すと
鉄の鞭は打ち払い損ねたわけではないことが分かった
二本、【魔女】の周りを漂う鉄の鞭は二本に増えていたのだ
それだけではない異変
ミザリーが鉄の鞭による衝撃を受けたことや今までのフェンリル化による影響や損傷を確認しようと自身を見やった時
鉄の鞭を受けた前腕に傷が付いていることに気付いた
彫刻で彫られたように一筋の傷が
はっきりとその前腕に見えている
地上最硬の金属ウルベイル鋼で作られている前腕にだ
言葉に出さずともそれはミザリーにとって不安をかきたてる要因
未だかつて、どんな戦闘においても、リーダやベイガンとの戦闘ですら傷つくことのなかったウルベイル鋼に傷がついた
あのたった一撃で
【ヨク避けたね…でもナンデそこまでする?…母からフェンリルを受け継いだカラ?…】
徐々に、徐々に口調は魔女のものへと移りいくのだろうか
ハイトエイドの意識があるのかは定かではないが話し方は間違いなく魔女に寄り始めた
『母さんは…今は…関係ないわ。アンタを止めることが』
【ソレが母の望み?…悪魔の魂で生きることが?…】
『違うっ!!』
【ジャァなぜ?…なぜアナタはそんなカラダ…?】
『…っ!』
その答えを探すための旅
それがミザリーにとって一番知りたいこと
なぜ母は自身を犠牲に?
ミザリーに悪魔の魂と機械の身体を与えてまで生を与えた?
分からないから迷う
分からないからミザリーはまだ悪夢の中にいる
『考え事させたいならちょっと黙っててもらえる!!』
分かっている
迷っている自分は弱い
迷っている自分に母を、その思いをはかることはできない
でも今は戦うしかない
ミザリーは剣を握る手に力を込め
三度、魔女へと地を蹴る
だが
1本から2本に増えていた鉄の鞭が
違う
気づけば【魔女】の背後に
ミザリーにとってのフェンリルの三つ編みのように無数の鞭が漂っている
その数はミザリーの両の手でも
フェンリルの三つ編みを使ってでも払いのけ、掻い潜れる数ではない
『冗談キツいわね…』
【アハハハハ……ようやく馴染んできた、ナジンデキタ!さあ踊っテミテ!フェンリル!】
〈ギュオン!!〉
何本もの鉄の鞭がうねりながらミザリーへと向かってくる
『こっちゃ一本しかないのよっ!!』
ミザリーも光る三つ編みと剣で応戦するが
〈ギィンッッ!ギンッ!〉
【ホラホラ…モット…】
やはり三つ編みと剣の応戦だけでは捌ききれない
目まぐるしく駆け回りながら【魔女】本体へと迫ろうと目論むが
敵わない
防ぎきれない
〈ギャィン!ギンッ!!ガンッッ!〉
鈍い金属の衝突音が響き
何度も
何度も
何度も
鉄の鞭がミザリーの身体を捉えた
『(そんな……私…)』
意識が薄れそうになる
自身の中の奥に隠れていた恐怖心が
死に対する畏れが意識の表面に浮かびあがってくる
【アナタじゃ無理よ、アナタじゃ私に届かない…ワタシは完全にこの者と一体になったの……至純の存在】
〈ガシャンッッ!!〉
無数の鉄の鞭によって突き込まれたミザリーの身体は吹き飛ばされ本棚に衝突した
〈バラバラ〉
と棚から分厚い本がミザリーへと降り注ぎその身体を埋める
【怖いデショ?…それがニンゲンの弱さ……人間に縋るアナタは魔と一体になれない……それが私とアナタの差…】
『(人間だから……勝てない…守れない……?そんなの)』
〈バラバラ〉
自身に積もった本を振り落とし
辛うじて繋がった意識で身体を起こす
【凄い…タッタ…立ったねフェンリル】
無邪気そうにも聞こえるその声が
かえってミザリーの中の恐怖心を、不安を増長させる
『(…死ぬ…?私が…また……怖い…)』
イメージしてしまった
ハンドベルが焼かれた日を思い出してしまった
自身の死
経験としてある記憶が喪失感として身を覆う
〈ザッ…〉
脚を引き摺りながら
ミザリーは未だ倒れていない本棚の後ろに身を隠した
これまで取らなかった選択肢
【魔女】から身を隠すように隠れてしまった
それほどまでにミザリーのイメージした死は身近に感じられた
【アハハハハ…どうしたの?…隠れた?フェンリル……怖いの?】
高らかなその笑い声
『(もうダメ……?)』
