桜の花びらが散る時
柔らかな風が吹いて、校庭にある咲き始めたばかりの桜の花びらが空に舞う。その様を何となしに眺めながら、俺は本日何度目かの告白を受けていた。
「ずっと好きだったの……あたしと付き合って」
聞き慣れた言葉に顔をしかめて、赤くなって俯く女を睨みつける。こいつの名前は何だったか、それさえも思い出せない。
――あいつ以外の女はどうでもよかった。
だがひっきりなしに思いを告げてくる女達がうっとおしいことこの上ない。ここらで手を打っておくのが妥当だろう。
「勝手にしろうぜえ」
面倒くさく吐き捨てれば、女は泣きそうな顔をして頷き駆けていった。
勝手にしろとは言ったが、あの女を愛することは絶対にないと言い切れる。
罪悪感なんてありはしない。
本当に欲しい言葉は、本当に欲しい女はたった一人しかいないのだから。
あの女は寄ってくる女の盾と言ったところか。
ふいにあいつの笑顔が頭をかすめて派手に舌打ちをする。
ゆっくりと足を動かして校門を出たところで振り返り、本日卒業した高校の校舎を眺めた。
よく授業をさぼった屋上、無駄に騒がしい教室、何度も呼び出された職員室。思い返せば、面倒だと思っていた生活が意外と充実していたことに気づく。
その全ての思い出に――二年前に消えた和泉がいた。
飲み会で初めて会ったあいつは、どこか居心地悪そうに視線を彷徨わせながらちびちびと缶酎ハイを飲んでいた。
話をふられても困ったように微笑むだけで、全く会話に参加しない。何しに来たんだと呆れ、その一方で俺に媚びない姿勢が気に入った。
ホテルに連れ込んで無理矢理関係を作ったのは俺の方だ。
だがその関係も、二年前突然あいつが消えたことで切れた。携帯を変更したと聞いてから、電話もメールも繋がらない。
前日まではそんなそぶりも見せず、普段と全く同じだったから気づかなかった。あいつが消えた理由も、俺に隠している何かも。
あれから二年。ようやく卒業だ。これでようやく、あいつを探しに行ける。
今までは学生という縛りが邪魔をして思うように探すことができなかったが、これからはあいつを探すのに集中できる。
一応大学には進学する予定だが、学びたい何かはない。それも、あいつを探し出すための時間を確保するためだ。
あいつがなぜ俺の前から消えたのか、理由はわからない。
だがこのまま逃がすつもりもない。
あいつに新しい男ができていようと、もしも結婚していたとしても、必ず取り戻す。
俺自身にそう誓って、過去の思い出のつまった校舎へ背を向ける。
もしも次に来ることがあったとしたら、それはきっと隣で和泉が笑っているだろう。
和泉に対しては一途だけど他の人には無情な竜之介。
これでおしまいです。
最後までお付き合いくださってありがとうございました。
またどこかでお会い致しましょう!