初めての探検
# baker side
あれはもう十年以上も前だ
ベイカーは生まれてからずっとハンドベルで育ったというわけではなく
五歳を超え、多少の物心を
備えようとしている頃合いに
ずっと西のほうにある村からハンドベルへと越してきた
理由は、簡単と言えば簡単だが
その村が悪魔に襲われたからだ
ハンドベルよりさらに人口が少ない
村と呼べるかどうかも危ぶまれるほどの
小さな集落
悪魔に襲われれば
人たまりもなく
ベイカーと祖母は辛くもその難から逃れ
命を拾った
と言っても無論ベイカーは
そんなことはまるで覚えていないので
祖母から伝え聞いた話でしか無かった
ベイカーが生まれてから程なく
村の有志の門番をしていた父親は
悪魔に命を奪われ、元々病弱だった母も
その後を追うように亡くなった
つまり物心着いた頃から
ベイカーには祖母しかいなかった
そんなこともあってか
その当時は悪魔に襲われたこともない
平和な村であると伝え聞いたハンドベルに
祖母はベイカーを連れて身を寄せた
二人をハンドベルは快く迎えてくれたが
その村の子ども達は、すでに小さな集まりのように固まっており
無邪気と言えば無邪気だが
内気なベイカーをからかい、悪い言い方をすれば虐めていた
祖母は「あんたも負けずにしゃんとしな」
と励ましてくれたが
そんなに簡単には行かない
打ち解けることもできぬ毎日
子供心に祖母に心配かけたくもない
ベイカーは遊びに行くといていで
近くの森林で時間を潰すという
何とも涙ぐましい習慣を作り始めていた
(そんなときだったなぁ…)
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# children side
少年 ベイカーはいつものように
祖母に遊びに行ってくると嘘をつき
近くの森林に出かけていた
(今日は何して時間潰そうかなぁ)
と考えては見たが
木々や草が生い茂るだけの場所でできることなどない
仕方なしに少し先まで散歩することに決めた
ゴソゴソと草をかき分け、探検気分をごくわずか感じていると
村の中心から数100m離れた場所に
家が一軒立っていることに気づいた
感じるか感じないかの上り坂の
先に建つ家
なんだか、他の家とは雰囲気が違う気がする
不思議と好奇心に駆られたベイカーは
その家へと向かった
程なくその家が目前へと迫ってきた
築自体は古そうだが造りはしっかりした家
どんな人が、誰が住んでいるんだろうと
内心ドキドキしながら
その家の窓に近づき、外から中を
そっと覗き込んでみる
だが
(あれ…留守かな、誰もいない…?)
中には人影も気配も感じない
なんだ、留守かと肩を落としかけた
その時
『なーにしてるのっ!』
突如耳元で声が響いた
「うわぁっ!!」
驚かされたベイカーは思わず
その場で尻もちをつき
慌てて視線を後ろにやると
そこにはキラキラと輝く
金色の髪をした人形のような顔立ちの整った少女が
背筋をピンとしながらこちらを見つめていた
「わぁ…」
生まれて初めて、赤系・茶系以外の髪色
それも太陽の光を受け、惜しみなく輝く金色の髪を見たベイカーは
驚かされたのも忘れ、見入ってしまっていた
が
『あんた…不審者ねっ!』
ツンっとした目でこちらを見つめて
もとい睨んでくる金色の髪の少女
「ちっ、違うよっ、僕はただ…」
慌てて弁明しようとするが
どう説明したものか上手くまとまらない
『ただ?なによー?』
せっかちなのか、お転婆なのか
見ず知らずのはずのベイカーにさえズイズイと近づいてくる
「…た、探検してたらこの家をみっけたから…」
苦しい言い訳だと
子供ながらに思ったが
なぜかその少女はハッとして食いついてきた
『探検!探検してたの?』
先程までの訝しげな視線から一点
好奇心が顔に張り付いたような表情に変わった
『…あれ?見たことない子だ…』
そこでやっと初対面だということに気付いたらしい
だがそれもベイカーから不審者の疑いを晴らす要因となった
『新しくハンドベルに来た子だっ!…そっか、だから探検してたのねっ』
