君の手で切り裂いて
# another side
王都ソーデラル 第三区
その宿屋の軒先に慌ただしく馬が駆け込んでくる
そして馬から降りてきたのは落ち着いた顔の初老の男性
イグダーツ・バルシュ
次いで来た護衛に軒先で待つように指示するとどこか忙しなく宿屋の中へと入る
カウンターの中にいた宿屋の主人はイグダーツに気づくと直ぐに駆け寄ってきた
「私に面会したいという親子は?」
少し荒れた息を整えつつ問うと、主人は直ぐにとある一室に案内してくれた
宿屋の主人に礼を言い、その部屋のドアを開ける
そこには筋骨たくましい父親らしき男とその娘、そしてその影に活発そうな男の子がいた
イグダーツの入室に直ぐに身をただし父親が立ち上がる
「わざわざご足労頂き申し訳ありません、また不躾に面会を求めたことも…」
かしこまる父親をイグダーツは手で制す
「構わない、それより話を聞かせてもらえないか?狼の庭について…」
「ミザが大変なんです!」
イグダーツの言葉に被るように娘が前に出てくる
その目は年端のいかぬ少女とは思えぬほどの真剣味を帯びていた
「お、王子様も大変なんだよ!」
その弟らしい男の子も姉についで前へと
気圧されつつもイグダーツはやはりかと目を微か見開いた
「落ち着いて、座って聞かせてくれ。やはりあなた達は皇太子のことを知っているのか?」
「順を追ってお話します。リヅ、バッツも落ち着いて…まず私はレイノルドと申します」
二人をたしなめると父親 レイノルドはゆっくりと、事の顛末を話し始めた
かつての村を救った恩人からの手紙
その中に綴られていた出来事とその裏側に潜む影の話を
そして
レイノルドの話を聞き終えたイグダーツは大きく安堵の息をついた
「良かった…やはり皇太子は無事でおられたか」
王都炎上の日より行方の知れなかった
皇太子 ルベリオ・ウェイヤードの安否
気を張り詰め続けているイグダーツにも
ほんの少し緊張の糸がたわむ
しかし、それと同時に疑心のあった左大臣
ハイトエイドの謀反と国王
イグダーツにとっては友でもあった
その暗殺の真実
怒りが自身の中に込み上げてくるのを感じつつも
今すべきことをと更に問いかける
「それで…その、皇太子と共にいるミザというのは?」
安否を知れど、やはりまだ詳細を突き詰める必要があるとイグダーツは質問を始める
「ミザはね!すごく強いんだよ!」
「それにね!すごく美人なの!」
大人しくしていた姉弟が不意に誇らしげに声をあげ始める
「強い…女性なのかい?」
イグダーツが少し驚く
「ええ、私達の町を救ってくれた。不思議な話ですが彼女の走る姿をみたもの達はみな「狼」のようだったと…その手紙の「狼の庭」と関係あるんでしょうか」
レイノルドの言葉を聞き、興味を持ったのか
イグダーツが姉弟へと向き直る
「狼の庭は国王が大事にしていたおとぎ話でして、あなた方に伝令を頼むとなり信憑性を持たせる為に皇太子なりの機転を効かせたのでしょう。それで…そのミザはどんな人なんだい?」
待ってましたと言わんばかりに姉弟が前へ出ると
「美人で!両腕が義腕?で強いの!ベイカーっていう幼なじみがいて!あと忘れちゃいけないのは
綺麗な金髪なんです」
リヅと呼ばれた少女の話を気圧されながら聞いていたイグダーツがピクリと目を瞬かせた
「金髪?待ってくれ…その彼女のフルネームは?」
イグダーツの様子に気づいたのか
リヅも少しトーンを落とし、告げた
「ミザリー・リードウェイです」
イグダーツは、その名を知っていた
何度も何度もハーディン・ウェイヤードが、
友が口にしたその名前を
「なんということだ…友よ…」
思わず目頭が熱くなる
「君が残した心は…君が愛した魂と共にあるぞ…」
レイノルド一家の話を聞き、王都炎上の真実をそしてハイトエイドの黒き野望を知った
だがそれと同時に希望の光を見た
己のなす事が明確に理解できた
「本当に感謝にする…あなた達のおかげでまだこの国は建て直せる、新たな太陽を仰げる。後は…私も成すべきために動き出さねばならぬ」
