Full Awake 【前編~Eve~】
# misery`s side
ベリーズでの一件から早くも四日間経とうとするころ
空模様から見て心配されていた雨は
心配通りに降り出していた
むしろ想定よりも遥かに強くなる雨脚に
三人の足取りも想定したようには進むことができていなかった
「ちょっと雨が強すぎますね…」
木陰でささやかながら雨を凌ぐ最中
じれったそうにルべリオが零す
「もう四日もこんな感じだし、なんならどんどん強くなってる気もするよね」
雨に濡れた衣服に微々たる不快感を感じながらベイカーも
進捗の浅さに焦りを感じ始めているようだ
『最悪ね…私の身体大丈夫なのかしら?』
疑問のようにベイカーに問うミザリーは
以外にも機械の身体となって生を受けて以来初の豪雨に
別のベクトルの心配に襲われていた
「正直、心配ではあるんだよね。普通の雨ぐらいだと造形的に内部が侵食されたりはないと思うんだけど
これだけ降られるとね」
「ミザリーの身体って錆びたりしないんですか?」
「ウルベイル鋼は錆びたりしないんだよ、でもミザの身体はウルベイル鋼だけで全部賄われているわけじゃないんだ」
『動けなくなったりすんの?』
「急にそこまでにはなんないと思うけど…」
とそこまで言ったときに不意に語尾が途切れた
先日、公国の王都にて突如ミザリーの身体が停止してしまったことを思い出した
悪魔の魂 機械の身体
不確実なものだけが今のミザリーを生かしている全てなのだと
改めて感じるとベイカーは怖くなった 恐れてしまった
『なによ?マジで壊れんの?』
「いやっ!そんなことないよ、ただ内部の部品とかには錆びたりするものも使われてたりするから気を付けなきゃいけないってのは確かさ」
ふーんとなに食わぬ顔をしているが
内心ベイカーの様子も気にかかるのだろう
何かしらがひっかるような空気を感じた
「それなら全部ウルベイル鋼ですか?それにすればいいんじゃないんですか?」
ルべリオの素朴な疑問は全くその通りではある
しかし実際そうはいかず
「それが…ウルベイル鋼は貴重な金属でさ。他の金属とかと比べて手に入りづらいってのがあって」
とぼやかすが
『問題はそんなとこじゃないんでしょ?』
「え?」
『加工の方法がわかんないらしいわよ』
ミザリーの発言にルべリオが戸惑う
「でも、ミザリーの身体はそのウルベイル鋼でできているんですよね?」
バツが悪そうにそれについて
ベイカーが口を開く
「アリス先生、ミザのお母さんがミザの身体を作ったんだけど…その方法についての記述や伝聞がまったく残されてないんだ。加工するための
特別な手法があるのか、外的要因を加える必要があるのか」
と毎度、自分の技術不足を痛感するとへこむベイカー
例によって雨が降り続く空を見つめなんだかアンニュイしている
なんと声をかければいいのかとルべリオが迷っていると
『ほっといていいわよ、しばらくすれば治るから』
幼馴染の経験則でそうだと知っているミザリーは
またかと呆れている
『ビー、行くわよ。日が暮れる前にもうちょっと進みましょ』
「っと、はいよ。それもそうだね」
声をかけられると案外すんなりと荷物を担ぎなおし、再び進路に向かい身体を向ける
ルべリオも後を追い始めるが、雨粒は少しずつ大きくなっていく
この雨がなにかの前触れだとしたら、いったいどれほどの事が起こるのかと
顔を打ち付け続ける雨に、顔をしかめながら足を動かし始めた
そして数時間後
結局雨脚は止まず、衰えず
三人を濡らし続けている
会話もなくかいがいしく足を動かしてはいるが
ぬかるみに足をとられ、氾濫する川を迂回するはめになったりで
積もった疲労に値するほどの距離は稼げてはいなかった
会話もなく、とは言っても
三人の中が険悪というわけでもなく会話しようにも
雨音が大きく歩きながらの会話が難しいからである
日が暮れ始め
雨雲が分厚く広がっていることもあり
三人が進む森林帯は夜の暗さを広げ始めていた
「もう暗くなってきたけど…どうしよっか?!」
先頭に立つベイカーが振り返って二人に問いを投げかける
『どっかで野宿?できる場所探せないと、この雨じゃ木陰で凌ぐのは厳しいでしょ』
ミザリーの言う通り
雨は視界を遮り、地面には水たまりと呼ぶには広すぎる
ぬかるみを広げ続ける
野宿するにしてもそれなりの環境でないと休息をとるなど
夢のまた夢である
「そうなんだけど…」
とベイカーも困り顔を浮かべる
すると
「あれ…向こうの、木の上…」
とルべリオがある方向に指を指す
二人がその方向に目をやると
そこには巨大な木の茂みの中に、小屋のようなものが設けられている
つまりキャンプツリーがあったのだ
「お!助かった、先客がいなきゃいいけど」
安堵の息を吐くと三人はキャンプツリー目掛けて小走りし始めた
近づいてみると
