ベイカー・アドマイル
# misery,s side
周りの音も聞こえてこぬ静かな塔内
ミザリーの目の前にとうとう、この騒乱の根源となり、そしてミザリーを殺めるように指示した男がいる
ハイトエイド・ベルライン
ルグリッド公国の左大臣でありながら
国王に反旗を翻し殺め、その後継である幼いルベリオにまで手をかけようとした
ミザリーの見つめる視線の先にいる人物がそうである
鷲鼻の白髪、年配ではあるが背筋はイグダーツ同様に伸び目には力がある
異様な気配を帯びたその出で立ちは
善とも悪とも、反逆者と聞いても頷ける不気味な雰囲気を持っていた
「君が…ミザリー・リードウェイか…」
口から発せられたはずのその声は
まるで地の底から聞こえてきたような黒い耳障りをミザリーに感じさせる
『ヤー…そういうアンタがハイトエイド、で間違いなさそうね』
視線を逸らさずにすっと距離を取りつつ
弧を描くように歩きだす
「そうだ、私がハイトエイド・ベルライン。皇太子などからすでに話には聞いているのだろう」
『ええ、今んとこあんまり良い噂は聞いてないわね』
「ふ…かまわんさ。どれも事実だ。ああ、そうだ…直近のものなら
君の父親を、ハーディン・ウェイヤードを殺したのも…私だ」
ピクリとかすか眉間が動く
『【四つ脚】に…リーダ・バーンスタインに殺らせたってことでしょう?』
ミザリーの返答に今度はハイトエイドが首を傾げる
「そこまで知っているか…指示は出したとも、まぁ哀れにも人の心が残っているのか、命までは奪いきれていなかった、故に私が直々に刃を突き立てられた訳だがね…」
『どこが哀れなのか私には分かんないわね…もしかしてアンタもややこしい話するタイプの人種かしら?』
「リーダは悪魔になりきれなかった。素質や顕現した魔力は十分でありながら…ハーディンを殺しきれなかった、まぁ…以前から人を殺められぬ弱さを知っておったから予測はついていた。そのリーダを倒したのは…君か?」
『……』
「やはりか……君の中にも悪魔の力があるということで間違いなさそうだな。」
『それもお互い様なんじゃない?嫌な気配がアンタからプンプンするわ』
「そうだな…しかし、哀れだ。考えてみたまえ、この世界の現状…人が人を殺めるよりも多くを人類は悪魔にその身を奪われてきた。」
『かもしんないわね…それで?』
「人は弱い、そう認識していながらも今の形を捨てられない。悪魔を忌むべき対象としか捉えず、人の進化の行先とは認められない。何故だ?ミザリー・リードウェイ」
『人には…心があるからよ。思いやる心がある、尊重しあう気持ちが…』
「ならば何故!人は人を殺める?」
『…っ』
「心があるならば何故いまだに人が人を殺す、悪魔の惨劇を隠れ蓑に人を殺す者さえある!」
『全員善人って訳にはいかないでしょ…』
「そうだ、人だろうが悪魔だろうが抑えつけるためには力が必要だ。善も悪も抑えつける力が…ならばそこに「心」は必要ない。 」
『なりふり構わず悪魔になって…世界を支配しようとしてるってことかしら』
「支配ではない…【存在】だ。世界にある1つの存在として全てを均衡にする。ただそこにあるだけで世界を安定へと誘う象徴だよ」
『世界を平和にしたいって割にはずいぶんなパワープレイね…そもそも、なぜルグリッド公国を壊す必要があったの』
声に無意識に力がこもる
あの日を、王都が燃えたあの日の光景が脳裏を過ぎったからだ
「…私が仕えてきた王があまりにも楽観主義な夢想家だった、力を持つことを良しとせず争うことを嘆き、奪うことを躊躇う…だが民を守りたい、いつか世界を人が平和にできるのだとのたまう!」
『それが…』
「そうだ!ハーディン・ウェイヤードだ、力を持たねば民は守れない。なのに何故力を求めない?このままではダラダラと人と人との争いと悪魔による襲撃で国民はどんどん目減りしていく」
強く並べられるハイトエイドの言葉に
ミザリーは眉間の皺を深くしていく
『気に入らないから…公国を傷付けたわけ…?』
「ふ…それだけではないさ。もっとシンプルな理由だ
