Fight for
# misery,s side
礼拝堂から響く轟音にミザリーらは慌てて駆け出しその重い扉を押し開いた
思いのほか広い礼拝堂
一番最初に目に入ったのは、部屋の壁が砕け
人が通るには十分すぎるほど空いた風穴
次にその奥
散乱された何脚もの椅子を跨ぎ
一枚の大きな絵が無造作に壁に立てかけられている
そして元々その絵が掛かっていたであろう
場所にはルグリッド公国の王室にあったのと同じような隠された空間
そこから地下へと続く梯子がかけられていた
チラッと覗き込んでみるミザリー
『先を越されたわね…足音も聞こえない』
「ハイトエイドでしょうか…?それともその部下とか…」
「恐らく、ハイトエイド本人…陽動としての役割しか遊撃隊には与えてないはず」
ルベリオの問に答えたのは
これまでの蓄積されたダメージが如実に見えるリーダだった
「にしても」
ちらりと壁に空いた風穴を一瞥し直しベイカーが呟く
「やっぱりハイトエイド本人にもなにかしらの力があると見ていいだろうね…」
「この状況で単独行動をしている点から見ても間違いないでしょう…どうしますか?…この感じならもう鍵とか関係なく【魔女の檻】に向かってしまったでしょう」
ルベリオが先を越された悔しさから拳を握り締めた
そのとき
「っっ!」
壁に空いた穴を見ていたベイカーがその穴の外側を見ていた時に気づいた
10数メートル先に積まれているなにか
目を凝らさなくても分かる
兵士の遺体だ
無造作に、まるで物のように積み上げられていた
ベイカーの様子につられ、同じく外を見た皆もそれに気づく
『…もう行くしかないでしょ、私一人で行ってくる』
肩をぐるり回しながらミザリーが追走の準備を始める
「ミザ一人って訳には…」
『こっちはこっちでラビとイグダーツさんを安全圏まで守んなきゃいけないのよ、それに』
チラリとリーダを見ると同様にミザリーへと視線を向けていた互いの視線が合う
「心配しなくても…もう皇太子を狙ったりしない。」
『んな事言ってないわよ、償うっていう気持ちがあるなら…ラビたちのことお願いね』
いつからか
ではない、明確にあの瞬間から
【四つ脚】という悪魔から
人であることを取り戻したかのように涙したその姿を見た時から
ミザリーの中の、リーダへの敵意は綺麗に消えていた
「そう…でもハイトエイドは危険よ…私にもその底が見えないほどに、不気味な井戸のような、どんな力があるかも全貌は見えない」
「あっ…そういえば、リーダの【四つ脚】の力もハイトエイドからなら、ハイトエイド自身も悪魔になり得る可能性があるってことだ。それも【魔女の檻】を手にする前にすでにね」
『そんで、先も越されてるし。【魔女の檻】を手に入れられるからもっとヤバいってことでしょ?』
「そうだね、単純に言えばヤバい」
『どうするべき?』
腕を組み、自身の為すべき行動を問う
ベイカーならなんと言うか、ミザリーは分かっている
そしてベイカーもそうであると理解した上で言う
「それでも止めてくれ、ハイトエイドの意志を…」
『ふん、やっぱ単純じゃない。』
再び隠し通路に目をやる
「ミザリー。」
神妙な面持ちで声をかけたのはルベリオ
「ここまで僕を連れてきてくれたこと、守ってくれたこと。それだけですでに返しきれない大恩であることは分かっています。でも、それでも最後に一回!もう一度だけ力を貸してください」
バッと頭を深深と下げるルベリオに
ミザリーはふっ、と微笑みながら近寄ると肩を叩いた
『なにかしこまってんのよ…お姉さんに任しときなさい。大恩がどうだの言うんなら…住みやすい国にしてちょうだい、ラビ』
その言葉にゆっくりと顔を上げると
泪を堪えるように笑いながら
「必ず!国民を守れる王になります、絶対に!絶対に!」
『気負いすぎよ』
とルベリオを茶化すと
今度はベイカーと目が合った
懐から紙片をとりだしている所だった
そしてその紙片をこちらに差し出しながら
「ミザ、これを…」
ベイカーの差し出した二つ折りの紙片を
人差し指と中指で挟むように受け取ると
顔の前に持ち上げぷらぷら振った
『なにこれ?まさかこのタイミングでラブレターって訳じゃ…』
「ちっ、ちがうよ!」
慌てたように両手を突き出し開いた掌を震わせる
「それ、ミザが…ホントに困った時に読んでくれ。ずっと伝えなきゃいけなかったことだけど……」
渡したことを、わずかに後悔するように
視界を泳がせるベイカー
『ふーん…訳ありね。まぁいいわ、ピンチの時になにか必殺技でも与えてくれると思っとくわ』
そこは深く考えずに
ミザリーはその紙片を懐にしまった
「ミザッ!!」
『今度はなに?』
今後の苦しい展開はベイカーにも予想しうる
だがそれでもベイカーは、ミザリーを送り出さなければならない
「生きて…生きて帰ってこいよ!」
『ビー…』
いつになく真剣な顔のベイカーに
ミザリーは真っ直ぐ向き直った
「生きて帰ってさえくれば!どんなにボロボロでも、どんなに傷ついていても絶対に僕が直してやる!
