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不死兵だった俺、ホワイト企業で働き方がわからない ~元敵軍の治癒術師が人事担当でした~  作者: sakumaaa
第一部 初めての有給

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引き継ぎ書は遺書ではない

宮内さんの席には、電源を落としたモニターと小さな鉢植えだけがあった。


昨日まで人が座っていた場所がぽっかりと空いていると、どうしてもそこばかり見てしまう。休暇だと聞いているし、昨日、岸本さんが店への折り返しを引き受けたところも見た。それでも、机の上に「今日の連絡先」と書かれた紙が置かれているのを見ると、妙に胸が詰まった。


「それ、宮内さんの引き継ぎ」


俺の視線を追って、瀬尾が言った。


「昨日書いてくれたの。『鉢植えに水やらないで』とも書いてあるよ」


紙の最後に目をやると、本当にそう書かれていた。土が乾いて見えても、今日はやらなくていいらしい。俺は少し息を吐いた。


「よく準備してるな」


「旅行の前だしね」


旅行。宮内さんが自分で決めて、出かけて、また戻ってくる予定なのだ。そこまで聞いて初めて、俺はその紙を最初から読むことができた。


午前中、昨日の店から電話がかかってきた。宮内さんは休みのため岸本さんが電話を取る。俺はその横から、引き継ぎ用紙に書かれた「先方には本日中に確認すると伝達済み」の一行を指さした。


岸本さんは店の人から事情を聞き、確認の取れた予約時刻を伝えた。相手は「宮内さんによろしく」と言いかけ、「あ、今日はお休みでしたね。楽しんでと伝えてください」と笑った。


俺が守らなければと思っていた店の人は、担当者が一日不在であることを、ごく自然に受け入れていた。


受話器を置いた岸本さんが、俺の横に紙を置いた。


「久世、今日の午後の確認、いったん君に任せていいか?」


「はい」


「四時になったら、結果を俺に渡して帰ってくれ。終わっていなければ途中のままでいい」


「終わらない前提ですか」


「終わればいいけど、店からの返事の早さは俺たちには決められないからね」


正論だった。正論はときどき、胸の奥に引っかかっているものへ届くまでに時間がかかる。


俺は昼までに返事が必要な店を二つ確認した。午後の店からはまだ返答がない。空いた時間を使って、その店の過去の連絡履歴を調べる。三か月前、別の曜日にも予約時刻を取り違えた記録が残っていた。


これも先に確かめておけば、明日の誰かが困らずに済むはずだ。


気づけば、引き継ぎの欄が長くなっていた。相手の店がよく使う言い回し、前回の経緯、まだ確認できていない可能性。自分の推測まで丁寧に書き足していた。


覗き込んだ岸本さんが、少し考えてから言った。


「これを今受け取って、俺がすぐ店に電話できる形にしよう。確定していることは?」


「店からの返事待ちです。それと、三か月前にも時刻の相違がありました」


「返事が来たら、最初に何を聞く?」


「今回の予約日と人数です」


「なら、その三つで十分だ。前回の細かい経緯は、必要になったら元の記録を見ればいい」


俺は長い文章を消した。書くのにかけた時間が惜しい気もしたが、岸本さんが紙を受け取ると、どこを見ればいいかが一目で伝わったようだった。


「自分がいない間に何か起きたら、と心配になる気持ちは分かるよ」


岸本さんが言った。


「でも、引き継ぎは自分の代わりを作る書類じゃない。次の人が最初の一歩を間違えないためのものだ」


「宮内さんの引き継ぎには、鉢植えのことまで書いてありました」


「あれは本人が心配性なだけだよ。あと、水をやりすぎた俺への注意書きでもある」


鉢植えの土を見ると、確かに湿っていた。心配する方向が少し違うだけで、宮内さんも普通の人なのだろう。


四時を過ぎても、店から返事は届かなかった。俺は確定した事実と次に確認することを簡潔に書き、岸本さんに手渡した。


「今日はここで切っていいよ。明日の午前、返事がなければこっちから連絡を入れる」


「明日、俺が確認します」


「その時間、君には別の店の確認を頼むかもしれない。担当は朝決めるよ」


俺がいなくても仕事は進むのだと言われたようで、また少し胸が揺らいだ。さっきの話を聞いたからといって、すぐに割り切れるものではない。


帰り支度をしていると、瀬尾が俺の書いた引き継ぎを覗き込んできた。


「分かりやすいね。これなら明日の私でも電話できる」


「瀬尾がやると決まったわけじゃない」


「たとえばの話。……嫌なの?」


「嫌じゃない。自分が途中で手を離したのに、誰かが困らずにそのまま続けられるっていうのが、まだ慣れないんだ」


瀬尾は紙を一度折ってから、また元の形に戻した。


「私も、久世の書いたのがないと困るよ。だから、手を離したあとにやるべきことは、ちゃんとやってる」


褒められたらしい。どう返せばいいのか分からず、俺はただ「ありがとう」とだけ言った。


翌朝、店から返事が届いていた。岸本さんが対応を受け持ち、俺の残した三つの確認事項をすでに済ませてくれていた。机の上には「完了。宮内さんには出社後に共有」と短く書かれた紙が置かれている。


俺がいない時間にも、仕事は当たり前に進んでいく。誰も欠けていないという事実に、まだ少し驚いてしまう。


紙を畳もうとしたところで、隣から瀬尾に声をかけられた。


「久世、こっち一緒に見て。店とお客さんで、予約の人数が食い違ってるみたい」


今度は最初から、二人で確認することにした。

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