【魔女の檻】は王の前にのみ姿を現す。
もっとも私がルグリッド公国に属していたから、立場的にも最も最短距離で取れる玉座がルグリッド公国王であるから白羽の矢を立てたというわけではないがな」
『どうせ、そこにもアンタの勝手な都合があるんでしょ?だいたい察するわ』
「ああ、だがそれは君にとっても他人事ではない。」
『は…?』
「この国の王は…【金色の狼】を呼ぶ可能性を秘めている。」
『御伽噺信じんのね…なんだか意外だわ』
「実在するさ、幻想とすることはできない理由がある。かつて…【魔女の檻】をこの仄暗い檻に閉じ込めたのが【金色の狼】なのだから!」
『…』
スっとミザリーは自身なりに情報の整理を始めた
『(なるほど…だからあの蛇は私に【魔女の檻】を止めろって言ったのね。ベイガンもハイトエイドが仕向けたってことは立ち位置的に世界をどうこうシリーズより【魔女の檻】は格上ってこと?でもフェンリルが【魔女の檻】を封印した…)』
思索を始めたミザリーを
じっと見つつハイトエイドは密かに息を整えている
いまだその身を焼く激痛は収まっていないのだ
「(もう少し…もう少しで…馴染む)」
時間を稼ぐには言葉を
いまだ理解が届かぬミザリーに更なる疑問を投げかけ時を稼ぐ
そう目論んでいたその時
〈チャッ!〉
ミザリーは懐から大型拳銃マリーゴールドを
抜き構え、ハイトエイドに向けた
『考えるのは苦手…とりあえず、とっちめさせて貰うわ』
思考に意識を割くべきときではない
空の鳥籠、そして気配から察するに
もう【魔女の檻】はハイトエイドの手にあると考えて間違いない
それならばミザリーが取るべき選択肢は限られる
『一応聞いては見るけど、おとなしく捕まる気があったりする?』
銃口と視線をハイトエイドに向けつつ、無駄な質問をミザリーは投げかけてみた
だが返答は勿論
「否だ、ミザリー・リードウェイ…君の魔力も貰い受けよう。そして均衡の礎となって幕引きとするがいい」
〈ブワッ〉
ハイトエイドの周囲に黒い霧が広がる
それはハイトエイド自身がもはや人ではないと実感させるほどの黒さ
居心地の悪い重圧が、まるでその広間が急にぬかるんだように足取りを重くさせる
『0点ね、プロポーズとしては最低よっ!!』
〈ドゥオンッ!!〉
マリーゴールドから火花が散り
銃弾がハイトエイド目がけて発射される
これが最後の戦いの、開戦の合図だ
だがその合図は、ハイトエイドには届かず
壁に着弾した
『(避けたっ?)』
狙いが外れるような距離ではない
しかし、事実避けられた
驚きにかすか戸惑うその一瞬
数メートル離れていたハイトエイドが眼前に迫っていた
〈ブォンッ〉
迫った勢いそのままミザリー目掛けて腕振りつけるが
屈んで躱し、バックステップで距離を取る
〈ドォン!!〉
取りつつも再びマリーゴールドをハイトエイド目掛けて撃つ
が、これもやはり左右に動かれ躱された
『なっ!?』
偶然やまぐれではない
間違いなく躱そうとして躱された
〈バッ〉
とミザリーの視界を黒い何かが
『(ッ!?ローブか!)』
羽織っていたローブが視界を遮る
〈ゴッ!!〉
と腹部に衝撃が走る
ハイトエイドが目眩しに放ったローブ越しに蹴りを突き込んできたのだ
『ッッ!(重いッ!)』
思いがけない威力
100kgを超える機械の身体をもつミザリーがかすか浮くほど
間髪入れずに更に踏み込んできたハイトエイドの蹴りが弧を描きミザリーの頭部を狙う
『そんならっ!!』
避けるという選択肢を除外しミザリーは脚に力を込めた
そして振りかぶられる脚に合わせるように頭を振り抜く
〈ゴッ!!〉
ミザリーの頭突きとハイトエイドの蹴りがぶつかる
「ぬっ…」
予想だにしないカウンターにバランスを崩したのはハイトエイド
立て直そうとするその隙に
今度はミザリーが回し蹴りをぶつける
〈ドッ!!〉
腕で頭部を守りガードされたが、それでも威力を殺しきれずハイトエイドの身体は吹っ飛び本棚の一つに激突した
『ふぅ…ずいぶん歳の割にやんちゃなのね、ご健脚で結構って言いたいとこだけど』
