伸ばした鋼腕
# another side
先程の騒動より少しの時間を経て
ミザリーを乗せた荷馬車は王都の第一区へと辿り着いていた
四区から中心である第一区に近づくにつれ
兵士を見る数が比例して増えてゆく
第一区ともなると、至る所に兵士が巡回していたり配置されたりしており
『住民より兵士のほうが多いんじゃないかしら…』
馬車の運転手に礼を言い
第一区に降り立ったミザリーだが
ここで王城へ向かうに
最大の難所が訪れる
第一区までは難なく来れたのだが
王城に踏み込むとなるとそうは行かない
第一区から王城への入口は
巨大な正門からのみ
そして当たり前と言えば当たり前だが
そこには厳重な警備が敷かれており
なんのツテもあてもない
ミザリーでは入門することができないのだ
警備をしている兵士にリーダとの面会を
希望したが、「今は無理だ」の一点張りで取り付くしまもなかった
髪の毛を隠す頭巾の中で
難しそうな表情を浮かべ建ち並ぶ民家の影で
思慮に励む
(まぁ想定内と言えば想定内な訳だけど)
最初からそんなことは分かっていた
簡単に入門を許されたらそれはそれで拍子抜けである
(どこか良い場所はないかしら…)
正門を離れ
その周りを取り囲む城壁をなぞるように
探索し始める
ミザリーの言う良い場所とは
登れそうな場所
つまり
侵入しようとしているのだった
中に入れさえすれば自分でリーダ・バーンスタインを見つける事ができるだろう
そう仮定しての作戦だった
しかして
城壁をなぞってしばし歩いて見たが
どの場所も補修がきっちりなされており
侵入を許すなどという綻びを見つけることは
なかなかに難しかった
(うーん…これじゃぁ正門から強引に突入するしかないかしら)
さすがに運動神経並びに身軽さには
並々ならぬ自信があるミザリーでも
十メートル超の城壁を足場なしに
登るというのは無理である
酷く物騒な第二の計画に取り掛かろうか否かを思案していると
人気のない場所、袋小路に行き着いたことに気づいた
人の多い王都内において
これ程人の気配がない所も珍しい
周りを見ると袋小路を利用してかしまいか
道の両端には資材やら木材が積まれているが
そのどれもがしばらく人の手が触れていないようなくたびれた空気を醸し出していた
『迷子ってわけね…笑えるわ…?』
自分に向けての皮肉を口にしたミザリーだが
ふと物音が聞こえてくることに気づく
〈カツ…カツ…〉
と硬い靴で金属を踏むような音
その出処を探ると
資材が積まれた奥に井戸があることに気付いた
音はどうやらその中からだと
目星をつけたその時
その井戸の中から
ローブを羽織った人間が辺りを気にするようにゆっくりと出てきた
(…ああ、四区にあった井戸の中の通路…こんなとこにもあるのね…)
と昨夜のこともあり
さほど驚きはなかったが
現れた人物がローブを羽織り
姿を隠しているような様を見た時
多少の警戒心が沸き立った
『…そんなところで何してるの?』
不意に声をかけるミザリーに
ローブの人物がハッと驚きを見せた
ローブの人物ほどではないにしろ
ミザリー自身も頭巾で顔を隠している
恐らく怪しいのはお互い様といった状況なのだ
「…」
ミザリーを訝しげに見つめる視線で
ミザリーは自分も頭巾を被っていてそれなりに怪しいのだと気づく
慌てて頭巾を後ろに下ろすと
金色の髪が日光にあたり煌めいた
『ごめんなさい…別に怪しいもんじゃないの』
だが身を明かしたミザリーに
ローブの人物は尚驚いたように動きを止めた
そしてそのローブの人物は
震える手で自身のローブの頭巾にあたる部分を下ろした
そこには五十代半ばぐらいだろうか?
といっても身体には厚みがあり
背筋には一本芯があるかのようにスっと伸びている
白い髪の、不思議と荘厳な雰囲気の
男性の顔があった
だがその表情はどこか緊張しているような
張り詰めているような、今にも溢れそうな水をたたえた花瓶のような、そんな顔をしていた
『品の良さそうな割にお元気なんですね?』
「あ、ああ、お恥ずかしい。いくつになっても男というものは秘密の通路が好きなものでね」
頭を人差し指でかきながら、バツの悪そうな顔をしている
だが、時折視線がミザリーの顔に
髪の毛に定まり何か堪えているような表情を浮かべているように感じる
『ああ…母からの遺伝で、珍しいんですね金色って』
その視線に気づきミザリーが三つ編みの毛先を摘んで弄る
「そうか…お母さんの…さぞかし美人なのだろうね…」
『ええ、美人だった…』
ふとミザリーはその男性になにかしらの感覚を覚えた
上手くは言葉に出来ない
自分でもよく分からない
そしてその感覚に戸惑う最中
ミザリーは
その人物に向かって右手を
広げ突き出していることに気づいた
何かを掴もうとするように
何かを追いかけるように
『…!?』
全くの自覚がなかった
いつの間に自分は手を開き、伸ばしていたのか
慌てて手を引き戻すと
男性に視線をやる
すると
男性は後ろに向き直り俯いて震えているようだった
『…どうかした?』
「…いや、いや何もないよ。それより君はここで何を?」
後ろを向いたまま尋ねるその声は
重々しくも優しい声だった
『私は…リーダ・バーンスタインに会いたくて来たんだけど正門からだと無理そうなんで辺りを探ってたの』
言い終えてミザリーは
そんな馬鹿正直に言う必要なかったと悔やんだ
もし、兵士にでも伝われば面倒なことになりかねない
だが
その男性はこう告げた
「彼女なら、先程王城を出て四区に向かったよ。悪魔が出たらしくてね」
『さっき?…なんて間の悪い…ありがとう、私行くわ』
四区に戻ろうとミザリーも男性に背を向けた
二人が背中を向かい合わせる形になったとき
ミザリーはなんとなく、不思議と
「懐かしい」と感じた
『…?』
疑問を振り払うように
走り出すミザリー
残されたその男性は
ミザリーの後ろ姿を見送るとまたも少し俯いた
その足元の乾いた地面には
いくつか、水滴による染みが静かに広がっていた
第一区から第四区へと向かうべく
再び馬車の止まる場所へも走るミザリー
ふと先程の男性のことを思い出した
ローブを下ろしたあの男性の顔
知り合いではない、見覚えがあるわけではない
しかし
なんとなく親近感にも似たものを覚えていた
それはミザリーと一致する珍しいワンポイントによるものだろう
『眼の色が…私と同じだからかしら?』
親近感の正体を推測したミザリーは
更に走る速度を上げた
今はシンパシーに浸る場合ではない
四区が悪魔に襲われているのなら
『ビーのやつ…無茶しなきゃいいけど…』
___________________
# baker side
移り変わり同刻
ベイカーは馬車に揺られ
第三区を第二区に向け通り抜けようとしていた
道中考えごとが尽きないが
考えすぎによるものか、かえって
冷静に判断できなくなってきたように感じる
(はぁ…ミザが狙われる理由か…)
ずっとそのことが頭の中に疑問と
仮説を交互に浮かばせ続けるが
浮かぶ仮説はどれも
しっくりくるような、というより
ベイカー自身が納得出来るようなことではない
考え疲れたベイカーは
なぜだか、ミザリーと初めて出会った時のことを思い出し始めた




