翳り
ルベリオ皇太子が
父との別離を余儀なくされた
その数刻前
# baker side
「ぶわぁっ!」
とほぼ躓き転けながら家屋の傍らに身を隠すベイカー
こちらもこちらで
ミザリー同様、住民の避難を手助けしながら駆けずり回っていた
体力はもう尽きかけ
一歩歩くのも精一杯なのだがそのくせ足の震えは止まりそうもない
「はぁ…震えるくらいならもっと動いてくれよ」
自らの腿を叩きながらベイカーが愚痴る
あれから、何人かの人に助力し
また自らも悪魔を避けながら走り回っているのだから無理もないことだが
それでもやはり無力感というものは
感じてしまう
「おっと…」
そういえばと思い出し
ベイカーは空に向かって顔をあげると
〈ピィーーィィー〉
と口笛を吹いた
掠れに掠れて聞き取りづらいやもしれないと思ったがそれもそのはずだった
「あ、ダメだ…喉が乾いて」
そういえばと言えばそういえば
あれから食事はおろか一杯の水すら飲んでいない
「えーと…」
辺りを見回しても井戸なんてものはない
ふと自分が寄りかかっている家屋
その扉がすぐ近くにあることに気づいた
開いているが物音などは聞こえてこない
といっても周りはまだ騒がしいため
かき消されていだけかも知れないが
そっと近づき扉の中から室内を覗くと
やはり中に人はいないようだ
避難しているのかもしれない
そしてその室内のテーブルの上に
水が入った硝子の瓶を見つけた
はっとし
「すみません…失礼します…」
こそりこそりと
やはり後ろめたさがあるのか忍び足でテーブルに近づくと
硝子の瓶の横に置かれた伏せたコップを手に取り、水を注いだ
そして、飲んだ
「はぁ…生き返ったってこんな気分なのか」
久々の水に、思いのほか感動を覚えたベイカー
とはいえ勝手に飲むのはやはり良心の呵責がある
ごそりと抱えた鞄から
小さな皮の袋、ベイカーの財布を取り出すと
テーブルに銀貨を一枚置いた
代金として気づいてくれればいいけど
と思いながら
もう一杯だけ頂こうとと
再び水をコップに注ぎ、一気に飲んだ
「ふぅ…ありがとうございました!」
とコップを持っていた布で拭うとテーブルに
トンと戻した
『なーにがありがとうございましたよ』
「うわぁぁぁ!」
突如背後から声をかけられ
耳に馴染んだ声だというのに酷く驚くベイカー
「み、ミザッ!なんでここに!」
『合流しようと思って口笛頼りに探してたのよ、まさかこそ泥してるなんて思わなかったけど』
口の端をふっとあげてベイカーにイタズラじみた視線をやる
「人聞き悪いなぁ…悪いとは思うけど緊急事態だから仕方ないだろ、水代置いていくから許して貰いたいよ」
バツが悪そうに頭を掻く
『水代って…随分払いがいいわね、コップ一杯の水に銀貨?』
単純に考えればミザリーの言うように
水代として銀貨を置くということは
気前がいい所の話ではない
がそれもベイカーなりの勝手に水を貰うということへの罪悪感の表れなのだろう
「正確には二杯貰った…てそんなことはさておきそっちはどんな状況だった?」
『第三区のほうはあらかた落ち着きはじめてるけど、第四区の方は分からない。ビーの方は?』
「第二区はまだ悪魔の数が目立つけど、住民は大体避難できてるみたいだよ。王城からの応援が来始めたみたいで、悪魔の数も少しずつ減らして行けそうだと思う」
『そう、ビー。私が今成すことは?』
「え?」
唐突な質問に思わず戸惑う
「成すこと?」
『ええ、私だから…機械の身体の私だからこそ出来ることがあるはず、それが誰かを救うことになるなら…慰め程度の生きる理由にはなるでしょ?』
「ミザ…」
望まざる命に意味を、理由を見失い、求めた
そのミザリーがほんの僅か、前を向いている気がした
「そっか…よし!じゃぁ、周りの…まずは目の前の人を助けていこう」
とベイカーが家屋のドアを外に向け開けた
その時
「四つ脚だっ!」
耳に入ってきたのは
あの悪魔の名前だった
ハッとするミザリーとベイカーのその視界の