「それが…フェンリルの力か?」
〈バサッ〉
激突した際に降りかかった本の束を払いながらゆっくりハイトエイドが立ち上がる
ダメージは…期待できそうにない
『さぁ?どうかしらね?』
軽口を叩くミザリーだが心中はそれほど呑気ではいられないと気づいている
ダメージがなさそうということだけでない
先程から、いや1秒ごとにハイトエイドが纏う嫌な気配が濃くなっている
短期で決着をつける他ない
マリーゴールドを懐に収めると
今度はマッドローズを取り出し、引き金を引く
〈ジャラララ〉
鱗状の刃が現れ、引き金から指を離すと固定され剣と化す
「魔器か…それにしても機械の身体か…それを悪魔の魂で動かしている…?」
ミザリーに、というわけではない
自身に問いかけるように言葉にするハイトエイド
「なるほど…なるほど…機械の身体か、はっはっはっはっ」
突如として笑いだすハイトエイドに
ミザリーはさらに警戒を強める
「なるほどなるほど、一度は確かにジャルセムに命を奪われたのだな。そして二度目の生を母からフェンリルという形で受け継いだというわけか?」
『…そんな単純な話じゃない…、母さんは自分の命を費やして私にフェンリルの魂を与えたのよ』
ギリと噛み締めるように食いしばる
「そうだろうそうだろう!なんの犠牲もなしに得られる力ではない、たった1人の犠牲でそれほどの力を…尽きぬ命を得たことは奇跡だ。そして…君も、図らずも人を捨て魔の力を得た、それが私の思想と何が違う!?君の母は、私と同じことをしているのだ」
『ッ!違うっ!』
だが母アリスが、人の姿を捨てさせ悪魔の力を与えた
そこにハイトエイドの思想との違いを
母の意図を、思考を掴みきれぬミザリーは次の句を出せなかった
『そんなこと…私は望んでない…』
「だが母が望んだからそうなっているのだろう?その機械の身体での二度目の生を、望んだ」
〈ザッ…ザッ〉
とハイトエイドが一歩一歩とミザリーへと近づく
すると
黒い霧が立ち込める
ハイトエイドから、周囲から漂うそれは
一点にゆっくりと集まると
一瞬、星のように妖しく輝く
「ようやくだ…私も人を、捨てよう!」
その黒い星はハイトエイドの中へと
スっと潜り込んだ
〈ブワァァッ〉
ハイトエイドの内から立ち込める霧に
ハイトエイド自身が包まれる
「ぁぁぁああああっっ!!!」
高揚したような絶唱が響く
〈キィィィィ……ッン〉
劈く耳鳴りのような音が波紋のように広がる
一瞬目を逸らしてしまったミザリーがハッとハイトエイドに再び視線を向けると
そこには【魔女】がいた
黒い、鋼のような光沢の外殻を
まるでドレスのように着飾り
鈍く光る刃が羽のように連なり翻る
仮面のようなものを被った顔は人形のように美しく、それがその【魔女】の妖しさを、不気味さを際立たせている
体長はミザリーよりも身長高くあるが
それでも3mほどと大型とは言い兼ねる
それでも
今まで出会った悪魔よりも、なによりも
苛烈な存在感がミザリーへと絶え間なく突き刺さる
【サァ…始めよう…ミザリー・リードウェイ…ダンス・マカブルを】
先程までのハイトエイドの声色とは違う
ガラスを擦り合わせるような音
それが声のように耳に届く不快感がさらにミザリーをゾッとさせた
______________
# baker's side
ハイトエイドが【魔女】と化した同刻
耳鳴りのような音は塔内に留まらず
ベイカー達の戦う通路にまで響いて来た
「っ!?なんだ?」
嫌な耳鳴りに思わず顔を向ける
その発信源は、塔だとすぐにわかった
「殿下、大丈夫ですか?」
耳を覆うルベリオをイグダーツが気遣う
「は、はい…でもこれって」
険しい顔をしたリーダが塔の方向を一瞥するとすぐにジャルセムに向き直る
「ふふふ…間違いない、ハイトエイド卿が【魔女の檻】を手にされたのだ。これで究極の均衡が…実現する!」
「先を…越されただけよ、まだミザリーがいるわ」
リーダの口から出た名前にベイカー達は、表に出ようとしていた諦めの気持ちを押しとどめた
「そうだった…まだミザがいる!」
