両手に花を
# misery,s side
一夜の休息をとり、朝方
町の賑わいが徐々に目覚めていくセントーン
そんな町の平和そうな雰囲気を名残惜しそうに四人は、目的のためにセントーンを後にした
「あれ?アーサー馬はどしたんだよ?」
ふと気づいたベイカーが問いかけた
「ああ…ちょっと無理をさせ過ぎたみたいでな。脚を傷めさせてしまった…宿屋の主人に世話を頼み預けてきた」
悪いことをしたなと伏し目がちになる所をみるとやはり悪い人間ではないらしい
「しかし…わざわざハイゼン武国に行かずとも、王都に戻られればよいのではないでしょうか?ハイトエイド卿からは、私が皇太子をお守り致します」
道すがらアーサーが不意に問いかける
「それは…危険です。話した通りハイトエイド卿には兵士を悪魔化させる術がある、方法こそ分かりませんが」
「そうだね、言ってみれば今の王都はどこにハイトエイドの手が潜んでいるかもわからない。それに…」
ルベリオとそれに次いでベイカーが口を開く
「それに?なんだ?」
「ルベリオが王都に現れたとなったら、ハイトエイドはまた悪魔による災害を演じさせて命を狙うかもしれない。そうなったら王都はまた」
ベイカーの推測にアーサーは口をつぐんだ
「その可能性ももちろんあります。だから、ハイゼン武国のダラム王に力を…知恵を借りる。それがきっと最善の策です」
前を向き、足を止めることなく歩き続けるルベリオ
アーサーはその背中に断固たる決意を感じた
(「その小さな体に余りあるほどの重責か…」)
『遠回りが最善の策って訳よ、それもやっと国を跨げるところまで来たしね』
ふと、顔を上げたアーサーがミザリーの揺れる三つ編みに目をとられた
「金色の狼か…そんな御伽噺があったっけな」
零したアーサーにミザリーが問いかける
『あんたも知ってんの?その御伽噺』
「ああ、母がその手の話が好きでね。良く文献を読み漁っては話して聞かせてくれたよ」
「この国の守り神みたいなもん?」
「ああ、だが知ってるか?御伽噺の内容的にはそうだが、実は金色の狼はこの国だけに伝わる存在じゃないんだ」
『そうなの?』
「でも、金色の狼がこの国の王と契約してこの国の平和を保ったんですよね?」
「そこに違いはありません。ですがバリオール奏国にも伝わる御伽噺なんです、最もバリオール奏国では王と契約云々はしていないようですが」
『ふーん?つまりルグリッド公国にもバリオール奏国にも金色の狼がいたのね』
「ああ、だが本来はバリオール奏国のものじゃないかと母は言っていたな」
「それはなんでですか?」
「それは、ミザリー!」
急にミザリーへと向き直る
『なによ?』
「バリオール奏国には語り手と呼ばれる女性達がいる、その語り手達が代々〈金色の狼〉を語り継いでいるということらしい」
「そうなんですか?」
「はい、男性の髪色が黒系茶系のみなのはこの国と同じですが、その語り手の女性には金色の髪が発現するらしいのです。そしてその伝承はこの国に伝わる御伽噺よりも、更に歴史が深いと言います」
『つまり金色の狼って言い出したのはバリオール奏国が先ってことね?』
「ああ、そしてそう考えれば悪魔という存在がルグリッド公国の王に手を貸したことにもロマンチックな推測が立つ」
「っていうと?」
いまや、三人がアーサーを注視している
「女性にのみ語り手になり得るということは狼は雌なのかもしれない、そして異国の王に力を貸した理由、つまり金色の狼は王に…恋をしたのさ」
『さっさと行きましょ』
僅かに足を止めた分を取り戻さねばと、言わんばかりにミザリーが歩を早める
「そうですね…ちょっと休めましたし」
ルベリオもミザリーに続く
「え、そういうロマンチックな推測があってもいいじゃないか」
アーサーが賛同を得られないことにやや不満げな表情を浮かべる
