Dead Dreamer 前編
# misery,s side
休息のひと時を得て
ミザリーはハイゼン武国へと続く最初の関門前に待機していた
そしてベイカーら3人は
ミザリーから離れ門前から少し離れた場所に潜んでいた
ミザリーが関門の兵士にわざと気づかれ
門前は無論、中に駐在している兵士さえ
おびき寄せベイカーたちが関門をくぐり抜ける隙を作る
文字だけ見ればどれだけ無謀なことか
鋼の身体を持つとは言え、反撃を封じられ一方的な攻撃を受けることになり
今までとは比べものにならないほどの
人間からの敵意が向けられる
それがいまだ十八ほどの少女に耐えられるものであるものか
答えは否だ
ベイカーらは気付いている
それはミザリーも恐らく
それでもミザリーは選んだ
自身の求める答えを、ルベリオを押し進める道を最短で進むために
じっと門前に視線をやっていたミザリー
ちらとベイカーたちを目視し、予定通りの位置についていることを確認すると
ミザリーは屈んでいた態勢から立ち上がり
関門へとゆっくりと歩き始めた
遠くからそれを見ていた
ベイカーらも気持ちを引き締める
「行こう…こっからは時間との勝負だ」
長引けばそれだけミザリーへの負担が大きくなる
素早く山肌の道を抜けミザリーを戦いから解放させる、今の3人はそれだけを考えて足に力を込めた
忍ぶ訳でもなく、散歩道とでも言うかのようにゆらりと門前に近づくミザリーに
門番が気付かぬはずはない
〈ガチャリ〉
甲冑の軋む音を鳴らし
視線がミザリーを捉えると
そのまま2名の門番がミザリーへと槍を手に向かってくる
寡黙に、会話をする気などさらさら無い
ただ外敵を排除するために兵士は歩を進める
『お喋りは…してくれないみたいね?』
分かってはいたことではある
会話で時間を紡ぐなどは到底叶わぬと
それを再確認すると
ミザリーは懐からマリーゴールドを抜き構えた
そして
『ダンパのお誘いよ、ジェントルマンの皆さん』
〈ドゥォンッッ〉
虚勢とも取れる軽口と共にマリーゴールドから弾丸が発射されると
その弾丸は門番の兵士の頭上を抜け門のど真ん中に命中し、小爆発を起こした
それを合図にベイカーら3人は駆け出し、山肌を登り出す
同時に門番だけでなく、門中にいた兵士たちのざわめきが聞こえ
門がゆっくりと開き始める
そこには数十では到底きかぬほどの兵士が立ち構えていた
その全ては、ミザリーをハイゼン武国の外敵とみなし
排除せんという意思に染まっているように
大勢の兵士に、その敵意に
怯みそうになる
自身でも気付かぬほど微かに
その脚は後ずさる
それでも
『引けないの』
誰に宛てたものではない
自分への言葉は
迫る兵士らの怒号に飲まれた
〈ガキィンッ〉
躊躇なく振り付けられた剣戟を鋼の腕で防ぎ、いなして距離を取る
構えたマリーゴールドは攻撃の為ではなく
距離をとるためのもの
ハイゼン武国の兵士たちは
自国のために向かってくる
言うなればミザリーと同じだ
決して傷つけてはいけない
ひたすらに向けられる敵意を
その剣や槍を防ぎながら
山肌を進むルベリオらの為に時間を稼ぐ
囮としてはミザリーの目立つ外見や、容易く排除されない身体能力が相まってその役割を十二分に果たしている
おそらく全ての兵士は
たった一人の突然の外敵に皆意識をとられているだろう
「よし、行ける!今の内に急ぐよ」
しんがりを務めるベイカーが急くようにアーサーらに声をかける
普段ならば視線が向いてもおかしくなさそうな山肌には兵士の一瞥すら向いてこない
その隙にと三人は険しい傾斜の山肌を急ぐ
時折、山肌を踏みつけた石が転がり落ちるものの
それでも三人に視線向ける兵士はいない
三人にとっては好機だが
それほどミザリーへとヘイトが向いていると思えば素直に喜ぶことはできない
〈ガキィーッン〉
と突如一際大きい金属音が響き
ミザリーの腕が弾かれる
銃撃だ
白兵戦で迫ってくる兵士を援護するように
後方から放たれた銃弾がミザリーの腕へと当たったのだ
ハイゼン武国の兵士たちが単純な白兵戦だけではなくミザリーを排除する手立てを模索し始めたという事だろう
これでミザリーは近距離のみでなく
遠距離の攻撃も凌ぐ必要が出てきたことになる
『…そうなるわよね』
〈バッ〉と跳ぶように左方向へと動くと
一瞬前までミザリーの立っていた位置に
〈バシュッ〉
と銃弾が着地する
そして銃弾を避けたところへと間髪入れずに
剣戟が飛んでくる
先程から比べるとミザリーの身体を
剣戟や銃弾が打つ金属音が響く音が多くなりはじめた
勿論その金属音は三人らにも届いている
「く…無事でいてくれミザリー…」
険しい視線を金属音のする方向へと向ける
姿こそここからは見えぬが
その怒号や響く金属音がアーサーの心を摩耗させている