状況が芳しくないことは事実だがまだ望みがある
ベイカーは汗ばむ掌を拭い作業を手早い動きで、完遂させた
〈ガチッ〉
と銃弾を納めたシリンダーを閉じる
バッと勢いよくベイカーが立ち上がったときだった
〈ボロボロッ〉
ジャルセムの外殻が、少しずつ剥がれ落ち始めたのだ
「な、なんだ?…ダメージが響いてるのか…?」
ベイカーがリーダに駆け寄りながら注意深くジャルセムを見やる
「いえ…まだそこまで有効打の手応えはなかったはず。気をつけて、なにかあるわ」
リーダの警戒心はいまだ緩まない
つられてベイカーも一層の気を引き締める
「ぁあ……ようやく、馴染んだか…」
〈バラ…バラ〉
全身の外殻が脆く崩れきった
その姿は、ダメージによる外殻の剥がれなどではなかったと気づかせた
鬼のような、骸骨のような出で立ち
片腕は剣のように尖り
軽薄な物言いからはかけ離れた仰々しさの悪魔
「これが本当の姿…」
ベイカーが思わず息を呑む
「ああ、ああ、そうだ!俺は己の魔力で繭を作る、それに身を包むことで傷を癒し魔力を研ぐ!そして、目の前の敵を殺す」
威圧感が増したその姿にベイカーは
おののくことも忘れ注視しながら
「リーダ…聞いてくれ…」
小さくリーダに声をかける
振り向かずにかすか頷くのを確認しベイカーは続ける
「僕の切り札は一発っきりの大技だ…でも当てれたなら間違いなく勝ちに大きく近づけるはず」
「…オーケィ、つまりその一発を確実に当てる隙をつくればいいのね」
「ああ、頼むよ。」
ベイカーは自身の手に握られた大型拳銃に目を落とす
調整し、引き金はベイカー自身でも弾けるようにした
だが威力はミザリーのマリーゴールド同等
「(頼むぞ…一発でいいんだ…)」
いや、マリーゴールド以上にした
ミザリーのマリーゴールドは一発に重点を置いたものではなく、あくまで継続的に戦闘を行う中での手段の一つ
ゼロレンジコンバット(ゼロ距離での白兵戦)を得意とするミザリーが距離を詰める為の一手に過ぎない
だがベイカーにはミザリーのような鋼の身体も反射神経も膂力もない
その一発が全てである
ゆえに威力を可能な限り高めた
後はその一発を当てるための隙をリーダに託す
真に力を発揮するジャルセムに対して手負いのリーダが隙をつくるのは容易ではない
それでも
「やるわ、隙を逃すんじゃないわよ。ベイカー…」
〈ザッ!!〉
とリーダが踏み込みジャルセムへと剣を振りかぶる
〈ガィンッ!!〉
なんなくリーダのそれを剣のような腕で払うと、ジャルセムが今度は逆の手で握った剣で反撃する
〈ヂッ!〉
とかすかにリーダの服を掠る
次いで踏み込むジャルセムが剣の腕を突き込む
その突きは、いままでのどのジャルセムの一撃より早い
〈プシュッ!!〉
避けきれずに、その突きがリーダの首を掠る
、かすかに肉を裂き血を散らす
「(ッ!早いっ!)」
自らの出血を感じつつも追い打ち受けぬように、剣を振り距離を取ろうとする
だが
「後ろだよ、隊長っ」
瞬時に回り込まれた
振った剣先は空を裂き、ジャルセムの剣がリーダ目掛けて突き立てられるのを防ぎに行くのに間に合わない
〈ズチャッ……〉
嫌な音が通路内に響く
ジャルセムの剣がリーダの腹部を抉り突き刺さる音が
「リーダッッ!!」
ベイカーは駆け出した
「(隙とか言ってられない!リーダがっ…)」
「まだよベイカーッッ!」
その声にベイカーはかろうじて踏みとどまる
自身を貫く剣を見下ろしていたリーダの目は、いまだ灯っていることに気づいたからだ
「(お願い…全身全霊で……全てで…コイツをっ!止めるっ!)」
ジャルセムの腕をガッと掴むと
「ぁぁぁあああっ!!」
黒い魔法陣のようなものがリーダを包む
一瞬の霧を生み出し、包まれ
リーダは【四つ脚】へと化した
「肉を斬らせて…腕を断つだったかしらっ!!」
〈ドシャッ!!〉
硬いものを強引に裂くような音を立て
刹那で振り落ろされた【四つ脚】の刃が
ジャルセムの片腕を切り落とす
「ぎぃやぁぁああっっ!!」
阿鼻叫喚のようにジャルセムが叫ぶ