だがそんなアーサーを追い越しがてら
ベイカーがポツリと呟いた
「僕は、そういうの嫌いじゃない」
思わぬ賛同にアーサーも少し機嫌を取り戻しながら
「多少はわかるみたいだな?」
と、ベイカーの後を追おうとしたそのとき
ミザリーが足を止めた
手でルベリオ達へ静止を促す
前方からこちらへとにじり寄る影が四人の視界に入る
悪魔だ
人型の姿をしているが両腕がねじれた紐のように長く、うねっている
それが三体
『下がってて』
「いや、下がるのは君もだ。ミザリー」
懐に手を伸ばしたミザリーを追い越し
アーサーが颯爽と悪魔達に向かっていく
『ちょっと?』
「なぁに、任せておけ」
〈シャッ〉
剣が鞘から滑り抜ける音
と同時に駆け出した
悪魔もそれを迎えうつようにアーサーへと手を伸ばす
ねじれた腕がうねりながらアーサーへと襲いかかる
剣を振り、それを薙ぎ払う
切るには至らない所を見るとそれなりに腕が硬いらしい
だが先行してくる悪魔の懐へと入ることには成功した
そして
〈ビュンッ〉
と一気に袈裟斬りをその悪魔に見舞う
その剣戟は見事に体を裂いた
〈グゥ…グゥェ…〉
悪魔が力なく膝を付く
首を落とさんとアーサーが項垂れた頭に
更に追撃しようとする
しかし
振り上げようとした剣に他の悪魔の腕が絡みついていた
「なっ!」
「アーサー!!左っ!」
ベイカーの声に反応すると更にもう一体の悪魔が手を伸ばし襲いかからんとしていた
「くっ…」
咄嗟の判断で剣に力を込めそのままかがみ混んだ
その勢いで剣を掴まれた腕を切り払い、そして後方へと距離を置くために跳んだ
「なんだ…こいつら、まさか連携をとるのか?」
悪魔達をみると、懐を斬られ膝をついた悪魔も平気そうな顔で立ち上がっている
「おまけに演技もするみたいだね…」
「馬鹿な、手応えは確かにあったぞ。」
どうやらアーサーも初めて見る類の悪魔らしい
もちろん、ミザリー達も同様だ
『アーサーはラビをお願い、あたしがやるわ』
「ミザ、気をつけろよ?どうやら、三対一でかかってくる気らしい。っても…多対一なんてミザにとっちゃ」
『いつものことよ』
ピンッと三つ編みを弾くと、駆け出すミザリー
あっという間にアーサーを追い越し悪魔に接近する
だが、おいそれと接近を許すものではない
内一体がミザリーへとねじれた腕を迎え撃つように振り下ろす
「近づきすぎだ!ミザリー、そいつらに接近戦は分が悪いぞ」
ルベリオの元へと歩みよりながら気が気出ないようにアーサーが叫ぶ
「それでもミザは…」
〈ズシャッ〉
振り下ろされた悪魔の腕は空を切り地面を打った
ミザリーが身を捩り、紙一重で避けたからだ
それを見ていたもう一体の悪魔が更にミザリーの行先へと腕を突き出す
が
〈ゴッッ!!〉
と鈍い音が響いた
突き出したその腕をミザリーの拳が真っ直ぐ迎え撃った
捻れているとはいえ中に芯はあるようで
怯んだ様子が見える
そこに残りの一体もミザリーへと覆いかぶさろうと背後から近づくが
〈ドッッ!〉
背後へと突き出されたミザリーの脚によって腹部を勢い良く蹴られ
やはり勢いよく吹っ飛んだ
ほんの数秒にも見たぬ一瞬の攻防に、と言ってもミザリーが一方的に攻めるだけのもの
三体の悪魔が危機感を持ったような、そんな雰囲気が漂う
「ミザは接近戦が得意なんだよ」
微かな悪魔への憐れみを感じながらベイカーが零す
「そう言えば銃も剣もあるのに、ミザリーはよく素手で戦いますね」
「そうなのですか?しかし、なぜ」
アーサーが不思議そうにミザリーへと視線を向ける
「一番しっくりくるんだよ、多分ね…自分の意思で戦ってる、それを体現しやすいのが素手での格闘戦なんだ」
ふ、とベイカーはある事を思い出し、ソワソワし始めた
〈ガシャンッ〉
数十秒後には三匹の悪魔は跡形もなく弾けて消えていた
そして、こちらへと歩いてくるミザリー
