Full Awake 【中編~Black Out~】
# misery side
「良く、逃げずにきたわね?」
鈴を転がすとでもいうのか
未だに豪雨が降りしきる中でもその声はスッと耳に届く
まるで同じ世界の中からではなく
別の次元から突然耳に入ってきたような異質な響き
『お招きがあればね、こんな雨の中だけど…ダンパか何か?』 ※ダンスパーティ
こちらはこちらでお馴染みの軽口だが
それなりの緊張感は持っているらしい
ノルニルを握る手に力の緩みは見られない
「ああ、そうね。先日よりは良いステップが踏めるようになった?また躓くんじゃない?」
だがそれを逆手に取られ苦い思い出に眉間に皺が寄る
『ムカつくわね、ていうかアンタにはムカつかされっぱなし…』
こんな雨の中ではあるが、濡れるよりも
動きに精細を欠くほうが困るのか
ミザリーは雨合羽を投げ捨てた
「何度でも疑問に思うけど、短気ね?本当にアリスの娘なの?」
『…質問なら、あんたをのした後で答えてあげるわよ』
ふぅと一つ息を吐くと
やはりリーダも倣って雨合羽を脱ぎ捨てた
「だったら、やっぱり私の疑問は疑問のまま終わりそうね」
<バシャッ>
と水溜まりを蹴る音
同時に何かが風を切る音が聞こえ
その音が二つに
<ギィイッンッ>
と剣戟が交わる独特の金属音
弾かれた二振りの剣は
持ち手により再び振るわれるが
ビュンッ
と今度はそれぞれが空を切る
ミザリーのノルニルに比べ
リーダ・バーンスタインの振るう剣は細身である
それでも互角にぶつけ合えるということは
(やっぱり…案外腕力があんのね)
ミザリーが思考にほんの僅か意識を取られた
隙とも言えぬ隙を
リーダは見逃さない
<ガンッ>
と鈍い音が響いたかと思えば
リーダの突き出した右足がミザリーの鳩尾に刺さる
『ぐっ…』
痛覚が存在しないミザリーにとっては取るに足らぬものだが
それでもこうまで容易く打撃を入れられる
それがミザリーには不穏な兆候として感じとれた
というよりも
『単純にっ!ムカつくっての』
一歩二歩と跳び退くと同時に懐からマリーゴールドを
引き抜き、発射する
<ドォン>
雨音に紛れそうな発砲音
しかし、直接リーダを狙っているわけではない
リーダの足元に着弾した弾丸は
小規模の爆発を起こした
いかに百戦錬磨の兵士といえど
小規模といえど足元で爆発が起これば怯みを見せる
そこに付け入る隙を見いだせる
と思っていたが
<ジャッ>
意に介さずリーダは踏み込んできた
そして
起こるであろう隙を当てにしていたミザリーにとってはその踏み込みが
逆にミザリーの意識の虚を突く形になってしまう
『なっ…』
<ビュンッ>
ミザリーに隙が生じるのと
リーダの剣が振るわれるのは同時だった
<ガンッッ>
突き出していた腕からマリーゴールドが弾き飛ばされる
<ヒュッ>
さらなる剣戟をかろうじて躱すと
一呼吸置くためにバックステップを踏む
やはり、前回の交戦のときも感じていたものが
確実なものとなりミザリーの脳裏に浮かぶ
『やっぱり…この女』
あえて言葉にしなかったその続き
それは
この人物には
リーダ・バーンスタインには躊躇いが
人に刃を振るうのに躊躇いがないということだった
そしてそれが
この二人の実力を分かつ決定的な差になっている
そう感じた
これまでに無数の悪魔と対峙し戦ってきたミザリーだが
それは絶対的に人に害なす悪魔に対してだからこそ力を振るえた
悪人に対してもそれは同じではあるが
人間相手であればどうあっても手心が、手加減が本能で加えられていた
それが、リーダには感じられない
ほんのわずか
ほんのわずかにミザリーの心に芽生えた感情
それを認めれば、自身はダメかもしれない
(今は!倒すしかない)
自身に拍車をかけるように気持ちに火をつけようとする
だが
見切られたノルニルの一閃は空を切ることに
または時折リーダの長剣とぶつかり火花を散らすことに従事してしまっていた
挙句
<ガン…ギィンッ>
と隙間を縫うように響くのは
リーダの剣戟や打撃がミザリーの身体に激突する音
完全にペースを握られ、動きを読まれ
踊らされている
「そうだ…皇太子は…どこにいるの?」
不意に静かに問いかけてくるリーダ
その様子に呼吸に乱れや焦りは感じられない
余裕のある佇まいであった
『皇太子?…さぁ、今頃夢の中じゃない?』
「知ってるのね…あなたを転がして暇潰してれば会えるかしら?」
<ヒュンヒュン>
と器用に剣を回す
『暇潰す方法としては最悪の趣味ね…私もやってみようかしら?雨が止むまでの暇潰しに…』
<ガンッッッ>
これまでより一際大きい衝突音が響く
<バシャッッ>
水溜まりの中を勢いよく転がされたのは
やはり、ミザリー
動きが違う、予測が出来ない、こちらを見透かしている