如何に悪魔と化したといえど無論痛みはあるだろう
腕を切り落とされればやはり相応のダメージがあると見れた
「グゥ…ふぅ…、はぁ…これは些か侮り過ぎましたか、朽ちても遊撃隊長。世を震わせた【四つ脚】…だが…だがっ!」
〈グジャァ〉
不快な音を立てながら
ジャルセムの腕の断面からなにかか溢れてくる
そしてそれは腕の形のように纏まり、固まり始めている様子を見せた
「まずいっ!繭…再生する気か…」
先刻話していたことから察する
おそらくベイカーの推測は間違いない
にやりとベイカーを見つめながら腕を振るわせる
「ああ、そうさぁ…おれは再生できる!痛みこそあれど腕ぐらいならなんてことはない。【俺】はな?」
ジャルセムの嫌味な笑いが【四つ脚】に向く
ジャルセムに一撃を見舞ったがその代償は大きい
四つ脚と化していても、その腹部からは絶えず血が流れ落ちている
貫かれたのだ
本来ならとっくに伏せていてもおかしくはない
「はぁ………」
もはや息をすることさえ苦痛なような微かな吐息
〈ドッ〉
【四つ脚】が、リーダが膝を落とした
ベイカーは歯を食いしばり己の無力を、恥じた
「気づいているだろう?ハイトエイド卿の思想から外れた隊長に、前のように【四つ脚】の力を振るうことは叶わない」
「なんだよそれ…どういうことだよ!そもそもハイトエイドは何企んでるんだっ!」
いまだ一歩引いた場所からベイカーが問う
ハイトエイドの狙いを探ることも勿論だが、今は少しリーダに時間与えたい
そんな気持ちからの問い
「言っただろう?均衡だよ。人は人である限り悪魔を恐れ、尚且つ愚かにも人間同士で忌み嫌い殺し合う。それを抑制するためには魔へと進化した我らがそれを抑えこむ必要がある、悪魔も、人もだ。」
「なっ…なにを言って…」
「四大国だのなんだのの体裁にこだわり、思想理想ばかりに励む各王に任せていては世は滅ぶ。だから人の形から一歩踏み出し、人の思考、悪魔の力を持った我々が全てを管理してやろうということだ。ところがリーダ隊長はそれを拒んだ…魔でいることを、だからハイトエイド卿から頂いた魔の力を完全に引き出せない」
「そんなの詭弁だろ!世を襲う悪魔がお前らに取って代わるだけじゃないか!…実際にお前らがハンドベルを焼いた…ミザを殺した!」
ベイカーの怒号
ジャルセムは笑い声で応えた
「はっはっはっはっはっ!若いなぁ…いいか?犠牲だ…まさか犠牲なくして平和を求めるなどという甘えた理想論をお前も持っているのか?」
「その均衡のためなら誰が傷ついてもいいっていうのか…?」
「そうだ、小を切り捨ててでも世界を救おうというのだ。公国とこのハイゼン武国は、ハイトエイド卿が【魔女の檻】を手にするための犠牲だよ」
「ふざけるな……ふざけるなっ!そんな思想の為にハンドベルをっ!婆ちゃんを…ラビの父親をっ…ミザを殺したのかっ!!それで世界をお前らに管理されて、僕達は幸せだって言えると思ってんのかよ!」
「大きな思想だ、お前のように理解しきれん者もいるだろう。だがいずれ正しいと認めるだろう…諦めたようにな」
「僕は…そんな男にはならない。大切な人達を必要な犠牲だって諦めて、自分が幸せだって自分さえ騙して笑うようになってしまうんなら抗って抗って戦ってやる!」
その怒号はジャルセムには響かない
人の姿を持っているだけの悪魔には
だが他のものには届いた
「ベイカー…」
涙ぐむルベリオは拳を握った
そんなルベリオの気持ちを察し、イグダーツがそっと肩に手を添えた
そして
かろうじて意識を繋いでいた
リーダ・バーンスタインにも届いていた
「(大切な人達…
忘れたくない…私も……
あと少し…あと…
ほんの少しでいいの、動いてっ、お願い…勝手なわがままを言わせて…
力を貸して…
アリスッ!)」
リーダは歯を食いしばり、全身に力を込め
ジャルセムへと向かおうと一歩踏み出そうとする
だが
足は動かない、腹部からの出血は止まらない
腕の震えが収まらない
「はっ…無様ですねぇ隊長、いやリーダ・バーンスタイン。公国を震え上がらせた魔獣とはもはや思えませんなぁっ」
