疑念と船旅の終わり
# another side
予期せぬ大蛇の来訪により
一時言い知れぬ緊張感に包まれた船上だったが
その来訪による被害は皆無だった
訪れる際と海に帰る際に
大津波のような大きな揺れをもたらした以外は。
程なく船上にもようやくの平穏が訪れていた
海賊の襲撃に立て続いての
大蛇の来訪と
乗り合わせた船員や船客達は
これからしばらくの話題には事欠かないだろう
すごい大きな蛇だった
海の主ではないだろうか
はたまた守り神では
などと去った後ならではの興奮も垣間見えるが
その人の集まりから離れた一角
険しい顔をしている二人が船のへりで考え込んでいた
『ビー…どういうことだと思う?』
先程の蛇から贈られた大剣、柄に施された女神の装飾から〈ノルニル〉と名付けられた
ミザリーがそのノルニルを掲げ眺めながらベイカーに問う
「んー……ミザが狼で、〈魔女の檻〉っていうのをなんとかしろっていうことぐらいしか…」
『そもそもなんで私が狼なのよ』
「ん?」
ベイカーはふと思い出した
あのヨルムンガンドと名乗った蛇が
ミザリーを狼と呼んだとき、かすかな違和感と言うべきか、とにかく頭の隅でなにか引っかかるものを感じていたことを
「なんで…狼なんだ?」
不意にミザリーに向かい、ミザリーの問いをなぞった
はぁ?と言ったような表情でミザリーも視線をベイカーに向ける
『でしょ?訳わかんないわよ』
「違う!僕たちが子供の頃だよ」
『…なにが?』
突然、声がやや大きくなったベイカーを不思議そうに見つめる
「僕らが子供のころ、良く追いかけっこしただろ?まぁ実際はミザが僕の機械の部品奪って意地悪してただけだけど」
『あの頃は若かったわね』
「なに遠い目してるんだよ、その時言ってたんだよ。追っかけ疲れた僕にアリスさんが!
「可愛いでしょ?うちの子狼」
って!」
遠い目で海を眺めていたミザリーが不思議そうな顔をした
『母さんが…私を?』
「うん、間違いない。その時も猫とか犬とかじゃなくて、なんで狼なんだ?って疑問に思ったんだ」
『余計こんがらがる……まぁ一旦寝るわ。着いたら起こして』
どうやら考え疲れたようだ
ノルニルを担ぎ、船室のほうへと歩いていった
残されたベイカーはいまだ考えを巡らしていた
あのヨルムンガンドの声もミザリーにしか、そしてミザリーに触れたベイカーにしか聞こえていなかった
とするとミザリーにあの話を告げるために訪れたと考えるしかない
〈魔女の檻〉
それが何なのかは分からないが
その言葉の響きが言い知れぬ不安を頭の中に浮かばせ続けていた
「頼むから…ミザをこれ以上苦しませないでくれよ…」
気持ちが言葉として零れた事に
気づいたベイカーは
思わず辺りを見回し
誰も聞いてないことに安堵した
一呼吸置いて、ベイカーも船室に戻ることにした
_______________
ミザリーらが巨大な蛇と出会うその一週間ほど前の事
ルグリッド公国
王都 ソーデラル
その中心にそびえ立つ王城のある一室
それは王城の一階、隅にあつらえられた教会のような部屋
扉前には二名の兵士が
物々しい鎧を付け警備をしていた
そして室内には
白くなった髪を撫で上げた
狡そうな目を細めた、鷲鼻の老人が最奥の椅子に腰かけていた
思慮、思惑、悪意のどれにも満ちたような面相の老人
この人物はハイトエイド・べルライン
ルグリッド公国の王に次する二名の内の一人。
政治を主とするイグダーツと対をなし
軍事を主とする人物である
教会の中に佇むにはそぐわないような表情を浮かべて一冊の本を眺めていた
パラ…パラと…時折本の項を捲る音が聞こえる以外は全くの沈黙
