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不死兵だった俺、ホワイト企業で働き方がわからない ~元敵軍の治癒術師が人事担当でした~  作者: sakumaaa
第一部 初めての有給

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7/30

元敵軍の治癒術師、昼休みに敗れる

白峰さんは、人に休憩を取るよう促すとき、相手の予定を先に確かめる。


「午後の面談は私が引き継げます。食べてから戻ってください」


「その書類は明日で大丈夫です。今日中に必要だとお伝えしたのは私ではありませんから」


廊下を通るたび、そんな声が耳に入ってくる。誰かの机から人が一人減り、食堂へ向かう足音が増える。その効果は目に見えていた。


では、白峰さん自身はいつ食べているのか。


最初に気づいたのは、昼を過ぎても彼女の机の隅に同じ弁当袋が置かれたままだったからだ。次の日も、その次の日も。人事の島を通るたび、袋の色と置き場所を無意識に覚えてしまっていた。昔、兵が残した水筒の数を数えていた癖が、こんなところで役に立つ。


役に立たなくていい癖だと思いながら、俺は岸本さんに確認した。


「午後、俺の担当で急ぎのものはありますか」


「今日の分は終わってる。何か見つけた?」


「人事の休憩時間を」


岸本さんは俺の視線を追い、白峰さんの机を見た。


「ああ。本人に言ってごらん。仕事の割り振りなら俺から命じるわけにはいかないけど、昼飯の誘いなら久世ができる」


そういう任務名になるのか。俺は食堂で弁当を二つ買いかけて、踏みとどまった。何を食べるかまで決めてしまったら、休みを勧める顔をした押しつけになる。


人事の島へ戻ると、白峰さんは資料をめくりながら、誰かの相談を電話で受けていた。俺は少し離れて待つ。短い通話が終わり、彼女がペンを置いてから声をかけた。


「白峰さん。昼、食べましたか」


「このあとに」


「昨日もそう言っていました」


「昨日は食べましたよ」


「何時に?」


彼女は時計へ目を向けた。俺の質問の答えはそこにはない。


「久世さん、私の勤務時間を調べているんですか」


「いいえ。袋がずっと同じ場所にあるので」


白峰さんは弁当袋を見た。それから、俺を見た。前世で、敵軍の治癒術師セレナが負傷者を見たときも、こういう順番だった。手当ての道具、そして相手の顔。だが、いまの俺たちの間にあるのは、机と昼休みだけだ。


「よく気づく人ですね」


「すみません」


「謝らなくていいです。ただ、私が皆さんの健康相談を受ける立場なので、少し格好がつかないなと」


「俺が見ていなかったことにしますか」


彼女は笑った。仕事中に見せる丁寧な笑顔とは違い、隠しきれなかったような小さな笑いだった。


「それで、何か用事があったんですか」


「一緒に食べませんか。食堂でも、外でも。俺はまだ食べていません」


「久世さんも?」


「誘う前に一人で食べていたら、断る口実を渡すでしょう」


言ってから、妙な駆け引きに聞こえたと気づく。白峰さんは俺の顔をしばらく見てから、机の端の予定表を開いた。


「二時からの案内は、同じ担当の人にお願いできます。急ぎの相談が来たら戻るつもりでしたが、それだと休憩になりませんね」


彼女は短い連絡を送り、画面を伏せた。弁当袋を持ち上げる。その動作だけで、肩の力が少し抜けたように見えた。


食堂の窓際は混んでいた。奥の二人席だけが空いている。俺が荷物を置く前に、白峰さんは「ここ、いいですか」と尋ねてきた。誰も座っていない席にまで許可を求めるのかと一瞬思い、俺に聞いているのだと気づいた。


「どうぞ」


俺は今日の定食を選び、彼女は持ってきた弁当箱を開けた。卵焼きと、きちんと切り揃えられた野菜が入っている。


「ちゃんと作っているんですね」


「朝なら、自分の分も数に入れられるんです」


白峰さんは箸を取り、少し困ったような顔で卵焼きを見つめた。


「昼になると、人の予定が先に入ってしまって」


「予定表に自分の昼休みも書けば?」


「書いてあります」


「守れていない」


「はい」


あまりにあっさり認めるので、こちらの用意していた次の言葉が行き場を失った。


「久世さんも、似たようなところがありますよね」


「俺は新人なので」


「立場の話はしていません」


卵焼きを口に運ぶまでの間、彼女は俺を見ていた。昔から知っている目だ。だから余計に、いまの名前で呼ばれると落ち着かない。


「誰かが困る前に気づくのは、悪いことじゃありません」彼女は言った。「でも、全部引き取らなくてもいいんです。私にも言っています」


「俺に言っているようにも聞こえます」


「二人分です」


俺は定食の味噌汁を飲んだ。温かい。自分で選んだ昼食だと気づくのに、少し時間がかかった。


白峰さんは弁当を半分ほど食べたところで、伏せた画面をちらりと見た。


「急ぎの相談なら、代わりの人が知らせてくれます」


「俺に言っていますか」


「二人分です」


彼女はそれ以上画面を見ずに、残りの卵焼きを食べた。俺も、何も言わなかった。


昼休みの終わりに、白峰さんは空になった弁当箱を袋へ戻した。


「明日も、食べます」


「俺が監視しなくても?」


「監視は困ります。気にかけてもらえるのは、嫌ではありません」


彼女は先に立ち上がった。俺は席を立つまで、ほんの少し遅れた。


敵軍の治癒術師と昼を食べた。昔の俺なら、報告書のどこにも書けない事実だ。


いまは、明日何を食べるかが少し気になる。

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