幕裏の息吹
# Lida side
重々しい扉を閉じ、国王や重職の面々が集う一室を後にしたリーダ・バーンスタイン
その目はどこかぼんやりと開いて
光を捉えることをかすか拒んでいるかのようだった
(「王都に戻ってきた、これからだ…私の本懐が叶うのは…」)
と思索しているとふと
歩く通路の先、右に折れる突き当たりの先から足音が聞こえてきた
ふっと姿勢を正し、瞳を開く
角で出くわさぬように少し歩みを遅らせた
その僅か数秒後、目の前に姿を表した
のは幼い少年だった
身なり良く、上質な衣服に身を包み
未だ齢は10を超えたばかりであるその少年は、同年代と比べても一線を画す豪奢な雰囲気を携えていた
こちらに気づいたその少年は
一瞬、ごく僅かにハッとした
だがすぐに凛としたその振る舞いは
やはり年端もいかぬ少年のものではない
リーダは身を落とし片膝をついた
「ご無沙汰しております、皇太子殿下におかれましてはご健在とお見受け致しますが…」
身を低頭したリーダに慌てたように
その少年は言った
「顔をあげてください、リーダ・バーンスタイン。…僕は元気です、あなたも無事に王都へ帰還できて良かった」
その言葉を受け、起き上がりこそはしないものの
リーダは顔を上げた
その少年は、ルグリッド公国 皇太子 ルベリオ・ウェイヤード
つまり、次期国王となるものであった
「私が健在でも巡回地に被害を被ってしまっては無意味です。また、休息ののち巡回に参ります故、殿下もご自愛ください」
静かに言い告げた後
リーダは身を起こし一礼し再び歩き始めた
歩き去る背後からルベリオ皇太子の視線を感じながら
(「王都内とは言え、皇太子が一人で出歩くなど…なんて温い箱庭か…」)
スっと瞼の力を抜いた
リーダの瞳は再び光を拒むように細められ、絨毯の敷かれた廊下に導かれるように歩んでいった
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# another side
「ミザっ!見えてきたよっ」
不意に大声を出したベイカー
腕を組み、馬車の背もたれに身を預けていたミザリーは瞑想をしていたが
唐突に呼びかけられた声に瞳を開け
前方の景色に目をやった
馬車の行先、そのはるか前方に
大きな城壁のようなものが姿を表していた
以前立ち寄った砦町スラープのように城壁にかこまれた都市なのだろうかと
ミザリーが思索していると
「王都ソーデラルはその中心に位置する王城を囲むように城壁、そしてその外側に国民が住まう住宅地、そしてそれを囲む城壁、そして更にその外側に住宅地って風に住宅地と城壁が層になって広がっているんだよ」
『へぇ…王城までにいくつもの城壁ねぇ…さすがに頑丈そう』
「だね、現にその守りのおかげで今まで王都は戦争でも落ちたことはない。その守りが対悪魔に対しても成り立ってるって聞いたよ」
『王城にちゃんといるのかしらね、その隊長さんとやらは』
おもむろに懐から花香パイプを取り出すと口に咥える
加熱のスイッチを押すとふわりと花の匂いが漂い始める
「まず間違いないだろうね、っても王城に近づけるかどうか」
『まぁ……考えはあるわ』
ふっと笑みを浮かべるミザリーの横顔に言い知れぬ不安をベイカーは感じた
(「ミザの考えは大体やっつけ本番だからなぁ」)
そうこうしている間に馬車は
気持ち舗装されている道に乗り
城門へと近づいていった
そして、城門をくぐり
馬車は止まった
二人は運転手に礼を言い、
馬車を降りた
去り際
ミザリーは馬の首に手を当てて
『重かったわね、ありがとう』
と小さな声で労っていたのを
横目でベイカーは見ていた
少し歩を進めると
さすがの賑わいを見せている
「流石に王国中から人が集まってるってことなんだろうけど、すごい人だ」
『ハンドベルの何倍いるのかしら…人に酔いそう』
と首を傾げるミザリー
