予兆と敗走
# another side
『こいつが…「四つ脚」ね…』
深夜の謎の来訪者に次ぐ来訪者
謎の人物に突如襲撃されたかと思えば
その人物は悪魔化し、しかもミザリーの事を知り命を狙った
更には、突如現れた「四つ脚」によりその訪問者は息絶えた
状況が収束し得ないほど積み重なり
ミザリーとベイカーは動揺を隠せないでいた
しかも目前にいるとは
かつて噂で聞いた「四つ脚」
公国内を荒らし回り
国の要所である砦をたった一騎で壊滅させたという悪魔
噂で聞くよりも遥かに
目の当たりにした衝撃は大きかった
ギチッ
四つ脚が身動きする度
甲冑のような外殻がかすかに音を立てる
『っ!』
そしてその一挙手一投足に
全ての神経を捧げ注視するミザリー
「ミザも!早く逃げようっ」
ミザリーの後方5mほどにいるベイカーが呼びかける
『良いから先にっ…』
〈ゴッッッッ〉
鈍い音が聞こえた
「えっ?」
なにが起きたか分からないベイカー
そんな彼の理解の鈍さにお構いなく
彼の真横にはさっきまで前方5mほどにいたミザリーが地面の砂を巻き上げながら転がってきていた
『…くっ…』
片膝をつき体勢を立て直すミザリー
(『デカいわりに早いっ』)
「ミザッ!」
『良いから逃げてっ!』
〈ジャッッ〉
と砂を踏み込む音
そして、今度は見えた
山羊のような形状の足で地を蹴ると
異常な脚力で迫ってくる四つ脚
振りかぶってくる
巨大な剣を模したような腕
今度はキッチリと防御しようと
両腕で顔を守るように構えた
防いだ
つもりだった
〈ドガッッ!!〉
とまたも鈍い音を立て
防御などお構いなしにミザリーの身体が浮き
再び数mをミザリーは転がされた
「(やばい、やばい、どうする?!)」
悪魔の魂、地上最硬金属で出来た身体を持ち
更には並外れた運動・反射神経を有するミザリーを
ここまで一方的に攻め立てることができる悪魔はいなかった
それを知るベイカーだからこそ
危機感を感じていた
「(まさか、ミザリーが、負ける?)」
マイナスなイメージは
ふっと過去の記憶をベイカーの頭の中に呼び起こす
三年前の故郷の村
金色の髪をした母親の腕の中で
静かに、そして母と同じ金色の髪まで血で真っ赤に染まったまま眠るミザリーを
何も出来ないままに
何も出来なかった
死ぬ瞬間を見届けることさえ出来なかった
想いを寄せる子のために
身を投げ打って守るさえできなかったあの夜を
(「嫌だ…っ!」)
〈ザッ…ザッ〉
尚もミザリーの元へ近づく四つ脚
だが
動きが止まった
力ではない
ただ四つ脚は、自身の脚にしがみつき
引き止めようとするベイカーに疑問を感じたように動きを止めた
『っ!なにやってんのよバカ!』
四つ脚の足にしがみつき、その動きを止めようとしているベイカーに焦るミザリー
「逃げろよ!ミザッ!!早く」
そうは行かない
策もないがとにかく何とかしなければと
四つ脚の元に駆けるミザリー
無力であるが
気持ちだけで飛び出し足止めしようとするベイカーを一瞥する四つ脚
そして四つ脚は
足にしがみついたベイカーを見下ろしながら片腕を
掲げた
『っ!ビーッ!!』
「早く逃げろ!ミザッ…」
静かな夜に二人の叫びが重なる
瞬間
ミザリーの頭にいつか聞いた声が
囁いてきた
不意に時間の流れが微かに遅くなった感覚
【醒めるか?】
『(今それどころじゃないのよっ!)』
問いかけのような囁きを振り切ろうと駆けるが
【意思を…本質を…醒ませ】
『(うるさい……!)』