うんうんと、ベイカーが何か言葉を足す必要もなく納得したようだ
そして
『じゃあ初めましてしましょ!私はミザリー、ミザリー・リードウェイっ』
屈託ない笑顔を浮かべ
ベイカーへと手を差し出してきた
ベイカーはついその笑顔に見とれてしまったが、すぐハッと
その手をとり起き上がった
「僕は、ベイカー…ベイカー・アドマイル
、です」
『ベイカー、えーと…じゃぁ…ビーね!』
握手した手を上下にぶんぶん振りながら
突如あだ名をつけられた
「な、なんだよそれ…まぁいいけど」
『うんっ!じゃぁ行こっ!』
忙しなく、ベイカーが来た方とは逆の森林に向け指さすミザリー
「行くって…どこにさ?」
ベイカーの問いにポカンとしているミザリー
『どこって、探検の続きじゃない。行くよっ!』
またもベイカーの手を取り
ポカンとし返したベイカーを引っ張り森林のほうへと駆けていく
これが、ミザリーとベイカーの
初対面であり
幼馴染としての最初の探検だった
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# baker side
子供の頃の出会いを思い出す
振り返ってみるとやはりというべくか
「やっぱり…ミザは笑わなくなっちゃったよなぁ」
つい、誰に宛てたものでもなく零してしまう
二年と半年前
悪魔の魂、機械の身体で目覚めたミザリーは
自身の存在意義、生きる理由が見えなくなってしまった
守りたかった
大切な母を犠牲にしてまで得た
望まざる命
それに一体どんな意味を持たせれば良いのか
計り知れない苦悩や葛藤がミザリーにある
そばにいるベイカーには
それが伝わってしまい
それがある限りミザリーは以前のように
笑ったり出来ないだろうということは分かっていた
(僕は死んでしまったミザを見つけたとき、悔しかった。知らないうちに失くしてしまったことが、何も出来なかったことが)
思わず、歯を食いしばる
(でも、例え辛く苦しい生命でも…それでも僕はミザとまた会えたことが嬉しかったんだ、例え悪魔の魂でも、機械の身体でも…)
そこまで
頭で言葉を浮かべた時に一つ気付くことがあった
「機械の身体…?」
ベイカーは自身がアリス・リードウェイによって機械技術者としての技能を習っていたことを思い出した
昔聞いた話
アリスはルグリッド公国の王都に仕える
即ち王城に属す機械技師であり
ハンドベルに居た時も
その頃のツテを通じ仕事を得て収入を得ていた
そして、ミザリーのあの身体は
技術を身につければ付ける程に理解する
機械技師の技術の結晶であり
(そうだ…分かってたことじゃないか、ミザのあの身体はいくらアリス先生でも三年ぽっちで完成させられるようなものじゃない)
つまり、計算が合わないのだ
ミザリーは没後
二年と半年程の空白があり
そして機械の身体として目覚めた
ミザリーの失った肉体の代わりとし
造り始めたと仮定すると
到底成り立つようなものじゃない
更にはアリスは
ミザリーが亡くなった後、ハンドベルをしばし留守にしていたと見られる
とすると実際、そのミザリーの身体を造ったとされる期間は二年もない
だとすると
(ずっと前からだ、ミザが死ぬよりもっと前からあの身体は造り始められていた…アリス先生がミザが死ぬと仮定して造っていたなんてことは無いだろう。不慮の襲撃によって、失ってしまったミザを呼び戻すために、急遽あてがったものだとしたら)
「だとしたら、そもそもなんの為に…?」
腕や脚を事故など災害で失ってしまった
人達のためにと
義腕、義手、義足などを
造っていた事は知っている
だが、ミザリーの身体は
全くの別物だ
あの身体には最硬の呼び声高い
【ウルベイル鋼】が使われている
その硬さ故に加工する方法さえ
分かっていないとされているあの鋼を
アリスは加工し、使用していた
ただの義手にそんな強度など
そもそも必要としない
(はぁ…余計に考え事が増えちゃったよ)
そんなベイカーなど露知らずといった
様子で馬車は黙々とその車輪を回し続けていた




