別離
# misery side
〈ガチィッ〉
マリーゴールドの撃鉄が薬莢を弾き損ねた音を鳴らす
『っ、くそっ!』
飛びかかってくる悪魔へと向けていた拳銃を逸らし
代わりにノルニルで迎え撃ち叩き伏せる
〈ギィィァッ!!〉
軋むような悲鳴をあげ悪魔が弾ける
これで何体の悪魔を倒したか
もはや数えることもままならない乱戦となっていたが
ようやくと言えばようやく
護警団や兵士達の奮戦もあり、ミザリーの周りの悪魔はもう数えるほどしか目視出来なくなっていた
(この辺はもう…大丈夫そうね)
ひと安心したいのは山々だが
収束しかけているのはあくまでこの第三区のみと考えると先はまだまだ長い
実際王都全体の状況はミザリーには把握できないこともあり、その表情はいまだ険しいままだった
〈ピィーーィッ〉
またもベイカーの口笛が聞こえてくる
第二区方面、王都の中心方向からだと思われるが
その音量から察するに
かなり遠くからのもののようだ
もしくはバテて満足な音量で吹けないかのどちらかだと考えたミザリーは
ひとまずベイカーと合流しようと考えた
別れてから随分時間が経ったということもあり、状況の把握も兼ね
また、少し意見が欲しかった
目の前の悪魔を倒すことは勿論優先すべきことだがそれよりも人命を優先するとした場合
どのような動きが必要になるのか
今ミザリーがすべきことは何なのか
ベイカーの考えが聞きたかった
『最近…やけに走らされるわね、まぁ…』
そんなことを言ってる場合でもないと
ミザリーは再び走り出した
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# another side
堅牢と言われる王城の中
もっとも最上階に位置する国王の部屋
国王の性格から起因するのか華美な造りではなく一見質素とも取れる内装だが
テーブルや椅子、本棚や燭台など細やかなものをとってもしっかりしたものが配置されている
その部屋には二人の人物
国王 ハーディン・ウェイヤードとその息子であるルベリオ・ウェイヤードの両名
王城並びに王都の危機である
この状態に憂き目を感じつつも
せめての祈りをと、二人は言葉も交わさず長い時間揃って瞑想していた
王城の中にあっても
外の、王都の荒れた空気を感じ
この国を背負う二人の緊張は並々ならぬものである
幼き息子の
そんな緊張を読み取ったハーディンは
目を開きその大きな手で
息子の頭に手を置き、撫でた
『じきに収まるさ…収まってくれるさ、私達の仕事はそのあとの事だ』
ふと感じた手の温もりに
多少の緩みを見せるルベリオ
だがその緊張は弛みはしたものの
確かにその糸を張り詰めさせ続けていた
「でも…ずっと悪魔の声が、悲鳴が聞こえる気がするんです」
俯き、膝の上に置かれた握り拳には幼いなりの力が込められる
『護警団や遊撃隊が頑張ってくれてる、国民も精一杯生きてくれてるはずさ。我らが弱気になっては…笑われてしまう』
「…はい…」
奮い立たせたいのは山々だが
幼いルベリオには上手くその不安をなだめることなどできそうにもない
『…ルベリオ』
「はい」
静かに、静かに語りかけるハーディン
『もし、もしものことがあったならイグダーツの言葉を信じるんだ。そして、ハイゼン武国のダラム王を頼るといい…彼らは私の良き友人だ、きっと力になってくれる』
「え?」
突如の発言に理解が追いつかない様子のルベリオ
『万が一のときのことだよ、備えておくに越したことはない』
「でも…父上は、何か予感していらっしゃるのですか?」
『そうだな…ずっと、ずっとだ。深い夜の中をずっと誰かに見られているような悪寒、それを感じている』
「誰かに…?」
『ああ、そしてその誰かは酷く大きく歪んだ野心を持っている。私では、もう止められないほどに』
「そんなことありません、父上は偉大な王です。僕の…僕の憧れなんです!」
弱気に見えた
父の今まで見たことのない表情につい声を大きくしてしまう
『そうだな…ルベリオ、実は私にはまだ心残りがあってな』
「心残り?なんですか?」
『会いたい人がいるんだ、どうしてもな。私の魂とも言える存在だ』
その言葉を発した途端
生気が、先程までの弱気を忘れさせる光がその目に宿ったように思える
「それは一体…?」