高らかに嫌味たらしく笑うと
〈バッ〉
と距離を詰め【四つ脚】を蹴り飛ばす
「ッッゥゥッ!!」
もはや悲鳴もあげられずに弾き転がされる
転がった後には腹部からの血が擦れて跡を残す
「やめろっ!!僕が…相手してやる!」
ベイカーがギリと強く拳銃を握ってじわりと距離を詰め始める
「なんだ?まさか、お前が俺をなんとかできるつもりか?」
「お前なんか、ハイトエイドの言いなりになってミザを…なんの罪もない女の子を傷つける奴なんか…男じゃないっ」
「ああ…気が変わった……やっぱりリーダ・バーンスタインから殺そう…」
「やめろっ!!」
〈ダッ!〉
と駆け出すベイカー
だが、ジャルセムへと近づいた瞬間
〈ゴッ!!〉
と振るわれた腕に吹き飛ばされた
そして難なくリーダの前に立ったジャルセムは身動ぎさえしないその首めがけ、剣を振り下ろそうとした
そのとき
〈ドッ!!〉
とジャルセムへと飛び込みぶつかってくるものがいた
ルベリオだ
幼いルベリオの体当たりとはいえ思いがけない第三者、その全力疾走の勢いでぶつかられるとかすかな隙が生まれる
「ラビッッ!!」
まさかの行動にベイカーが驚き、叫ぶ
ルベリオはジャルセムの脚にしがみつき全力でリーダから引き離そうとしている
「なんのおつもりで……?」
そのルベリオを冷たく見下ろすジャルセム
「やらせません…リーダ・バーンスタインはミザリーの家族です…」
恐怖はあるだろう、だがルベリオを突き動かしたその優しい思いは奇跡を呼んだ
それはリーダに、声を聞かせた
幻聴かもしれない、走馬灯のようなものかもしれない
それでもリーダの耳には確かに聞こえた
あの、優しい声が
【あなたは、魔獣なんかじゃない…ミザリーのお姉ちゃんよ】
〈ブワッ!!〉
空気が流れる音とともに四つ脚が、黒き魔兵がその色を変えた
闇に溶け込む色ではない
黒に染まった姿ではない
かつて母が綺麗だと言ってくれた【銀色】に
リーダの中で何かが変わった
いや、変えたのだ
「(ありがとう……アリス…!)」
動いた
銀色の魔兵と姿を変えたリーダが
猛然とジャルセムへと激突する
〈ドゴォォッッ!!〉
激しい衝突音を鳴らしジャルセムが吹き飛ぶ
ルベリオも何とか無傷でジャルセムから離れることができた
「なんだ!?なぜまだ動ける!」
慌てて体勢を立て直すジャルセム
そこに間髪入れずリーダが突き込む
〈ギィンッッ!!〉
剣と剣のぶつかる音
〈ギンッッ!ギィィン!!〉
何合も何合もぶつかる音を響かせる
「私は…贖うっ!贖うために…生きる!!」
「このっ…死に体がぁぁっっ!!」
ジャルセムの怒号
突然のリーダの猛攻に焦りが生まれていることが見て取れる
〈キンッ…キンッ!〉
リーダが剣を地に打ち鳴らしながら
距離を詰める
〈ギィンッ!!〉
〈ズザッ!!〉
剣戟を交わしながらも、時折地面を削るように剣を振るリーダ
〈ギィンッッ!!ジャッッ!〉
幾度となく同じように攻めていると
「なっ!?」
ジャルセムが気づくと周りにかすか土煙が立ち込めていた
先程から地を削っていたリーダの狙いはそれだったのだ
「なんの真似だっ!!リーダ・バーンスタインッッ!!」
怒りに身を震わせながらリーダへと突っ込む
「…ケリをつけるのよ…っ!!」
返すリーダの言葉は、か細くなっている
それに気づいたジャルセムはニヤリとほくそ笑んだ
「(はっ、そうか…いくらなんでもあの深手、風前の灯火だったのだろう!ならば!攻めきれる!!)」
そしてリーダへとあと数歩という所まで踏み込んだとき、あることに気づいた
「(待てっ………?あの小僧はどこだ!?)」
バッと辺りを振り替えり、ベイカーを探そうと視線を土煙の中へと向けた
そのとき
「男ってのはっ!女の子を傷つけたりするもんじゃないっ!!」
ベイカーの声
だがその張り上げた声は反響し土煙も相まって正確な位置が掴めない
「ぁあ?!」
ジャルセムも声を上げ怯ませようとするがベイカーの声は止まらない
「好きな子のためならっ
たとえ、その子が見てなかったとしても
知らなかったとしても!!
