異質なる
# another side
『さて、アンタは何者で、何用なのかしら?』
予期せぬ
いや、状況から察するに予期はしていたのだろう
この謎の来訪者にミザリーが問い詰める
「…」
しかし、謎の人物はなにも答えはしなかった
よく見ると黒装束に加え
黒の頭巾のようなものを被り
その下の顔には何やら面をつけているようだった
鳥の嘴のように頭巾が盛りあがっている
『…私に用なの?』
「ミザ、用心してよ?」
『わかってるわよ』
とベイカーの方を振り返ったその瞬間
ザッ
とその人物は踵を返し元来た扉の方へ駆け始めた
『ちょっと!』
慌てて立てかけておいたノルニルに手を伸ばし、振るおうとしたが
『つっっ…』
この宿の一室で振りつけるにはノルニルは大きすぎる
壁なりテーブルなりにぶつけてしまうと思いミザリーは
振るうことができなかった
「ミザ!追おう!」
『分かってるって…』
二人はまたも慌てて宿屋の二階から駆け下り
宿を出て路地に降り
辺りを見回した
「いないっ?」
『しっ…』
ミザリーが辺りの音を探り出した
ベイカーも習い周囲の音に耳を澄ますと
ザッ…ザッ…と
静けさの中に土を蹴り上げるような音が僅かに聞こえた
『こっち!』
ミザリーは耳が良い
感覚がとかく鋭いということもあり
足音がした方へと猛然と駆けだした
次いでベイカーも
ミザリーの後を追い走り続けていると
足音へどんどんと近づいていく
しばし走り続けると
二人は袋小路へと行き当たった
『…行き止まり?』
そこに人影はなく
暗がりの中には雑多に置かれた物が
幾つか散らばっているだけだった
「いや、ミザ、それ井戸じゃない?」
ベイカーの視線の先に目を向けると
たしかに井戸のようなものがあった
その傍らには蓋として使われていたのか
大きな丸い板が立てかけられていた
『まさか…この中?』
「…考えられると思うよ、まさか一瞬でその辺の民家の屋根に駆け上がったってこともないだろうし」
二人して井戸を覗き込む
真っ暗で中は良く見えない
ベイカーは足元にあった小石を拾い
それを井戸に投げ込んだ
わずかな沈黙
の後に
カツンッ
と音が聞こえてきた
「水は入ってないみたいだね…」
『入ってみる?』
「ちょっと僕が入ってみるよ」
『大丈夫なの?』
「それも入ってみなきゃ分かんないよ、深さもそんなないみたいだし」
井戸のへりに登ると
「よっ」
とベイカーは井戸の中に飛び降りた
ザッと砂利を踏むような音
そして
「いてっ」
という間の抜けた声
『ちょっと、ビー大丈夫なの?』
「ミザ!ここ横穴があるよ!
かなり長い道が続いてるみたいだ」
やや興奮気味に聞こえてきたベイカーの声に呆れながらも
『ちょっと下がってて』
「はいよ」
ザッ
とミザリーも続いて井戸の中に
降り立った
なるほど
ベイカーの言う通り
湿っぽい感じの井戸の底にどこに続くのか横道が通っていた
そして、かすかに風が通るような音と
「ミザ…先から足音が聞こえる」
『多分、こっちの声も聞こえてるでしょうね』
そうなれば後は
『全力で追いかけるわよ』
「よし来た!良い感じに目も慣れてきたし!」
ザッザッ
二人は駆け出した
ミザリーを先頭にどんどんと横道を進んでいく
こちらの足音ももちろん聞こえているだろうから
謎の人物も必死に逃げているだろう
しかし
(「ミザに体力で適うわけないんだよなぁ」)
と勝ちを意識しているベイカーだが
ベイカー自身の体力もそこまでではない
徐々にミザリーとの間が開き始めていた
「ミザ…僕は気にせず追いかけていいからね…」
ハァハァと息を荒くするベイカーに
気を使っていたのだろうか
これまでさほど変わらぬスピードで走っていたミザリーが
『じゃぁ出口で待ってるわ、アイツをふん縛ってね』
と言い残すと
スピードをあげどんどんとベイカーから離れていった
「なるほど…狼だ」
# misery side
ベイカーを置き去りに全力で走り始めたミザリー
耳の中にかすか聞こえる足音も少しずつ近くなってきていた
と思ってから少し
ミザリーの前に壁が立ちはだかった
行き止まりかとも思ったがよく見ると
壁に梯子のように鉄の棒が埋められている
上を見上げると少しそれを登った上に星空が広がっていた
(『出口ってことね』)
その鉄の棒を握り
上へと注意深く登る
まだすぐ上に例の人物がいるかもしれないのだ
だが杞憂だったらしく
一番上まで登りきると
一気に外に躍り出た
(『ん…あぁ、あれかしら』)
入口と同じく井戸を出口としていた地下道から出てきたそこは
王都のすぐそばの森林のようだった
周りには木々がひしめき合っているその一点に
黒い陰がゆっくりと移動しているのが見えた
ずっと走り詰めだったのだろう
かなり疲弊しているかのように見える
ベイカーを待つべきかと
考えていると井戸の中から物音がしてきた
(『ビーのやつ思ったより早いわね』)
と思いの外早い到着に感心し
『ビー少し先に見つけたからふん縛ってくるわ』
と井戸の下へと言い残し
人影目指し再び猛然と駆け始めた
茂みをかき分け、足音なと気にせず全力で駆けると
さすがに人影もこちらに気づいたようだが
最早隠れる場所を探す間もないほどに素早く接近したミザリーに
とうとう追いつかれてしまった
二人の距離は5mない
やはり、相当疲弊しているらしく
荒い息継ぎが聞こえてくる
『もう逃がさないわよ…とっとと答えてもらいましょうか』
「はぁ……やっと追いついた」
と同じく疲弊しきったベイカーもミザリーの傍らに追いついた
『アンタ何者なの?どうして私を狙ったの?』
「ぅぅ…」
と不意になにやら呻き始めた
と思ったその時
「ぐぅあっ!」
獣のような声を発しミザリーに掴みかかっていった
『ったく…』
だが掴みかかったその手をいなし
ミザリーは再び謎の人物の腹部に
、今度は握り込んだ拳をめり込ませた
「うわぁ…内臓が出ちゃうよ…」
そしてまたもベイカーが憐れみの声を漏らす
『出るわけないでしょ…手加減はしてるわよ…っ?』
不意にミザリーが何かを感じたらしく
謎の人物から2歩、3歩と後ろへ跳躍し
ベイカーの目前1mほどの所へと位置づけた
「どうしたの?本当にやっちゃった?」
『な訳……なんか変なのよコイツ』
「変って…なにが…」
と二人が謎の人物を注視していると
「ゥゥヴ…」
と呻き声が聞こえてきた
「やっぱ相当痛いんじゃ…」
「ヴヴァアっ!」
ベイカーの言葉を遮るように獣のような咆哮
その人物は呻きを漏らしながら
膝をつき、両手を前に投げ出し
そして
パキッ……パキッと
身体の表面が盛り上がり
黒の装束はその隆起した肉体に裂かれた
こちらを向く瞳は真っ黒く
ギョロギョロと異様な動きでこちらを捉えようとし
投げ出した両の腕も変質し、倍以上の太さ、そして黒く血管が浮かび上がったものへと変貌していた
つまり
「あ…悪魔になった……?」
二三度口をパクパクさせていたベイカーがやっと口にできた言葉通り
二人を狙った謎の人物は一転、
悪魔と化してしまった