『私の立場では…はっきりとそれを口に出すことはできない。だが強いて言うとすればそれは、【金色の狼】だ』
「あの…御伽話の?ですか?」
『ああ…愛してやまない御伽話さ、人を救う獣だなんて素晴らしいじゃ』
突如言葉を切った
ハッとした表情で王室の入口へと視線をやる
ルベリオはそういえば少し物音がしたかなという程度の感覚だったが
父の扉にやるその目には強い敵意のようなものが見えた
「ち…父上?」
しっ、と言葉を制すると
ハーディンは王室の奥へとルベリオを促した
そして、奥に鎮座されている巨大な本棚
その横にこれまた大きな絵画が飾られている
入口に気を配りながらその絵画の額縁の横側に手をかけると
〈ガチ〉
と小さな金属音を立て
なんとその絵画は扉のように手前に開いた
その中には人ひとりが通れるような穴が階下に向かって空いており
その壁面には梯子のようなものがかかっている
初めて見たその仕掛けと抜け穴に驚いているルベリオにその穴に入るような促すハーディン国王
『ここから逃げるんだルベリオ、急ぐんだ』
突如急かされ始める事に戸惑いを隠せないルベリオ
「に、逃げるって…なにからですか?父上は?」
『話している時間はない、いいかルベリオ。お前がこの国の王になるんだ!皆を…国民を守る王に』
「え、でも父上が」
言いかけた時
再び入口の方から、微か物音がした
しかし、入口の外で警護している警備の兵が
物音を立てただけもしれない
そんな予測は覆された
分厚い扉を隔てた室内にまで
嫌な気配が染み入って来る気がした
その扉の先には何か得体の知れないものがいる
出会ってはいけない何かが居る
幼いルベリオでさえ感じる
強烈な気配
冷や汗が一気に身体を冷やした
そんなルベリオの両肩を掴み
じっと目を見つめるハーディン
『ルベリオ、いいか!ハイトエイド卿に気をつけろ、無論その配下にもだ。彼は…この国はおろか世界さえ飲み込もうとしている』
「は、ハイトエイド卿…」
その言葉を聞いた時
幼いながらも察しのいいルベリオは僅かながらこの事態への察しがついてきた
「む、謀反…ということですか?」
『そう言えばまだマシだと思わざるをえん…奴が成そうとしているのは均衡の破壊だ…』
「な、なら父上も逃げましょう。」
ルベリオの肩にかけた手の力が強くなる
『行くんだルベリオ…お前さえ無事ならば、太陽は墜ちない!私が時間を稼ぐ間に…』
絵画の裏の抜け穴に入るよう促しながら、袖口から一枚の紙片を取り出す
『この紙に差し当たりの…成すべき事が書いてある。まずはこの王都を出るんだ…身を隠し、この紙の指示通りに動く…できるか?』
迫る気配
理解しきれぬ状況
幼き自身
その全てがルベリオの脳を埋めつくし、言葉を発することもできなかった
『…お前は優しく、強い子だ。頼む…我が息子よ…生きて…生きてくれ、国民と共に。そして大きな太陽となり皆を守ってくれ』
じっと翠色の目が
ルベリオの目を見据える
その暖かな色が
強い視線がルベリオの心に僅かに火を灯した
「はい…!…父上もどうか、ご無事で」
幼く、今はまだ弱い自身を奮い立たせ
ルベリオは抜け穴へと手をかけた
弱々しくも眩しい息子の光を感じ
少し安心したのかハーディンは少し微笑んだ
少しずつ扉の外からの物音が近づいてくる
『ルベリオ…もし、金色の狼を見つけたならばそれがお前を導いてくれる。そのことを覚えておきなさい。』
「金色の…狼…」
『さぁ、行くんだ。振り返らずに進め……我が誇りよ…』
〈ギィィ〉
金属の擦れる音が響き
〈ガチ〉
と隠し扉であった絵画が元の状態へと戻り着いた
そのほんのわずかあと
〈ガチャリ〉
と王室の扉が開く音が聞こえた
抜け穴を少し降り始めたルベリオの耳にも
その音は聞こえてきた
そして、次いでかすかに聞こえる父の声
『ずいぶんとめかしこんで来たじゃないか…』
動揺などは微塵も感じさせぬ堂々の声は
王の威厳を纏い
ルベリオの脳裏に
(なんだ、大丈夫そうじゃないか)
と僅かな余裕を持たせるかに思えた
その言葉を受け取った相手が返事をするその時までは
そしてその後、ルベリオは
身を焦がすほどの無力感に焼かれながら
その瞳からとめどなく涙を流しながら
果てしなくと感じるほど
底に続く抜け穴を
叫びたい気持ちを押し殺しながら下っていった
父ともう会えないことをその身に
その心に感じながら