身体の芯が
魂の真ん中が焼け付くような感覚が
生まれる
まるで自分の中心に生まれた
火がゆっくりと燃え広がるように熱い
だがそれとは
別世界の出来事のように
静かに冷たく
四つ脚の剣のような腕が
ベイカー目掛けて振り下ろされた
不意に心が爆発した
火が燃え広がるという感覚よりも早く
身体の芯にあった火種が爆発し
身体を包んだ
〈ブワッッッ〉
と風が吹いた
〈ドシャッ〉
振り下ろされた四つ脚の腕は
足元にいたベイカーに
ではなく無人の地面に
寂しげに突き立った
ギチッ
思いがけぬ空振りに
辺りを見渡す四つ脚
だが周囲にはベイカーはおろか
ミザリーの姿を捉えることもできなかった
辺りには静寂と頼りない月明かりのみ
一瞬の沈黙ののち
四つ脚はどこかへ向かい歩いていった
四つ脚が去ったその少し後
二人が四つ脚と対峙した場所から数10m離れた井戸の中
そう、王都の町中から
この森林地帯に通っていた井戸の隠し通路の中に
二人の姿はあった
壁にもたれて周囲の様子を探るミザリーと
地面にへたりこんで呆然とするベイカー
特に二人に目立った外傷はないようだった
「…あれ?僕…生きてる?」
状況の整理がついてないのか
へたり込んだまま自分の両手を眺めるベイカー
『ボケてんじゃないわよ…全く』
ベイカーを見下ろし吐き捨てるミザリーだがミザリー自身もどこか戸惑いが残っているような雰囲気だった
「ミザが助けてくれたの?」
ハッとしてミザリーを見上げるベイカー
『良くわかんないのよ…』
「へ?」
『あんたが四つ脚にやられると思って走り出したは良いけど…』
「良いけど?」
『気づいたらこの井戸の中にいたの』
「へ?」
『だから私もわかんないんだって…どうやって助けたのかも、無我夢中ってやつ?』
「そんなことあるんだ…」
『あんたは覚えてないの?』
「えーと…四つ脚にしがみついて、ミザに逃げろって言って」
『その後よ』
「でもミザがこっちに走って来るのが見えて、頭の上でヒュンって音が聞こえて…」
『それで?』
「なんかグエッてなって…気づいたらここに居た…」
『なにそれ…』
「なんなんだろうね…これ」
二人はしばしの沈黙の後
とりあえず王都の宿屋に戻ることにした
森林地帯から
王都第四区の町中まで続く井戸の隠し通路の道中
二人は声も出さずに歩き続けていた
先程まで身に這うような恐怖心があった
その名残りが未だ尾を引いているのだろう
〈ガチッ〉
と妙な違和感を感じミザリーがふと立ち止まる
その背中にぼんやりしながら歩いていたベイカーが
ぶつかった
「いてっ…どうしたの?」
『なんか…違和感…』
と自身の右脚をプラプラさせる
「もしかしてさっきのでどこか壊れたのかも」
『…地上最硬の金属とやらで出来てるんじゃなかったの?』
「ウルべイル鋼ね、確かにミザの身体の大半はウルべイル鋼だよ。でも、外部に面する、言わば表面だけで腕や脚の内部の部品は他の金属で構築されてるんだよ…だから」
『その他の金属で出来てる部品が壊れたって訳ね』
「うん、そうだと思うけど。とりあえず宿屋にまで戻らないと暗いし修理道具も心もとないから急ごう」
『…なんか怪我したみたいな感じ』
「実際そんな感じだからね、肩貸そうか?」
『いらないわよ、普通に歩くぐらい平気そうだし』
と手をプラプラと振ると
再び宿屋に向けて暗い道を歩き始めた
ふと先程のことを思い出す
『(そう言えば…あの声、なんだったのかしら)』