そんな不安ばかりに意識を取られすぎた
徐々にその意識は蝕まれ、ミザリーには自身でも気づかぬほど
多くの隙を生み出し続けていた
その蝕むモノの正体
ミザリーのその感情
恐怖
だった
雨水だけでなくとうとう水溜まりの泥水にさえ濡らされ
その恐怖に少しずつ、少しずつ
悪い予感に、気配に足を取られ始めている
認めたくなくても気づいてしまう
自身に降りかかる姿なき恐怖
「…よくもまぁここまで耐えるわねと、言いたいところだけど。あなた」
じっとこちらを見据え目も逸らさず
リーダは淡々と言葉を並べる
「その身体は…なに?」
不意な問いにミザリーは思わず顔を上げた
「気づかないって思った?王都で遊んだ時から感じてたけどその身体、義腕や義足ってわけじゃないでしょう?」
これまでに散々、剣戟をぶつけてきたのは
それを確認していたのか
確信めいた発言に言葉を返すことができない
普段なら軽口ではぐらかす様なところだが
なぜか言葉が出てこない
「それにあなた…三年前に死んだはずだと思ったけど、なにか関係があるの?」
『…なによそれ?なんであんたがそんなことを…』
今までの緊張感とは違うなにかがミザリーの頭を埋め尽くそうとし始める
「…なにもわからないのね?」
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そんな交戦の中
少し時を遡る
# baker`s side
ベイカーとルべリオは、二人キャンプツリーの小屋の中
もどかしそうに待機していた
「こんな雨の中、見回りなんていいのに…ねぇ?」
ベイカーが何の気なしに
ルべリオに言葉を投げかける
「まぁまぁ、ミザリーは警戒してくれてるんですよ。僕らじゃ悪魔を見つけても対処できませんし」
まさしくの正論ではある
「そうなんだけどなんか、引っかかるなぁ」
とベイカーが小屋の中を
見回そうと視線を巡らそうとする
<ドォン>
と雨音を割いて聞きなれた発砲音が二人に届く
「ベイカー、これって…」
「マリーゴールド?敵なのか?」
不意に聞こえたマリーゴールドの銃声に
バッと勢いよく立ち上がると
「ラビはここで待ってて!」
と言い放つと小屋を飛び出した
見回りぐらいなら悪魔もタイミングよく来ないだろう
とタカを括っていただけに
マリーゴールドを使う事態になることは
ベイカーにとっても予想外の出来事だった
梯子を早足で降りると
方向に目安をつけようと辺りを見回す
すると
「…って、ラビ!?」
さらに予想だにしなかったのはベイカーの言葉を受け取ったはずの
ルべリオもベイカーの後を追って飛び出していたことであった
「小屋で待っててって言ったじゃんか!」
「僕を護衛するのがベイカーの役目でしょう?だったら僕もついていかなきゃ!」
なんの迷いもなくそういうルべリオに
ベイカーは根っからの頑固さを感じ、観念して連れていくことにした
「反響の仕方からいって、あっちの方角だ!走るよ!ラビッ」
二人は雨の中、目星をつけた方向へと走り出した
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# misery side
『どういうことよ、あんた…何を知ってるの?』
散々水溜まりを転がされ
その衣服は泥水にまみれ顔も髪も汚れてしまってはいるが
その目は未だ翠色の光をたたえている
リーダ・バーンスタインを睨むその目にはまだ、力がある
「先にあなたが質問に答えなさい?その身体はなに?」
冷ややかにこちらを見るその視線は
間違いなく何かを知っている
自身の知らない何かを
そう感じ取ったミザリーは
リーダの問いに、乱暴に投げつけるように答えを返した
『三年前死んだわよ、母さんを庇って…間違いなくね…』
ほんの僅か
リーダが目を開いたような気がした
「それで?今のあなたは?なんなの?」
さらなる問いが投げられる
知っていることと知らないこと
それがこの数刻の中で紐解かれるのか
『さぁね…機械の身体に、犠牲で得た悪魔の魂があつらえられた化け物じゃない?』
「悪魔の魂?…待ちなさい…犠牲?」
『…そうよ…』
言葉を続けられなかった
思い出すたびに心が痛む感覚
救いたかった母の命を
自身の生の為に犠牲にした
母が望めど、自身にとって望まざる命がただただ苦しかった
「そう…合点がいったわ、どうりであなたを見るとざわつく訳ね」
気付けば俯いていたリーダはゆっくりと
その顔を豪雨の中あげた
『…今度はあんたの番よ!何を、知ってるの!』
苛立ちが、隠せない
なぜ素直に問いに答えてしまったのかという疑問が
怒気と絡まり声を荒げてしまう
だが
それに相反するように
リーダは冷たく静かな声でしゃべり始めた
「私が知っていることはあなたの知らない全てよ、あなたが繊細ならば壊れてしまうかもしれない全て…それでも聞きたい?」
