獅子
# another side
〈バサッ〉
不意に聞こえてきた羽ばたきに視線をやるミザリー
宙に浮かぶ黒い鳥
もはや何度見た姿だろうか
鳥の姿をした悪魔 マカラドレイク
『ぁあ、久しぶりね』
瞬時に懐に手を伸ばし、再びマリーゴールドを抜こうとする
だがピクリとその手が止まった
〈バサッバサッ!〉
そのマカラドレイクよりもさらに上空から黒い塊が飛び込んできた
しかしそれはミザリーに向けてではなくマカラドレイクに向けて
直撃に捉え激しい勢いそのままにマカラドレイクを地に打ち伏せ、砕いた
ミザリーに加勢する形で現れたのは
王に仕える黒い鷲 ロワールだった
スっと何事もなかったようにミザリーに向き直るロワール
『やるわねロワール、ちょっと前の私よりよっぽど強いじゃない』
「確かに!ボッコボコにされてたもんね」
今ひとつ空気の読めないベイカーをじろりと睨むと
『それで、どうする?あの塔に向かう?』
「いや、状況はまだ未知数だ。【魔女の檻】に向かうより優先すべきは」
すっと顎に手をやり思索するベイカー
「ラビとイグダーツさん、それにハイゼン武国王の安全だ。いくらハイトエイドを抑えこめても3人が欠けたら意味が無い」
「ダラム王とイグダーツの安否は勿論気がかりです。でも【魔女の檻】を後回しにしてあいんでしょうか?」
とは言ってもルベリオにとってその2人がどれほど重要かベイカーは分かっている
「だからさ、少なくとも3人まとめて安全な場所に避難できなきゃミザはそれが気になって【魔女の檻】どころじゃない。つまり次の行動は」
『オーケィ、ロワール。案内して!王様達と合流するわよ』
「ああ、ミザ!ロワール!可能な限り、通りすがりに悪魔を倒してくれ」
ベイカーの呼びかけに
ロワールがチラリと振り向くと
〈グゥ…〉
となんともか細い声をあげた
「ど、どういう気持ちなんだよ」
『アンタに指図されんのが癪なんじゃない?…ま、いいからお願いね』
ミザリーの掛け声には
うってかわって翼を広げて応えるロワール
見つめる道中にはいまだ無数の悪魔
「とんだ伏魔殿だよ…まったく」
『愚痴ってる暇ないわよビー、ラビも。走るわよ!』
先陣をいつも通り切り、ミザリーが駆け出す
次いでロワールが飛び出しミザリーを先導するように前に付き
ベイカーとルベリオも合わせて走り出した
「頑張ろうラビ!きつい下積みも今日で終わるさ!」
ベイカーの言葉に思わず笑みが零れる
「はい!絶対に…折れませんっ!!」
その精悍な顔つきにもはや出会ったころのような怯えや不安は見られない
ただ信じている結末に向けその脚をけして止めないという決意に背中を押されているようだった
______________
# another side
バンヘイレン王城 王室
幾人かの重臣と共にダラム王は険しい顔のまま椅子に座していた
そこにはイグダーツも同じく神妙な顔つきで座している
もはやその手間を惜しむべく
解放されている扉をすり抜け兵士が足繁く報告に訪れていた
聞こえてくる報告は、目視されている悪魔が増えた 怪我人が出た
など様々だがいずれも喜ばしい報告はなかなか聞こえてこない
兵士が駆けてくる足音が聞こえてくるたびに
王や重臣の眉間には皺が寄る
だが
「ほ、報告いたします!東門に現れた大型の悪魔…げ、撃退されましたっ!」
息も絶え絶えの報告に
思わずざわめく室内
「本当かっ!?…よし、よくやってくれた」
ほんのひと時ではあるが安堵の表情がダラム王に見える
「いえ…兵士ではありません!」
スっとイグダーツの方に向き直る兵士
「先だって通告のありました公国の金色の髪の少女が…撃退いたしました!」
〈ガタッ〉
とイグダーツが腰をあげる
「共に2人の少年を連れ添っており、内1名がルグリッド公国皇太子であることも確認できました!」
ダラム王とイグダーツが顔を見合わせる
「よし…無事であったか。通達だ…引き続き国民の死守にあたれ!兵士より先に国民が傷つくことなどあってはならぬ!」
「ダラム王…私は皇太子の元へ向かいます。」
「危険だ、貴殿にもしもがあればルグリッド公国は…」
ふるふると顔を横に振りながらイグダーツが遮る
「どのみち皇太子になにかあればルグリッド公国は終わりです、ならば万が一のときは側近として落ちる時も共にありたい」
そう告げるイグダーツの決意は固い
「あいわかった、止めるなどは野暮だな…せめて腕利きの護衛をつけよう。」
ダラム王は室内の重臣を振り返る
「私も戦場に出る、後は任せるぞ」
不意の発言に室内はざわめく
「戯れをっ…それこそ万が一があれば武国は終わりですぞ」
1人の重臣が発すると周囲も頷く
「元より政治・軍事など向いてはおらぬこの身、武でしか役に立たん王よ」
言葉の通り、と言えば語弊であるがハイゼン武国 国王 ダラムは王族ではなかった
だが幾多の王に仕え、数えるに難いほどの武勲を上げ続け王の座にまで上り詰めた異例の王
だが、武だけでは人は付いてこない
彼を王たらしめんとするのはその魂のあり方だった
「私は先程兵士に言ったな、兵士より先に国民が傷つくなどあってはならぬと」
スっと重臣たちを見やり、続けた
「しかし、兵士も我が国の民であることは変わりない。ならば!