死ぬ気でカッコつけるのが……男ってもんだっっ!!」
〈ブワァァッ!!〉
と
ジャルセムの向けた視線の逆から
土煙に紛れベイカーが現れ銃口をその頭へ向けた
距離は数cm
そして
〈ドゴォォォンッッ!!〉!
と強烈な銃声が響く
放たれた銃弾は一瞬の間に
ジャルセムの頭部へ着弾し、苛烈な衝撃を与え爆発を起こした
その威力は凄まじくジャルセムを中心に巻き上がっていた土煙を払い飛ばすほど
被弾したジャルセムは
「…ァ…ァァ?…」
あまりの衝撃に何が起こったのかの理解も追いついていない
頭部の外殻は抉れ弾け飛ぶほどの威力ゆえ、無理もない
かろうじて指先をピクリと動かすと
「り、ソウ…を…」
言葉にならない声を零し、弾けて、消えた
土煙が収まってくると
城外からの喧騒が聞こえてくる
静まり返った通路内で
〈ガチャンッ〉
「ぐぅぅ…」
ベイカーが拳銃を握りきれず手から落とし、痛みに堪えるような表情
顔には汗が浮かび右腕を見下ろしている
「ベイカーッ!?」
ジャルセムを倒した歓喜もさておき
様子に気付いたルベリオとイグダーツがベイカーへと駆け寄る
リーダも人の姿に戻り、腹部を抑えながら近寄る
「ちょっと上着脱いでくださいベイカー……
なっっ!?」
気遣いながらベイカーの上着を脱がせたルベリオはその右腕を見て驚愕した
痛々しいほどに赤黒く変色しており、前腕が真ん中程からおかしな角度に曲がっている
どう見ても折れている
「これって…」
泣きそうな顔で見たベイカーの顔はどこか誇らしそうな顔
「ミザのマリーゴールドよりパワーをあげたんだ…これで済んだんならまだラッキーだよ。綺麗に折れてくれてて…良かった」
「無茶をなさる…確かにこの様子なら綺麗に骨はくっつくでしょうが…」
イグダーツが周囲から当て木になるものを見つけてきた
手早く応急処置を行いながらも、その度胸に感嘆している
「あたたた…あっ、ねぇ!リーダは大丈夫っ?」
不意に自身に向けられた心配の声にリーダは目を見開いた
確かにリーダのほうが重傷ではあろうがそれでも人を気遣うその優しさに
リーダは思わず微笑んでしまった
「大したものね…思ったよりガッツあるわ」
その物言いにベイカーも少し安心したのか
つられて微笑んだ
「でもホントカッコよかったですよ、ベイカー。後でミザリーにも教えてあげなきゃ…」
「だっ、ダメだよ!」
慌ててベイカーが口止めする
「え?でも…」
「言ったろ?隠れてカッコつけんのが男ってもんだよ」
そんな得意げな顔でこの通路内の戦いは
ルベリオを守りきったベイカー達の勝利で幕を引いた
残すところは
「…無事かな。ミザは…」