隅
家屋の屋根を蹴り、疾走する
黒い影のような悪魔
それは紛れもなく
『四つ脚っ…』
予期せぬ発見に
目が釣り上がる
だがひとまずは
追わねばと二人はその姿を目で追いかけつつ
走り始める
「なんでこんな時に!…いや、まさか…」
ベイカーの語尾が掠む
『まさかなによ?』
「こんなとき、だからか?」
『はっ?!』
振り向くとベイカーが険しい顔をしている
難しい話、ひいてはややこしい考え事が苦手なミザリーと違いベイカーは頭が切れる
ミザリーでは計り知れない部分をすでに見てとっているのか
「あいつは意思がある、それに神出鬼没な存在でありながらも未だ王都に留まってて…この渦中のタイミングで姿を表した」
『そう過程して…今あいつが起こし得る最悪の事態はなに?』
「…王城への侵攻だ」
『なるほど…最悪ね』
思わず足に力が入る
「ミザ!さっきはああいったけど!」
『分かってる!あいつを止めろってんでしょ!』
「とは言っても勝てるかどうかはわかんないよ」
先日の敗北が二人の脳裏に意図せず揃って浮かぶ
『はっ…だから何よ?』
「な、何って…」
『勝てる勝負しかしないなんて!そんなダサい生き方する趣味はないわ!』
「ミザらしいけど…まぁそうだね!第一目標はアイツに被害を出させないように足止めだ、食い止めさえすれば兵士の応援が見込める」
『ひとまずは…追いつかないと』
ふいに焦りが見え始める
道を駆けるミザリーとベイカーとは違い
四つ脚は民家の屋根の上を巨体らしからぬ速度で移動している
だんだんとその距離は離され始めていた
なにか、手はないかと視線を巡らすベイカーの目に
向かいから駆けてくる一頭の馬が目に入った
恐らくは馬車の先導などに使役されている馬だろう
身体付きは筋骨隆々の、その部類にしても逞しいものだった
悪魔の襲撃から辛くも無事に逃げ続けているようだ
「ミザ!あの馬、止めれるか!?」
『ん?…まぁ、動物には割と好かれるほうよ』
ミザリーも同様に馬の存在に気づくと走る速度を落とし、
手を広げ馬を迎える体勢をとった
興奮状態がゆえに猛然と駆けてくると思われた馬だが
ミザリーを目視すると、不思議とその速度を緩めた
そして警戒するかのように値踏みするかのようにミザリーの周りを歩き始める
その様子をベイカーは少し離れ、心配そうに見守る
周りを旋回する幅が狭まり
とうとうミザリーの手が馬の首に触れた
どうやら、敵性なしと判断してくれたらしく
その筋骨逞しい馬はミザリーの傍らに立ち止まった
『オーライ、いい子ね…少し力を貸してくれる?』
首を撫でながら優しく声をかけると
言葉が通じるのか、一つ大きく嘶いた
「まじか…やるもんだなぁ」
と感心しながらベイカーも馬へと近づく
『ビー、あんた馬に乗れるの?』
「そりゃぁ乗るくらいできるさ」
『じゃぁ前に乗って手綱お願い、私うしろで援護するから』
そういうと懐から取り出したマリーゴールドに弾丸を込め始める
その動作も
先程までの乱戦の賜物だろうか
慣れた手つきになっている
「はいはい、じゃぁ…失礼します」
筋骨隆々な馬ということもあってか
つい敬語を使いながら、足置きの金具に足をひっかけ騎乗する
巨体ということもあってか
ベイカーが乗ったところで微動だにしない
続いてミザリーも乗ろうとするが
少しの躊躇いが見える
『少し重いけど、お願いね…』
自身の体重と担いだノルニルの重さを申し訳なさそうに話しかける
だがやはり言葉が通じてるのか
馬は力強く地面を蹴り鳴らした
『…よし、行きましょ』
次いでミザリーがベイカーの後ろへと乗り込む
恐る恐る手綱を引き、進行を促すベイカー
だが流石の体躯と言ったところか、二人が乗った馬のその足取りはいまだ軽やかさを感じさせた
「行けそうだ、頼むぞ!」
その言葉を合図とするかのように
二人を乗せた馬は地面を蹴り、風を切り
王城へと向かって
勢いよく走り出した
