深層にあるもの
# another side
「一体どういう状況だよ!?」
ミザリーに遅れること数分
ようやく追いついたベイカーの目に入ってきたのは
リーダ・バーンスタインとミザリーが
なにやら険悪な雰囲気で向かい合っている
理解し難い状況だった
『売られた喧嘩を買うだけの話よ…ビー、あんた丁度いいもん持ってきてくれたわね』
ミザリーが目を付けたのは
ベイカーがやっとの思いで
引き摺りながらも宿屋の一室から運んできた
ミザリーの大剣(鈍器)ノルニルであった
第四区に戻ってきた際
役に立つかと思い宿屋に一人戻り
そしてやっとの思いで持ち主の元へと辿り着いた訳だ
悪魔を倒す手助けにと持ってきたノルニルだが
予期せずその矛先はリーダ・バーンスタインに向くこととなった
20kg相当のノルニルを、体力をすり減らしながら持ってきたベイカーをからかうかのように軽々と持ち上げる
そしてミザリーはそれを担ぎあげると
再びリーダに向かい合った
「これで条件は同じね?」
悪戯っぽく笑うリーダだが
その目には悪戯などという可愛い表現では到底表しきれない光を感じる
「私から一本取れば、一つ良い情報を教えてあげる。本気でおいでなさい…踊りましょう?」
剣を構え、逆の掌でミザリーを挑発する
『ハン…田舎者のステップだからって舐めてたら足踏まれる程度じゃ済まないわよ』
一瞬の沈黙を空け
ミザリーが踏み込んだ
「ちょっと!本気かよミザッ!」
焦るベイカー
20kg超のノルニルを担いでいることを
疑問に思うほどの速度で地を蹴り
リーダとの距離を詰める
叩きつけるように振り下ろしたノルニルは
〈ブゥンンッ〉
と風を裂きリーダの頭部へと加速していく
だが
〈ドシャッ〉
と鈍い音と砂煙をたたせ、無人の地面に叩きつけられただけであり
目標であったリーダは
身を翻し
剣を横から振りかぶる体勢を
ミザリーの背後で作っていた
『…っっ!』
(速い…なんてもんじゃない)
〈ヒュゥッ〉
先のものとは違う
細く、薄く風を裂く音
それと共に振るわれたリーダの剣は
横殴りにミザリーの首を無慈悲に狙った
〈ギィーンッ!〉
次に響いたのは
鋼と鋼がぶつかるような音
真っ直ぐミザリーの首に向かって
振られた剣は首へと到達する前に
素早い反射で掲げられた
ミザリーの鋼の腕によって妨げられた
「あら?決まったと思ったけど…」
酷く冷たい声のように聞こえたのは
気のせいではない
そう思ったのは傍らで見守るベイカーだ
(あの人、本気でミザを切る気かよ?!)
ミザリーの身体は鋼
それも最硬とされるウルベイル鋼で造られている
更にそれらと悪魔の魂を起因とする膂力
ミザリーの反射と反応の高さも相まって
公国最強の剣士だからってミザリーに太刀打ちできる訳はない
そう理解しているのにも関わらず
ベイカーはリーダ・バーンスタインの異様な雰囲気に飲まれそうになっていた
リーダの首への剣戟を防いだミザリーは
更に振りかぶりノルニルを横殴りにリーダがいるであろう
その背後へと叩きつける
〈ブォンッッ〉
だがまたも聞こえるのは風を闇雲に叩きつけただけの風音
『!?』
身体ごと振りかぶったミザリーの
視界にはリーダがいない
「上だミザっ!!」
ベイカーの声に反応して上を見上げるが遅かった
〈ガチャンッ〉
と音を立て、リーダはミザリーが構えようとしていたノルニルの剣の腹に飛び乗った
そして
振り払おうとミザリーが力を込め
剣を振るうより早く
身体を捻りミザリーの胸元へと蹴りを突き出した
〈ゴッ!!〉
〈ザシャァっ〉
細い身体からは想像つき難い
強い蹴りにミザリーはノルニルを握り直す間もなく突き飛ばされ、地面に転がされた
「ミザッ!」
慌ててミザリーの元へとベイカーが駆け寄ろうとするが
〈ガッ!〉
とベイカーの足元にミザリーが握り損ねたノルニルが突き立ち、足を止めさせた
「邪魔しないでもらえる?」
それを投げたのはリーダだった
不意に向けられた鋭い視線に
思わず足が竦む
『この…』
起き上がろとするミザリー
しかし、早足で歩み寄り
ミザリーの胸を踏みつける形で押さえ付ける
『ッッ!』
「とんだじゃじゃ馬…まるで獣ね、本当にアリスの娘かしら?」
(動かないっ!?こんな細い奴に踏まれただけで)
そう、ミザリーのように外見は華奢な女でもその実は鋼でできており重量は100kgを越す
というのならまだしも
目の前の女性は生身の人間だ
その女性に踏みつけられただけで
ミザリーは一切身体を起こせなくなっている
その不思議な状態に何か妙な違和感を感じた
『生憎、私は母さんみたいにお淑やかでなくてね…』
踏み付けられた足のその足首を両手で掴み
突き放そうとする
がやはり動かない
『…意外と着痩せするタイプなのかしら?やけに重い気がするんだけど?』
苦し紛れの皮肉だと
ベイカーは悟った
(まさか、本当に生身の人間がミザに?!)
「…そうね、私のこの身には余りある…余って溢れて仕方のないほどの憎悪が…」
ふっと
剣を構えた
奇妙な、骸骨の手のような装飾の剣
それをミザリーの首横に突きつけた
「ミザ!!」
竦む足を奮わせ止めようとしたがそれより早く
〈ジャッッ!!〉
とリーダは
ミザリーの首のあるほうとは真逆に剣を振るい地面に一筋の線を刻む
そして
ミザリーの胸元から足を離し
一歩後ろへと引いた
「はぁ…良かった…」
流石に公国の剣士が国民を殺めるはずはない
分かっていたがそれでも肝が冷やされるとベイカーは感じた
「これで理解したでしょう?…あなたではなにも出来ない、四つ脚からは身を引くことね」
『…』
眉間に皺を刻み
リーダを見据えるミザリー
その目には悔しさからなるものか
怒りの様相が浮かんでいるようだ
『…憎悪って、なんのことよ?』
衣服の砂を手で払いながら
表情とは裏腹に静かな声で尋ねる
するとリーダは後ろを振り向き
やはり静かにこう言った
「生きる意味を見いだせなかった私に、ある人は希望をくれたわ…でもその希望はその人自身によって私から奪われた。裏切られた、私の手に残ったのは全ての思い出を焼き払われた後の真っ黒な灰のような憎悪…それだけよ」
『……』
言葉の一つ一つに重みを
憎しみを込められたかのような重さを感じてミザリーはそれに対する言葉を探せなかった
詳しく聞ける雰囲気でもない
リーダはゆっくりと王城へだろうか
歩み始める
そして
去り際に一言を残していった
「あなた達、王都を去ることをお勧めするわ…間もなく、太陽が…地に墜ちる」




