全員に届いた、とは言えない
会場変更を知らせてから一週間ほどが経ち、体験会の前日を迎えた。案内の送信記録には、すべて「済」の印が付いている。
俺は画面を見届け、ようやく小さく息をついた。高瀬さんは今週の出勤日を今日と明日に合わせてくれている。明日の短時間勤務は、本人の希望を聞いた岸本さんが事前に調整してくれたものだ。俺と瀬尾も当日の待機担当としてシフトに入っている。商店街の催しそのものを会社が主催するわけではないが、問い合わせが入る可能性は十分にあった。
「これで、予約した人には届いたんですね」と高瀬さんが言った。
「送るところまでは」
口にしてから、さっきまで俺自身が「済」の印を安心の証拠にしていたことに気づく。
「実際に読んだかどうかは別、ですね」
「うん。返事のない人もいる」
高瀬さんは机の上に、小さなメモ用紙を三枚並べた。届かなかった連絡、質問が返ってきた連絡、送信は完了したが反応のない連絡。俺が「反応なし」のメモを手元へ引き寄せると、彼女はすっと眉を上げた。
「全部、久世さんが電話するつもりですか?」
「店ごとに分ければ、夕方までに」
「番号を把握しているのはお店の方ですよ。私たちから突然電話をかけても、相手は誰だろうって身構えてしまいます」
そのとおりだった。俺の手は受話器の手前でぴたりと止まる。
瀬尾が各店舗へ状況を共有し、個別の連絡が必要な相手を店側と一緒に確認していく。店側がすでに客と直接話して解決していた分もあった。店舗から依頼された確認作業については、岸本さんがその都度担当を割り振る。高瀬さんは、並べた三枚の紙の下に「分からないまま」と書いたもう一枚を静かに足した。
「これは?」と俺が尋ねる。
「古いちらしだけを見て来る人です。事前に予約した人とは限らないから、何人来るのかも分かりません」
「主催者の案内板と、広場の誘導があります」
「はい。でも、実際に何人来るかまでは予測できないですから」
彼女は紙の角を指先で揃えた。分からないと書いても、失敗の報告にはならない。対策が誰の手にあるか、見えるようになる。
午後、花屋から電話が入った。予約していた客の一人が、古いちらしを自宅の冷蔵庫に貼っていたらしい。店の人が連絡すると、「毎朝見ていたから、危うくそのまま広場へ行くところだった」と笑っていたという。紙の掲示は残り続ける。だからこそ、当日の広場にも新しい案内板が必要なのだ。
岸本さんは商店街の担当者へ連絡し、広場に立つ誘導員の配置が確定したかを確認した。担当者からは、開場前から一人を置き、迷って訪れた人を交流室へ案内する手はずが整ったと返答があった。天候が崩れた場合の足元の安全確認も行うという。安全管理の判断は向こうの役目であり、俺たちの役目は問い合わせが入った際に伝えるべき正確な場所と連絡先を揃えておくことだ。
定時の少し前、高瀬さんは三枚の紙を片づけ、「分からないまま」と書いた最後の一枚だけをスマートフォンの写真に残した。明日の担当者が画面上の送信記録だけを見て、全員が知っていると思い込んでしまわないようにするためだ。
「明日、広場へ向かう人がいたら、最初にどこへ連絡しますか」と俺は尋ねた。
「商店街の誘導担当の方へ。久世さんには、その人の予約状況の確認をお願いしたいです」
その答えは、俺が先回りして用意していた指示ではなかった。高瀬さんは自分自身の頭で考え、誰に何を頼むべきかを選んでいた。
窓の外へ目を向けると、まだ雨は降っていない。画面に並ぶ送信済みの印も、広場に立つ誘導員も、明日が無事に終わるまではまだ結果ではない。俺は明日の担当表を閉じ、商店街の誘導担当へつながる電話番号を、メモの一行目に書き加えた。




