伝令兵は電話を切れない
電話口の人は、四度「大丈夫です」と言った。
一度目は予約の確認を頼んだとき。二度目は、店にも同じ一覧を送れると瀬尾が伝えたとき。三度目は、紙の控えと画面の予約数が食い違っていると分かったとき。
四度目には、俺にも大丈夫ではないと分かった。
「蓮見さん、いま手元にある数字だけ教えてください」
「十八です。いや、いまお客様から電話が入りまして……少し待ってください。十九かもしれません」
蓮見圭太さんは、小さな喫茶店で予約の管理を担当している。数日後に控えた店の十周年記念食事会のため、普段の席とは別に、その日限りの予約を一人で整理していた。店の仲間、来店客、そして俺たちからの確認電話。そのすべてを一台の携帯電話で受けている。
瀬尾が俺の机の端にメモを滑らせた。「上限十八席」。
もし十九なら、誰かが座れなくなる。
「いま急いで答えを出さなくて大丈夫ですよ」と瀬尾が言った。「お店の席数を確かめてから、一緒に数えましょう」
「俺が確認します。店長は仕込みで手一杯なので」
蓮見さんはそう答え、通話が切れる前に別の着信音が響いた。彼は俺たちへの通話を保留にし、二十秒ほどして戻ってくる。
「すみません。あと一件だけ、かけ直してもいいですか」
「こちらからおかけしますよ」と瀬尾が返す。
「いえ、説明は俺の役目なので」
役目。彼はその言葉に、わずかに力を込めた。
瀬尾はそれ以上押さず、店へ一覧を送ることだけ約束して通話を終えた。受話器を置くと、眉間を指先でぐっと押さえる。
「上限は十八。うちの画面に見えてる予約は十七。お店の紙の控えには十八。どこかで一件ずれてる」
「直接行って確かめたほうが早いかもしれない」
「うん。今回は現場の紙を見ないと始まらないね。岸本さんに相談しよう」
先週、店へ走り出しかけたときとは違う。ここで画面を見つめているだけでは、追える数字に限界があるのだ。俺たちは岸本さんに状況を共有し、店の営業時間の合間に二人で訪ねることになった。調査の担当者には一覧を照合してもらい、店にはあらかじめ到着時刻を伝える。全員に、それぞれの持ち場があった。
喫茶店は、商店街の細い通り沿いに佇んでいた。入口には食事会の手書きポスターが貼られている。十年間の歩みを物語る写真が何枚も飾られ、その隙間に予約を控えた紙が挟み込まれていた。
蓮見さんが店の奥から小走りで現れた。俺たちと目を合わせるより先に、入口の電話の位置を確認したのが見て取れる。
「すみません、わざわざ来てもらうほどのことじゃなかったのに」
「紙と画面を同じ場所で突き合わせたかったんです」と瀬尾が言った。「蓮見さんを責めに来たわけじゃありませんから」
彼は曖昧に笑ったが、携帯電話を握りしめた手は緩まない。
テーブルの上に、持参した予約一覧と店側の控えを広げた。瀬尾が名前と人数を一件ずつ読み上げ、俺が双方の用紙に印をつけていく。十五人目を数えたところで、同じ名字が二度現れた。
「こっちは二名、こっちは一名になっています。別のお客様でしょうか」
「同じ方です。一名増えたので書き直したんです」
つまり、紙の一行はすでに無効になった古い控えだったのだ。電話での「十九」も、増えた一名を別の予約として数えたためらしい。予約は十七名、席数は十八。ひとまず数字の辻褄は合った。
瀬尾が安堵の息を漏らし、蓮見さんも「よかった」と胸を撫で下ろした。だがその間にも、彼の携帯には着信の通知が三件溜まっている。
「よくありませんね」と俺は言った。
瀬尾と蓮見さんが同時にこちらを向いた。言葉足らずだったと気づき、俺は机の紙を指し示した。
「数字は合いました。でも、この紙も電話も蓮見さん一人で抱えている。このまま当日まで一人で管理を続けるなら、またどこかで数が分からなくなります」
「俺が最後まで見たほうが、店長も安心します」
蓮見さんは笑みを浮かべたままだ。今朝、電話越しに聞いた「大丈夫です」と同じ顔だった。
「店長さんにも、いまの一覧をお渡ししましょう」と瀬尾が口を挟む。「私たちからも状況をご説明できますし」
「それは……少し待ってください。俺から伝えますので」
彼は紙を揃えて抱え込んだ。端と端をきっちり合わせ、胸の前に押し当てる。見知らぬ他人の、だがひどく見慣れた所作だった。前世で、伝令を任された若い兵士が同じように命令書を持っていた。落とせば、知らせが届かなければ、自分のせいになると信じた手つきだ。
いや。似ているだけで決めつけてはいけない。今の蓮見さんには、十周年の食事会を成功させたい理由がある。
「お願いがあります」と俺は言った。「今夜、店長さんにこの一覧を見せてください。全部を任せろとは言いません。ただ、目を通してもらうだけでいいんです」
「……それくらいなら」
蓮見さんは、ようやく紙の端から指の力を抜いた。
帰り際、店長が厨房から顔を出し、人数の確認が取れたと知って丁寧に礼を言ってくれた。蓮見さんが「あとで一覧をお持ちします」と告げると、店長は「助かるよ」と、こちらの予想以上にあっさりと頷いた。
店を出てから、俺は振り返った。蓮見さんはすでに次の電話を取っていた。店長に見せるはずの一覧を、片手に持ったままだ。
「久世、さっきの言い方、ちょっと迫力があって怖かったよ」と瀬尾が言った。
「『よくない』と言ったところか」
「うん。でも、ちゃんと紙の話に引き戻したのはよかった。蓮見さんが何を恐れているのか、私にもまだ見えてないから」
俺にも分からない。ただ、彼が握りしめていた携帯電話と、紙の角を揃えていた指先の強張りが、どうしても頭から離れなかった。
会社へ戻ってから、瀬尾は店への確認時刻を翌朝に決めた。俺は一覧の最後へ一行加える。「店長へ共有済みか」。
未確認のまま、保存した。