物静か、普段はその言葉が良く似合う
落ち着いた様相のイグダーツだが
その目には、自身でも久方ぶりかと思うほどの熱い光が灯っていた
# baker,s side
ミザリーらが宿泊する、というには粗末な
道すがらにあった小さな山小屋
その小屋の屋根の上で見張りをしているベイカー
もう屋根に登って4時間になろうとしているが、その時間全てをベイカーは思索に費やしていた
今夜のその思索のテーマはというと
「狼…か」
[狼]、つまりミザリーのことである
「アリス先生はミザのことを「小狼」って言った、それはミザの活発な性格を表しての事だと思ってたけど」
ミザリーは死後
フェンリル、つまり狼の悪魔の魂でもって再びの生を得た
そして、それと同時に姿を消したアリス
何より気にかかるのはその関連性
「なんでフェンリルは悪魔なのに、ミザに力を貸してくれるんだ?ラビが言ってた金色の狼のおとぎ話とも関係があるのか」
繋がっているようには見える
だが、どう繋がっているのかが見えない
「はぁ…」
とため息が思わず零れる
『呼んだ?』
背後から突然の声に
肩が一瞬こわばるが
それが幼なじみの声だと気づくとすぐに振り返った
「ミザ…おどかすなよ」
梯子を軽い足取りで登りきったミザリーがベイカーの隣へと近づく
『んなつもりないわよ、ヘタレてただけでしょ?』
いつもの軽口になぜか安心してしまう
「もう、そんな時間?」
『おそらくね…で?なに考え込んでんの?』
「んー…変なこと聞くけどさ?」
ミザリーが腰を下ろすのを待って問いかける
『なに?』
「ミザは、ミザの中のフェンリルをどう思う?」
『なにそれ?』
「なんか、こう…嫌な感じがするとかさ?これまでと違ってフェンリルの力を意図的に使い始めた訳だし、何か感じるものはないのかなって思って」
ふむ、とようやく質問の意味を飲み込んだミザリーが腕を組む
考える姿勢である
『嫌な雰囲気とか、嫌悪感とか?そんなのは不思議と感じないわね。なんだか…本当に力を貸してくれてるって気がする』
「そこが不思議なんだよね、おそらくフェンリルをミザの魂にする際にアリス先生は身を犠牲にした。そこだけ聞けばまさに悪魔って感じなんだけど、それ以降はミザに対してマイナスな事は起こってない」
『まぁね、でも海で会っためちゃデカい蛇だって多分敵じゃなかったし悪魔にも善悪があるってことでしょ』
「ふーむ、それは確かにだけど。もしかしたらあの蛇はフェンリルだからこそ、現れて助言?してくれたのかもしれない」
『ん、そういやあのバカ蜘蛛が老いぼれ蛇だとか言ってたけど』
不意にミザリーは先日のことを思い出した
凍て蜘蛛ベイガンが発した「老いぼれ蛇」というセリフを
「そこだけから推測するとあの蜘蛛と蛇は仲が良くないらしいね」
『そんであの蜘蛛は狼も気に入らないらしいわね』
「そりゃぁ狼にとっても同じだろ?ミザ」
『まぁね…って、世間話も良いけどとっとと寝てきなさいよ。見張り交代に来たんだから』
「ああ、そりゃそうだ」
と痺れかけた身体を起こしながら立ち上がるとベイカーは夜空を見上げた
「なぁミザ?」
『ん?』
「状況は思ったより苛烈だ、村を出る時には思いもよらない出来事に関わってしまってる」
『そうね、まさか国の一大事に関わるなんてね』
「しかも、その黒幕がハンドベルの災厄にも…つまりミザにも関わりがあるのかもしれない。」
『全く大した黒幕ね、分厚そうで向こう側はまだ見えてこないし…それでも今更辞めろなんて言わないでしょ?ビー』
「ああ…全部だ。全部知る必要がある、その為には進むしかない…例えミザの前にどんな分厚い暗幕が広がったとしても、僕が必ずサポートするから。」
『この身体がぶっ壊れても?』
「僕が絶対に直してやる、だから真実の前にかかる幕は全部」
ふとミザリーに視線をやると、ミザリーの視線もベイカーに向いていた
ベイカーの真剣な声を真剣な顔で受け止めながら言葉を待っている
「全部、君の手で切り裂いていけ」




