Dead Dreamer 中編
# misery,s side
ハイゼン武国へ到る不可侵領域
ルベリオらの道を拓く為、単身で常駐兵士らとの戦闘の最中
水を差すというには苛烈すぎる存在感で現れた凍て蜘蛛 ベイガン
その巨大な体躯や迸る冷気は
ミザリーだけでなく周囲の空気さえ一変させた
『ただの通りすがりってんなら別に構いやしないんだけど、もしかして何か用?』
ザワつく兵士らへの注意もしつつ
ベイガンへと視線を向け軽口を叩くミザリー
それでも内心は、十二分に現状のマズさを悟っており
視界に、指先にまで感覚を研ぎ澄まし構える
【なぁに…小さくて目障りな狼を踏み潰しさえしたらこんな場所に用などない】
ズシンズシンと巨大な脚を踏み鳴らしながらミザリーへとやはり巨大な顔を近づける
『あー、やだやだ。もう見飽きたわよ、そのデカい顔…のけてくれる?』
〈グワッッ〉
手をプラつかせるミザリーへと
巨大な前脚を振り上げ、僅かな静止なく振り下ろすベイガン
〈ドシャッ!!〉
しかしその前脚は地面を砕き砂埃を巻き上げただけで、ミザリーをうち伏せるには至らない
〈トンッ〉
難なく背後へのステップでそれを交わしたミザリー
だが周りの兵士たちはその強烈な一撃を目の当たりにし、更に動揺が広がる
さすがに練磨の兵士達とはいえ
ここまで巨大な悪魔を相手取ることなどあるまい
攻めに転じることを躊躇し、本能的に距離をとる事に従事している様子だ
『…逃げて』
それに気付きミザリーがチラリと背後を見やり言葉をかける
「…な、なに?」
ミザリーに近い兵士の一人が戸惑い問い返す
『いいから逃げて!』
〈パキッ〉
周囲の空気が突如、凍てつき始め
同時に氷の結晶のようなものが周囲に漂いだした
【なんだぁ?…まさかこいつらを庇いながら我と渡り合えるとでも思うておる訳じゃあるまい?】
『その…まさかよ!』
マリーゴールドを構え、目の前のベイガンの顔目掛けて引き金を引く
〈ドゥオンッ〉
初対面の時とは違い距離も近い
勢いはさほど変わらないが
漂う結晶に着弾し爆発した為直撃とは言えず、その爆発が辛うじてベイガンの顔に届く
【ヌゥッ!?】
思わず顔を背けるベイガンから目を背けず
間髪入れずにマッドローズを剣へと為すと
思い切りその顔面へと振り上げ追撃する
〈ゴッッ!〉
鈍い音を立てて直撃はしたものの
芯を捉えてはいないようだ
というよりは漂う冷気が生した結晶がミザリーの一挙手一投足の邪魔をしている
身体がイメージ通りに動かない
『(どうする?…どうすれば一番良い?)』
自問するも、思考を阻害するように
氷の結晶が牙のような形を成しながら飛んでくる
剣で打ち払うも、砕けた氷は結晶となり
やはり周囲の気温を下げ続ける
逃走しようとする兵士たちも思うように動くことができず足をもつれさせている様子だ
時間が経てば経つほど
恐らくベイガンにとっては優位な状況が造り上げられる
ならば今ミザリーが為す最善は
『(このままズルズルやってても泥試合、使うしかない…フェンリルを…)』
以前ベイガンと相対した時と同じように内なる悪魔の魂 フェンリルの力を引き出すしかない
しかし
ベイカーの言葉が脳裏に浮かぶ
「フェンリルの力は確かに強力だけど…ミザの身体をもってしても長時間はもたない、使い所を間違えると逆にピンチになるよ」
今もしも、使い所を誤えばミザリーはもちろん周囲の逃げそびれているハイゼン武国の兵士も
そしてルベリオもベイカーもアーサーも命が危ぶまれる
そんなマイナスな想像がミザリーの決意を阻害している
その時
〈ピィーーーーッ〉
甲高い音がミザリーの耳に届いた
