Wolf the tale
# misery,s side
〈ガシャァッッ〉
振りきられたミザリーの剣が
ベイガンの氷の牙を
もとい、その形を完成しきるまえに
砕く音が響く
幾つもの節が連なって形を成した剣だが
その手に伝わる感覚は確かな強度をミザリーに感じさせた
素早く、確実なステップで
凍て蜘蛛への距離を縮める
ベイガンもベイガンで負けじと
魔力を溢れさせているのだろう
更に周囲の気温は下がり
激しく動くミザリーの耳にも
〈パキッパチッッ〉
と大気の凍りつく音がありとあらゆる角度から聞こえ
形を成した氷が矢継ぎ早に降り掛かってくる
だが先程までと違い
〈ドッ〉
〈ガシャッッ〉
少しずつ
ミザリーの攻撃がベイガンの脚を捉える音も響き始めていた
「いいぞ!押してるんじゃないか?」
様子を伺うベイカーも
ミザリーの攻勢に気持ちが高まっているようだ
「そう見えますね…でも、なんだか寒さも厳しくなってきてるような」
「…確かに、それだけあの蜘蛛も本気になってきたって事だな」
徐々に下がってくる気温に身をすくめながら
そうこう言っていると
【グァーーーーッ!!全くうっとおしい!!】
〈パキパキパキッッ〉
ベイガンが怒号をあげると同時に
これまでとは比べようもないほど多くの氷塊がミザリーの周囲に形を成し始めた
【頭を庇えば心臓を!心臓を庇えば脚を頂くっ!!貴様から!確実に何かを奪う牙の雨をっっ!!】
「マズいっ!!数が多い…避けきれるか?!」
〈シャッ…ジャッ!!〉
形を成した氷塊の牙が次々にミザリーへと突き立とうと向かう
『…これも尻尾ってこと?』
知っているのか
それとも感じ取ったのか
ミザリーは剣を振りかぶった
同時に、刀身を出すために引いた引き金を
再び引く
すると
振り被られた刀身はその慣性の赴くままに曲がり、そして鞭のようにしなった
〈ヒュンッッ〉
鱗の様な刃はそれぞれ隙間をあけ
その刃の内部を通る鉄の線でそれぞれが繋がっている
つまり、引き金をきっかけに剣の刀身が鞭のように変形した
〈ヒュンッッ…ヒュン……〉
鋭く大気を割く音が
〈ガシャッッ…ガシャッ〉
凍結した氷の牙を次々に砕いていく
その鞭はミザリーの腕の振りに呼応するように縦横無尽に巡り、次々と周りを飛んでくる氷塊を叩き壊す
そして
〈キンッッ〉
再びミザリーが引き金から指を離すと
その鱗の刃は元通り剣の様相へと戻った
『不思議剣ね?なんていうのかしら、こういうの』
自らが振るったのだが
やはり理解ではなく感覚で振るったようで
イマイチ仕組みは理解できていないようだ
「なんていうんですか?ベイカー」
ルベリオも疑問に感じたようでベイカーへと同様に問てみる
「うーん?鞭みたいな剣?聞いたことないけど…剣の形を成すための節々が鉄線で繋がってるからできる形態なのか…」
ベイカーはベイカーで
気になり方が技術者寄りでもやはり疑問符を浮かべていた
しかし疑問はともかく
状況は防戦一方だった先程とはうって変わりいくように見えた
しかし
ミザリーがフェンリル化してから
十数分が過ぎたかどうかという時
〈ガキンッッ!!〉
突然、どこからか小さく、だが確かに金属音が響いてきた
『…ん?』
同時にミザリーの動きが止まり
ミザリーの視線が自らの足首に向かう
『……はしゃぎ過ぎた?』
ミザリーの顔がかすか曇る
「ミザ?…まさか!」
その様子にベイカーの頭に悪い予感が広がる
そして、その予感はそのまさかであった
「どうしたんですか?ミザリー…なにかあったんじゃ?」
ベイカーの突如険しくなった表情に
ルベリオも緊張を感じる
「フェンリルのリミッター解除に…ミザの身体が耐えられなかったんだ…多分脚の部品が損傷してる」
その通りだった
ミザリーの身体へと供給される、その機械の身体を動かす為の電力
その供給量のリミッターが外れれば
ミザリーの身体の駆動力は格段に上がる
だがその駆動力の代償として
部品への負担、摩耗が大きい
ミザリーの身体の大部分は
地上最硬の金属と呼ばれるウルベイル鋼で出来ている為、損傷とは基本的に縁遠い
しかし、全てがウルベイル鋼で賄われている訳では無い
その強度的に弱い箇所が損傷したということだった
『片脚怪我してても時間稼ぎぐらいはできるわ…ラビを連れて行って、ビー』
プラプラと手を振り先を促すが
勿論それを素直に聞き入れる
ベイカーではない、無論ルベリオもそうだ
「まるっきり歩けない訳じゃないですよね?なんとか注意を引いて」
何とかこの場を凌ごうと二人が頭を巡らそうとしたその時
【グァッッグァッッ…なんだ?大人しくなったか?……?……ああ?】
なぜだか不意にベイガンの挙動もつられたようにおかしくなり始めた
スっと身体の力が抜けているかのような脱力感を感じさせ
ふっと地面に視線を落としている
禍々しい光を宿していた複眼も
くすみ始めているように見える
【グァ……なん…だ?……我は……何を……】
『…なに…?こいつ…』
突如の様変わりに訝しげな視線を向けるミザリー
とは言ってもこちらも状況は悪い
気持ちを途切れさせないようにベイガンの挙動に注意を向ける
だが次の瞬間、ミザリーの目に映ったのは
【…我は……〈俺は〉…何をしている?】
妙な発言を零しつつ