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# another side
その青年は困惑の渦中にあった
いや正確に言えば困惑と混迷の渦中に
青年とは
ここルグリッド公国、王都の守護を生業とする精鋭兵隊組織 護警団の一員
アーサー・ビークマン
護警団として、若くしてその腕を買われ
今まで王都にて数多もの悪魔を倒してきた
これまでも悪魔の襲撃には進んで先陣を切り
どれだけの人命を救ってきたかも計り知れぬ
誰にも若輩などと呼ばせぬ程の剣技と胆力が
備わっていると自負している彼だが
それでもこれほどまでの悪魔の大軍を目にしたのは
初めてのことだった
騒動が起こり始めた際
王城の警護に当たっていたアーサーは緊急事態との連絡を受け
並びに第四区への出動を要請され、又それに応じた
そして辿り着いた先に見た景色が
大量の悪魔が人々を阿鼻叫喚の地獄へと叩き落とそうとする惨状だった
引き連れた他の護警団兵士たちと
分担・協力し、この事態への対応を始めた彼だったが
「くそ!きりがないっ、なんなんだ…」
そう言いながらも剣を振るう
首と胴を別れさせられた悪魔の断末魔を
もう何度聞いただろう
幾度となく振るい続けた剣は
欠け始め
彼自身もすでに無数の傷を負っている
そして何よりも
「精神にくる…いったいいつまで剣を振るえば」
思わず弱気にもなるが
だからといって逃げ出す訳にもいかない
幸いにも周りの住民は
傷を負いながらでも逃げ延び、避難を完了していた
後は、この悪魔達を倒せば元の王都の姿へとたち戻れる
元の王都の平和な姿を思い描くことが
アーサーの動力となっていた
とは言え、疲弊が積もり積もってしまっているため
彼は束の間の休息を
傍らの物陰に身を潜め
僅かな時間、息を整えることにした
壁に身体を預け
大きく深呼吸する
ベルトに結んだ小さな鞄から、小型の水筒を取り出すとその中を満たしていた水を一気に喉へと送り込んだ
たったこれだけの水が
彼の濁り始めた意識を清廉化させる
その冷たさが、アーサーの脳に
冷静になれと促しているように感じた
「落ち着け…確実に対処していけば、奴らは倒せる。皆も避難できているんだ…」
唱えるように
自分に言い聞かせるように言葉を零す
「応援だって、護警団や遊撃隊が…」
そこまで口に出した時
頭の中が、脳が妙な違和感に気づく
「遊撃隊…」
そう言えば、不思議なことではあった
本来、王都の守護並びに王城の守護は
公国の兵隊組織の一角【護警団】が担当している
そして、王都外への領土に位置する町村などへ出向し悪魔による被害を対処する【遊撃隊】
これら二つの組織が、それらに属さぬ多くの兵士を下部分隊として臨機応変に割り振ることによって成り立っている
「なぜ本来王城の守護を任されている護警団に第四区への出撃が指示されたのだ?」
王都内の惨事とはいえ、これだけの規模の襲撃ならばまずは王城の、王の警護を第一とすべき事態である。
今現在、護警団はもちろんのこと
王都内には遊撃隊の面々も在住している
つまり
王城の守護はそれを任とする護警団が任され、他の敵襲については遊撃隊へと指示がなされるのが普通なのだ
ところが今現在
王城を守護するはずの護警団は第四区へと優先的に出撃させられ
王城の内部、王の近辺を守護しているのは
遊撃隊という通常とはまるで正反対の体制となっている
「偶然の采配ミスなのか?だがハイトエイド卿がそんなミスをするだろうか…」
疑心が沸き立ちそうになる
だが彼は頭を軽く振りそれを散らした
「違うな…考えすぎだ。簡単なことだ、質より量という事だろう」
ふぅと息をつく
「王都にとって第一に守護すべきは国王だ!そこに重点を置き、人海戦術で多量の悪魔に立ち向かうためにはこれでいい」
とかく、手数を、人員を悪魔の大軍へと向かわせ
要となる王の近辺に国の最高戦力を配置する
意図だと読み取ったアーサー
「王都は我々が守る…王城は、国王は任せたぞ…リーダ・バーンスタイン」