だから……だから絶対に生きて帰ってこいよ!
ミザリー!」
拳を固く握り、ミザリーへと突き出す
その瞳は真っ直ぐに曇りなくミザリーを見る
何かを思うように一瞬沈黙したミザリーも
スっと拳を突き出した
そしてベイカーへと近づきながら
『アンタこそ、大仕事よ?敵さんがわんさかいる中で未来の王様を守んなきゃいけないんだから』
脅かすようなセリフ
だがそれでもベイカーの瞳は揺るがない
『でもアンタにできないなんて思わない、ラビたちのことは
任せたわよ、ベイカー 』
〈グッ〉
とお互いの拳がぶつかった
普段あだ名で呼び合う二人
だがお互いに何を感じ取ったのか
自身でも気付かぬうちに
ミザリーと
ベイカーと 呼んだ
〈バッ〉
と踵を返すと
ミザリーは強い足取りで隠し通路に踏み入り
『また後でね』
と後ろ手に手を振りながら
その地下へと続く道へと飛び降りた
〈ドシャッ〉
と着地音が聞こえたのを最後に
ミザリーが向かった隠し通路からはなんの物音も聞こえなくなった
「…よし、とにかく上層部に他の人達も護衛兵もいるんだよね。そっちに向かおう」
ベイカーの提案に皆が乗り
礼拝堂をひとまず後にする
「リーダ、大丈夫?」
脇腹を抑え、気持ち足も引き摺っているようにみえるリーダをベイカーは気に止めた
おそらく、森林帯のミザリーとの戦闘
濁流に飲まれたこと、そしてその状態でのハイゼン武国へ長い旅路を歩んできたことからいまだ満身創痍であることは容易に見てとれる
だが以前と打って変わって、その澄んだ目は
どこか清々しい
ベイカーにも、ルベリオ達にも
リーダが敵性ではなくなったと確信させるほどに
「今はね…」
リーダの足取りを伺いながら再び通路を出る
通路ではあるものの少し開けた
調度品などが並べられている広間のような所に差し掛かった
そのとき
〈ドゴォンッ!!〉
今まさに通りすぎてきた背後で爆発が起こった
轟音と共に天井を砕き
その通路が降り積もった瓦礫で埋め尽くされる
「なっ…礼拝堂への道がっ!!」
慌てたベイカーがその瓦礫に近づこうとした
だがそれをリーダが手で制す
「なにか来る…」
「えっ?」
すぐにリーダの言うように進まんとしていた通路の先から
〈カツ…カツ〉
と靴音が聞こえてきた
「皇太子、イグダーツ卿、お下がりください」
リーダがすぐに2人を下がらせる
そこに
「おやおやおや…そこにおわすはまさか隊長では?」
と軽薄そうな声が届き
すぐにその声の主の姿も見えるところまで歩んできた
黒い軍服を身を纏い薄ら笑いを顔に貼り付けた
黒髪の、どこか狡そうな顔立ちの男が姿を現す
隊長とはおそらく
とベイカーがリーダを見る
「あなた…ジャルセム…」
「ってことは…遊撃隊、ハイトエイドの部下か…っ」
ベイカーの顔に緊張が表れる
と同時に胸の内が不意にざわめく
そんなベイカー達とは裏腹に
軽い足取りで左右に歩き回りながらジャルセムは言葉を並べる
「おやおや、隊長はおろか皇太子も右大臣もお揃いとは恐れ入る。というより…好都合でしょうか」
「その口ぶりからすると…あなたはハイトエイドが【魔女の檻】へ向かう陽動じゃなく、直に皇太子を殺めに来たわけね。ついでに私も…」
にやりと口角を必要以上にあげるジャルセム
「流石察しがいい、とは言えそれも任務の一部ではあるんですが。まぁ隊長も…まだハイトエイド卿に従事するおつもりなら皇太子に剣を突き立てているはずですし、そうでないならもはや裏切り者と判断して切り捨てるが吉でしょう」
「…残念ね」
満身創痍の身体を奮い立たせるように
息を長く吐く
「私は…償わなければいけない。そのために皇太子を守る、保身じゃない…贖う姿を見届けて頂くために」
スっと剣の切っ先ジャルセムへと突き出す
そんなリーダの傍らにベイカーも踏み出した
手にはリーダ同様に剣を
しかしその剣は折れており、その刀身は本来の3分の2程度
それでも、ベイカーはアーサーの形見を握った