王より先に民が傷つくなどもあってはならぬ!王とは民なくしてありえんのだ!」
室内の空気が震えるほどの威圧感はその決意に比例しているように感じた
「指揮は任せたぞ!」
踵を返すとダラム王は力強い足取りで歩き始めた
自身を王たらしめる国民にその背中を見せるために
そしてイグダーツもスっと一礼すると同様に王室を後にした
_______________
# another side
10年以上も前のことをハイトエイドは思い返していた
止まぬ争い諍い
国の数ほど、人の数ほどある正義
その各々の正義も幾多の数集まれば大衆の正義となりて、他の正義を挫こうとする
ただの思考の枝分かれ
同一の思想以外への敵愾心
いつからか自身の持つ正義というものが
それを押し通すために他者の正義を挫いてもよいという免罪符にさえなり得る
「愚かだ…」
ポツリとハイトエイドが零した
「均衡などと甘んじているから争いが起こる。ならば頭一つ抜ければ…絶対的な頂点があることが形違えど唯一の均衡となりえる」
そんな一般的な倫理観を持つものからは相容れぬ思考を持ち抱えていたハイトエイド
戦えばいい
戦えば弱者は強者に吸収され互いには絶対的な差が生まれる
そういった戦いの連鎖の果てに究極の均衡が生まれるのだと考えていた
しかし、今ハイトエイドの仕える国に座しているハーディン・ウェイヤードはそういう思想ではない
戦うことを良しとせず可能な限り避けよ、とのたまうのだ
同盟だ、協調だと、人は一つであるべきだと国民全ての命を背負う身でありながら後手後手に回る
反吐が出る
惰性で生きていては現状は何も変わらない
変化が必要だ
苛烈な、強烈な、痛烈な
激しい変化が世界には必要だ
そんな思いを抱えながらも、苦しくもその惰性の中で生きるしかなかった
そんな時だ
停戦協定の最調停のためにハイトエイドはハイゼン武国へと出向くことになった
幾人かの兵を引き連れ渋い顔を貼り付け、長い旅の末、ハイゼン武国王都バンヘイレンへとたどり着いた
目を見開いた
声が聞こえたのだ
どこから?
