先に言ってほしかったこと
高瀬さんの書いた案内文には、必要なことが全部入っていた。
商店街が雨を見越して会場を変更した理由。広場から交流室までの道順。パン屋と花屋の開始時刻。予約内容に変更はないという旨。そして問い合わせ先。俺なら、これで足りると思う。
ただ、画面の中で一番大事な「屋内交流室」の文字は、三行目に置かれていた。
「最初に変更の経緯を入れたんです」と高瀬さんが言った。「急に場所が変わったら、不安に思うかもしれないと思って」
「俺も、理由が分からないと落ち着かないです」
俺はそう相づちを打ち、文面を最初から読み返した。雨の予報、主催者側の判断、安全に開催するための備え。書かれている内容はどれも正しい。けれど、古いちらしを握りしめて広場へ向かおうとしている人間は、真っ先にどこを探すだろうか。
瀬尾が花屋へ電話を入れる際、店の人にも下書きを聞いてもらうことになった。高瀬さん自身が提案したことだ。俺は彼女の隣に控え、返ってくる反応をメモする準備を整えた。
瀬尾が一度文面を読み終えると、電話口の店の人は「ありがとうございます」と応じたあと、少し間を置いた。
「それで、花束を作るのはどちらの場所になるんでしょうか?」
瀬尾は受話器を塞ぐこともなく、高瀬さんへ視線を向けた。聞き返されたのは、情報が抜け落ちていたからではない。相手の頭に開催場所が残らなかったのだ。
「屋内の交流室になります。広場から通りを一つ戻ったところですね」と瀬尾が答える。
「ああ、あそこなら分かりますよ。先に言ってほしかったな」
店の人は笑った。瀬尾は少し待ってもらうと伝え、受話器を押さえた。俺もつられて笑いそうになったが、高瀬さんの横顔を見て踏みとどまった。彼女は自分の書いた文章の三行目を、じっと見つめている。
「必要な情報は、全部入っていましたよ」と俺は声をかけた。「順番だけ、少し入れ替えてみませんか」
「理由は削ったほうがいいでしょうか」
「削るかどうかも、高瀬さんが決めていいんです。ただ、もし俺が客なら、まずどこへ行けばいいのかを知りたいですね」
高瀬さんは少し考え込み、冒頭の一文を消した。新たに最初の一行を書き添えてから、俺の方へ紙を差し出す。
『週末の体験会は、広場ではなく屋内交流室で開催いたします。開始時刻およびご予約内容に変更はございません。』
その下に、簡潔な道順、問い合わせ先、そして変更に至った理由が続く。店の人が知りたがっていた結論が、真っ先に来ていた。俺はその理由を最後まで目で追い、消さずに残しておいてよかったと心から思った。
「これなら、慌てていてもすぐに場所が目に入りますね」と高瀬さんが言った。
「俺は慌てると、三行目まで読む前に立ち上がります」
「久世さんは、立ち上がるのが早すぎますよ」
瀬尾は受話器を戻し、高瀬さんの書き直した一行を電話口で読み上げてから、通話を終えた。くるりとこちらへ振り返る。
「花屋さん、新しい最初の一行を聞いて『それです』って。あとは岸本さんの承認をもらって配信しよう」
高瀬さんは修正した用紙を手渡した。実際に送信作業を行うのは岸本さんが指名した担当者であって、彼女が一人きりで送信ボタンを押すわけではない。机の端には古いちらしが置かれたままで、紙に印刷された矢印は今も広場を指し示している。
「現地の案内板の設置も、商店街の方に確認済みです」と高瀬さんが言った。
「はい」
「今度の『はい』は、決定済みという意味ですよね?」
俺は前日の電話でのやり取りを思い出し、二人で思わず顔を見合わせて笑った。言葉の最初の一言が、今度は迷うことなく同じ方向を向いていた。