これは
『ビー…』
ベイカーの指笛だ
ルベリオ達が安全圏に抜けた合図としてのもののはずだったが
この状況でそれは難しいと理解できた
ベイガンの存在やミザリーと相対していることはベイカー達も分かっているだろう
ならばこれは
『…やっちまえってことね、ビー』
スッとベイガンへ真っ直ぐ立ち向かう
いつものことだ
〈バチッ〉
微かに静電気が爆ぜる音が鳴る
意識を自身の奥底へと巡らせ
その根底にあるものを掴むイメージを
成すべきことを
〈キィーーーーッン〉
張り詰めたピアノ線が切れるような
そんな音が響いた
ミザリーが指を弾いた金属音
不思議とミザリーの髪色が
尚鮮やかな金色へと輝きを増したように見えた
『…二度もそのデカい顔見たら見飽きるわ』
【グァ?なんだと!?】
ミザリーの軽口に憤慨するように
派手な地団駄を踏むベイガン
いつも、迷うミザリーの背中を叩くのは
行きたい方向に行けと言ってくれるのは
『あのバカのお許しも出たことだし…やっと喧嘩ができそうね!』
パチッ
漂う冷気の中
爆ぜる静電気のような瞬きがミザリーの三つ編みを延長させるように形どっていく
光る三つ編みが揺らいだそのとき
ミザリーの言うように
対等に、喧嘩を始められる状態になったのだ
さっきまで手脚の挙動を抑え込むように漂っていた冷気
『…動け…』
〈バチィッッッ〉
一際激しい音をたて、電気が爆ぜる音
それと同時にミザリーの姿がベイガンの視界から消えた
【ヌゥッ!?】
巨大な顔を慌ただしく左右に振り、金色の揺らぎを追う
しかしその巨躯の動きでは、捉えるに至らない
駆ける狼を捉えられない
左右には居ない、横軸にはいない
ならば?
上だ
その答えが出たと同時に
ベイガンの後頭部に衝撃が伝わる
〈ゴシャッ〉
剣を突き立てるように降ってきたミザリーの一撃に纏っていた氷の膜が割れる
頭を振り払い再びミザリーを探す
【グゥ…すばしこい、腹が立つッッ】
苛立つように二本の前脚を高く掲げ振り下ろす
〈ドシャッッ!〉
蜘蛛の前脚は何度目かの空振りを地面に叩きつける
どう姿を追おうが愚鈍な蜘蛛では狼を捉えられない
放つ氷塊も地面や木々にぶつかり氷片を弾かせる中
〈ザザッ〉
金色の揺らぎが大蜘蛛の脚元に滑り込むと
見上げた脚の関節目掛けて、剣を振り上げる
〈ドッ!〉
と苛烈な一撃はベイガンの脚の付け根を鈍い音を立てながら断ち切った
【グゥォォォッッ】
蜘蛛の優位を覆した証のような断末魔が響く
〈ザッ〉
再び距離を取ったミザリーは制止し、その様子を伺う
脚を一本失った怒りで激しく身体を揺さぶる其の姿は先程よりも荒ぶっているように見える
同時に自身の身体にも気を巡らせ、破損や不具合などの有無を探る
【ォ…ォォオオッ、オオカミィィッ!!】
______________
怒涛の喧騒の中
響き聞こえてきた蜘蛛の怒声はベイカーとルベリオの元にも当然届いていた
周囲を忙しなく逃げ惑う兵士などの視線をかいくぐり
いやかいくぐる必要もないほど兵士達は
その意識を凍て蜘蛛へと向けていた
「ベイカー、ミザリーはどうなってるんでしょうか?」
大木の影に身を隠していたルベリオが同じく身を隠しているベイカーへと問う
囮として、ミザリーが関門へと向かって以降
その様子をベイカー達は窺い知ることが出来ていなかった
「多分ミザリーは戦闘中だ…指笛の意図は察してるはずだからフェンリル化もしてると思う」
ベイカーは予想していた
ミザリーが凍て蜘蛛ベイガンと対峙しているならばフェンリル化は必要だ
しかし、以前それについてミザリーと会話したことからミザリーがそれを躊躇うことも察していた