その不思議な声色に
不穏な予感がせり上げてくる
それでも、真実に近づかなければミザリーは進めない
聞くしか、ないのだ
そんな緊張感が二人を包む中
ベイカーとルべリオが二人を見つけ
近づいてきていた
「嘘だろ…リーダ・バーンスタイン!?なんであの人が…」
思わずルべリオを促し近くの茂みに身を隠す
豪雨のおかげで視界も悪く
リーダもミザリーも
ベイカーとルべリオには気付いていないようだ
「まさか本当に刺客が、それもリーダ・バーンスタインがくるなんて…」
予期せぬ、また突然の強襲に
ルべリオも驚きと不安が隠せない
ここまで
兵士などに気取られることもないまま来れていたがために
その驚きは至極当然のものであった
恐怖はあれど二人が会話していることを察し
二人もなんとか会話が聞こえるぐらいの距離までの接近に成功した
『…もったいぶらずに全部教えてもらうわよ…』
ミザリーに催促させるまでもないと
リーダは変わらないトーンで言葉を再び紡ぎ始めた
「お望み通り、分かりやすく教えてあげる…」
彼女の
リーダ・バーンスタインの言葉に三人が
耳を傾け次の句を待つ
「アリスが死んだのはあなたのせいよ」
『…そんなの分かってるわよ!』
責め苦のつもりなのかと
声を荒げるミザリー
だが
「ああ、そういうことじゃないわ。そもそもの話よ」
どういうことなのか
リーダの発言を三人は未だに理解から遠い所に感じた
『そもそも?…どういう…』
ミザリーの疑問を断ち切るように
リーダの言葉が三人の耳に届いた
「三年前のハンドベルの悲劇、あれはあなたを狙って行われたものよ」
<ザァ…ザァ>
雨音は絶えない
それでも、それでも沈黙に近い何かがその近辺を覆った気配があった
ミザリーも、ベイカーも
目を見開き押し黙っていた
先ほど耳に入った言葉を反芻する
そしてその言葉の為す意味を押し付けられる
『…どういう…こと?』
声に力がない
あわや雨音にかき消されそうなその声
「言葉通りの意味よ、あの悪魔の襲撃は無差別に行われたものじゃない。
あなたを、ミザリー・リードウェイを殺すために仕向けられたもの」
説明されても
理解ができない、違う、理解したくない
「つまり、アリスもあの村の人たちも、あなたのせいで死んだのよ」
言葉の冷たさが芯に届く
雨よりも冷たいその感覚が意識を凍らせようと迫ってくる
ミザリーは視界がぼやけていくのを感じた
<バシャッッ>
そして膝から崩れ落ちた
『(みんなが傷ついて、死んだのは…母さんが死んだのは…私のせい…)』
頭が回らない、回らないのにマイナスな思想は脳を埋め尽くす
「っふざけたこというなっ!!」
その沈黙の中、怒号を上げたのは
茂みに隠れていたベイカーだった
こらえきれずに飛び出すとリーダを睨みつける
「なんで!ミザのせいになるんだ!ミザはなにもしてないだろ!!」
感情が声に乗る
出せる限りの声が感情を憤りを表す
『…ビー……ぁ…』
力なく、力なくベイカーに視線を向けたミザリーは
次ぐ声を飲み込んだ
脳裏に浮かんでしまったのだ
三年前のハンドベルの悲劇で、やはり命を落としてしまった
ベイカーの祖母を
『…ごめんなさい…おばあちゃん…ビー…』
その目がくすんでいる
声もかすみ普段のミザリーからはかけ離れた状態
ミザリーが何を思ったのか察してしまったベイカーも
涙ぐみそうになる
だがそうじゃない
「ミザのせいなわけないだろ!僕はそんなこと思ってない、ばあちゃんだってそうだ!」
怒りで頭が回らない
だがそれでも感情を吐き出さずには居られない
「事実よ、ミザリー・リードウェイが居なければあなたの祖母も死なずにあの村も平穏を乱さずにいれた」
「なんでそんなことになるんだ!なんでミザが狙われなきゃいけないんだ!」
ベイカーの怒号は止みそうにない
そう感じたのか
リーダ・バーンスタインは一つ息をつくと
「面倒ね…じゃぁ、あと一つだけ教えてあげるわ」
<ジャッ>
リーダは手で玩んでいた長剣を地面に突き立てた
そして
ミザリーを自身の視界の正面に捉えると
「あなたたちもアリスの、あの村の人達の後を追えるわ…いいえ、追わせてあげる…」
<ゾゾッ>
不思議な感覚が三人の身を這う
得体の知れない何かが形を成していくような感覚
ほんの瞬きもしなかった
三人はわずかな瞬きもしてはいなかった
だが
間違いなく
リーダの立っていた場所にリーダは立っていなかった
そこに立っていたのは
噂に聞いたあの姿
歪な姿の黒い騎士
剣のように変形した両腕が地に付きそうなほどの異質なシルエット
<ギチ…>
「あなたたちの全ての答えは死で帰結する…」
霞んではいるが間違いなく
先ほどまで聞いたリーダの声
思いがけず三人の前に
立っていたのは
四つ脚
だった




