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My Nightmare  作者: 燕尾あんす
狼の覚醒
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64/98

Full Awake 【後編~Wake Up~】

#misery,s side



言葉を失った

目の前に起こったことが

目の前に現れたものが


目に映るものが全てだと言われたとしても


それを一息で理解するなど

まだ若い三人には到底不可能なことであった


先程まで眼前に立っていたのは

リーダ・バーンスタイン


銀色の髪を揺らし

鋭い視線でこちらを見ていた


それが今や

その場所に立つのは


歪な黒い騎士

異様に長い剣を模したような両腕は

地に届く異質なシルエットを浮かばせる


【四つ脚】



と呼ばれ、公国を未曾有の恐怖に陥れていたもの


その正体は、他でもなく

公国を未曾有の恐怖から守るべき存在


巡国遊撃隊 隊長 リーダ・バーンスタイン


その人だったのだ



『…っ……』


ミザリーは先程、リーダから告げられた

言葉から受けた悲痛な現実を受け止めきれてさえいない状態である


それに更に拍車をかける

目前の存在に

ただただ呆然とするだけしかできなかった



「そんな…」


ルベリオも


「この人が…四つ脚…?」


ベイカーも


状況を受け入れられない


それでも

唯一理解し得ることといえば


最悪の状況である


のいうこと



ベイカーは

途切れようとする思考に懸命に鞭を打ち

現状を打破するために意識を費やし始める


チラリと視線を向けたミザリーは

膝を着いたままで

まるで身動きする様子がない


その状態が現状なにより危険だとベイカーは感じていた


「なんであんたが…ベリーズや公国の要所を襲うんだ!国王まで!」


咄嗟に言葉を投げた


それは勿論気がかりな事ではある

しかし、その質問の真意は

あくまでも時間を稼ぐため


(ミザを…なんとかしなきゃ…)



接近してきたとはいえ

ベイカーやルベリオからミザリーまでは距離がある


20mもないほどの距離ではあるが

当初の立ち位置から考えるとどうあっても

ミザリーを助けに行くより早く

四つ脚は、リーダはミザリーを狙えるだろう


せめて、ミザリーが動いてさえくれれば

とも思うが

あんな事を言われてはミザリーは動けなくなるとベイカーは良く知っていた


(辛いだろうミザ…苦しいだろ…でも…違うんだ…違うから…)


だが


〈ゴッッ〉



と鈍い音が聞こえたと思うと

四つ脚はミザリーに向かって剣を振りかぶり

顔へと激突させ、吹き飛ばした



〈バシャッ…ドシャ…〉



無防備な状態で剣戟を受けたミザリーは

いくつもの水溜まりを転がりながらベイカーらから更に離れていってしまった



「ミザッッ!!」



ベイカーが近づこうとすると

四つ脚がベイカーに身体を向ける



「こんな化け物にご執心?…変わった趣味ね?」



掠れたリーダの声が

ベイカーの怒りに更に火を注ぐ


恐怖を忘れる

忘れているわけではない、未だに膝は震えを止めやしないし勝ち目なんて万に一つも想像できない


それでも


「ミザを…化け物だなんて言うなっ!僕の大切な幼馴染だ!」



間違いない激昂

その中で大きな気がかりがベイカーの胸の中でざわめいている


先程までもそして今も


打ちのめされ転がされ

地に伏せたミザリーが



動かない



水溜まりの中に身体を沈め

雨に打たれ泥を被っていても


その四肢は微動だにしない


いつもの軽口も聞こえてこない



(マズい…早くミザのとこに行かないと…)