だからこその指笛だ
「さっきのがどういう類の絶叫かは分からないけど、ミザが押してるとは思いたい…とににかく様子がわかる所まで近づこう」
「はい、ベイカー…アーサーは無事でしょうか?」
二人は同じように周囲を見渡す
見渡す二人の視界にはアーサーの姿はいまだに入ってこない
ベイカー達はミザリーの元へと向かっているのだから、先んじてミザリーへと加勢に向かったアーサーの姿が見えてもおかしくはない
すでにミザリーと合流ができているのならばそれで良いのだが
そうでなければ
「きっともうミザと合流してるか何処かでタイミングを見計らってるかさ、アーサーなら変にしくじったりしないさ」
ふぅと息を吐くと白く漂った
ベイガンが現れてから急激に下がり始めた気温は、近づくにつれ顕著にその凍て蜘蛛という名を現していた
その時ふとベイカーが鼻をひくつかせる
嗅いだことのある匂いが鼻に触れる
「ラビ、離れるなよ。…もしかしたら」
コクリとルベリオが頷くのを確かめるとベイカーはその匂いの発生源となる小屋を目視すると小走りで向かい出した
_______________
【ヨクモッ!よくもぉっ!我の脚ををッ!】
脚を断たれた事が余程逆鱗に触れたのか
残る7本の脚を激しく地面に打ち立てる
先程までの戦闘の痕もろとも
更に地面は平面を無くしていく
『そんだけあるんだから一本減らしたとこで良いダイエットになっただけでしょ?』
トントン、と肩を剣で叩きながらミザリーが言うが
無論それは火に油を注いだだけである
【クソガァァッ!!もう容赦はせんッ、容赦はせんぞッ】
ブワッとさらに冷気がベイガンから激しく吹き出しすと
吹き出す冷気は素直に比例し周囲の温度を更に奪っていく
『ヘイ、ファッキンスパ…』
【凍れェッッ!!塵どもっ!!】
会話を遮る怒声とともに冷気が白い霧のように広がる
その範囲は凍て蜘蛛ベイガンを中心に先程とは比べようもなく広く迸る
眉をしかめたミザリーだが
フェンリルの力により過剰駆動している機械の身体は、熱を帯びていることもあり今のところ冷気の影響でその駆動を危ぶまれる様子はなかった
だがそれはあくまでも
ミザリーのみの話だった
ハッと周囲から聞こえてきた声が耳に飛び込むと視線を走らす
白い霧の冷気の中には
逃げそびれたハイゼン武国の兵士たちが
懸命に、凍る身体をよじらせ地を這う姿だった
【グハハハハッ!!やはり人間は地に這う姿が似合うなぁッ!?狼!!】
前脚を一本失った仕返しとでも言うように
挑発的な口調で笑うベイガン
先程の冷気はミザリーへの攻撃的なものではなく周囲の兵士に向けたものであったのだ
【どうした??険しいなぁ?お前はまだまだ走れるから良いのだろう?】
キッとミザリーがベイガンを睨む
【ァァァ…だが周りの塵どもはこの冷気の中では長くはもたんだろうなぁ!!直にそのか細い命まで凍りついて哀れに這ったまま固まり、そのチンケな生命に幕を下ろすことだッ】
『その目障りな冷気今すぐ止めなさい』
【ハァ…そうだな、その通りにしてやろうか…なぁ!?】
〈ブワッ〉
その言葉とは裏腹に、否
むしろわざとらしく更に冷気を噴出させる
バチッ
それを見てとったミザリーの姿が消えると
再び飛び上がりベイガンへと斬り掛かる
〈ガキィィィッ〉
先程同様、ミザリーは残る脚を断つつもりで剣を振るった
だがその剣戟は氷の破片を散らし鈍い音を響かせるに留まった
『(さっきよりも!)』
ミザリーの手に伝わった衝撃は
その外殻の強度が先程よりもさらに強固になったことを理解させた
冷気を噴出させたのはなにも人間を凍てつかせるためだけでなく
