アリシアス・リードウェイ
# another side
深い、深い黒色の世界
微かな光さえ捉えられないその世界の中で
沈むように漂うように
その人物はかつての日々を思い出していた
正確に言えば思い出すという自己的なものではなく自然と浮かんできた
かつての自分
幼いだけの、若さ以外の何も持たなかった自分
そして、その自分に寄り添ってくれた
大切なものになってくれるはずだった人
ルグリッド公国
その王都ソーデラル
堅固な王城とそれを輪のように幾重にも囲む
居住区の片隅で、喧騒から逃れるように一人の少女が佇んでいた
みすぼらしく、薄汚れた服を着た
霞んだ瞳は何を見ようともしていない
ただ、瞳を開いているだけのような少女
なぜ、こうなったのかは知らない
親という存在も友と呼べる人も、気にかけてくれるような存在もなく
数日に一度、炊き出しでの僅かな食べ物でかろうじて命を繋いでいる
それでも、何故繋いでいるのかは
分からず惰性とさえ言えてしまう命
そんな時間を摩耗するだけの日々を終わらせたのは
一人の女性だった
『お嬢ちゃん…綺麗な髪してるわね』
ある日突然、声をかけられた
あまりに不意なことに、そもそも自分に声をかける人などこれまでいなかったがため
最初自分に声をかけたかなんて気づかなかった
それでも周りに誰もいないことから少女は声のした方向へゆっくりと顔を向けた
そこに居たのは金色の髪をした若い女性だった
「…え…」
掠れた声が微かに零れた
いつからか声を発したことも記憶から消えたほど、誰とも接する事のなかった少女
どうやって言葉を出せば良いか
なんと言えば良いか分からず戸惑っていると
それを察したのかその女性は少女に目線を合わすように屈んだ
『お名前は?なんていうの?』
優しい声、整った顔立ちは気品を、だがその開いた瞳ややや上がった口角が無邪気さも感じさせる
何より一挙手一投足の度に揺れる金色の髪が
とても、美しかった
その金色の髪の揺らぎを追うために視線を巡らせた
漠然としたものでなく、何かを見るために視線を動かすということも久しぶりだった
だが、声をかけられていることをハッと思い出すと
オドオドと声を、発しようとした
「ぁ…リ…ダ…」
かろうじて記憶の片隅にある自身の名前を口にしようとしても、上手く言葉に出来ない
『リ?ダ?…うーん?』
女性が首を傾げる
困らせていると思った少女は何とか上手く喋らなければと唾を飲み込んだ、その時
『あっ、リーダ?』
勘づいてくれたその女性が自分の名を呼んでくれたとき
少女は、自分でも気付かぬ内に涙を溢れさせていた
孤独で過ごす日々の中、自身の名を知るものなど居なかった
まして、その名を呼んでくれることなど
嬉しかったのだ
その女性に名を呼ばれた時、少女は自分が生きているということを思い出した
『えっ、えっ…?どうしたの?お腹痛い?』
慌てたその女性が更に近寄り
突然泣き出した自分に
心配から肩に手を乗せ、頭を撫でてくれた
『私はアリシアス・リードウェイ。アリスでいいわ、よろしくね?』
それが、出会いだった
そして、その二人が仲良く過ごし始めるのに時間はかからなかった
女性の優しさに惹かれた少女
少女を気にかける女性
女性は王都で技師として働いていた
その仕事の合間や、休日に少女の元を
リーダの元を訪れ、会話を交わし日々を過ごした
『うーん?また少し背が伸びた?』
隣に座るリーダの頭に手を乗せ、優しく微笑む
「かも知れない、髪も伸びてなんだか邪魔になってきた」
目にかかる前髪を煩わしそうに払いながらリーダは首を振る
華美でこそないが以前のようなみすぼらしさもなく
生気が宿った、といえるほどにその表情も自然な様子となったリーダ
『確かに邪魔そうだけど、綺麗な色だから切るのは勿体ないわねー』
リーダの髪は、銀色だった
理由はやはり分からないが、茶系・赤系・黒系の髪色が多いルクリッド公国内にて異端な髪色であることも、リーダに関わろうとする人がいない要因だったのかも知れない
「そうかなぁ?それなら私もアリスみたいな色が良かったな」
リーダがチラッと視線を向けた先で
やはり金色の髪は美しく揺れていた
『目立つだけで別にいい事ないわよ?っても目立つのは同じね』
とリーダに向き直りながら、アリスは懐から何かを取り出すと
リーダの前髪を軽くまとめ
そしてそれを逆撫でにし前頭部にピンで留めた
『これなら邪魔にならない?』
不意に視界が開けたリーダは
不思議そうに頭の上のピンに触れる
「これなぁに?」
『髪留めよ、私が作ったの。あなたにあげる』
「いいの?!」
思わぬ贈り物に思わず声が跳ね上がる
『もちろん、だから…その綺麗な髪大事にしてね?』
「…うん!アリスが言うならそうする」
自分でも、今笑顔でいると自覚できる
それほどまでに嬉しかった
『それと…もうひとつお願いがあるの、聞いてくれる?』
「うん!いいよ!なぁに?」
ふっと微笑むとアリスはリーダの頭に手を乗せ、言葉を紡いだ
そこで………夢は…途切れた
# another side
「……はっ!」
不意に目が覚めた
気づけば空は黒く、幾千の星が瞬いている
その男は大木にもたれかかったまま
寝ていたのだろうか
辺りを見渡すと、また少し空を仰ぎ
ため息をついた
アーサー・ビークマン
ハイトエイドより、ルベリオ皇太子並びに追従されるとされる金色の髪の女性
それを追う任を任された護警団の若き団長
「…夢か?にしても…身体が重いな」
肩をぐるりと動かし、伸びをする
開いた目は漸く現実を見ようと目前の情報をかき集める
しかし、夜も更けたという以外の情報は
視覚から得られなかった
「はぁ、さっきのは…あの女性か?夢にまで見るとは」
誰にいうでもなく零すと
思い出してたように胸元を探る
取り出したのは、王都をでる際
ハイトエイドから渡された黒色の小さな箱
指先で転がせるほどの小さな箱だが
言い知れぬ存在感がある
「どうなってる…これを受け取った日から度々記憶が…」
この箱を受け取った日から
妙な倦怠感を感じていた
それだけならまだしも、度々記憶が曖昧になってしまう瞬間があり
気づけば夢から覚める
先程のような状況が多くなってきた
挙句、何度も捨てようとした
というよりも捨てた
だが、それでも不思議と
夢から覚めると胸元に舞い戻ってきた
「…とにかく、使命を果たしてハイトエイド卿に返そう。それでいい…はずだ」
おもむろに傍らの荷物から地図を広げる
星空の灯りを頼りに辿ると
「次はこの町か…もう追いついても良さそうなもんだが」
地図を畳み、これ以上寝てもまた妙な夢を見そうだと感じ
再び馬に跨ると、進路を西へと蹄をうち鳴らさせながら進み出した