そして項を追うように細めた目が左右に動いている
その時だった
扉を叩く音が響いた
「……入りなさい」
深く重い、喉まで歳をとっているかのような声が発せられと
間もなく扉が開かれ、一人の兵士が入室してきた
そして、その老人の斜め前に位置し片膝を着いた
「ハイトエイド卿、ご報告致します。巡国遊撃隊長 リーダ・バーンスタイン、現在王都に向かい帰途を辿っており、10日程で帰還を遂げる予定との連絡が入りました」
パタン
本を閉じる音が響いた
そしてハイトエイドの口角がニヤリと不気味に上がった
「そうか…あいわかった。ご苦労…下がってください」
会釈をし、足早に退室していく兵士
そして、またも部屋に一人となったハイトエイド卿
視線をあげ、天井を眺めた
その口元は笑みが堪えきれないかのように歪み続けている
「間もなくだ…悲願が叶う…」
俯き自身の手を広げて、見つめた。
そして更に一言呟いた
「…檻が開く…」
__________________
しばしの時を経て移り変わり
海上を揺れる船の一室
ミザリーとベイカーは
船室にて王都の南に位置する町サウス・リームに着くのを待ちわびながら時を過ごしていた
とは言っても部屋の片隅
壁際で身体を丸くし、ミザリーは眠っているだけだ
ミザリーは
ごく一般的に、眠る時は夜中に眠たくなり朝方に起きる
これは生前のミザリーがその生活リズムで過ごしていた為に起こる
生前の経験則・習慣から成る生態である
機械の身体・悪魔の魂といえど
眠る
そして、今回ミザリーは「着いたら起こして」と言って眠りについた
これも生前の経験則によって〈起こされるまでは寝てていい〉という状態になり
揺り動かされる、又は声をかけられるまでは起きるという状態にならない
つまり、そっとしておくといつまでだって寝ている状態である
その事もあり、巨大蛇の来訪から二日経つ今もミザリーは目覚めていない
(ミザ起きてても退屈だろうしな。色々あったし寝させておこう)
ベイカーなりの配慮によるものだった
その間、ベイカーは船上の露天商から買った大型拳銃の修復改造にいそしみ
間もなく完成といったところまで来ていた
と同じく夜も更けてきていた頃合いでもあり、欠伸が時折、睡眠を促していた
(あの蛇が海流を乱したからか、思いの他早くサウス・リームに着きそうだ…明日の朝ミザを起こそうかな)
ふとミザリーに目をやる
壁に背を向け丸くなっているため
ベイカー側に顔を向けており
珍しく三つ編みを解いて寝ている
普段、極端なアシンメトリーをしているミザリーだがこうして三つ編みを解くとそこまで奇抜な髪型には見えない
と髪が変に顔にかかっていることに気づき、なんとなく直してあげようとベイカーはミザリーに近づき
そっと顔にかかっていた髪を後ろに流した
その時、ベイカーは何故か泣きそうになった
指で触れた髪
金色に輝くその髪は鋼の繊維で作られたもので、その顔を覆う皮膚も樹脂で、投げ出された腕も鋼で造られたもの
それを瞳で捉えるだけで
ミザリーが一度死んだことを思い知らされる
三年前にミザリーが死んだ時
母アリスを庇い、その腕に抱かれて眠りに着いたミザリーをベイカーは見つめるしかできず
その夜、無力さにひたすらに慟哭した
その記憶が不意に鮮明に蘇ったからだった
(ミザは…どんな思いで…目覚めたんだろう)
疑問を浮かべたが
すぐにハッとして顔を振るった
(僕が…こんな気持ちになってちゃダメだ…僕が迷えばミザは…ずっと迷ったままだ)
ベイカーはひとり意気込み
そして作業を一段落させ
眠りにつくことにした
間もなく船は王都の南に位置するサウス・リームに辿り着こうとしていた