微睡んだように、フラフラと
元きた道へと這い始めたベイガンの姿だった
その目には、その意識にはもう
先程まで敵視していたはずのミザリーらは映っていないようですらあった
『…なんなのよ…あの蜘蛛』
ズルズルと重たい四肢を引き摺るように
ベイガンがゆっくりと、ゆっくりと視界から消えていく
どこか釈然としない様子のミザリーだが
図らずも難は逃れたのだ
「ミザッ!大丈夫?!」
気付けばベイカーとルベリオもこちらに駆けてきていた
「あの蜘蛛、急にどうしたんでしょうか?」
「糸が切れたみたいになってたけど…なにかあった?」
フルフルと首を横に振るミザリー
『さっぱり…急に襲いかかってきて、急に帰ってった…でも』
微かな引っ掛かりを感じはした
だがその理由も分からず、又それどころでもない
『まぁ、とりあえず脚直してくれる?さっきのが気が変わって戻ってこない内に』
突如として襲来してきた凍て蜘蛛 ベイガンとの戦闘から数刻後
三人は少しの距離を歩き
今夜の寝床となりうる大木の木陰で
損傷したミザリーの脚を直そうとしていた
ガチリ
右脚の外殻となる装甲を外すと
ケーブルや部品が様式美よろしく並んでいる
やはり何度見ても物珍しいのか
ルベリオは邪魔にならないようにこそしているものの、じっと注視していた
『直る?』
脚を投げ出しているミザリーが破損箇所のチェックをしているベイカーへと声をかける
どこか心配そうなのは
月明かりと焚き火の明かりを頼りに自前の工具を広げているベイカーがどこか渋い顔をしているからだった
「ん、勿論。だけどやっぱりというか、想像以上に消耗が激しいね」
「フェンリル化の影響ですか?」
「うん、しかも前より余程長い時間だったしね」
「それって…まずいんですか?」
「負荷がかかる時間がイコールで長くなるってことだからね」
損傷した部品を取り敢えず外したベイカーがそれをルベリオに手渡す
「ほら、元はほぼ直角のL字の部品なんだよ」
と言ってはいるが
ルベリオの手元にあるのは
「…L字って、なんだかねじれてますよ?」
歪み捻れた10センチ弱の鉄板のような部品
「駆動熱とその負担で捻れたんだよ、それがフェンリル化の解除で自然冷却されその形のままになっちゃったんだ」
「そんなに熱を?」
「あれだけの高速駆動だから無理もないとは思うけどね」
『強い部品に替えれないの?』
「これでも金属の中では硬度が高いほうなんだよ、鉱石とか貴金属とか本格的に取り扱ってる店とかあればまだ探せるけど」
「そういえばちょくちょく覗いたりしてましたよね」
町や村に立ち寄る度、鍛冶屋やそれらしい店を見かけては吟味していたベイカーの姿がルベリオの脳裏に思い出される
「流石にそうそう見つかるもんじゃないよ、王都でもっと探しておけば良かったな」
悔しそうな顔をしながらも
鞄から予備の部品を探し当て、ミザリーの脚の修理を手際よく進めていく
「でも予備の部品があって良かったですよね」
「ほんとに大事な部品はウルベイル鋼で造られてるから、それ以外の損傷しうる金属でできてて且つ駆動に影響する部品の予備を備えてるんだよ。コツコツとね」
ガチッッ
小気味良い金属音を鳴らし
元通りの様相へと戻ったミザリーの脚部
「どう?」
ベイカーの言葉を受け、チェックするように脚を動かすミザリー
問題なく修理できたようだ
『良さそうね、ありがと』
「他には?気になる所ない?」
『身体は他にはなんも…気になんのはあの蜘蛛よ』
「ベイガンでしたっけ?なにが目的なんでしょう?」
「あれだけ暴れて帰ってくときは突然って言うんだから、何がなんだか分かんないよ」
工具を片しながら、ベイカーがさらりと言う
『狼さんに恨みを持つバカ蜘蛛さんでしょ?』
「そういう事なのかも知んないけど、ちょっと謎だよね」
「襲ってきた理由がですか?」
「それもだけど、今回の遭遇がたまたまなのかどうかってことだよ」
『違うの?』
「考えてみなよ?あいつは僕らの後ろから追っかけてくる形で現れたんだ」
『ぁあ、そうだったわね』
「一本道でもない開けた道をたまたま通りすがってミザを見つけて追っかけてきたというかは」
『私目掛けて追ってきた?ってこと?』
「うん、もしかしたら魔力を辿る術とかあるのかも知んないね。ミザが魔力で生きているってことはミザの中に魔力がある。そして恐らくそれは結構大きな力だ、辿るには充分なのかもしれない」
「でもそうだとしたらまた襲ってくるかもですよね?」
「そういうこと」
『そんなに嫌われ者の狼なのかしらね』
スンっと言ってはいるものの別に好かれたい訳でもなさそうなのは
やはり面倒事であるからだろう
「けど…万が一、ミザが目的じゃなくてラビが目的だったとしたら」
『そんなことある?』
「敵の核であるリーダが何処まで掴んでいたかは解らないけど可能性はあるよ。リーダはミザのフェンリル化のことも知ってるし、ミザを探せば側にラビがいるだろうと推測はできるはず…ってもあの激流に飲まれて無事ならばって前提はあるけど」
『リーダ…バーンスタイン…』
口にしたその人物の名に
ミザリーの表情に僅かな影が差す
というか、ほんの少し影が差した
ちらりとミザリーの顔を見やったベイカーは
そう感じた