焦りが加速する中ベイカーは懸命に思索を巡らす


そして


〈ザッ〉


と踵を返すと

ルベリオの元へと駆け寄った



「ベイカー!…ミザリーが…動いてない…」


ルベリオも同じ不安を感じていた

その目には涙が薄い膜を張りはじめている


「わかってる!ラビ…頼まれてくれ…僕が四つ脚の、リーダの気を引くから…」


「無茶ですよ!殺されてしまう…!」


ガッとルベリオの肩を掴むとベイカーは真っ直ぐに目を見て、言った



「頼む…ミザを連れて…逃げてくれ…」



ルベリオはベイカーの瞳から

その一瞬で様々なものを感じ取った気がした


決意 勇気 守る意思

そしてベイカーの気持ち


ルベリオはグッと泣き言や弱音を飲み込むと

目元を強く拭った


「…わかりました……今度はちゃんと撒いて追いかけてきてくださいね」


自身も、それを持つべきだと

ルベリオは本能で悟った


決意も勇気も意思も

これから先は勿論、今持つ事が必要だと


男同士でこそ伝わるものも

あったのだと言えるのかも知れない



「当たり前だ!ミザに説教してやんなきゃいけないんだからな」



再び、リーダに身体を向けると

ベイカーは少しずつその距離を詰め始めた



「あら、覚悟を決めた?鉄のお姫様を救いたい王子様?」


悠然と不気味なシルエットを揺らす

リーダが、四つ脚が

それに合わせるように前身してくる


ベイカーにも、ルベリオにも

生涯随一の緊張が秒を増す事に湧き上がってくる



その様子を



ミザリーはただ見ているしかできなかった

泥に塗れた水溜まりの中で、情けなく地に伏せる自身の有様は


その終わりをミザリーに予感させていた


意識は微かにある

掠れて、滲んで、ぼやけて


あと僅か気を抜けば

全てが終わってしまう薄氷の上に


為す術もなく立たされているような感覚


これが「死」かも知れない

どうやって死ぬかも分からなかった二回目の生の終わりは此処かも知れない


悔恨の念が

懺悔の言葉が幾度もそのか細い意識の中を巡る



その時



「ミザーッ!」



不意にベイカーの自身を呼ぶ声が

耳に入った


フッと

微かに視界が鮮明になろうともがく


四つ脚に

リーダにベイカーが向かって来ているのが見えた



(なにやってるの…?逃げて…ビー…逃げて)


言葉は出ない

死を意識してしまったからなのか

この身体も動いてはくれない


雨に打たれ続けることしかできない


もがく意識が別の存在であるかのように

身体は静寂を頑なに保ち続ける


せめて


せめてとミザリーは強く


強く願った


(動いて……届いて…


お願い…ビーを…


ルベリオを…死なせたくないっ!)




ぷつん と糸が切れるように



ミザリーの視界は真っ暗になった




音もなく

不思議なことに身体は軽く感じる

だが自由に動けるわけではない


まるで水中を漂っているような浮遊感


(まだ……まだ諦めたくない…二人を…助けなきゃ…)


残る意識を、意思を懸命に確立させようとするミザリー


死後の世界を彷彿とさせるような黒い世界

それでも、まだ求めた


力を、生を求めた



その時


周りに景色が生まれた

色こそ得ていないが

黒い庭のような風景


全てが真っ黒な花や草、木々に埋め尽くされている



【モトメルカ…?】



不意に声が響いてくる

空から聞こえてくるような

地から聞こえてくるような不思議な声


だが聞き覚えがあった


機械の身体として生を得る時

頭に響いていた声だ


『なに?そんなことより行かなきゃ行けないの!此処から出して』


【力がなくては何もマモレナイ…主が求なるのは生か?力か?】


その問いの意味するところを考える余裕も時間もミザリーにはない


ただ思うがままに

言葉にするしかなかった


『…全部よ…!守りたいものを守れるならなんだって…欲しがってやるわ』



その答えに

その何者かは満足げに言葉を返した



【良いだろう我が眷属よ…同調セヨ!!】




キッと視線を上に向けると


ミザリーの身体に重量が戻った

意識が朧気な風景から

現実のものへと移り変わり始め


雨音が再び、耳に聞こえ始める

そしてかの声も



【奮 い 立 テ !】



〈バシャリ〉


大きく水溜まりを踏む音を立て

ミザリーが両脚に力を込め立ち上がった



「ミザッ!」



それに気づいたベイカーが

安堵の声を上げる



【敵 ヲ 睨 め 】



ギンと翠色の瞳が四つ足に、

リーダに向けられる



「ふん…まだ踊れるみたいね?」



【 牙 を 剥 ケ 】



ルベリオも少し安心したようで

胸を撫で下ろしている



【爪 ヲ 構 え ロ】



グッと関節にまで力を込めるかのように手を広げるミザリー


徐々に

ミザリーを軸に周囲の空気が張り詰めるような感覚が迸っていく



その感覚を最も鋭敏に感じたのは

四つ脚、リーダだった

と同時に一つの疑問を感じた


(この感覚…待て、この女は悪魔の魂を得て生を受けた…そこまではいい。


ならば…ならば…


その悪魔の力はどこに行った?)




【咆 哮 シ…… 】




『ァァァァアーーーーッ!!』



ミザリーが吠えた


豪雨の雨音を引き裂き

ここに存在する自己を証明するかのようであり


悲鳴や慟哭ではなく

ただ何かを呼ぶように


まるで遠吠えのように吠えた



【ソ シ テ 魂 の 導 ク マ マ 二


醒 メ ヨ !!】




〈キィィィーン〉




張り詰めたピアノ線が張力の限界を越え

千切れたような

何かが割れたような高音が辺りに走った



「なに…?」



多少の警戒心を見せながら

リーダがミザリーを見据える


が


ミザリーは糸の切れた人形のように

両腕をだらんと垂らし

立ったままではいるがまたも静止していた



「ミザ…?」



ベイカーも先程からの様子に心配を隠せず

ただただミザリーから目が離せない



「ベイカー!ミザリーは…?」



事態が事態だけに

ルベリオも慌て、ベイカーの元へと駆け寄る



「皇太子…逃げずに私の前に来てくれるなんて」



ちらりと

リーダはミザリーから目を一瞬離し

ルベリオの元へと視線を向けた


それは一瞥でしかない


ほんのわずかな瞬間の


一秒にも満たぬ余所見だった


そのはずだ



しかし

リーダが再びミザリーのいた方向に

視界を移すと


そこには誰もいなかった


ただ、ただ森林に雨が

豪雨が背景を滲ませる程に降り注いでいる



ミザリーは、リーダの目の前から消えていた

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