「僕も闘う…足手まといは承知の上だけど、僕は…ミザに任されたんだ」
チラと見やったベイカーの剣を握る手はかすか震えている
剣を握ることなど初めてなのだろう
ましてや人を斬ることなどできるかも分からない
しかし、そんなベイカーの目を見たリーダはそれを止めることはしなかった
足手まといだと退かせることもしなかった
「良いわ…ベイカーだったわね、人に剣を向けることは初めてなんでしょう」
「う、うん。でも此処で退けない…」
「…わかってる。あなたは剣を握ることは初めてでも【戦う】ことは初めてじゃないんでしょう…力を貸してもらう」
その言葉を聞いたとき
ベイカーはそんな状況ではあるが不思議な気持ちになった
恐らく、これが本来のリーダ・バーンスタイン
憑き物が落ちたように本来の自身を取り戻したその振る舞いは
「(ミザのお姉ちゃんか…)」
あのツンツンとしてはいるが心根の優しさが見える幼馴染と雰囲気がよく似ている
ベイカーにそう思わせた
「はぁ…なぁなぁ」
そんな剣を構える2人を眺めていたジャルセムが腰に手をやりながは顔を横に振る
「君は誰なんだ?皇太子に右大臣、それに遊撃隊隊長だけでこの舞台は十分整ってるんだ。余計なエキストラはいらないんだ…だから」
〈ぶわっ!〉
一瞬空気が動いた
その一瞬に瞬きを重ねてしまったベイカー
再び目を開いたその眼前には
ジャルセムが斬りかかってくる姿が見えた
「消えてくれないか?」
〈ヒュンッ!!〉
剣が風を切る音がベイカーの首元に近づく
「っっ!!」
あまたの戦場をくぐり抜けてきたであろうジャルセムの剣
ベイカーが初見で防ぎきれるはずもない
だが
〈ギィィンッ!!〉
と剣と剣がぶつかる金属音
すんでの所でジャルセムの剣とベイカーの首の間に
リーダの剣が割り込みその進路を阻み、はじき返す
そして、全くの間髪を入れずに
今度はベイカーの剣がジャルセムに突き刺さろうとしていた
「このガキッ!?」
〈グシャッ!!〉
剣が肉体にぶつかったとは思えないような妙な音が聞こえた
ベイカーの反撃はジャルセムの右胸を捉えたと誰もが思った
しかし
ボロボロッとジャルセムの右胸から
何と言うべきか
強いて言うならば肉体の破片とでもいうような浅黒い欠片が落ちていた
「な、なんだ…?あれ…」
と目を見開くベイカー
リーダも勿論それを見ていた
だがチラリとベイカーを見直す
今リーダにある驚きはジャルセムの破片ではなく
「(この子…首を守るための反応が遅れたと認識するやいなや、すぐに反撃に転じた…防御を捨てて)」
そう
先程の攻防
ジャルセムの剣戟に対してベイカーは
反応が遅れてしまったこと
そこからの防御への反射はなんの意味も為さないと察し
防御にではなく攻撃に転じ、後手ではあるが捨て身の姿勢でジャルセムに一撃を与えた
リーダの剣が間に合わなければおそらく
ベイカーは重傷、どころではなかっただろう
覚悟がある
ベイカーの瞳に宿る決意は本物だとリーダは感じた
「ああ、ああ…オレの外殻が…」
ジャルセムは焦りを見せるでもなく
ぱっぱっと胸の辺りを手で払った
戦場において、甲冑などをつけずに
軍服のみで歩くなどは中々考えられない
リーダがそうであるようにジャルセムも
やはり数多の戦場をくぐりぬけてきた猛者であることに違いない
それも悪意を持った
「まぁ良い、どのみち隊長がいるなら出し惜しみするものでもあるまい。」
〈ゾゾ…〉
不意にどこからともなく生まれた黒いもやが、ジャルセムを包み込む
〈ブワァッ〉
そしてその黒いもやがジャルセムを中心に集まり弾けた
やはり、というべきか
もやが晴れたそこには
蛇のような鱗の外殻を身体中に
顔から足のつま先までを覆った
悪魔と化したジャルセムが立っていた
「さぁ…さっさと殺ってしまおう。まだ俺には任務が残っているんでなぁ」
鱗のような外殻に顔を包まれていても
その下の表情が
にやけた表情が浮かぶような不気味な顔が小刻みに揺れていた