仰ぐほどの大木、見上げた茂みの中には比較的新しそうな小屋が静かにそびえていた
『どうやって登んの?』
「んー…、あ、あっち側に梯子かかってるよ」
逆側にかかってる梯子を見つけると、ベイカーが先んじてキャンプツリーへと登り始めた
次いでルべリオ、ミザリーも登り
三人揃ってキャンプツリーの中へと
そっと扉を開けた
中は真っ暗で、人の気配はない
どうやら、こんな雨の中旅をする人間などいないということらしい
『いいじゃない、風も吹きこんでないし雨漏りとかもしてないみたいね』
外からの光で内見してみたあたり、多少の湿気はさすがにあれど
雨風を凌げるといった点では問題なく優秀な小屋と言えた
「あー、良かったー。もう服が濡れて気持ち悪くて」
雨合羽があっても、豪雨の前では成す術もない
三人が脱いで置いた雨合羽からは多量の雨粒が流れ落ちた
「あ、ミザ着替えるなら外出とくよ?」
とベイカーが珍しくデリカシーを含む発言をする
『ああ、別にいいわよ、上着に少し染みただけだし。拭くもん頂戴?』
「こっちにありますよ、どうぞ」
とルべリオが綺麗な布を手渡す
荷物の中はある程度の養生がされていたので
中身が雨に蝕まれているということはなかったようだ
『ありがと、あんたらは着替えたら?風邪ひくわよ』
「僕も上着が濡れたくらいだから、あとはブーツの中に水が入って気持ち悪いぐらいか」
「ほんとですね…この雨だと乾くのも期待できなさそうですし」
と揃ってブーツを脱ぎ捨てたとき
ミザリーが小屋の中央に囲炉裏を見つけた
『ビー、火をつけられる?』
「お、いいもんが備え付けられてるね。待ってな」
といそいそと工具箱を漁ると火打石のようなものを取り出し、火種を集め
<ガチガチッ>
なんどか打ち付けあうと程なく
火種に火をぼんやりと灯した
「隅っこに薪がありましたよ」
ありがたく多少の備蓄があるようで
囲炉裏に安定した火を用意するのにも時間はかからなかった
「助かりましたね、今日は土砂降りの中野宿だと覚悟してましたよ」
「ほんとだよ、昨日だって洞穴でなんとか凌げたぐらいだし」
火に当たりながら、またその囲炉裏の火で干し肉とパンを焼き
食事しながらルべリオとベイカーは暖をとっていた
機械の身体であるミザリーは一歩引いたところで花香パイプをくゆらしている
ピクリ
とミザリーの三つ編みがかすかに揺れた
『……』
一瞬ミザリーのみが感じた何か、
思いがけず屋根のある場所で食事が出来、ご満悦なベイカーもルべリオも
それに気づくことはなかった
普段であればミザリーの様子の変化に目ざといベイカーが
気付かなかったのは
木々の茂みの中とは言え
雨粒は絶え間なく小屋の屋根へと降り注ぎ
小屋の中にいても静寂とは程遠い様相であったことも原因の
一つだろう
そしてそのまま、三人は安息の時間へと踏み入った
五時間、六時間と時間は進み
いまだ早い時間帯ではあるがベイカーとルべリオは疲労からか
すでにうつらうつらとし始めていた
そんな時
『さて、ちょっと辺り見回してくるわ』
とミザリーが不意に立ち上がった
「えっ、こんな雨の中?」
ふっとベイカーも睡魔に俯かされていた顔を上げる
『ぷらっとね、安心して眠りたいでしょ?』
「一緒に行くよ」
ベイカーも重い腰を上げようとするが
ミザリーが制する
『アンタはラビの護衛よ、しっかり守ってなさい』
「つっても、ミザ一人で行かせるのもな」
と珍しく男意気を見せようとする
『すぐ戻るから、アンタらはその軟弱な足腰休めてなさいっ』
ぶっきらぼうに言い放つとミザリーは上着と雨合羽を羽織り足早に
小屋を出て行った
「な、なんか不機嫌だなぁ?」
そんな言葉を背に感じながら
ミザリーは梯子を降り始めた
その背にはノルニルが担がれ
その目には何かを秘めた決意が宿っているように見える
<バシャリッ>
広く深い水たまりを
踏みしめ梯子を降り終えると
迷わず、一直線に
一方向へと歩を進めていく
顔に打ち付けられる雨も
向かい風気味な冷たい風もその足を止めるに至らない
水滴を蹴り風を割き
しばしの時間を歩くことに費やした
やがてわずか拓けた場所に辿り着くと
大木に寄りかかり、あとほんの少し夜が更ければ闇に溶け込んでいきそうに
こちらを見つめる視線があった
同様に雨合羽を目深に被り
傍には革の袋に包まれた細長い何か
スッとそれを手に取ると
その人物はミザリーに向かい歩み始めた
そしてその間隔が五メートルほどになったとき
二人の足は止まった
僅かな沈黙の後
ミザリーは被っていた雨合羽のフードを外した
『まさか本当にいるなんて、女の勘も馬鹿にできないわね』
言葉を投げ捨てると
その人物も倣ってフードを外した
ふわりと長い髪を揺らしながら
長い銀色の髪を揺らしながら
「私の気配に気づいて一人で来るなんて、上出来ね?」
その人物は
リーダ・バーンスタインは
言葉を返した