ダメかもしれない、ミザリーは【魔女】に勝てない
自分がそう思ってしまったことが悔しい
『(でも……諦めることは…)』
その時、思い出した
マイナスなイメージが絶望を招こうとする中
幼馴染の声を思い出した
(「どうしてもダメかもしれないってときに見てくれ」)
塔へと赴くミザリーにベイカーが言った言葉
そして渡された紙片
懐に手を伸ばすと指先にカサリとその紙片の感触があった 無くしてはいない
それを取り出す
二つ折りの紙片
今がその時だろう、そうは分かっていても
ミザリーは怖かった
今のミザリーに縋るものがそれしかないからだ
その紙片になにがあるかは分からないがそれを見たら、もう縋れるものは
『……っ!』
ミザリーは二つ折りの手紙を開く決意をした
ベイカーが託してくれたものだ
いつも、背中を押してくれたベイカーが
開いた紙片には見慣れたベイカーの字でこう綴られていた
_______________
まずは謝るよ、ごめんね
僕は最初にミザの機械の身体を調べたときから、その存在を知ってた
知っててそれをミザに内緒にしてたんだ
なぜかって言うと、怖かった、分からなかったんだ
アリス先生の気持ちが、意図が図れないままのミザがそれをどう捉えるか
ミザがそれをマイナスに捉えてしまうことも有り得る
そうなったらミザにもアリス先生にとっても哀しいことになる
だから少しそれを伝えるのが遅くなっちゃった、けど今なら
今のミザなら
アリス先生の気持ちを真っ直ぐに受け止められると信じてる
それは君の心臓に当たる部分、ブラックボックスに刻まれたアリス先生からのメッセージだ
それを今伝えるよ、僕もミザを信じてる
_______________
ベイカーの文字で綴られている
ミザリーの感情が揺らぐ
そのベイカーからの文に空白を空け
アリスからというメッセージがこう綴られていた
_______________
〖あなたが永久を生きるなら、私はあなたを永久愛する〗
________________
ミザリーの中で何かが変わった
それは霧がはれるように
続いた雨が止むように
雲の隙間から陽が差し込むように
夢から醒めるように
『ァァァアアアアアアッッ!』
ミザリーが叫んだ、鳴いた
自身から何かを、不安を、迷いを、疑心を追い出すように
【良い…良い断末魔ねフェンリル!!…最後の絶唱に相応しいわっ!!!】
その叫びに向かって、【魔女】の無数の鉄の鞭が激しいうねりをあげながら突き進む
絶えず、隙間なく
〈ガンッッ!ギン!ガシャン!!〉
何度も何度もそのミザリーがいるであろう
本棚を無慈悲に容赦なく突き続ける
〈ギャィン!ガンッ!ガシャッ…ガシャン!〉
その猛撃は数十秒にも渡り、強烈な攻撃を浴びせ続けた
蟻の這い出でる隙もない連撃に次ぐ連撃
その猛撃の中で生を保てるものなどいない
やがて苛烈な轟音が
的となったミザリーの終焉を暗示するように徐々に収まり、静まり返った
瓦礫とかした本棚
その下に埋もれているであろうミザリーの姿は見えず
共に被弾した本のページが塔内に舞い上がる
【終わったオワッタ!!……狼もこれでオシマイ…御伽噺も、幕引きね!アハハ…アハハハハハハッ】
束の間の沈黙を裂く【魔女】の笑い声が響く
はらはらと
舞い上がった本のページが床に落ちているのをちらと一瞥し、勝ち誇るように口角を持ち上げた
その時
【…ッッ!!?】
何かを感じた
突如としてその塔内に何かが現れたかのような気配を感じる
【…新手か…?武国の…】
だがすぐに否定する
武国にそれほどまでの気配を醸し出せるものがいるはずはない
では、誰だ
と疑問を再度持ち直したとき
〈バチィィィッッ!!〉
爆ぜた
静電気が苛烈に
だと言うことは
【…だがソンナはずが…】
そんなはずはない、確かにあの無数の鞭は標的を捉えその生を奪った
はずなのにまだ
〈バチッ!バチチッッ!!〉
そうだと認めるほかない
【魔女】がゆっくりと視線をあげた
その見上げた壁面には
剣を突き刺し、かろうじて突起した壁の一部に足をかけ
目で見えるほどの静電気を
金色の静電気を纏いこちらを見下ろすミザリーの姿があった