そして辺りを見渡した時にその声の元が王城の背後にそびえ立つ塔からであると気づいた
【ワ…タシ……ハ…オリ】
聞こえてくる声に応えるように思った
「(なんだ?お前はだれだ?)」
〈ビューー〉
と一瞬風が強く吹いた
【嗚呼…届いた…私の声が届いた…黒き思想を持つ者よ…】
振り返り引き連れる兵士を見るが
不意に振り返ったハイトエイドに疑問の表情を持ってはいるがこの声に関してはまるで気づいていない様子だった
「(何者だ?塔にいるのか?)」
【ええ…ええ…塔に封じられています…ワタシは魔女の檻…魔を生み出す混沌たる母】
一瞬の静止ののちハイトエイドは再び歩き出した
「そうか…世界は私にそうしろ、と言うのだな」
ゆっくりとゆっくりと幾多の会話を
その【魔女の檻】なる者と交わしながら
自身の辿るべき未来の絵図を頭の中に描き始めた
そして、回想を終えたハイトエイドは
ハイゼン武国王城を見上げた
悠然とそびえる外壁
サッと腕の埃を払うと
周囲を囲む無数の兵士の亡骸を一瞥した
あまりに密に重なったその亡骸は地に血溜まりを作っている
「悔やむでないぞ…主らの好きな美徳というものだろう?巨悪の前に健闘した…とでもあの世で酒の肴にするといい」
_______________
# another side
イグダーツが王の間を抜け幾人かの護衛を引き連れながら
ルベリオとの合流経路を探っていると
階下では忙しなくダラム王が準備を整え
王都へ悪魔の対処に出陣するところだった
重臣たちには
最上層の王室に固まり護衛で固めることが最善であると進言し、つつがなくその通りに運んでいる
ハイゼン武国王城は堅固な作りは勿論高さもそれなりにある
兵士を中層から上層に配置すれば安全圏であることは確かだった
王城正門は分厚い鉄扉で固く閉ざされており
兵士達の通用門を唯一の出入口としている
そちらへ向かい階下を降りた時に
イグダーツの耳に声が届いてきた
「ありがとうございます!ご武運を!」
通用門を護衛する衛兵にかけた言葉に次いで武国王城へと滑り込んできたのは
『ここが王城ね、さすがにめちゃんこでかいわね』
「確かにここなら安全そうだ」
「はい、あっ!イグダーツ!」
いち早くこちらに気づきルベリオが駆けてくる
「良かった…無事で」
なだめるように両肩に手をおきイグダーツが返す
「悪魔が大勢いる王都内におられた皇太子と比べたら余程安全ですよ。…ご無事で」
『そりゃそうね…それでここの王様は?』
「1番上じゃないか?この辺が手薄なことを考えたら、多分上に兵士達と固まってるんだよ」
ベイカーの発言はまさにその通りだった
一部分を除いては
「仰る通りです、重臣たちは皆最上層の王室で周りに十分な護衛を置き自衛して頂いています。しかし…ダラム王は王都へと悪魔を退治しに向かわれました」
「えっ!そんな無茶な…」
『大丈夫なんですか?』
「きっと…彼は武王と言われるほどの力を持っています、それこそ椅子に坐すより先陣を切りたいと愚痴るほどに」
「まぁ…さすがに単独じゃないだろうし、そこはもう信じるしかないね」
『じゃぁベイカーとラビ、イグダーツさんも王室にいた方が安全じゃない?』
「これからどうするかによるよ」
『そうね…私の考え的にはハイトエイドより先に【魔女の檻】をぶっ壊しとくって名案があるわ』
「壊せるようなもんかも分かんないけどね…でもどちみち先に【魔女の檻】に行っておくのは良いかもしれない」
「イグダーツ、どう行けばいいんですか?」
「正門の大広間の片隅に礼拝堂があります、そこの隠し扉から地下に降りて向かうのが唯一の方法です。…そして、その鍵はダラム王と」
チラリとルベリオを見るとイグダーツは続けた
「ハーディンから渡されたはずです、皇太子」
イグダーツの言葉にルベリオがハッとして荷物を探る
すぐに一つの鍵を見つけ取り出した
『それって…』
なんとなく見覚えのあるその鍵は
ルグリッド公国の王都を出る際、地下通路の扉の解錠に使った鍵だった
「同じ鍵なんですね…」
「はい、隠し扉・隠し通路の鍵は同じ物を両国とも使っています。【魔女の檻】に通ずる鍵を公国側にも渡すことで協定の確固たる形にしたのでしょう」
「よし…なら行こう、そこまで行ってからラビとイグダーツさんには避難してもらう事にして」
『ビー…アンタも避難しなさいよ』
「放っておけるんならそうするんだけどさ、とにかく行くよ」
はぁと息を吐きながら正門前の広間へと向かう
「もうすぐです、ここを抜ければ広間…」
『シッ…』
イグダーツの言葉をミザリーが制した
不意な沈黙の中 聞こえてきた
〈キィンッ…キンッ〉
細く、小さく地を鳴らすような金属音
スっと真剣な目付きになるミザリー
1歩、また1歩と静かに広間に向かう
通路を抜けた広間には
誰かが、いや
銀色の髪を揺らしながら
こちらを静かに見つめる
リーダ・バーンスタインが立っていた