「ミザ、平気?」
様子を見てはいてもそう案じてしまうのはベイカーの性だろう
『別に、ド楽勝よあんなの』
プラプラ手を振りながら、なんてことないと澄ました顔のミザリーに
「ねぇ?そう言えばなんだけどそれ、よく見せてよ」
ベイカーが指さしたのはミザリーが腹巻きのベルトからぶら下げているもの
『ん?これ?』
それは凍て蜘蛛ベイガンとの戦闘で砕けたノルニル
その中から現れた刀身のない剣
握り手に付いた引き金を引くことで
刀身を形成する鱗のような刃が飛び出す
ベイガンが魔器と呼んだ剣
ポイッと軽く投げ渡されたそれを
ベイカーが受け取る
「重さはそんなにないんだね、マリーゴールドより軽いぐらいか」
『刀身出たら割と重いわよ?元の状態より重いかも』
新しいミザリーの武器に
根が男子のルベリオもいそいそと近づいてくる
もちろんアーサーもだ
「重いのにあんなに軽く振り回していたのか?」
驚きの顔でミザリーの腕に目をやるアーサー
「凄いな機械の腕というものは」
根が真っ直ぐだからか、純粋な感心の視線がミザリーに向く
「この蛇の模様を合わせれば刃が飛び出すようになるんですよね?」
『そのはずだけど』
ベイカーが思い切り握り手のズレた模様を正そうと力を込める
だが、ビクともしない
「あれ?…めちゃ硬い、というか動くのかこれ?」
ハァハァと息を切らすベイカーに
アーサーが手を差し出す
「鍛錬が足りないんだろ、貸してみろ」
そこは護警団の自信か
アーサーが自信満々にベイカーから受け取ると
「ふっ!」
とやはり思い切りズレた模様を正そうと力を込める
だが
「…なんだ、君もダメじゃんか」
「な…これ本当に動くのか?」
信じられないと言う表情のアーサー
握り手の模様は元のズレた位置から微動だにしていない
『壊れてやしないはずだけど…』
あまりに微動だにしない様子を見ていて
不安になったのか
ミザリーがアーサーから握り手を受け取る
そして力を入れようとすると
〈ガキンッ〉
心地良い金属音を鳴らし
模様が正しい位置へとズレ動いた
『焦らせないでよ、動くじゃない』
引き金の部分に指をひっかけ、クルクルと回すミザリー
「…なるほど、腕力の有るなしじゃなくてミザにしか使えないんだな。」
グッと引き金を引くと
〈シャララ〉
と刃が鍔から飛び出してくる
剣と呼べるほどまで刃が飛び出した時に引き金を離すとその状態で固定される
〈ブンッ〉
と振るうとその様は正しく剣だった
「なるほど…引き金を引いたまま振るうと鞭のように扱える訳だ」
ベイカーが冷静に分析する
「どういう仕組みなんだ…悪魔の武器なんだろ?使って平気なのか?」
『多分平気よ、元は敵じゃなさそうな蛇がくれたものだし』
話を知っているベイカーやルベリオはともかく、何から何まで知らないアーサー一人は困惑している
そんな中、こそりとルベリオがベイカーに耳打ちする
「アーサーにはミザリーのフェンリルのことは?」
「うーん…そうなるとミザの身体の事も話さなきゃいけなくなるからな。内緒にしとこう、言っても容易く信じれる話じゃないし」
〈ガチッ〉
ミザリーが剣の握り手の模様を元通りズラすと一瞬で現れていた刀身の刃は消えた
『先に進みましょ、日が暮れちゃうわよ』
「あの…ミザリー、その剣の名前は?」
なぜかワクワクしながらルベリオがミザリーの後を追う
『名前?…そうね、もう女神様じゃないし』
「マッドローズだよマッドローズ…タチの悪い薔薇だもんアレ」
『刃が花弁みたいだから?ふーん…』
どこか満更でもなさそうなミザリーの顔を見上げながらルベリオは
「なんかセンスが通じてるとこありますよね、ミザリーとベイカーって」
マリーゴールドとマッドローズ
両手に花と言うには物騒な代物だが
運命の渦中にある狼には、必要なのだろう