本人は気にしていないようだが
行き交う人々がちらちらとミザリーに視線を向けている
それもそうだろう
ルグリッド公国には赤系茶系の髪色がほとんどでミザリーのような金髪は極めて稀だ
それに加えて
「ミザ、顔はいいからなぁ」
と零すと
『なんか言った?』
と睨まれた
ともあれ
ついに王都へ辿り着いた2人
ベイカーは王国の兵士らしき人を見かけると駆け寄っていった
「すみません、リーダ・バーンスタインにお会いしたいんですけど、何処に行けば会えますか?」
不意な質問を受け
その中年兵士は訝しげに2人に視線を向けた
「怪しいものじゃないんです!ただ、この子の母親がリーダ・バーンスタインさんと知り合いで話を聞きたくて」
警戒された気配を感じ取ったベイカーが早口に用件を切り出す
『母が亡くなる前に会ったのがリーダさんじゃないかとお聞きしたもので』
ふっと兵士の表情が怪訝なものから同情を孕んだようなものに変わった
なんとなく察してくれたのだろうか
「私のような末端のものでは一応の報告しかできない、会えるかどうかはわからないがちょっと待ってくれ」
と言うと空に向かい口笛を吹いた
すると、一羽の鳥が兵士目掛けて飛んでくると掲げた腕に止まった
「これに言伝を付けて王城のもとへと運ばせるんだ、君の母親の名前は?」
小さな手帳とペンを取り出すと
さらさらと綴り始めた
『アリスです、アリス・リードウェイ』
「OK」
というと手帳を破りそのページを
鳥の背負った小さな鞄に差し入れた
そして
腕を上げると
鳥は羽ばたいていった
「返事がいつくるかはわからないが、君たち宿はどこで取るつもりだい?」
「じゃぁ…この近くで宿をとろう、連絡してもらえますか?」
「わかった、そこの茶色の壁の宿屋なら空いてるはずだ。私はスバーク、君たちの名前も聞いておこう」
『私はミザリー・リードウェイでこっちが』
「ベイカー・アドマイルです、お手数かけますがよろしくお願いします」
二人はスバークと名乗った兵士にお礼を言い
連絡が来るまで宿屋にて休むことにした
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# Lida side
王城のある一室
ここはリーダにあてがわれた部屋である
が、大半を巡国しているリーダにとっては馴染むほどこの室内で過ごしてはいなかった
よって、ほとんど物はなく
ベッドと一脚の椅子、そして小さいテーブルがあるだけのいたく簡素な空間
リーダは椅子に腰掛けていた
背もたれに身体を預け、天井を仰いでいるようだった
その時、扉を叩く音が響いた
「おやすみの所、失礼いたします。ご報告がございますが、お時間よろしいでしょうか?」
王城の兵士だろう
知った声ではないが、大勢の兵士がひしめく王城内ではそれも珍しいことではない
身体を起こし
「構わないわ、そこでお願い」
ぼんやりと扉を見つめながらリーダは耳を澄ました
「はっ、先刻王都ソーデラルの第4区間にて常駐の兵士が民間人からの言伝を受け取ったそうで、それがリーダ隊長宛のものだということです」
ふっと視線を上げ直した
「私宛に…?…続けて」
家族はおろか、知人友人などリーダにはおらず
心当たりはない
「はっ、アリス・リードウェイの娘だという人物が面会を求めているとのことです。」
ピリッ
となにかが室内に張りつめる
そんな雰囲気が満ちた
「アリス・リードウェイの……娘…?」
静かな声だったが、その声には言い知れぬ感情が溢れだそうとしているかのようにかすか揺れていた
「はい、第四区間の民宿にて連絡を待つとの報告ですがいかがなさいますか?」
「……会いに…行くわ。その民宿で待つようにと連絡を入れておいて」
「了解しました、では失礼いたします」
兵士の足音が離れていく
不意にリーダは立ち上がった
「どういうこと…?…なぜ………アリスの娘が生きている……」