それはルベリオやベイカーも無論同じである
そんな時ふと、アーサーは気づいた
戦場に、悪魔退治へと赴く機会が多い兵士という立場だからこそ鼻に馴染んだ匂いを感じた
血の匂い
微かに、だが確かに感じる
ミザリーの戦っている方向だろうかとも思ったが違う、もっと身近から
振り向いた時その匂いの元に気づいた
ベイカーだ
ミザリーの居るだろう方向に視線を向け
その固く握りしめた拳の隙間
あまりに強く握りこんだために爪がくい込んで裂いてしまった皮膚からの血が
思わず噛んでしまった下唇からの流血が
アーサーの目に鮮烈に飛び込んできた
瞬間、アーサーはルベリオの発言を思い出す
(あれはベイカーが一番辛いんです)
ベイカーのミザリーを思う気持ちの丈が
アーサーの胸を少し苦しくさせた
「…行くぞベイカー、立ち止まってる暇は俺達にはない」
声をかけられ、ハッとベイカーとアーサーの目が合う
「ああ、急ごう」
砂利で滑る脚を踏みとどまらせながら
三人はなおも急ぐ
そんな中
不意に
アーサーの頭に声が響いた
【ワレヲ…我を出せ…】
同時に激しい頭痛がアーサーを襲う
「…ッッ!!」
立ち止まり顔をしかめ頭に手をやるアーサー
「おい、どうしたんだよ?」
最前線のアーサーの異変に気づいたベイカーがアーサーの肩に手をやる
だがその声は微かにしか聞こえない
脳に直接溶かしつけるような声に、頭痛が止まない
【出せ…愚鈍な人間よ…】
誰の声だ、何を言っている
アーサーは気づけば闇に囚われかけている
そんな感覚を覚えた
だが、頼む
まだだ、まだ渡す訳にはいかない
動悸が、イヤな汗が止まらない
意識は耐えず飛ぼうと霞む
「ベイカー!…先に行け」
歯を食いしばりながら振り向くアーサーにベイカーとルベリオの心配そうな視線が向いている
「な、なんで?…_それに大丈夫なのかよ?すごい汗だし、息も」
「いいから行け!俺は…ミザリーに加勢してくる」
ベイカーの言葉を強い言葉で遮る
はぁと息を整え
アーサーは真っ直ぐベイカーを見た
「行ってくれ、皇太子を頼む」
「何言ってんだよ!ミザがなんのために…」
「足を引っ張るつもりはない、時間稼ぎだって二人の方がマシだろう…それにこの様子ならこちらは問題もなさそうだ…すぐに追いつく…だから、頼む」
何か言いかけたベイカーだったが
その何かを飲み込み、後ろのルベリオを振り返る
「分かった…ミザを頼む」
アーサーの提案を飲んだのは
少なからずミザリーへの心配があったからだ
聞こえてくる音に駆り立てられる不安が
ベイカーを頷かせた
そして、アーサーの真剣な面持ちに押されたという部分もあるかもしれない
「行こうラビ…僕らが抜ければ2人が楽になる」
「はい…アーサー、気をつけてください。待ってますから」
ラビも声をかける
乱れる息を整えながらアーサーは
「もちろんだ…行け、ミザリーは任せろ」
「頼む…関所を抜けたら合図を出す、そしたら突破口はミザが開いてくれるから」
「ああ…行け!」
一つ強く頷くと
ベイカーはルベリオを引き連れ進み始める
すぐにその後ろ姿は見えなくなっていった
残されたアーサーは
いまだ止まぬ頭痛に顔をしかめた
【我の運命ヲ…王をコロス…ハタス…】
この声はなんだ、と
こぼそうとしたその刹那
精神の奥からせりあがってくる巨大な悪意のような真っ黒な何かに
アーサーは飲まれていく感覚がした
〈ザッ…ザッ〉
その頃のミザリーはと言えば
未だ目まぐるしく入り乱れる兵士と兵士の隙間を縫うように
ただ時を稼ぐためだけに、その攻撃をいなし続けていた
時折放たれる銃弾に、かわしきれぬその剣戟
に、傷は負わねどその精神はひどく摩耗していた
攻撃不可という制約が、ここまで自身の負荷となるとは思いもよらずにいたミザリーは
ひたすらにベイカーからの合図を
安全圏まで移動した際の合図を待ちかねている
しかし、ハイゼン武国らの兵士達にも
どうやらわずかな疑問が芽生え始めているような気配が漂う
この侵入者はこちらに危害をくわえようともせずに、ただ時を消費しなにを考えているのだと
そんなわずかな疑問が兵士らに一瞬の間攻撃の手を止めさせた
その時
〈ブワッッ〉
と突然、突風が周りに吹き荒れた
『これって…』
眉間に皺を寄せつつ風の吹き込んだ方向へ視線を向ける
顔をしかめたその理由は
〈ピシッ〉
地面からわずか顔を覗かせた雑草が揺らぎを止め、〔凍りついた〕
身に覚えのある冷気を感じたから
そしてその予想通り
騒々しい音を立て
【グハハハッ!…また会ったな!金色の狼ィッ!!】
冷気を迸り纏う巨体で地面を這い、迫ってくる大蜘蛛 ベイガンとの
求めざる再会だったからだ
『また逢いましょうなんて言った覚えはないんだけどね…』