自身の外殻をより強固にするためでもあったのだ
ミザリーの顔に緊張と焦りが浮かび始める
『(この冷気を止めるにはこの蜘蛛を仕留めるしかない…でもこの硬さをどうすれば…)』
周囲の兵士たちは白い冷気の霧で視認しづらいがその身動ぎも徐々に鈍くなっている
焦れば焦るほどミザリーの脳内に
マイナスなイメージが浮かび始める
『(私には…なにもできない?)』
【グァハハハハッ!!良いざまだな!!悪くない見世物になってきたな…?】
ベイガンが疑問を感じたのは
不意に眼前に木製の樽が転がってきたからだった
どこからか現れたその樽は静かにその動きをベイガンの目の前で止めた
その時
「ミザーーッ!!撃てーっ!!」
ハッと目を見開いた
ミザリーの耳に飛び込んできたその声は
ベイカーの声だ
〈チャッッ!〉
と懐から〔スコーピオン〕
貫通性に優れた弾丸を取り出すと流れるようにマリーゴールドへ装填し
〈ドゥオンッ!!〉
その樽目がけて発射した
貫通性に優れた弾丸は冷気に勢いを殺されはしたものの
その役割を果たす速度で標的を目指す
そしてその弾丸が樽に着弾したと同時に
〈ブワッッ!!〉と
樽から巨大な火炎が周囲を燃やすように広がった
「まだだ!!ミザッ!!」
ベイカーの声に次ぐように
樽が転がる音がいくつか聞こえると
周囲に先程爆発したとと同じものが目に入った
〈ドォン!!…ドンッ!!〉
その全ての樽を同様に撃ち抜くと
中に油や火薬などが詰められていたのだろうか
周囲を一瞬の間に熱気が漂い出す
【なんだっ!!】
樽の中身は、火薬だった
ミザリーの方へ赴く際にベイカーは火薬の匂いに気づき、中にあった樽をルベリオと共に荷車でここまで運んできたのだ
いくつかの樽はその全てを爆発させ
周囲の冷気を爆発で薙ぎ払った
その内包量も調整されているのだろう
爆発は人的被害をもたらすほどのものではなく
ただ周囲に熱気を放つに留まっていた
無論、凍て蜘蛛ベイガンにダメージを与えるなどは到底敵わない
【これしきの火で我を焼こうと思ったか!?笑わせるッッ】
『ビー…?』
ベイガンの高笑いにミザリーもかすか戸惑う
確かにベイガンの言うように、あの熱量ではベイガンに有効打を与えるには至らない
それはミザリーも感じていた、が
『…!』
ベイカーに視線を向けようとした時、気づいた
ベイカーの狙いに、その意図に
「言ってろよ!ミザが本気になんのはこっからさ!」
【ァア!?…まさか!?】
ベイガンが周りを見渡す
その周囲には、対峙していたミザリー
駆けつけたベイカーとその陰に立つルベリオ
そして、視線の遠くでベイガンから駆け離れていく兵士達の小さい後ろ姿
『冷気で動けなかった兵士達を、逃がすために周りの温度を上げた訳ね』
兵士達は凍りついた訳ではなく
ただ冷気により身体をかじかませ硬直させていた
そこまで時間が経過していた訳でもない
そもそもが強靭な精神と肉体を持った兵士達だ
その冷気を払い、周囲の温度をあげてさえしまえば後退の選択肢を与えられる
そして
言うなればその枷さえなくなれば
『さんざムカつかせてくれたお礼はするわよ…私のセリフ止めてくれたのも含めてね!ファッキンスパイダーッ!!』
ポォッとミザリーの三つ編みが淡い光を灯すと、その光はベールのように象られ三つに編まれていく
バチィッッ
と火花が爆ぜる音を残し、姿を消したミザリーは
ベイガンの視界の外に駆けると
ミザリーを追うように顔を動かしたベイガンを迎え撃つように
腕のように、拳のように姿を変えた光る三つ編みで殴りつけた
『はっ…一発かましてやるわ!』




